2001年 12月 25日
ハリーポッターと賢者の石
<1>
映画「千と千尋」の爆発的大ヒットのあとに、それに代わって世間に騒がれている映画「ハリーポッター」。
僕は不思議でならなかった。
子供を主人公にした魔法使いの物語が、一部の好きな人間にではなく、こうして圧倒的多数の人が見にいくような現象が。
僕が映画を見にいく基準は「想像力をかきたてられるような、ファンタジーもしくは未来シュミレーション」であるから、
このハリーポッターも見に行ってもいいかなと思っていた。
ただこれだけ騒がれて、連日超満員状況にげっそりしていた。
それでも機会があって、1時間半待って、この映画を見に行った。

はっきりいって、信じられないほどつまらなかった。
非常に話がばらけてる。テーマに一貫性がない。
多分、膨大な原作を映画にまとめる監督の力量が足りなかったことが大きな要因であるように思える。

1人の才能に満ち溢れる少年ハリー。
魔法界を救うために、人間界でずっと育てられてきた彼に迎えがくる。
そこで僕は彼がいかに偉大なことを成し遂げるかに注目した。

しかし彼の悪との対決シーンはあまりにへぼい。
しかもその対決は、いつのまにか3人の同級生との友情物語へとすりかえられる。
3人の魔法使いの子供たちが、凶悪な敵に立ち向かって、 友情と愛を武器にしてそれを倒す物語であるならば、
ハリーポッターの生まれの特殊性は意味がなくなってしまう。
ならばはじめっから、ハリーもただの普通の魔法使いの見習いにして、3人が協力して敵を倒す物語にした方が、
「友情」とか「愛」というテーマを強く訴えられる。

またこの映画は「賢者の石」をめぐる冒険なのだが、そのシーンがあまりに少なすぎる。
2時間半もの長時間のなかで、その冒険に費やされるのは40分程度。
それ以外の無意味な前ふりがあまりに多すぎる。
魔法使いの学校の様子を描いているのだが、それもどうもぱっとしない。

<2>
さらに納得がいかないのがエンディングだ。
3人が協力して賢者の石を取り返したという偉大なことが、4つの寮の得点争いに加えられ、
3人がいるチームが「優勝」するという非常に世俗的な名誉で終わってしまうことだ。
彼らはもっとすごいことを成し遂げたのではないか?
それが単なる学校の寮の1年間の得点争いで優勝するという情けない結末に、僕はどっと疲れが押し寄せた。
「こんな情けない結末を見るために、1800円払って1時間半待って2時間半拘束されたのか…」

もちろんこれをテーマにすることもできる。
優秀な魔法使いが集まるチームと、主人公のいるチームとが優勝争いを競い合うというテーマにして、
個々人の能力ではなく、集団で助けあったチームが優勝したという風に、物語を進めていくことも可能だが、
そういったことにはなっていなかったはずだ。

つまりこうしてテーマがバラバラになったまま、すべてやたらめったら詰めこまれているからいけないのだ。
たかだか2時間半の限られた映画の中で、いろいろ詰め込もうとしたのが間違いだ。
もっとテーマを絞り込んで、この物語を描き出せば実におもしろいものになったのに。
これは監督ないし映画用に脚本を書いたものの、明らかな力量不足が露呈した作品だ。

それにしてもこんな映画が大ヒットしている日本の大衆とは、
いかにマスコミに踊らされていて、自分の目でいいものと悪いものを判断できる能力がないことがわかる。
もう何年も前から言っていることだが、ほんと日本の大衆は自分で判断する能力に欠ける。

「赤信号、みんなで渡ればこわくない」

だからこそ、明らかに負けるとわかっている太平洋戦争を起こしたりするのだ。
ほんとこの国は危険だな。
一人のカリスマに、簡単に操作される、ファシズム的温床を内包している国だな。
いつか愚かなる過ちを、世界に繰り返さねばいいが…。


by kasakoblog | 2001-12-25 20:55 | 書評・映画評


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