好きを仕事にする大人塾「かさこ塾」塾長・カメライター・セルフマガジン編集者かさこのブログ

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2009年 11月 14日

外人が被害者だから犯人賛美

市橋容疑者が水嶋ヒロに似ていてカッコイイとか、
そういう騒動がネットであるらしいが、
どうもこの市橋事件。
のっけから犯人賛美論調で報道されているように思う。
なぜなら被害者が日本人ではなく外人だからだ。

もし被害者が日本人なら、
凶悪犯なのに逃げやがって死刑にしちまえみたいな、
そういう論調が主流になるのが最近だが、
被害者が外人のせいで、
日本人には同じ人として見れないのか、
被害者をかわいそうと思えないのか、
どうものっけから賛美されて報道されているように思う。

・よくこれまで逃げられたな~
・整形までして逃げようとは頭がいい
・地道に働いて金ためるなんてえらい

もし被害者が若い日本人女性だったら、
加害者の逃亡人生より、
奪われた被害者女性の無念に焦点があてられ、
逃げたのだから極刑にすべきみたいな論調を、
煽る報道の仕方になっただろうが、
どうも今回は勝手が違う。
被害者は外人だから自分たち(日本人)には関係ないみたいな。

日本人が被害者なら、
市橋容疑者の両親なんかにスポットを当てず、
マスコミは被害者の両親を追い掛け回し、
犯人への憎しみや憤りを語らせるだろう。

ところが今回は被害者が外人。
被害者の家族がコメントしている報道ももちろんあるけど、
英語で何しゃべっているかわからない日本人は、
外人の被害者家族をかわいそうと思うより、
逃げおおせた犯人を生んだ、
複雑な心境の加害者両親に同情を寄せる。

昨日たまたま、この市橋事件について、
私がかつて敬愛してやまない作家の藤原新也が、
まったく時代を読み違えた評論をブログに書いていて、
ちょっと唖然とした。

藤原新也によれば、
最も殺してはならない白人を殺したから、
市橋に対する捜査が厳しく行われ、
これだけ世間を騒がしているというのだ。

もちろんイギリス当局からの圧力はあったかもしれないが、
世間が市橋事件を騒いでいるのは、
藤原新也がいうような白人コンプレックスを持っているからではない。
むしろ世間は被害者が同じ日本人でないことにほっとし、
だからこそ逃亡がすごいだとか、
彼は水嶋ヒロに似てカッコイイとかいえるんだし、
そういってもたいしてバッシングされないのではないか。

藤原新也は白人の方が黄色人種より尊い扱われ方をしている、
みたいな分析をしているが、
まるっきり履き違えている。

今の日本人は、殺されたのが日本人か外国人かで、
被害者に寄せる同情が違っていて、
外国人が被害者の場合は、
日本人が殺されるよりたいして被害者には関心がないのではないか。

「外国で飛行機が落ちました
乗客に日本人はいませんでした
いませんでした、いませんでした」

あの発想と同じである。

多分、私たちの深層心理には、
外人なら別に死んだってたいしたことじゃないみたいな、
そんな考えがあるんじゃないか。

同じ日本人が殺されたら、
自分や自分の愛する家族に身を置き換えて、
危機感を感じ、犯人に憎しみを覚えるが、
外人死ぬと自分とは違う世界で起きた出来事みたいな。

もし市橋が殺したのが日本人教師だったら、
国民から厳しい視線にさらされていただろうが、
被害者が外人だから、逃亡や容貌が賛美され、
それについて違和感を覚えないムードが世の中にある。

なんとも不思議な世の中。
まあそれは日本に限ったことではないのかもしれないが。

それにしても藤原新也は、
かつての鋭い社会分析眼をここまで失ってしまったとは、
とても残念に思う。

藤原新也の市橋事件についての考察
http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.php


by kasakoblog | 2009-11-14 20:15 | 一般


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