2009年 06月 06日
冤罪は国民が作る
自白強要した足利事件の指揮をした元警察幹部のブログが、
批判コメント殺到したというが、
冤罪なんて後からわかったから批判できるのであって、
事件当時は最先端のDNA鑑定で一致したのに、
容疑を否認する悪い奴だと、
国民だって冤罪に一役、買っていたんじゃないか。

例えば先日の京都教育大の集団強姦事件。
このニュースに対するコメントの多くが、
「合意の上なんてあり得ない!容疑を認めろ!」
と、容疑者が否認しているのに、
一般論を振りかざし、容赦なく「自白強要」を煽っている。

足利事件の冤罪ニュースを、
警察が悪いと責任をなすりつけるマスコミだって、
京都教育大の事件にせよ、小沢秘書逮捕にせよ、
容疑が事実かどうかもわからない段階で大々的に報道し、
さも容疑が事実であるかのような世論形成を未だにしている。

もちろん自白強要させた警察は悪いし、
無罪が確定的になったのに、
「最高・最善の捜査を尽くした」などと、
ブログに平気で書く神経は批判されるべきだが、
じゃあ国民自身は、犯人でもないかもしれないのに、
「合意の上なんてあり得ない」「早く容疑を認めろ」
とコメントしていること自体が、
冤罪を助長させていることに気づくべきだろう。

別に京都教育大のレイプ犯たちをかばうつもりはないし、
集団強姦事件を冤罪というつもりはないけど、
結局、冤罪って、
警察官やマスコミや国民の思い込みから起きてしまうわけです。

「絶対にやったはずだ」「絶対におまえが犯人だ」
という思い込みの恐ろしさ。
それは警察だけでなく国民にもある。

冤罪をなくしたいのなら、
バカなマスコミが報道する、
極めて一方的な報道をうのみにして、
容疑者を容赦なく批判するんじゃなく、
事件の真実が明かされるまでは、
あらゆる可能性を考えて、
ニュースにコメントすべきだろう。

警官も裁判官も政治家も官僚もマスコミも教師も、
そして国民も、腐っている輩が多い。
その腐った輩に乗せられて、
事実がわからないのに、
善悪を決めてコメントをすることは、
ますますこの世に冤罪をはびこらせる原因になるだけだと思う。

それにしても、犯人と決めつけたのもDNA鑑定なら、
犯人ではないと決めつけたのもDNA鑑定。
昔のDNA鑑定はいい加減だったとして、
今のDNA鑑定を信じた結論なわけだけど、
また20年ぐらいしたら、今のDNA鑑定はいい加減だった、
ということにはならないのだろうか?

今のDNA鑑定が最先端だから100%絶対と言い切れるのか。
冤罪にした原因は、DNA鑑定過信が招いたことに他ならないのに。


by kasakoblog | 2009-06-06 14:32 | 一般


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