好きを仕事にする大人塾「かさこ塾」塾長・カメライター・セルフマガジン編集者かさこのブログ

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2011年 02月 12日

無差別殺人が本当に起きる日

「殺人現場にやじうま達が暇潰しで群がる
中高生達が携帯片手にカメラに向かってピースサインを送る
犯人はともかくまずはお前らが死刑になりゃいいんだ」
ミスチル「LOVEはじめました」
という歌詞を思い起こした人も多いかもしれない。

「2011年2月11日21時に新宿駅で3人組で通り魔を起す。」
「アキバより多くの人が死ぬだろう。」
無差別殺人が起きるのかどうか、
一目見ようとやじ馬が500人集まったという。

ネットの書き込みにより瞬く間に話題になり、
事前にニュースでも取り上げられた。
この殺人予告を見て、
「この日は絶対に新宿には行かない!」
と予定を変えた人がいる一方、
「本当に無差別殺人が起きるか見てみたい」
とわざわざ現地に赴く人が500人もいたということだ。

しかし実際に無差別殺人は起こらなかった。
「どうせ、あんな幼稚な書き込みするの、中学生とかだろ」
と思った人も多いと思うが、
書き込みした中学3年生はあっけなく逮捕された。

無差別殺人予告があったが、
実際に殺人は起こらず、書き込みした犯人も捕まった。
本来なら喜ぶべき状況にもかかわらず、
この書き込みを見て現場に行ったある人は落胆していた。

「せっかくテレビでやっているすごい事件が、
目の前で起きて見れると思ったのに、
実際に起きなかったのは不謹慎かもしれないけどなんか残念。
実際にやらないのなら殺人予告なんかしてほしくない。
ちょっとがっかりした」
と不満そうな顔をしていた。

「でも事件が起きたらあなただって殺されてたかもよ?」

あんたは何もわかってない。

「別にそれで殺されて死ぬならそれはそれ。
どうせ生きていたってたいしておもしろくないことないわけだし。
いくら安全に生きていたって車にひかれて死ぬかもしれないし。
だったら本当にもし起きたら日本の歴史に名が残る大事件を、
この場で見て、写真の1枚も撮って、
みんなに自慢した方がはるかにいい」

実際に無差別殺人が起きなかったことに、
落胆を覚えた人は少なくなかったようだ。
現場には行かなかったが、
この書き込みに注目していたある人はこう思う。

「あんな稚拙な書き込みで500人も集められるなんてすごい!
だったらいつかオレがやってやる」

しかし彼はそう豪語していたが、
ネットに書き込みすることすらできなかった。
これだけの騒ぎになる書き込みをする勇気は、
所詮、彼にはなかった。
だからこそ彼は書き込みした犯人が、
実際にやるのを期待していたのだ。
自分じゃ絶対にできないから。

やじ馬が500人も集まったことに、
「バカじゃないか」と吐き捨てる想いを感じた人もいた。
ミスチルの「LOVEはじめました」の歌詞を思い出した、
というある人は、
「殺人現場に群がるやじうま達が死刑になりゃいいんだ」
と吐き捨てた。

逮捕された中学生は、
瞬く間に実名、顔写真、住所などがさらされ、
リアル社会で生きていくことは困難となった。
彼はひきこもりする中、
ひたすら後悔の念を覚えていた。

「書き込みしたのはよかった。
しかしなぜ実際に殺人しなかったのだろう。
あそこでやっていたら、
こんな苦しい生活をせず、
集まったやじうま達を次々と殺し、
社会に不満を持つ人たちのヒーローになれたに違いない。
いつか絶対に本当に無差別殺人を実行してやる」
彼はただひたすら社会への復讐の機会を狙っていた。

カタルシス。
破滅願望。
悲劇的な出来事によって、
日常生活に不満を持つ人は抑圧された感情が解放され、
快感がもたらされる。

2001.9.11のアメリカ同時多発テロが起きた時、
飛行機がビルに突っ込みビルが崩落する様子に、
カタルシスを感じた人も多いのではないか。
世界の絶対君主として君臨する、
アメリカの崩れ去る象徴的シーンは、
何もイスラム原理主義の人たちだけでなく、
嫌米感情を抱く多くの世界中の人たちから、
拍手喝さいが巻き起こった。
多くの無実の人が死んでいるにもかかわらず。
でもその映像は映されないから。

無差別殺人予告をするおかしな人に限らず、
無差別殺人予告の現場に行ってしまう人に限らず、
無差別殺人予告が起きてほしいと願っている人に限らず、
多くの人がどこかで今の社会に閉塞感を感じ、
未来に悲観し、漠然とした不安や不満を抱えて生きている。

でも多くの人は日常生活の中で適度にガス抜きをしたり、
未来をあきらめて適当に生きることで、
今の自分と社会とのバランスをうまく取っているような気でいる。
例えば権力を持つものや芸能人やビジネス成功者が、
失敗して転落していくニュースを見て快感を覚えたりとか。

そうやって漠然とした不安や不満に向き合わず、
見て見ないふりして生きている。

でもそれはある時、思わぬ形で爆発する。
それはあなたではなく違う誰かかもしれない。
社会に蓄積されたマイナス感情は、
いつか誰かが恐ろしい手段や方法によって、
多くの人を代弁するがごとき行動に出てしまうパワーとなる。

今回は幸いにして起きなかった。
しかしいつ起きてもおかしくない社会にいることを、
忘れてはいけないと思う。


by kasakoblog | 2011-02-12 19:12 | ネット


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