2001年 02月 17日
イマジネーションの欠如
よくサッカーの試合を見ていると、解説者がこんなことを言う。
「日本のプレーにはイマジネーションが足りない」
11人対11人という非常に人数の多いスポーツであるサッカーにおいて、
敵味方含めて、自分以外の選手がどんな風に動くだろうかということを想像してプレーすることは大切だ。

イマジネーションの欠如は何もサッカーだけにとどまらない。
最近思うのだが、現代人のイマジネーションのなさにはあきれかえってしまう。
要は自分のことしか考えていない、自分中心自分勝手人間が増えて、他者への配慮が欠けているのである。

たとえば道端での歩きたばこ。
狭い歩道をすれ違う時、向こうから歩いてきた人が、たばこを持ちながら歩いていて、
あわやこっちにたばこがぶつかるのではないかということが何度もある。
全く他人への配慮というか、こうしたらどうなるという想像力が欠如しているのだ。
吸った灰が服に流れてくることもあるにもかかわらず、そういったことは全く気にしていないのだ。

また狭い歩道を歩いていると、横いっぱいに広がって歩いてくるバカどもがいる。
こっちが端に歩いていても、向こうの誰かがどかなくては通れない。
50m先でお互いの存在に気づいて、このままいけばぶつかるなとわかっているのに、
横いっぱいに広がっている方が全くどかないということが多々ある。
しかもそれが小さい子供ならわかるが、スーツを着たサラリーマン連中が平気でこういうことをするのだから驚きだ。
こいいう歩き方を僕は「Gメン歩き」と呼んでいるのだが、
かさこ総理に頼んで「Gメン歩き禁止法」を道路交通法に盛り込んで欲しいといつも願っている。

待ち合わせの時間に遅れてくるのも、他者へのイマジネーションの働かないバカども。
混んでいる車内で7人掛けに6人掛けしているバカどももよく見かける。
ほんとに最近、想像力の働かないバカどもが多くて、危険でろくに道も歩けない。
何も難しいことを要求しているのではなく、ちょっと考えればわかることを平気でしてしまうんだな。

だから犯罪も増えてるんだと思う。
誰だって人を殺したいと思ったことはあっても、本当にする人は限られている。
したらどうなるかということを普通の人は考えるからだ。
しかし昨今のイマジネーションの欠如状態が、その時の感情に任せて簡単に人を殺してしまったり、
犯罪を犯してしまうのだろう。

原因は教育にある。一問一答方式の丸暗記勉強させているから、想像力が養われないのだ。
想像力を養う教育にしないと、どんどん犯罪の若年化は進行するだろう。

社会に生きている以上、他者への行いは必ず自分にはねかえってくる。
きっと自分勝手な現代社会は、環境破壊で滅亡するのだろうなと思う。
まあ何年かかるかわからないが。


by kasakoblog | 2001-02-17 00:52 | 一般


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