2012年 05月 18日
損して得とれ戦略で大成功。便利すぎる恐るべしアマゾン
「ネットショッピングなんてなんか怖い」なんて、
ほんの一昔前までそう思っていたけど、
今や「なんでわざわざリアル店舗で買うの?」ってぐらい、
ネットショッピングが当たり前となった。

かくいう私も一歩たりとも外出しない日も、
ほぼ毎日のようにアマゾンから品物が届くほど、
ネットショッピングを利用している。
書籍だけを買っているわけじゃない。
あらゆるものがアマゾンで買えるからだ。
アマゾン依存症状態(笑)。

何が便利って、
・わざわざ重い物を運ばなくていい
・店で商品を探す手間が省ける
・店に行く時間も省ける
・店にないものもある
・送料無料
・翌日には届く
・クレジットカードが使えるので、
少額決済でもマイルがたまる
・新品のCDやDVDがあり得ないほどの、
値引きがされていることがある
など、さまざまなメリットがある。

アマゾン=ネット書店ではなくなった。
アマゾンはあらゆるものが買える百貨店だ。
もしかしたら書籍ぐらいしか購入したことがない人がいたら、
こんなものまで買えるというのを、
最近の私の買い物履歴からご紹介したい。

漫画「風の谷のナウシカ7巻セット」
まずは書籍。
書籍といっても2003年に発売されたかなり古いもの。
リアル書店で探すのは多分大変。

つい最近映画「風の谷のナウシカ」がテレビでやったが、
映画とは内容がかなり違う漫画を多くの人から勧められ、
何度か借りたにもかかわらず、
全部見きれないまま返してしまって、
アマゾンであるのかなと思ったら、
7巻セットが2987円と手頃な値段だったため、
思わずぽちっと購入。

全巻読みましたが映画とはぜんぜん違います。
まだ読んでいない方いたら、ぜひおすすめします。


A4コピー用紙500枚
紙って重い。
でもアマゾンで売ってるなら、
運ぶ手間なし。
こんなものまで売ってるなんて。
最近ではセロテープ買ったりもしました。
プリンターのインクもアマゾンで買ってる。

SDカードリーダー
家電製品やパソコン周辺機器もかなり充実している。
どうしても必要になって、
家電量販店に行こうと思ったけど、
夜頼んだら、翌日すぐに届いた。
アマゾン恐るべし。
ちなみに防災講演やるためのプロジェクターも、
アマゾンで購入しました。

あと防災講演するために、
そのスライドづくりにと思い、
パワーポイントもアマゾンで買った。


フリーになって大きく部屋の模様替えした際、
新たに机が必要になったけど、これもアマゾン。
机までアマゾンで買えるとは思わなかった。
椅子とかもアマゾンで買っている。

ポテトチップス・フレンチサラダ味
私が大のお気に入りだったフレンチサラダ味のポテチが、
突如あちこちの店から消え、困っていたら、
ある人から「アマゾンで買えば」といわれて、
なるほど、その手があったか!と思って買った。

のどが痛い時にこれを飲むとすごく治りやすい、
ポンジュースなんかもアマゾンで買ってる。

食品もかなり充実しているが、
時々送料無料ではないものもあるので注意。

ガイガーカウンター
原発事故で政府のいかさま隠ぺい体質が明らかになり、
被災地取材のために昨年5月に購入。
今でこそガイガーカウンターはいっぱい売っているが、
当初は品切れも多かったし、
そもそもガイガーカウンター売っているところなんて、
身近になかった。

でもアマゾンでは売ってた。
こういう時にアマゾンは役に立つ。

新品ミスチルベスト盤が700円割引!
すごい謎な現象なのだが、
5月10日に発売されたミスチルベスト盤の、
初回限定盤の定価は2800円。
ところがアマゾンでは数か月前に予約したせいか、
なんと新品なのに2096円で買えた!

ところが今やこの初回限定盤は、
数が少ないのか定価以上でプレミアムがつけられて、
売られている状況。
新品のCDとかDVDはなぜかアマゾン安いです。


そんなわけでありとあらゆるものがアマゾンで買える!
実際にリアル店舗で商品を確認し、
買いたいものはもちろんあるにせよ、
それ以外の圧倒的多くの買い物をアマゾンで済ませれば、
買い物に行く時間や手間が省けて、
その時間を有効に活用できる。

別にアマゾンじゃなくても、
他のネットショッピングサイトでもいいですが、
書籍だけでなくいろんなものが買えるサイトをうまく利用し、
貴重な時間のやりくりをするといいと思います。

ただしネットショッピングが気軽にクリックして、
買えてしまうので、
あまり吟味せず衝動買いしてしまうのには注意が必要です。

でもこれだけアマゾンで買うようになったのは、
前と違って全商品を無料配送にしたからだと思う。
まさに損して得とれ戦略。

アマゾン全品無料配送について

# by kasakoblog | 2012-05-18 19:18 | ネット
2012年 05月 18日
ずる賢い人が2倍稼いでしまう~インド・リキシャーとの戦い

インド旅行に行った時、旅人が最も多く出会い、
最もお世話になり、そして何度も頭にくるのがリキシャーだ。
正確にはオートリキシャー=三輪バイクタクシー。
観光する際の移動手段として便利だ。
インドでは車のタクシーは街中ではあまり見ない。
町の観光地を巡ったり、
空港や駅、バスターミナルからホテルへの移動など、
このオートリキシャーが活躍する。

しかしこのオートリキシャーのせいで、
インドの印象を悪くする人が多い。
なぜならぼったくり嘘つきなひどい運転手が多いからだ。

嘘をつくとはどんなことか。
例えば「Aホテルに行ってほしい」といっても、
「あのホテルは潰れたからもうない」という。
マトゥーラという町で実際にこの嘘をつかれたことがある。
「いいからそのホテルに行け!」
「行っても無駄だ。去年つぶれたんだ!」
「そんなことはないからホテルに行ってくれ!」
こんな押し問答を10回ぐらいして、
しぶしぶホテルに行くともちろんホテルはあるのである。
潰れていることなどなく。

なぜこんな嘘をつくかというと、
自分が懇意にしているホテルに案内し、
マージンをもらいたいからだ。

あとはこんな嘘もつく。
「Bという観光スポットにいってくれ」
「いや、今日そこは休みだからやっていない」

これは実際デリーで嘘をつかれたことがある。
「ガイドブックには休みはないはずだ」
「そんなことはない。あそこは金曜日が休みなんだ」
「いや、休みではないはずだから行ってくれ」
「休みに行ってどうする?何も見れないから時間の無駄だ」
「いいからそこに行ってくれ!」

これまたこんな押し問答を10回ぐらいして、
しぶしぶ行くと普通に観光名所は営業しているのであった。

なぜこんな嘘をつくのか。
自分が懇意にしているおみやげやに連れて行きたいためだ。

こんなとんでもない嘘をつくのが当たり前なのがインドなんです。
しかもやっかいなことに、
彼らは真剣に嘘を本当のことのように主張するため、
「もしかして私が間違っているのではないか」
「現地の言う人のことの方が正しいのではないか」
と思ってしまうことだ。

日本の原子力ムラの連中と同じ、
どんな嘘だろうと繰り返し大声で最もらしく、
何度も主張することで、
「私たちが間違っているのではないか」と思わせる、
脅迫的洗脳手法である。

嘘をつくだけでなく、もちろん料金もぼったくる。
ただ今回、主にラジャスターン地方を旅行したが、
意外と親切なリキシャーが多くて逆に驚いてしまった。

ジョードプルでのこと。
市場からホテルに帰えろうとして、
リキシャーをつかまえた。
「マクドナルドに寄ってからホテルに行ってくれ」
というとはじめのリキシャーの運転手は、
「2か所だから200ルピーだ」という。
そんなバカ高いのはあり得ない。
「じゃあいい」といってすぐそばのリキシャーを捕まえる。
すると「80ルピー」という。
半額以下じゃないか!

