2001年 11月 30日
「藤原悪魔」藤原新也著
1998年、正月。あまりに退屈で気が狂いそうなので書店に行ってみると、
新刊コーナーにひときわ目を引く本があった。
真っ黒なカバーにでかでかとおどる「藤原悪魔」という不吉なタイトル。
それを嘲笑するかのような、太いまゆげをつけたおまぬけな犬の写真。
一体これはいかなる本なのだろうか?
表紙のインパクトはどの本にも負けなかった。
この本の作者が、僕が大好きな藤原新也であったことに驚いた。

本書は雑誌で連載されたエッセイの寄せ集め集。
大きく3種類に分けられる。
一つは、O-157や猿岩石、麻原彰晃や酒鬼薔薇聖斗事件、
「悪魔」と子供の名前につけようとして問題になった事件など、
当時の時事問題を取り上げ、独特な藤原社会学的見地から斬ったもの。
一つは、「2000年藤原現在シリーズ」と題された、2000年に毎月本を出版した写真集や本の取材時の話。
(バリ島や富士山、鉄輪など)
そしてもう一つは、猫の写真とエッセイである。

暗くなりがちな時事問題のエッセイだけでなく、取材した話や猫の写真と話を交えるあたり、
東京漂流以降に見られる藤原新也のバランス感覚を感じる。
殺伐とした現代社会に、写真家としての彼が、できる限りポジティブなものを見出そうとした結果が、
猫のかわいらしい写真群であり、表紙にもなっている「マユゲ犬」ではなかろうか。
いろいろな話題を緩急織り交ぜた、読み楽しいエッセイ集だ。

僕が個人的にこの本で強く影響を受けたエッセイが2つある。
一つは「山手線一周手相マラソン」。
タイトルのごとく、山手線の各駅で手相見にみてもらうと一体どんな結果が出るかという、
くだらななすぎて実におもしろい企画である。
これに影響され、僕ははじめて街角の占い師に占ってもらうことになる。
(これが実によくあたっていた)

そしてもう一つが「エンパイヤステートビル八十六階の老女」の序文のこの文章である。

半年も旅をすればひょっとすると自分の人生すら変わるかもしれないわけだが、
このような人生にかかわる行事が、ただバイトを探すのが難しいといった理由だけで、
キャンセルされるというのはさみしい。

これを読んだ3日後、僕は会社を辞めて旅に出る計画を練り始めた。
人生は一度しかない。いつどんな形で不意に死が訪れるかもわからない。
現代社会は、一寸先は闇である。
ならば悔いのない人生を送りたい。やりたいことがあるならやったほうがいい。
やらずに後悔するぐらいなら、やって後悔した方がいい。
そんな思いを後押ししてくれた言葉だった。

藤原新也さん、ありがとう。
僕はこの箇所を何度となく読み、僕は自分の旅への決断を揺るぎないものにしていった。
この藤原悪魔は、僕にとって、旅へと誘う悪魔的なささやきの大切な書となった。


by kasakoblog | 2001-11-30 20:51 | 書評・映画評


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