2010年 09月 16日
ネットだらだら病
家に帰ると、だらだらだらだらネットを見てる。
ニュースサイトをめぐる。
おもしろいニュースがあったらつぶやく。
しばらくしてその反応を見る。
そしてまたつぶやく。その繰り返し・・・。

ニュースを見た感想を日記を書く。
ブログやmixiにアップする。
その間に他の人の日記やコミュを見る。
しばらくして自分の日記を見返して、反応を見る。
その繰り返し・・・。

おもしろ動画を検索して、Youtubeを飛び回る。
そうだ!最近人気の韓国の美脚軍団「少女時代」を見てみよう。
そんな風にしてどんどん、どんどん時間が過ぎていく・・・。

あっという間に日をまたぎ、
そろそろお風呂にでも入ろうかと風呂に入る。
そのわずかな間で、何かメールでも来てやしないか、
新しいニュースはないか、
ツイッターやmixiの反応はないかと、
風呂上りにあわててネットをチェックする。

お風呂に入っていた15分間。
特に“世界”に変化はないようだ。

ほっと一安心するも、
何の目新しいニュースもなく、
メールも反応もないことに、
自分の存在が“世界”から忘れ去られたようで寂しくなる。

そこで自分の存在を確認するため、
ネットでまた発言し、
その反応がかえってくると一安心する。
その繰り返し。
そんなことをやっていると、
あっという間に時間が過ぎていく。

毎日毎日こんな感じ。
パソコンやケータイの前では、
まるでツイッターのTL(タイムライン)のように、
“世界”が動いている。

円が1ドル82円台になっただとか、
あっという間に85円台になったとか、
ニューヨークのモスク建設について、
賛成反対が入り乱れているだとか、
押尾学がすぐに電話をかければ、
助かったとか助からないだとか、
イチローが3安打したとか、
中国で地震があったとか、
チリで落盤事故があったとか・・・。

目の前には世界中のニュースが飛び交い、
瞬時に目の前を通り過ぎ、
それについての人々の感想が、
怒涛のようにつぶやかれ、
どんどんどんどん流れていく。

その渦の中に入って、
自分も思うところを発言し、
ああでもないこうでもないと言ってみると、
自分も“世界”とかかわっているような錯覚におちいる。

ネットがバー茶るだなんて思わない。
目の前を流れる膨大なデータの向こうには、
間違いなく生身の人間がいて、
自分と同じように画面に向かっているのだから。

でもそうやって毎日毎日が、
毎時間毎時間が過ぎ去っていくことに、
ふとした瞬間、疑問を思う。
自分は“何もしていない”し“何も見ていない”のではないかと。
でも“多くのことを成し遂げたような”。
でもやっぱり何もしていないんじゃないか。
そんな無力感にも襲われる。

これでいいのだ~
それでいいのだ~

人の一生なんてエライもんじゃないし、
自分の時間なんて崇高なものでもない。
多くの人が仕事を終えたら、
日々だらだらだらだら漫然と過ごしてる。
それがオフタイムってものんじゃないか。
すべての時間を何らかの“生産性”のあるものにするなんてムリ。

でも本当にこれでいいのだろうか。
時々、思い切って、
ネットをシャットアウトしてみる。
すると目の前に違った世界が見えてくる。
目の前の人。
鏡の前の自分。
情報から遮断された、
自分の心との対話。

ネットは素晴らしいけれど、
ネットと離れた時間を持つことも、
こんな時代だからこそ大事なのかもしれない。


by kasakoblog | 2010-09-16 00:08 | ネット


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