ホテルに着いてこのリキシャーに料金を支払う時のこと。
80ルピーという細かな札がなかったので、
100ルピーを差し出した。
80ルピーで100ルピー出せば、
チップだと思ってきっとつりなど出さないだろうと思い、
100ルピーあげるつもりで差し出したら、
その運転手は財布からつりを必死に探しているのではないか!

こんなちゃんとしたリキシャー、
インドではろくに見たことない!
その感動のあまり「つりはいらない」といったら、
たいそう喜んでくれていた。
でも私からしたらぼったくり200ルピーリキシャーに比べたら、
半額で行けたのだから。

アジメールという町からプシュカルという隣町まで行く時のこと。
バスで行けばたった10ルピーだが、
大混雑でギュウギュウづめで、
しかもなかなか発車する気配もないので、
長距離だがリキシャーで行くことにした。

アジメールからプシュカルには2度リキシャーに乗った。
1度目のリキシャーは1000ルピー(1700円)と要求した。
確かに山道を登り40分以上走らなければならないが、
でもそれにしても高すぎる。
「500ルピーでいってくれ」といったが、
まったく1000ルピーから動じない。
「ガソリン代もかかるから!」と必死にアピールする。

他のリキシャーを探そうと思ったが、
なぜかこんな時に限っていない。
大荷物も持っていたため、やむなく交渉し、
800ルピーで行ってくれることになった。

しかしこういう強欲なリキシャーは、
これまでの経験上、これで終わることはない。
案の定、インドのリキシャーの典型的な手口である、
運賃以外にガソリン代をぼったくろう大作戦を敢行した。

走ってすぐガソリンスタンドに停車し、
ガソリン満タンにして250ルピーを払えというのである。
前段の交渉段階で、
「ガソリン代もかかるから1000ルピーだ」といったのだから、
当然ガソリン代はあんたが払うべきものである。
ったくうるさいリキシャーだな、
一度がつんといわないとこいつつけあがるぞと思い、
ガソリンスタンドの店員に聞こえるぐらい大きな声で、
「おまえが払うんだろう、ボケ!
そんなふざけたこというなら降りる!」
と日本語でわめいて一芝居うつと、
あわててリキシャーの運転手は、
「悪かった悪かった、私が払います」と態度を改める。

でもこういう輩はやっぱりダメで、
プシュカルに着いて交渉通りの800ルピーを渡すと、
「でもやっぱり遠かったから1000ルピーほしい」
というので無視して立ち去った。
追いかけてはこない。
なぜならこの金額でも十分相場より高いからだろう。

やはりというべきか、これは相当ぼったくられていた。
翌日、同じ区間をリキシャーに乗ったら、
なんと400ルピーという。
あのぼったくりリキシャは1000ルピーとほざいて、
800ルピーまで下げたが、
やはりどう考えても高かったのだ。

でも昨日のリキシャーとは半額も違うので、
私は場所を間違っているのではないかと、
何度も「プシュカルだよ」といったが、
やはり400ルピーでいくという。

こういう親切なリキシャーは最後まで親切だ。
もちろん途中ガソリン代を請求することなんてない。
プシュカルについて500ルピー札を渡したら、
必死に100ルピーのお釣りを探そうとしているので、
「100ルピーはチップだ」といったらたいそう喜んだ。
800ルピーぼったくってなお200ルピー請求する輩とは大違いだ。

プシュカルを降りてからも、この親切な運転手は、
町の有名な寺院までの道案内をしてくれようとしてくれた。
「私は昨日からここに泊まっているから大丈夫」というと、
「それはそれは」といった感じで、にこやかに立ち去っていった。

こういうことがインドでは毎日のように起こる。

でもなんかその度に複雑な思いがする。
英語が巧みで観光客からぼったくれると知った、
ずる賢いリキシャーは、まじめに働いているリキシャーより、
同じ区間走っただけなのに倍も稼げてしまう。

まじめに親切に働いている人が損をし、
客をだました方が得をしてしまう状況。
なんかそれが許せなくて、
思わず安くて親切なリキシャーに、
がらにも似合わず余計なチップなんか渡してしまったのかもしれない。

でも相手がもらえるとは思えない、余計なチップを渡すことは、
それはいけないことなのかもしれない。
もしかしたらまじめなリキシャーを、
「外国人ならいっぱい金くれるから、
もっとふっかけてみるか」と思ってしまうかもしれないからだ。

日本円にしたら100ルピーのチップなんて170円。
日本で考えれば170円渡すことはたいした金額ではないかもしれない。
でもインドの価値で考えたら10~20倍はある。
自分が日本円で換算してたいしたことのない金額だからといって、
安易にチップをはずんでしまうことは単なる自己満足で、
ずる賢いリキシャーを増やすことに加担しているのではないかと。

インドではそんなことが毎日起こる。
その度に自分はどうすべきなのか考える。
そういうことが毎日毎日インド旅行での面倒でもあり、
でもおもしろさなのかもしれない。

・インド写真目次
http://www.kasako.com/08indiatop.html

# by kasakoblog | 2012-05-18 00:38 | 旅行記
2012年 05月 17日
たちの悪い宗教勧誘
「あなたは英語を話せますか?」
都内、地下鉄ホームに向かう下りエスカレーターで、
背後から声をかけられた。
振り返ると人の良さそうな若い男性外国人2人。
日本に来て地下鉄の路線乗換でもわからないのかと思い、
「はい」といって対応したが、
はじめにいきなり、
「あなたはどこで英語を学びましたか?」
と唐突な質問に思わず「はっ?」と聞き返してしまった。

もう一度、英語で繰り返すので、
なんでそんな質問したいのかと思いつつ、
学校に決まってんだろうと思いながら、
投げやりに「スクール」と答えると、
次の質問は「どこに住んでいますか?」というので、
こいつら困っているんじゃなく、
ただ日本人が物珍しくて暇つぶしで声かけてんのかと、
かなりいぶかしがっていたら、
英語がわからないのかと思ったのか、
流暢な日本語で質問をしはじめ、
「おまえら、日本語ぺらぺらじゃん!」と思ったところ、
私が都内に住んでいないことを知ってか、
「よかったら英会話無料で習えます」といって、
ビラを渡して立ち去った。

浦安のモルモン教徒(末日聖徒イエス・キリスト教会)みたい。
無料で外国人から英会話を学べるのをえさに、
宗教に勧誘するというのはいい手法かもしれないが、
駅の下りエスカレーターで、
困っているのかと思って話を聞かせるという、
人の善意につけこんだたちの悪い勧誘手法は許せない。

おまえら、神の教えを学ぶ前に、
人の道を学んでこい。

しかしこういうのってやめた方がいいのにね。
本当に困った外国人に声かけられても、
「こいつらまた勧誘か」みたいな、警戒心を植え付けてしまう。

海外旅行なんかいくと思うけど、
出会った現地の人の印象で、
その国全体の印象は変わってしまうし、
逆に私の対応次第で、日本人の印象も変わってしまう。

個別事象であっても、
それが全体の印象に結び付けられることがある。

気を付けたい。

ちなみに海外旅行でトラブルにあわないための鉄則。
「向こうから話しかけてきた人は相手にしない」
特に日本語使いには注意。

日本でもあてはまるみたい。

# by kasakoblog | 2012-05-17 19:52 | 【ニュース】犯罪
2012年 05月 17日
はじめて作詞作曲した曲を公開してみました
タイトル通り、はじめて作詞作曲してみました。
「くらげの歌」というタイトルです。

