2011年 03月 08日
人間は弱い存在。だから抑止力が必要
人間の意志って極めて弱い。
どんなに崇高な人間であっても、
どんなに立派な人間であっても、
どんなに意志の強い人間であっても、
人の意志は環境によってもろくも崩れ去る。

例えば恋人のケータイを勝手に見るかどうか。
どんなことがあっても絶対に見ないという、
意志の強い人間はこの世の中に何割かはいるだろう。

しかし例えば恋人のケータイが、
無造作に机に置いて、
絶対に20分は戻ってこないという環境に置かれた場合、
ついつい出来心で見てしまうという人は、
何割かいるんじゃないか。

もしそのような無防備な状況がなければ、
絶対に見なかった人でも、
いつでものぞける環境にあり、
かつバレる危険性がないとわかったら、
見る気はなかったのに、ぐらぐら意志が揺らいでしまう、
というのは、別に極悪な人間というより、
ある意味ではごくまっとうな人間らしい行動といえるかもしれない。

例えば道端に1万円が落ちていたとする。
それを警察に届けるかどうかは人によっても違うが、
何よりもその時の状況によって違うのではないか。

警察が目の前にあったら多くの人は届けるだろう。
人通りが多い場所だったら警察に届けるかもしれない。

しかし誰もいない夜道で、
しかも警察署が歩いて20分以上はかかる場所にあったら、
果たして届けるだろうか?

「誰も見てないからもらっちゃえ」
と思う人が何割かいてもおかしくはないと思う。

犯罪には2種類ある。
計画的犯罪と出来心的犯罪だ。
もちろん結果において悪いことした行為自体には変わりない。

しかし出来心的犯罪は犯罪がしやすい状況がなければ、
犯罪を抑止できる可能性はある。
何らかの抑止力が機能していれば、
出来心で悪いことをする人を少なくすることができる。

例えば海外旅行の際に、
高級そうなアクセサリーや道具をいっぱい身につけ、
財布が無防備にバッグから見えていたりすれば、
ついつい出来心でスリをしようとする人を増やすことになりかねない。
でも高級な装飾品を見せびらかさないようにして、
バッグを取られないよう前にかかえたりするとかすれば、
出来心でスリをする人を減らすことができるだろう。

例えば大学入試試験で、厳重な監督体制で、
持ち込み荷物が厳しく、監督官も何人もいて、
終始、試験会場を歩いていたら、
ついつい出来心でカンニングしてしまう人は減るだろう。

例えば合コンでかわいい女の子が、
一人だけべろんべろんに酔っ払って、
歩けなくなったりすれば性犯罪を誘発する恐れはあるが、
適度に酒を楽しみ、そこまで酔っ払わなければ、
手を出す男は減るだろう。

例えば防犯カメラが導入された電車では、
痴漢が減ったとか、それは監視という抑止力があるから。
「バレなきゃやっちゃえばいい」から、
「バレる恐れがあるからやめておこう」と、
人間の弱い意志や欲望を抑止する力が働く。

コンサート時にチケットと一緒に身分証を確認したり、
登録したケータイにのみ電子チケットを送るといった方法を行えば、
オークションや不正転売する人は減るだろうが、
何の対策もしなければ、
6000円のチケットが5倍の3万円で売れたりするわけだから、
金儲けするためだけにチケットを取ろうとする、
悪い輩はわんさか寄ってくる結果となる。

海外旅行に何度も行っていて思うのは、
自分はたいした金持ちではないと思っていようが、
世界の中でも1、2を争う金持ち日本人旅行者と見られる以上、
日本人旅行者は犯罪を誘発させないようにする義務があるし、
それがエチケットでもあると思う。

現地の人にとっての大金を無造作に見せないとか、
現地の人にとって高級なものはできるだけ身につけないとか。
人間の意志なんて弱いから、
ついつい出来心で悪いことをしてしまう人は多い。
だから出来心の犯罪をさせないように、
自身が気をつけることは非常に重要だと思う。

人間の弱い心を膨張させないよう、
きちんと怒るべき時は怒り、
監視すべきことは監視し、悪いことをしたら罰する。
それが人間社会をうまく秘訣ではないか。
だからモラルがあり、ルールがあり、法律があり、宗教がある。
それでも人は悪いことをしてしまうわけだけど。

出来心で犯罪をさせないようにするには、
“被害者”側の責務でもあるという考えは、
金融業界で働いていたことも大きい。

サラ金に金を借りに来る人なんて、
意志の弱い、何かあったらずるしよう、
不正しようって、そんな人ばかり。

だからそうしないよう金を貸す側が厳しく審査する。
ズルをしようとすることを見抜いて注意する。

年収をウソつく。
借金している額をウソつく。
資金使途をウソつく。
勤務先をウソつく。

目先の金が欲しいばかりに、
人はこうまでしてウソをつくのかというぐらい、
バレなきゃいいやという腹でウソをつく。

それを見逃すことは金を貸す側の怠慢だ。
多重債務者を増やさないためにも、
意志が弱くて借金まみれした彼らを、
これ以上、借金まみれにしないためにも、
彼らがさらにウソを塗り重ねないよう、
チェックし、裏をとり、叱り、注意する。

学校だってそう。
授業中、しゃべっていても注意しない先生だったら、
どんどん授業は荒れる。
でもそこで厳しく叱れる先生の授業なら、
同じ生徒でもおとなしくなる。
ようは生徒の問題ではなく監督者の問題だ。

もちろんこんな世の中だから、
どんなに監視しようがどんな厳罰があろうが、
計画的に極悪なことをする人はいっぱいいる。
でも悪いことをしてしまう人の多くは、
ついつい魔が差した、出来心だった、
ほんのちょっとスキがあったから、
バレそうになかったから、
ズルしたら儲かりそうだからといった、
悪いことをしてもバレなさそうという環境に起因している。

犯罪を抑止する環境作りの努力を怠り、
犯罪し放題の環境を作っておいて、
そこで犯罪をする奴を見つけたら、
「おまえが一番悪い!」というやり方は、悪い冗談としか思えない。
それは犯罪を犯さず、まじめにやっている大多数の人にも失礼な行為だ。

出来心で犯罪を犯してしまう人を増やさないようにすることが、
個人や組織や企業の責務だ。
それが弱い意志を持つ人間のためを思う、
思いやりでありマナーだと私は思う。

そんなに意志の強い人間なんてそう多くない。
だから。


by kasakoblog | 2011-03-08 01:07 | 一般


<< 音楽業界の構造改革~メリディア...      作家直販可能な時代の出版社の存在意義 >>