2011年 02月 20日
夢を追いかけて11年
ホームページ「かさこワールド」立ち上げから11年がたちました!

24歳でサラ金大手アイフルを辞めて、アジア放浪4ヵ月。
帰国後、トラベルライターになりたい!という夢を実現するため、
2000年2月21日にホームページを立ち上げました。

今じゃ信じられないかもしれないけど、
たった11年前はダイヤルアップが当たり前の時代。
ホームページ持っている企業も少なく、
そもそも路線検索や地図検索だって、
ニュースだって日本のネットサイトには載ってなかった時代。
ケータイ電話はモノクロ液晶で、
ネットなんか見れるわけもなく、
そもそもケータイメールって概念もまだなかったんじゃないか。
もちろん、ブログもSNSもツイッターもない。

トラベルライターになりたい。
でも私には実績がない。
職歴はサラ金勤務の2年3ヵ月のみ。
でも私には4ヵ月、アジア放浪をした実績がある。
出版社に売り込んだら本にしてくれるんじゃないかとか、
甘い幻想を抱いていた。
たかが24歳の若造が何のテーマもなく、
ただ旅行してきただけに過ぎないのに。

サラ金2年3ヵ月勤めて、旅行資金のために160万円貯金した。
4ヵ月の旅行で約80万円使った。
贅沢はしてはいないが貧乏旅行ではないので、結構お金は使った。

帰国してから家賃36000円のアパートに引越しし、職探しをした。
4ヵ月の旅行は自分的には“勲章”になると思ったが、
現実は“変人”、もしくは「旅行に行くためすぐ辞めるんじゃないか」
と見られた。
サラ金の経歴しかない私はことごとく落とされた。
旅行書関連の編集プロダクションでは無理と現実を知り、
ジャンルを問わず、編集プロダクションに転職先の範囲を広げた。
ことごとく書類で落とされる。
中央大学法学部卒なんて学歴はかえってジャマだった。

「そんないい大学出て、大手上場会社に勤めていて、
営業成績も良かったのに、旅行に行きたくて会社辞めたの?」
旅行は単なる社会落伍者の烙印だった。

20~30社受けて、面接を受けさせてくれたのは2社だけ。
ゴルフ雑誌の編集プロダクションと、
エロ本雑誌の編集プロダクションだった。
さすがにそこまでジャンルが違うとまずいなと思った。
こっちから辞退しようと思ったが、
先方から不合格通知を突きつけられた。

今のようにネットで転職サイトなんてなかった。
履歴書に張る写真代がもったいないとかも思ったりもした。

書類選考に通らないから、基本的に平日も時間はたっぷりある。
アジア4ヵ月の旅行記を書き、
近くの図書館で小説を借りてきては読み
文章力をつけようと藤原新也の「印度動物記」を、
ノートに手書きで書き写していた。
ようは暇だったのだ。

何か実績がないとダメだ。
貯金がどんどん減っていくなか、
ウインドウズ98のパソコンを横浜のヨドバシで購入し、
電車を使って自力で持ち帰ってきた。

そしてホームページづくりを始めた。
個人ホームページを立ち上げ、そこに旅行記が載せていれば、
トラベルライターという実績になるんじゃないかと。

書店でホームページづくりの本を購入し、
HTML言語を自分で打ち込んで作成を始めた。
作成ソフトがないから色を変えるのだけでも一苦労だった。
何度もやめようかと思ったけれど、
1ヵ月ぐらいかかってやっと完成した。

2000年2月21日。
ホームページを立ち上げてWebに公開し、
うれしくて仕方がなくて友達に見てと連絡したら、
ちゃんと見れないという。
どこが悪いのかわからず試行錯誤していた。
当日、編集プロダクションの面接があったが、
「どうせまた落とされるんだし、ホームページの方が大事だから、
面接行くの辞めようか」とも思ったりもしたが、
なんとか不具合が直ってホームページが見れるようになった。

そして面接も行けた。
そこがダメだったら、もうサラ金業界に戻ろうと思っていた。
開き直りで面接官にこう言った。
「3年でフリーライターになります」
その発言は社内で賛否両論あったらしいが、
なんとその会社が私を採用してくれた。
旅行関係はやっていなかったが、
編集・ライター業にもぐりこむことができた。
そのおかげで今の自分がある。