音楽素人です。
インドから帰国し、ぱっと思いついてしまい、
妻の反対を押しきって、
アコースティックギターをすぐさま買ってきました。
そしてはじめての作詞作曲に挑戦し、
ギター弾き語りでデモ音源を作ってみました。

http://www.kasako.com/120517_kasakokuragedemo.mp3

音楽を聴くだけだったら、
「この音楽ダサイ」とか「なんかイマイチ」とか、
簡単に批判できるけど、
いざじゃあ作ってみろといわれたら、
こんなに難しいものだとは思ってもみませんでした!
そして音楽はきりがないし答えがない。
だから難しいけどおもしろい、のかもしれない。

音楽に限らず何事もそうですが、
いざ自分が作る立場になると、
作り手の苦労とかがわかって、
今までとはぜんぜん違う見方になるのだなと。
例えば、今まで写真を撮っていない人が、他人の写真を見るのと、
自分で写真を撮る側になって、
他人の写真を見るのとではぜんぜん見方が違うように。

お恥ずかしいながら音楽素人なので、
完成系に仕上げる前に、ネットで公開して、
曲、歌詞、歌などについて、
みなさんの率直なダメだし、感想、
アドバイスをいただけたらと思いました。

アーティストの方がいらっしゃったら、
「俺だったらこうアレンジする!」
「私だったらこんな風に歌う」など、
この「くらげの歌」を使って、
Youtubeなどにアップしたりとかして、
遊んでいただき、お知らせいただけたらありがたいです。
※「作詞・作曲:かさこ」のクレジットを、
どこかに入れていただけたらと思います。

ダメだし、感想、アドバイス、アレンジしてみたぜ、歌ってみたぜなどは、
kasakotaka@hotmail.com
またはツイッターで
@kasakoworld
宛てに送ってくれたらとてもとてもうれしいです。

音楽とは深遠なる魔宮。

「かさこさんは一体何をやりたいの?」と思うかもしれませんが、
もちろん音楽を本職にしようとかできるとかも思っていませんが、
とりあえず何事もやってみることが大事かなと。


くらげの歌  作詞・作曲:かさこ

C      G       Am     Em
悩んで迷って言い訳 完璧ばかりをめざして 自分の夢にフタし続けている
F   G           C    Am        F     G
時代や社会のせいだと 被害者ずらしてみせるけど 臆病なわが身を守ることばかり
C          G       Am     Em
可もなく不可なし毎日 不満はあるけどだんまり 現実逃避はネットでお決まり
F   G   C       Am     F         G
道標なき 流されるだけの人生を 悟ったふりして 賢者気取ってる

C      Am     F      G
変わらなきゃ今すぐに 情けない自分にさよならして
C     Am    F   G
さあ世界へ旅立とう 心の壁をとりはらって
F   G  C    Am     F     G   C
単純でいい 夢中なことをやればいい 屍みたいな人生よグッドバイ

C            G      Am     Em
自分に何ができるだろう?自分らしさって何だろう? 自分は誰かの役に立てるだろう?
F   G      C   Am       F       G
頭でっかちで  自問自答ばかりしてたら いつまでたっても何も変わらない

C     Am    F   G
果てのない広い世界に 心ちっぽけな自分がいて
C     Am        F   G
でも今すぐ動き出そう 希望の地図を広げて
Am     Em     Am     Em
恥という名のプライド捨てて 自分守るための囲い外して
F    G   C  Am         F   G
晴れやかな青空の世界の舞台へ  そこに立てばいい

C   Am     F   G
果てしない旅路の中で 選択肢は無数にある
C   Am           F   G
片道切符の人生だから やりたい道を選び取ればいい
C   Am        F   G
ミスしたってなんてことない たどり着くまでやればいい
F   G C    Am          F     G   C
はったりでいい 行ってしまったもん勝ち 自分にウソつく人生よグッドバイ
F   G  C    Am      F     G   C
単純でいい 夢中なことをやればいい くらげみたいな人生よグッドバイ

# by kasakoblog | 2012-05-17 01:21 | 音楽
2012年 05月 15日
ライバルを気にして自滅したmixiの凋落~みんなにいい顔しようとするからダメになる
mixi(ミクシィ)が身売り検討か?!
日経ビジネスオンラインで取り上げられた衝撃のニュースが、
ヤフーニュースのトップにも掲載され、大きな話題となっている。
ユーザー無視、他社のモノマネばかりで、
独自性を失った成れの果てというべきか、
mixi側は身売り報道を否定しているが、
あれだけ全盛を誇ったITベンチャーも、
落ち目になるともう取り返しがつかないほど、
どんどん落ちるしかないんだというところまで来てしまった。
つい1週間前、私も見限って、
mixiでの日記更新をやめたばかりだった。

mixiとはご存知、日本のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)大手の会社。
最近では海外SNS「フェイスブック」の名ばかり聞くことが多いが、
2004年2月からサービスを開始し、
日本で圧倒的人気を誇っていたサイトでもある。
私が登録した2005年7月当初は、
ユーザーは50万~100万人ぐらいだったが、
今や2711万人ものユーザー数がいるという。
(2012年3月時点、http://mixi.co.jp/profile/think/data/)

しかし近年やみくもにユーザー数を増やすために、
アプリやゲームを導入したあたりから、
mixiの雰囲気があやしくなってきた。
本来、mixiは共通の趣味を持った人などと、
匿名性ながらも実際の友達のように、
密につながれるのが最大の良さだったように思うが、
アプリ目的、ゲーム目的で始めるユーザーばかりが増えた。

さらに2010年にはmixiに加入するための招待制を廃止し、
誰もかれも簡単に登録できるようになり、すぐにやめては、
また別名で登録するといったことが容易になってしまった。
数を追い求めるあまり、
本来のmixiに求めていた、
ネット上だけどアットホームなつながり空間は崩れ、
次第に前と違って荒れる雰囲気が多くなったように感じていた。

アプリやゲームを導入したのは、
競合他社であるグリーやDeNAを意識したものだった。
それによりユーザー獲得を増やすと同時に収益源とするためだった。
しかし私もそうだけど、
mixiにアプリやゲームなんか求めていない。
余計な機能はいいから、人と人とがつながれる機能に、
注力してほしかった。

でもmixi側は
・ユーザーがmixiに何を求めているのか
・他社にはないmixiの特徴とは何なのか
を無視していたように思う。
ただひたすら目先の数を追い求め、
新機能を追加し登録ユーザーを増やしていった。

でもアプリやゲーム目的のユーザーは、
それに飽きると瞬く間に幽霊会員になる。
ユーザー数を増やしたところで、
アクティブに使うユーザーが増えなければ意味がない。

しかしmixiはまるで多重債務者の自転車操業のように、
とにかくユーザーを増やすことにだけ精を出し、
新規会員を引っ張るためのいらん機能ばかりを追加し、
今までアクティブに使っていたユーザーの配慮を忘れていった。
結果、登録数は多いが、今までのユーザーにも見限られ、
ログインユーザーがどんどん減るという、
負のスパイラルに陥っていった。

さらにmixiにとって大失態となった機能改悪が、
2011年6月に断行してしまった「足あと」機能の廃止だ。
これがmixiを窮地に追いやってしまった最大の要因だったかもしれない。

「足あと」機能とは誰が訪問したかがわかること。
mixiは匿名性なので実名が表示されるわけではないが、
変なユーザーがきていないかの確認もできるし、
マイミク(友達)でどんな人がこの日記を見たかもわかるし、
何人ぐらいの人が見てくれたかもわかる。

