2011年 03月 02日
政治と印刷と出版とネット
中東での独裁政権打倒の民衆運動の広がりは、
ネットが大きな役割を果した。

ネットがなぜこのような力を持ったかというと、
1:情報の伝播力、拡散力があり、
2:情報が即時に伝わるリアルタイム性があり、
3:情報ツールを安価に利用できる経済性
の3点がそろったからだろう。

ネットという革命的ツールが、
同時代に導入・発展・利用している私たちは、
そのすごさに気づけることはなかなか少ないが、
ネットと同じように、
かつて革命的ツールとしてもてはやされたのが、
今は斜陽産業となっている印刷技術であり、出版社の役割だった。

印刷技術がない時代。
情報の伝達は口コミしかなかった。
しかし人づでで伝える情報量には限りがあり、
伝播力もなく、即時性もなく、
かつ正確性も欠いていることから、
ある考えや思想を共有し、
ともに行動を起こすといったことは起こりにくかった。

しかし印刷技術が発明されたことで、
安価かつ大量に情報を紙で伝えることができるようになり、
いわば現代のネットが革命ツールであるように、
印刷技術は革命的な発明であった。

印刷技術により、
・情報を迅速にかつ大量に安価に拡散できる力
・話づてより正確に伝えることができる力
が可能になり、特権階級が独占していた情報が、
多くの人にも知れ渡るようになり、
既得権益の不正や不満に対する情報共有が行われ、
それは時に革命へと発展していった。
ネットと同じように印刷技術は政治的革命ツールでもあったのだ。

とはいえネットほど安価ではない。
誰もが印刷できるわけではない。
そこで既得権益、既成勢力、独裁政権に対する、
問題提起の組織化は印刷会社や出版社という形になって現れた。

今、私はたまたまいろんな日本の出版社のホームページを見ているのだが、
古くからの出版社を見ると、ある一定の政治的主張のために、
出版制作活動を行っているといった名残りを感じるところもある。

体制を批判するような出版物は、
かつては発行禁止などの処分を受けた。
権力を握る体制にとって、
出版物という安価な情報頒布は、
体制崩壊を招きかねない驚異的なツールだったからだ。

ネットがなき時代、そうした情報の発信元は、
出版社や雑誌、新聞社、テレビ局といった、
ある程度の資本を持った特定の層に限られていた。
だからこそこうした既存メディアは、
設立当初は崇高な社会的使命や政治的使命を持っていたわけだが、
自らが既得権益化し、その利権を守るために、
また、使命よりも儲かることにシフトしたため、
情報のひどい偏り、時にはやらせのような虚偽までやるようになった。

既存メディアのひどい報道の仕方は、
私の日記を読んでいる方はご存知だろう。
ただネットがない時代には、
ニュースや事件を知るのは既存メディアしかなかった。
だから私たちは既存メディアをある程度、
鵜呑みにせざるを得なかった。

ところがネットが登場した。
政権や既存メディアや体制側にとって都合の悪い情報は、
庶民の一時情報の投稿・発信によって、拡散する力を得た。

これはすごいことだ。
だから既存メディアはネットを敵視する。
何かネットで問題が起こると、
「ほらやっぱりネットだから」と報道する。
既存メディアにとってネットは、
自らの存在意義が崩壊しかねない、
それこそ中東で倒された独裁政権と同じ、
驚異的メディアなのだ。

もちろん、既存メディアのネット移行も進んではいる。
だからかつて政治的革命ツールであった、
印刷も出版も斜陽産業になった。
その役割はネットに移行したからだ。

やはり安価といっても出版物とネットのコストは雲泥の差だ。
ブログやツイッターは通信料さえ払えば、無料でできるが、
印刷するにはそれなりのコストがかかる。
物として紙があるため、それを保管、配布するにも手間がかかる。
印刷する時間もあるので、瞬時に情報を伝えることは難しい。
だから即時性を要する情報が、
印刷からネットに移行するのは当然の流れといえる。

ただ伝えるツールが印刷や紙からネットに変わろうとも、
伝える方法は文字、絵、写真、動画、音楽などであることに変わりない。
ネットによって誰もが情報の発信者になることができ、
しかも既存メディアの規制を受けずに発信できることが、
ネットのすごいところでもあり、また恐ろしいところでもある。

私たちは革命的ツールを手に入れた。
そのツールをどのように使うかは、私たち一人一人次第。

独裁政権を打倒する力にも使えるし、
意味のない大学入試制度を、
崩壊させるのにも使えるかもしれない。
八百長をやるためのツールになるかもしれない。

伝える方法のなかでも文字=テキストは、
誰もが簡単に表現できるもの。

文字とネットの組み合わせによって、
自分の生活も自分の国もそして世界をも、
変えることができるかもしれない。
私たちはそんな時代に生きている。


by kasakoblog | 2011-03-02 22:47 | ネット


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