あれから丸11年。
働きながらのホームページ毎日更新は大変だったが、
自分を社会にPRできる格安の素晴らしい媒体だと思い、
いろいろなことを試してみたりした。

チャット大会もやった。
掲示板で見知らぬ変な人と反論の応酬になり、
ほとほと疲れたりもした。

毎日更新は大変だったので、
いろんなコンテンツを立ち上げては潰してきた。
カップラーメンコーナーを立ち上げて、
食べては評価していたが、
半年もするとほとんどがなくなってしまう、
入れ替わりの激しい商品だと知り辞めた。

そば探訪コーナーを作ったが、
値段は高いし、お腹にたまらないし、
そもそも20代の私にそばの味の違いなんかわからず辞めた。

育ったコーナーもある。
ミスチル好きなことからミスチルコンテンツを立ち上げたのは、
2002年のこと。
今やかさこワールドの中でも人気のあるコーナーとして成長した。

書評コーナーは今はAmazonレビューに代わり、
膨大な書評をアップしていたことから、
1ヵ月に1冊無料で商品をもらえて評価する、
AmazonVineメンバーに選ばれたりもした。

文章だけでなく、旅行写真だけでなく、
女性の写真、ライブの写真など、
写真ジャンルを広げていったのも、
ネットという気楽さがあったからだ。

ホームページのおかげで仕事の種ができたものもたくさんある。
私が初めて出版できた著書「サラ金トップセールスマン物語」は、
ホームページの1コンテンツとして連載したものだった。
その連載がもとで出版社から声がかかり、
結局そこの出版社では出すことはできなかったが、
他の出版社で本を出すことができた。

ホームページの1コンテンツとして猫写真を掲載し始めた。
それから全国の猫写真を撮るようになり、
猫雑誌に載せてもらえるようになった。

工場写真集が出たのもホームページがきっかけ。
工場写真をアップしていったらいつのまにかストックがたまり、
出版社に売り込んだら写真集出版が決まった。

今ではホームページ経由で、
テレビの出演から写真貸出の依頼から、
いろんな仕事の問い合わせが来るようになった。
そんなこともあって今年10万円かけて、
今までのつぎはぎ自作ホームページを辞めて、
デザインを一新した。

私が言いたいのは自分の自慢話ではない。
読んでのごとく、はじめはひどかった。
手間暇やお金をかけたところで、
トラベルライターの実績になんかなるわけがない。
1日10アクセス程度の知り合いが見る個人ホームページに過ぎなかった。

でも11年もやると1日1000アクセスぐらいにもなり、
そこから写真集が出たり本が出たり、雑誌に載ったり、
テレビに出たりもする。

継続は力なりってすごくシンプルな言葉だけど、
これに勝る言葉はない。
そして、「短期的に成果を求めるな」。
ちょっとぐらいうまくいかないのは当たり前。
試行錯誤して時には失敗し時には成功し、
ちょっとずつちょっとずつやっていく。
きっとそれが大事。

ただ、無理やり続ける必要はない。
無理やりでないと続かないものなんて、
絶対に力になんかならない。
だって嫌いなんだから。

才能とは持続する情熱である。
好きなものだから時間がかかろうが金がかかろうが、
勝手に毎日やってしまう。
そういうものを“大人”になったからといって切り捨てず、
続けていけるかどうか。
きっとそれで人生180度変わる。

今、私がホームページを立ち上げた11年前とは、
ネットを取り巻く環境は大きく変わった。
ブログ、SNS、ツイッターなんて、
金もかからないし、パソコンなくてもできるし、
HTMLの言語なんか知らなくてもできる。
ネットは使いようによって、
金も実績もない人が、
脚光を浴びるチャンスになりうるツールだ。

何かしたいことがあるなら、
ネットでやってみればいい。
お金もかからないし、失敗したら削除すればいいし。
こんな恵まれたツールを使わない手はない。

中東でネットを使った“革命”が起きているように、
日本だって個人がネットを使えば、
“自分革命”を起すことができると私は思う。

そんなわけでホームページ誕生11周年を記念して、
過去のトップページの変遷を画像で紹介します。
立ち上げ当初のすごいへぼかったやつとかは、
残念ながら残っていなくて、
すべての変遷は見せられないのですが、
主要なものだけどうぞご覧ください。

2001年頃
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2002年頃
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2004年頃
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2007年頃
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2009年頃
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現在
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かさこワールド
http://www.kasako.com/


by kasakoblog | 2011-02-20 21:52 | ネット


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