しかしこの機能を自ら廃止してしまったのである。
既存ユーザーの反発はすさまじく、
足あと機能廃止反対のコミュニティが次々とできた。
多くの既存ユーザーにとって、
とても大事な機能だったのだ。

私にとっても非常に重要な機能だった。
ニュースで日記を書いた時や、
コミュニティで自分の日記を紹介した時に、
どのぐらいの反応があり、
どんな人が見に来てくれていたのか、
すぐにわかるからだ。
日記を更新する楽しみでもあった。

それを廃止してしまった。
しかもよりによって、
新たな“黒船”ともいうべき、
ツイッターとフェイスブックが台頭してきている時に。

新たなライバルに対しても、
mixiの対応策はあまりにお粗末だった。
ツイッターと似た機能として、mixiボイスを、
フェイスブックのモノマネとして、
イイネボタンやmixiページを追加したのだ。

ぱくり機能を搭載してどうするのだ・・・。
mixiの良さは他社のモノマネ機能ではないはず。
mixiの良い機能は廃止し、
他社のモノマネ機能をいっぱい付ければ、
他社との差別化がどんどんなくなってくる。

私ははじめツイッターをやった時、
アクセス数がわからないことに戸惑った。
でもやっていくうちに、
そんなものは必要ないのだとわかる。
ツイッターの機能や良さはそこにないからだ。
だからツイッターにアクセス数機能がなくても、
足あと機能がなくても文句は言わない。
つまりそういうことをmixiは理解せず、
やみくみに何でも機能を詰め込みすぎるのだ。

しかしツイッターの登場は、
mixi離れというよりSNS離れを加速させたのではないかと思う。
ちょうど数年前からSNS疲れが問題になっていた。
はじめはネットでのつながりがおもしろかったのに、
いつしかそれが義務化、硬直化しはじめ、
コメント返ししなきゃいけないとか、
読んだだけでコメントしないのはダメだとか、
そういうことを気にする人も増えてきた。
自由なはずのネット上のつながりが、
まるでリアルな人間社会のように、
無駄なつきあいまで強要されるような、
そんな雰囲気も出てきた。

そうした折に登場したツイッターは実に気楽。
基本、読み流す。
何か返信しても、別に返さなくてもいい。
何より、投稿がたった140字以内でいい。

私のようなブロガーは別にして、
普通の人が日記を毎日更新するのは大変。
でもツイッターというのは実に気楽。
「昼ごはんにラーメン食べた」とか、
「今、九州に旅行中」とか、
そんな一言でいいのだから。

機能を増やしすぎたSNS、mixiなんかに比べて、
気軽に投稿でき、気楽につながれるツイッターは、
mixi離れのある一定の受け皿になった可能性は高い。

そしてフェイスブックの登場。
フェイスブックは完全実名制ゆえ、
安心して強固につながれるというのが強み。
今までmixiが担っていた、
匿名ででもそこそこつながれるのを、
一歩踏み込んだ形にしたSNSだ。

mixiが足あと廃止したり、
招待制を廃止したりして、
代わりにアプリやゲーム機能を増やすことで、
今までのmixiユーザーよりはるかに匿名性が高い、
実体のわからない荒らしユーザーが増えてしまい、
今までより容易につながれなくなってしまったところに、
フェイスブックの登場である。
mixiのつながりが薄れつつあった中、
フェイスブックもmixiの失われた良さの受け皿として、
mixiからフェイスブックに移る人も多かったのではないか。

近年はツイッターやフェイスブックの影響も大きいが、
mixiが凋落してしまった大きな要因は、
ライバル他社がどうのというより、
ライバルを気にしすぎるあまり、
自分の良さを見失い、
手当たり次第ライバルのモノマネをした結果、
なんの良さもない、ライバルにも見劣りする、
魅力ないサイトに自らしてしまったことだと思う。
はっきりいって自爆である。

ITベンチャーともてはやされても、
たった数年でこの有り様。
自ら培ってきた独自性や特徴を客観視できず、
周囲の環境に翻弄された企業としての弱さが、
ついに身売り報道まで出てしまった要因ではないかと思う。

でもこのmixi衰退は私たちにとっても、
大いに参考になる失敗事例だ。
周囲ばかりを見て、他人や他社をうらやみ、
他社と同じようなことをしていると、
自分や自社の良さを見失い、
自分を支持してくれた人まで失ってしまう結果になる。

なんでもかんでも多機能ならいいというわけではない。
1点だけでも他社と違う機能があったら、
ユーザーはそれだけでも利用してくれるのに、
そこを見間違ってしまったら元も子もない。

つまり、みんなにいい顔しようとするからダメ。
みんなに支持されるサービスや商品なんて早々ない。
みんなに受けるよう、ありきたりものを作るから、
他社との差別化ができずに売れなくなる。
思い切って何かを切り捨ててでも、
何か際立った特徴がない人間、企業、商品、サービスでないと、
今の時代は生き残っていけないんだと思う。

mixiの凋落はいい失敗事例として、
みなさんも同じ失敗に陥らないよう気をつけたい。

そんなわけで、今、私はmixiは更新しておらず、
ブログはもっとも大事なツールですが、
それ以上にツイッターにも力を入れていますので、
どうぞお気軽にフォローください(基本フォロー返しします)
https://twitter.com/#!/kasakoworld

フェイスブックは何かとむかつくけれど、
時代の流れにさからわずやってます。
(友達申請お気軽にどうぞ)
http://www.facebook.com/#!/kasakotaka

ただツイッターはともかく、
フェイスブックはかなり眉唾なところがあり、
mixiがそれこそ一度完全リセットし、
初期の頃の仕様に戻せば、
フェイスブックが廃れて、mixiが復活する可能性もないとはいえません。

<参考記事>
ミクシィ、身売りを検討
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20120514/232015/?bv_ru

ミクシィが6割減益・・・凋落を加速させた5つの原因
http://matome.naver.jp/odai/2132989706885995501

# by kasakoblog | 2012-05-15 19:40 | ネット
2012年 05月 14日
メジャーでの行き詰まり、音楽をやめようと思ったことも~ギタリスト長田秀人インタビュー
音楽で食べていけるようになりたい。
その足がかりをつかんだはずの、
メジャーデビューだったが、現実は厳しく、
何度か音楽活動をやめようと悩んだこともあったという、
バンド、メリディアンローグのギタリスト長田秀人さん。
しかし事務所をやめて、会社立ち上げ、
新曲無料化などの音楽活動になってから、
ふっきれたように音楽を楽しむ長田さんの姿があった。
なぜ音楽をやめずにふっきれたのか。話を聞いた。

(取材日:2012年4月)

1:独立して見えた人生の視界
2007年からメリディアンローグのライブ撮影をしているが、
いつからだろうか。
ここ最近、ギター長田さんの演奏姿が、
実に楽しそうな様子に変わっていた。
観客に見せるために激しい動きをしているとか、
そういう意図的なものではまったくなく、
とても自然に音楽に合わせて軽快に動いている姿が、
際立つようになっていた。

「この5年間、音楽活動をやめようかと、
真剣に悩んだことも何度かあった。
メジャーデビューしたものの、
なかなか思い描いたような結果はついてこなかったし」

まさかやめようと考えていたことがあったなんて、
思ってもみなかったので驚いた。
静岡から東京に出てきて、
レストランで週5アルバイトしながらの音楽活動。
気づけばどんどん年齢だけが増えていく。

手につかんだはずの夢の足がかりともいうべき、
メジャーデビューの現実は甘くはなかった。
いやメジャーでの争いが厳しかったのではなく、
音楽業界全体が“地盤沈下”していたからだ。
CDのミリオンセラーなどは遠い昔の話。
新曲はすぐYoutubeで見れてしまう時代。
CDが売れなくなった環境では、
もはやこれまで通りの成功モデルは通用しなくなっていた。

「結果がついてこない不安。
でもメジャーにいることへの妙な安心感。
このままの状態が続けば、
音楽で食べていくことは難しく、
やめざるを得ないかもしれない」

しかし今は一点の曇りもなく、
音楽活動にまい進している。
メジャーをやめて自分たちで会社を設立し、
新曲無料配信サイト「フリクル」を立ち上げたからだ。

「独立してふっきれた。
メンバー3人でいいと思ったことはすぐできる喜び。
昔に戻ったみたい。とても気持ちいい。
好きなことをやろう。そう、音楽をやろう。
そう決めました」

演奏中の軽やかな姿は、
音楽活動への迷いがなくなったからなのかもしれない。

「昔はきっちり弾かなければってことを考えすぎていた。
でも今は多少の演奏ミスがあっても、
それよりも何よりも、
自分が音楽をしている楽しさを全身で表したい。
それがきっとお客さんにも伝わって、
聴いている方ももっともっと楽しくなるはず」

新曲無料配信サイト「フリクル」のアイデアが生まれた時、
その可能性にわくわくし、一刻も早く実行したいと思ったという。
「最近、CDを買うことが少なくなった。
だから曲を無料にするというのは、
今の時代に合ったやり方だと思う。
メリット、デメリットをいろいろ考えたが、
メリットの方が多いと確信した」

はじめはメリディアンローグだけで、
このシステムを使ってやるつもりだったが、
他のアーティストも巻き込む形になった。
「業界全体を変えなければ意味がない」と思ったからだ。
「音楽で食べていけないため、
ミュージシャンをやめてしまう人が増えているのが残念。
どうにかしたいと思った」
それはまさに自分自身の姿とだぶらせていたのかもしれない。

他のアーティストを巻き込むことになり、
大掛かりになったため、メンバー3人で会社設立することになった。
今は週5のレストランをやめて、
立ち上げた会社、株式会社ワールドスケープに、
デザイナーとして働くようになった。

2:兼業ミュージシャンがいてもいい
昔から絵が好きだった。
小学校・中学校時代は漫画を描いていた。
小学生の時にはテレビのイラスト紹介コーナーに応募し、
採用されたこともあった。

「前々からCDのジャケットも描いてみたいと思っていた」
という夢も叶い、
2012年3月に発売されたメリディアンローグのアルバム、
「白地図と羅針盤」のジャケットデザインを担当した。

今はとにかくデザインへの興味があふれんばかり。
「町を歩いていてもロゴマークとか、
いろんな物の形とかが気になって、
思わずずっと見てしまう(笑)」というほど、
デザインにはまっている。

「会社でデザインをしながら、
デザインのスキルを上げていき、
ギタリスト、ミュージシャンとしてだけでなく、
デザイナーとしても仕事ができるようになりたい」

長田さんが描く理想の自分の姿は、
デザイナーとミュージシャンを兼業して働いていること。
「そんなミュージシャンがいてもいいのかなと」

しかしそこまでデザインに打ち込んで、
ギターや音楽活動に影響はないのだろうか。
「僕の場合、ギターだけずっとやっていたら行き詰ってしまう。
もちろんデザインだけずっとやっていてもそう。
ギターとデザインの2本立てだから、
どちらもいいバランスで集中できる」

音楽以外に打ち込めるものを見つけられたのも、
長田さんが最近とても楽しそうにしている要因なのだろう。

「夢はバンドとして成功することが第一。
ギタリストとしてソロライブをしたいというのもある。
でももう1つ、デザイナーとして個展を開きたいというのも夢。
そんなことができるようにがんばっていきたい」

今、長田さんの活動は、バンドとして音楽半分、
会社の仕事としてデザイン半分といった割合だ。
会社中心のドラマー海保さん、
音楽中心のボーカル涼さんの中にあって、
ちょうどその中間的な存在として、
メンバー間のバランスをとる中和剤的役目もこなす。

どちらの活動も自分の夢に直結する。
デザイン、プログラムに力をいれ、
会社で行っているサイト事業が成功すれば、
自分たちが音楽で食べていける可能性がぐんとあがる。
音楽は音楽でこれまで以上にギターの腕を磨き、
作品のクオリティを上げていく。

「音楽もデザインも自分の好きなことでやりたいこと。
それが夢に直結している今がとても充実している」

今の長田さんに迷いはない。
好きなことをやっている人は実に輝いていた。

・長田さん写真
http://www.kasako.com/1205osadafoto.html

・フリクル
http://frekul.com/

・メリディアンローグ公式サイト
http://meridianrogue.com/

・2007年長田秀人インタビュー
http://www.kasako.com/sakuhin.files/osada.html

# by kasakoblog | 2012-05-14 21:32 | 音楽
2012年 05月 13日
よそ者を嫌う地域に未来はない~限界集落「秋元」の取り組み
「よそ者にはきてほしくない」
「よそ者のあんたらにはわからない」
被災地取材や地方取材をしていると、
こんな言葉を投げつける人がいる。
その瞬間、思う。
この村はダメだな。
数十年後にはなくなっているだろうと。

日本の田舎に幻想を抱く人もいるかもしれないが、
田舎は驚くべきほど保守的で閉鎖的だ。
決まりきった人間関係とその序列を崩したくない。
外からの刺激をシャットアウトし、
内なるルールと秩序を守ることで、安穏と暮らしたい。
そう思っている人が多い。

それで村がこの先も存続し、
発展していけるならそれでいい。
しかし時代や社会の環境が大きく変わり、
もはや今まで通りのやり方では立ち行かなくなった。
保守的・閉鎖的・非効率的な村のやり方に嫌気がさし、
どんどん若い人たちが村を出て帰ってこない。
結果、高齢化率は上がり、学校が消え、郵便局が消え、
商店が消え、交番が消え、病院が消え、
過疎化した町になっていく。

でも都会とは違い、そこには、
ゆったりとした時の流れや、
恵まれた自然環境が残されている。
村の若者の中には、
できれば都会に出てしまうのではなく、
この素晴らしい村に住み続けて、
暮らすことができないかと考える人も多い。

一度、都会に出たものの、故郷の良さを知り、
故郷の戻ってなんとか再び村を活性化し、
そこで仕事が見つけられ、
子供を育てられる環境にならないかと、
新しい取り組みをしている人もいる。
しかし往々にして村の若者の活動は、
村に住む旧来の権力者=保守的な老害によって叩き潰される。

結果、新しい取り組みもなく、
よそ者を受け付けない村は、
ただただ衰退していくだけで、
高齢者の医療費だけがひたすらかさんでいく。
そう、村に限った話ではなく、今の日本のように。

4月に防災公演のオファーをくださった、
宮崎県の高千穂にある秋元集落は、人口100数十人で、
ほとんどが60歳以上の高齢者という限界集落だ。
そんな集落がなぜよそ者の私を招き入れてくれたのか。
集落を活性化させようとする若者がいたからだ。

オファーをくださったのは飯干君枝さん。3児の母だ。
旦那さんである飯干記章さんが秋元集落の出身で、
結婚して後、近くの集落からここで暮らすようになった。
限界集落にもかかわらず、村人たちが元気でおもしろい!
私はここに連れられてきた時、
ネパールの山奥かチベットに来たのかと思ったぐらい、
商店が1軒しかない超田舎、日本の秘境だったが、
不便な生活よりも自然豊かなこの集落が気に入り、
集落のホームページを立ち上げたり、
村の散策マップを制作したりして、
集落がこの先も存続できるよう、
外との交流に力を注いでいる。

秋元集落出身の飯干記章さんも、
同じ思いを持った一人だ。
高校生まではこの秋元で暮らしていたが、
大学進学時にこの村を離れた。
その後はアパレルショップに6年間勤務。
転勤の多い会社で、福岡、仙台、札幌などを転々とした。

仕事はキツイ。
毎日夜遅くまで仕事をし、
休みはほとんどない生活。
休みでも店に何かあれば、
店長として店に顔を出さなければならない。
そんな生活にふと疑問を思うようになった。

「お金よりも時間がほしい。
自然に恵まれた集落に戻って生活したい」
そう考えて会社を退職し、村に戻ってきた。

はじめは仕事がなく、
おじさんのところの手伝いで、月数万円の収入のみ。
なんとかこの村で暮らすために、
また自分と同じような思いをしている若い人たちが、
村に戻ってこれるよう、仕事を作れないかと、模索していた。

九州ツーリズム大学で出会った井原満明先生の話だった。
ヨーロッパではイギリス産業革命直後、
ワーカーホリックで病気になる人が続出した。
そこで国民休暇法を制定し、
休暇時には農村に行くことを奨励。
それにより農村では都市の「観光客」を受け入れるため、
農家民泊や家族経営による小規模宿泊施設「B&B」などができていった。
こうしてヨーロッパでは都市の労働者を癒す、
ツーリズムが発達していったという。

その話を聞いて記章さんは思った。
これはまさに今の日本ではないか。
自分も過剰労働に疲れて田舎に戻ってきたが、
今、日本人の多くは都市での仕事生活の毎日に疲れきって、
心も体もズタボロになってしまっている。
田舎に来て癒される。
その受け皿に秋元がなれば、秋元で仕事が生まれ、
秋元集落自体も存続できるのではないかと考えた。

同じ思いを持っていたのが、
54歳の時に高千穂町役場を早期退職した飯干淳志さん。
(秋元集落はほとんど飯干姓)
少子高齢化、過疎化が進む村を憂い、
「この先、村がなくなってしまうのではないか」
「今後、村を誰が守っていくのか」
「村を次の世代に残すために何かしなくてはならない」と考え、
「高千穂ムラたび活性化協議会」を発足。
「観光と連携してムラに生業を創る」ことを掲げ、
農業直販、農村民宿、エコミュージアムの3つに主に取り組んできた。
これに記章さんも賛同し、力を注いだ。

中でも核となっているのが、
「エコミュージアム」という発想だ。
集落全体を博物館と考え、外の人に見てもらいやすいようにする。
保守的・閉鎖的ではなく、
ムラを“よそ者”にも開放し、
誰もが来やすいようにするという考え方だ。

3年前からこうした取り組みを始めたが、
中には反対する人もいる。
村のすべてが一丸となってというのは難しいが、
とはいえ村の存続の危機感はみなに共通するもので、
少しずつ活動は進んでいった。

村の中に空き家や石倉、納屋を活用した3カ所に、
村の暮らしにかかわる展示を見てもらえる展示施設を作った。

毎年、夏休み時期に、都会の学生を招き、
2週間程度の短期滞在をしてもらい、
彼らに村を知ってもらいつつ、
都市の若者と村人との交流を図る機会を設けた。

“よそ者”を招き入れる活動は思わぬ効果を生んだ。
「川の水が飲めるなんて知らなかった」
「味噌も豆腐も自分で作れるなんて知らなかった」
村では当たり前のことが、
それこそが都会にはない良さなのだと気づいた。
秋元では水がきれいな場所にしか自生しない、
葉わさびがとれたりもする。
村の良さとは何なのかを、
外の人を受け入れることで知ったのだ。

自分たちの立場を守るために、
「よそ者にはわからない」と、
切り捨ててしまう地方の人がいるが、
それは間違った考えだと思う。
なぜなら、よそ者が見た村も、
それはそれで1つの「真実」だからだ。

例えば外国人が日本で観光に来て、
その時、たまたま出会った日本人に騙されたりしたら、
「日本はひどいところだ」と帰って友達たちに言うだろう。
「いや、それは違う。よそ者がちょっと訪れただけで、
日本のことなんてわかるわけがない。
日本人はとってもいい人たちばかりだ」
といったところでそれは無駄だろう。
なぜなら訪れた外国人にとっては、
日本人にひどいことをされたのが現実であり真実なのだから。

つまりよそ者が見るその地域の感想を、
「短期で滞在しているからわからない」
「よそ者なんかにはわからない」と切り捨ててしまうと、
自分たちがどう他者から見られているか、
客観視できる機会を失ってしまうことになるのだ。

だいたいこう批判する人は、
仮に何年、何十年そこに住んだとしても、
「あいつはもともと村の出身じゃないからわからない」
と切り捨ててしまう。
ようは自分に都合の悪い意見は、
「よそ者だから」という殺し文句で、聴く耳を持たない。
だから今のように村は衰退し、立ち行かなくなっている。
どこかで「外様」の意見も取り入れ、
自分たちが置かれた状況を客観視し、
何が自分たちにとっての強みで、
何か弱みなのかを整理しなければならないのだ。

日本の歴史を振り返ってみても同じ。
「外様」が来ないと改革できず、
衰退するケースがいかに多いことか。
家族同族経営で行き詰る企業とか、
鎖国していたけど、
外国人が来たことで、文明開化が起きるとか。
一億総玉砕状態だったが、
外国に「占領」されることで、
その呪縛から解かれるとか。
今の北朝鮮なんか見てもそう。
外と交流しない地域は衰退するのだ。

秋元の話に戻ろう。
秋元では村が今後も存続できるよう、
村内に村の野菜を直売できる、
無人の「いろはや」を設置した。

今までは自分たちが食べる分だけ作っていて、
食べきれない分は捨てていたという。
でもこれだけ水がきれいな場所だしもったいない。
外から来た人にもみやげになると、
こうした直売所を作った。

野菜を作るおばあちゃんたちにとっても、
「今日はいくら売れたかな?」と、
新たな楽しみが増えた。
自分のためでなく他人のためになり、
それが対価となって返ってくれば、その人の気は若返る。

秋元では集落のどぶろくを商品化し、
「千穂まいり」として販売し始めた。
飯干淳志さんの娘さん、飯干絵里子さんと、
高千穂町に住む佐伯勝彦さんの2人が中心となり、
どぶろくの製造、販売を手がけている。

「アルコール度数を6~8度と、
本来のどぶろくより低めにし、
多くの人に飲んでもらいやすいようにしました」という。
直販だけでなく高千穂町の酒屋などにもおろし、
販路は広がっている。
また1つ、若者が暮らせる仕事が生まれたのだ。

さらに秋元集落に興味を持った人が、
秋元で泊まってもらえるよう、
どぶろく造りもしている、
飯干淳志さん宅が「民宿まろうど」を。
飯干記章さん、飯干君枝さん夫妻の父親である、
飯干金光さん宅が「農家民宿蔵守」を始めた。

私は講演のために訪れた際、
「農家民宿蔵守」に泊めていただいた。
飯干金光さんはこんな風に話す。
「泊めるのは1組限定。せっかくのご縁なので、
来た方とじっくり話をして、つながりを大切にしたい」

農家民宿ゆえ宿泊施設としての整った設備があるわけではなく、
普通の家の空いている部屋に泊まる形だが、
秋元で作られたものを使った田舎料理などが味わえ、
秋元についての話も聞けるのが何よりの魅力だ。

ここにも“よそ者”との交流を積極的に図ることで、
自分たちの村を守るために、
新しい取り組みをはじめている人がいる。

保守的・閉鎖的ではないそんな雰囲気が村にある。
だからこそネットで知った私のような存在を、
防災講演のために呼んでくれたりもする。
秋元は以前、襲った台風で孤立した集落でもあり、
災害とは無縁ではないからだ。

もし私に声をかけてくれなかったら、
私は一生、秋元集落の存在を知らなかっただろう。
以前に高千穂まで旅行したことがあるにもかかわらず。
でもこれがきっかけで新たな交流が生まれる。
そして私がこうして紹介することで、
「秋元集落」という存在を多くの人が知る。

それがすぐにすぐ直接的な経済利益に結びつくわけではない。
しかし村の存続に欠かせないはじめの一歩は、
まずその存在自体を知ってもらうことにある。

東日本大震災では被災地域があまりにも広大で、
有名な町には支援が集まったが、
有名ではない辺鄙な場所には支援が集まらなかった。
でも猫が神様の島、田代島のように、
ノラ猫という観光資源を活かして、
うまくPRすることで、復興に必要な1億5000万円もの資金を、
わずか数ヶ月で集められたところもある。

「よそ者にはきてほしくない」
「よそ者のあんたらにはわからない」
被災地取材や地方取材をしていると、
こんな言葉を投げつける人がいる。
その瞬間、思う。
この村はダメだな。
数十年後にはなくなっているだろうと。

冒頭に掲げたこの言葉の意味を、
ここまで読んでいただけたらわかったのではないかと思う。
徳島の過疎漁村・伊座利も、
外との交流を積極的に図り、
“よそ者”の短期移住に力を入れることで、
学校が廃校にならず、集落は活気にあふれている。

この話は過疎化する村に限った話ではない。
日本全体の話でもあり、企業体質にも共通する。

よそ者を受け付けないところは衰退する。
「よそ者なんて」という言葉を使っている時点で、
その人はその場所はもう終わっているなと思う。

日本は変わった。世界は変わった。
あなたは変わった?
既得権益はあなたです。

よそ者や新しい取り組みや変化や改革を受け入れる度量がないと、
そこはやがて死にゆく定め。
反対や批判だけして建設的な意見が言えない人間は、
足を引っ張るだけでこの世に害悪なだけだ。
秋元集落のような取り組みに学ぶべきところは多い。

ちなみに秋元は神楽で有名。
高千穂町では集落ごとに神楽があるが、
秋元の神楽は有名で、
毎年11月の最終土曜に行われる神楽には、
多くの観光客が訪れるという。
私もその頃にまた秋元を訪れたいと思っています。

秋元の名所
・この岩を見に行くだけでも価値あり!長久郎岩

・この岩もすごい!殿の岩

・秋元神社


<関連リンク>
秋元集落の紹介ページ
http://akimoto-mura.com/

どぶろく「千穂まいり」
http://chihomairi.com/

農家民宿蔵守
http://akimoto-mura.com/about-kuramori.html

民宿まろうど
http://akimoto-mura.com/minsyuku-maroudo.html

田代島の奇跡
http://kasakoblog.exblog.jp/15939618/

徳島漁村伊座利の奇跡
http://kasakoblog.exblog.jp/9913849/

宮崎での防災講演スライド(2012/4/15)
http://www.kasako.com/20120414miyazaki.pdf

東京での防災講演スライド(2012/3/20)
http://www.kasako.com/20120320kasako.pdf

防災について「うちでも話をしてほしい!」という講演依頼のある方は、
メールいただければと思います。
kasakotaka@hotmail.com

# by kasakoblog | 2012-05-13 22:45 | 生き方
2012年 05月 12日
新曲無料化でアーティストとしての喜び増える~メリディアンローグ涼さんインタビュー

ミュージシャンは曲を作ってお金を得るのが当たり前だった。
しかしバンド「メリディアンローグ」は、
新曲を無料化するという重大な選択をした。
バンドのプロモーション戦略としてはともかく、
作詞作曲をしている当人はどう思っているのだろうか?
メリディアンローグの作詞作曲を担当している、
ボーカル涼さんに話を聞くと、意外な答えが返ってきた。
(取材日:2012年4月)

1:新曲を多くの人に聴いてもらえる喜び
CDが売れない時代。
以前に比べてレンタルすらあまりしなくなった。
曲はネットで探せば無料で聴けるのが当たり前になり、
ミュージシャンが曲を作って売るのが困難になっている。

そんななか逆転の発想ともいうべきアイデアで、
新曲を無料配信することで多くのリスナーを獲得し、
ライブ動員やグッズ販売で食べていければいい、
という選択をしたのがメジャーデビューの経験もあるバンド、
メリディアンローグだ。

その戦略は今の時代環境を考えたら「正しい」と個人的に思う。
でも今まで曲を作ることでお金を得ていた、
作詞作曲している当人はどうなんだろう、
というのが私の最大の関心事だった。

バンドとしてはやむを得ないが、
作品を作っている当人としては、
例えば100円でもいいからiTunesで販売するとか、
何らかの対価を得たいと思うのではないか。
曲を無料にしてしまうことは、
ある意味では「プロ」ではなく、
「アマ」になってしまうのではないか。
そんな心配をしていた。

しかしそれはまったくの杞憂であった。
メリディアンローグの作詞作曲を担当している、
ボーカル涼さん宅を個別インタビューのため訪れると、
音楽の話ではなく今、
涼さんの最大の関心事となっているダイエットの話を、
部屋にそなえつけたルームランナーに乗って、
嬉々として語ってくれた。

そんな様子を見る限り、メジャーをやめて、
新曲を無料にしたこの1年の活動は、
涼さんにとってもいい選択だったようだ。

「無料になったことで多くの人に、
自分が作った曲を聴いてくれるチャンスが増えた。
今までなら新曲を出しても、
お金を払ってくれる人にしか聴かせられなかった。
でも今はメルマガ登録している人に、
すぐに聴かせることができる。
聴いてくれる人が多くなる方が、
作品の作り手としては何よりうれしい」

言われてみれば確かにそうだ。
私もブログの文章を有料メルマガにしないのは、
何よりも多くの人に読んでもらいたいから。
自分が食える食えないという問題は別の手段なりでどうにかし、
何よりも自分の作品を多くの人に見てほしいというのは、
クリエイターに共通する想いなのだなと。

しかも今まで事務所に所属していた時とは違い、
自分の思いのままの曲をそのまま配信することができ、
それを好きなタイミングで出せることも、
ボーカル涼さんの心の状態がいいことの要因なのかもしれない。

「例えば『ブラインドマスク』のような、
ラップを多用した実験的な曲をすぐに出すことができた。
今までだったら、これまでのメリディアンローグのイメージと、
やや離れているため、すぐに新曲として出すことはできなかったかもしれない。
自分が今いいと思った曲をタイムリーに出せる。
リスナーの反応はどうかなと思ったら、
実験的なこういう曲でもむしろすごく人気があって、
喜んだりもしてくれる。
そういうことがダイレクトにわかるようになってうれしい。
自分の感性を信じて作った曲を、
気に入ってくれる人がこんなにいるのだと知れるから」

曲に限らず何か作品を作るというのは、
とてもあやういバランスの上に成り立っている。
聴き手を意識しすぎてそこに迎合してしまえば、
ありきたりのありふれた作品になってしまうし、
だからといって我を押し通しすぎて、
聴いてくれる人がいなくなったら、
それはクリエイターとして存在しなくなってしまう。

でも自分の信じる曲を無料で毎月出し続けるという、
これまでとは違った経験を通して、
「自分がいいと思った世界観=音楽作品がリスナーの満足にもなる」ことを知った。
自己満足でもいいのだ。
それをいいと思ってくれる人がいるのだから。
尖ったものでも「自分がいいと思うことがまず第一」という、
創作活動の原点を再認識した1年だったのではないか。

だから曲が無料であることに不満などなく、
むしろ今までより多くの人に知ってもらうチャンスが広がり、
「今はまったくストレスフリーといっていい状態」で、
涼さんは音楽を作れている。

「この1年でどれだけの代表曲が作れたことか」
という言葉に活動の充実ぶりは集約しているように思う。
1リスナーという立場でメリディアンローグを考えてみても、
毎月新曲を出し続けたこの1年は、
今までの数年間の活動の何倍もの密度と量と質を伴った、
素晴らしい曲群が誕生したと思っている。

2:ピアノ、ストリングス(弦楽器)からギター、デジタルへ
独立2年目となる今年はさらなる飛躍をめざすべく、
「もっともっと曲は変わっていくかも」と涼さんは話す。

「今までメリディアンローグの曲といえば、
ピアノ、ストリングスみたいなイメージが強かったと思うが、
今後の曲は全曲ギターボーカルになるぐらい、
自分がギターを持って弾く曲が多くなるはず。
ギター音中心でかつデジタルな感じのする曲が、
増えていくと思います」

曲はメンバーに聴かせて反応を見たり、
アレンジの部分でメンバーの意見を採用することもあるが、
曲に関しての最終決定権は涼さんにある。
「時代の志向を意識しすぎて作るのはあやういが、
でもきっと今の自分の音楽の志向は、
今の時代に合っているのではないかという気がしています」

最近は「メロディーに凝りすぎるのは逆にかっこわるいのでは?」
と思っていたりもして、凝りすぎず、
スタイリッシュでクールな感じの曲を作りたいと考えているという。

「でも何より大切にしたいのはワクワク感。
おもしろいことをしたい。
予想がつかないようなこともしていきたい。
作る側にとっても聴く側にとっても、
そういう楽しさが重要だと思う」

このため今年度からは毎月新曲配信から、
2ヵ月に1度のペースを変える。
「毎月新曲配信だと活動がそれだけになってしまい、
おもしろい企画とかする時間がとりづらくなってしまう。
今後はむしろそういうことにも力を入れていきたい」

「音楽的にもマニアックなものがあってもいいと思う。
例えば30分の曲とか1時間の曲とか(笑)。
ABメロ、サビがない曲とか。
いい意味で予想を裏切る楽しいことをしていきたい。
もしかしたらバンド名を変えるとかあるかもしれないし(笑)」

バンド活動的にはネットを活用しつつ、
今後は「顔が見える」リアルな感じを出していきたいという。
その一環でバンドの公式サイトも、
今までメンバーの写真がなかったものから、
メンバーの写真が写ったものに変えた。

「ネットで無料配信しているからこそ、
どんな人が音楽をしているのか、
顔を見せていくことが重要」と説明する。
確かにその方が親近感がわきやすいし、
知らない人もとっつきやすいだろう。

3:ダイエットと食べること
それにしても今、ボーカル涼さんの頭を占めている大半は、
ダイエットのことだ。
涼さんの凝り性は半端なく、
様々なダイエット本やダイエット理論を研究し、
毎日こまめなカロリー計算を行い、
カロリーを落とすために、
「こんにゃくうどん」「こんにゃくベーグル」「こんにゃくケーキ」など、
ダイエットメニューの研究にも余念がない。

家ではルームランナーに乗って歩きながら、
メールのチェックをして返信したりもする。
時にはルームランナーに乗りながら歌詞を考えることも。

しかしなにゆえにそこまでダイエットにこだわっているのか。
それはメンバーである海保さんから言われた一言だった。
「涼さんが限界までダイエットした姿もみてみたい」

ならばやってみよう。
そこまでやって「やせた」と言われないのなら、
もうダイエットはやめて食べること重視の生活にシフトしようと、
今はダイエットにまい進中だ。

しかしダイエットしているのに、
そのためにこんにゃくばかり食べているのに、
食べること、飲むことは大好きな涼さん。
漫画やドラマやテレビ番組はグルメ関連をこよなく愛し、
食べログで行ってみたい店は、
500~600件近くブックマークしているという。
「いつかグルメリポーターをやってみたい」
というほどの食道楽でもある。

「空気みたいな当たり前の存在の音楽はもちろん、
僕の人生にとって重要なことだけれど、
音楽と同じくらい、いやそれ以上に重要なのは食べること!
食べることは生きることそのもの。
食べる楽しみなしでは生きていけない」
というほどのグルメだ。

今はダイエットに凝っているが、
数ヵ月後にはダイエットはやめていて、
グルメに凝っているかもしれない。

何をするのでもとにかく凝り性の涼さん。
その徹底したこだわりぶりが、
音楽の完成度にも表れている。
今後どんな曲を作ってくれるのか楽しみだ。

・フリクルでメリディアンローグの曲が無料でもらえます!
http://frekul.com/artists/profile/mr

・メリディアンローグ公式サイト
http://meridianrogue.com/

・2007年涼さんインタビュー
http://www.kasako.com/sakuhin.files/merirog.html

# by kasakoblog | 2012-05-12 23:26 | 音楽
2012年 05月 11日
インドの子供たち

ワンフォトプリーズ!ワンフォトプリーズ!ワンフォトプリーズ!
いろんな国で子供たちの写真を撮っているけど、
インドほど相手から撮ってくれ撮ってくれとせがむ国はない。
カメラをぶらさげて町の路地裏を歩いたらさあ大変!
わずか数日、子供たちの写真は大量。
膨大な数の中から73枚写真をアップしたので、
よかったらご覧ください。

外国人をひっつかまえて「写真を撮れ!」とせがむ、
インドの子供たちのいい意味での押し付けがましさを見習わないとなと思った。
私はここにいる。
それを自分でアピールしない限り、
世界は誰も気づいてはくれない。
みんな忙しいし、何十億人もの人がこの世界にいるのだから。

・インド子供写真1
http://www.kasako.com/1205indiafoto1.html

・インド子供写真2
http://www.kasako.com/1205indiafoto2.html

・海外子供写真目次
http://www.kasako.com/kodomofoto.html

# by kasakoblog | 2012-05-11 20:30 | 【写真】海外
2012年 05月 11日
くらげの歌
悩んで迷って言い訳 完璧ばかりをめざして
自分の夢にフタし続けている

時代や社会のせいだと 被害者ずらしてみせるけど
臆病なわが身を守ることばかり

可もなく不可なし毎日 不満はあるけどだんまり
現実逃避はネットでお決まり

道標なき 流されるだけの人生を
悟ったふりして 賢者気取ってる

変わらなきゃ今すぐに 情けない自分にさよならして
さあ世界へ旅立とう 心の壁をとりはらって

単純でいい 夢中なことをやればいい
屍みたいな人生よグッドバイ


自分に何ができるだろう? 自分らしさって何だろう?
自分は誰かの役に立てるだろう?

頭でっかちで  自問自答ばかりしてたら
いつまでたっても何も変わらない

果てのない広い世界に 心ちっぽけな自分がいて
でも今すぐ動き出そう 希望の地図を広げて

恥という名のプライド捨てて
自分守るための囲い外して

晴れやかな青空の世界の舞台へ
そこに立てばいい

果てしない旅路の中で 選択肢は無数にある
片道切符の人生だから やりたい道を選び取ればいい
ミスしたってなんてことない たどり着くまでやればいい

はったりでいい 行ってしまったもん勝ち
自分にウソつく人生よグッドバイ

でも
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# by kasakoblog | 2012-05-11 13:20 | 生き方


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