2011年 07月 10日
狭すぎる仮設住宅~3.11から4ヵ月
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日曜日に久々に3.11を彷彿とさせるような、
東日本一体の長い横揺れ地震があったから、
3.11の記憶を思い出した方も多いかもしれないが、
被災地以外の多くの方はもうかなり昔の記憶となっているのではないか。

マスコミですら復興大臣の失言ばかりを放送して、
肝心の被災地のことはろくに放送しない。

7.11。震災から4ヵ月。
被災地の今はどうなっているか、
先週、福島県いわき市の仮設住宅を訪れた。
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見ての通り、1階建てのプレハブ小屋が連なる。
私が訪れたAさん家族は夫婦2人に、
社会人、大学生、高校生の5人家族。
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この5人で住んでいる仮設住宅は、
玄関は入ってすぐの2畳ぐらいキッチン、
6畳のリビング、4.5畳×2部屋の寝室だ。

夫婦2人は4.5畳で寝る。
高校生、大学生、社会人の3人娘は4.5畳に3人で寝る。
ふとんはまともに3人分はひけない。
「避難所と一緒で寝返りはうてないね」
という状況だ。

避難所に比べればマシかもしれない。
しかし自分事に置き換えて考えてみたらどうだろう?
地震・津波で家に住めなくなってしまった。
体育館での避難所生活を3ヵ月過ごした後、
期待していた仮設住宅はこの狭さ・・・。
大の大人が5人住める広さではない。
ここから学校や会社に毎日通わなくてはならないと思うと、
「もうちょっと広い場所は用意できないのか」
と嘆きたくなるに違いない。

仮設住宅だけでなく市の借上住宅や、
雇用促進住宅に移った人も多いがとにかく狭い。
50歳の息子と80歳のお母さんが6畳一間のアパートだとか、
お母さんと中学生の娘2人で6畳一間のアパートだとか・・・。

もちろん仕方がない面もある。
そんなに急に住宅が用意できるわけではないだろうし、
今回はあまりにも避難者が多過ぎるので、
とても広い部屋を用意できないというのもわかる。
さらにいわき市は、福島原発30km圏内の、
“死の土地”と化して一生住めない可能性が高い大勢の人たちが、
かなり避難していることもあり、
単にいわき市民の分だけ用意すればいいという状況でもない。
でもそれにしても・・・と思ってしまう。

津波被害にあったAさんのもともとの家は、
かなり微妙な状況にある。
海岸沿いではないので津波被害にあったのは1階のみで、
家の骨格は崩れてはいない。
2階は無事で今も2階の部屋に行ったりもしている。
「仮設住宅よりうちの2階の部屋の方が広いから、
こっちで暮らした方がいいんじゃない?」とすら思うという。

でももちろん現状では住めない。
1階はボロボロだから数百万~数千万円かけて、
リフォームしなくてはならない。
ただ家自体はリフォームすれば住める程度の被害ではある。

で、どうするか?

「家を直して住むつもりでいますよ。
市がなんといおうと。
この狭い仮設住宅にずっと5人で住むのは限界があるし、
2年経てばどこかに移らなければならないですし、
他に住む場所のあてがあるわけではないし」

市は津波被害のあったこの豊間地区を今後どうするのか、
いまだはっきり決められないでいる。
高台移転という構想もあるらしいが、具体的な話はまだない。
決めてはいないが、建て替えなどは自粛するよう通達は出している。

「市がはっきり決めないから、
被害の少なかった家はもう建て直ししているところもあるし、
住んでいる家もある。
市が決めるのを待っていても時間だけが過ぎるだけ。
はっきりしないんだったら、自分たちで勝手に動くしかない」

海沿いではないものの1階は完全に津波が押し寄せた場所。
しかも今までのように“防波堤”となってくれる海沿いの家はないから、
もしまた津波が来れば前回よりも被害は大きくなる可能性もある。
ましてや地盤沈下していれば津波はさらに大きくなる。

そんなことは部外者に言われなくてもわかっている。
でも現状、Aさん家族にどんな選択肢があるだろう?
狭い仮設住宅。
2年しか住めない。
どこか出て行くといってもあてがない。
勤務先はいわき市内ゆえ、
できればいわき市内に住んでいたい・・・。

家が完全に流され、もうとてもじゃないけど住めそうにない、
海岸沿いならあきらめもつくのだろうが、
そうではない微妙な被害状況、位置に置かれた人たちがいっぱいいる。

幸いにしてAさんのご主人さんの会社は被害が少なく、
今も仕事を失うこともなく働けているが、
家の修理代、失った家財道具の購入、
津波被害で廃車になった車があるので、
車を購入しなければならない費用など、
思いがけない出費は膨大だ。
子供2人はまだまだ学費がかかるわけで・・・。

かといって誰か家族がなくなったわけではないから、
義援金が多くもらえるわけではない。
義援金がもらえたところで、
失ったものを出費をまかなえる額には程遠いだろう。

「でも家族はみんな無事だったし、
こうして一緒に暮らせるのが何よりの幸せ」とはいうが、
先行きの生活設計を考えたら、
現実的な悩みは尽きることはない。

避難所から仮設住宅に移ったとしても、
狭い場所に押し込められて、
出て行くお金が多い中、
先行きが見えない不安を抱えながら、
被災者の方は生きている。

被災者以外の人にとっては、もう震災からもう4ヵ月。
被災者の人にとっては、震災からまだ4ヵ月。
そのギャップはあまりに大きい・・・。

ただ今回の被災地で起きている問題は、
遠いどこかで起きている他人事の問題ではない。
3.11以後、全国各地で地震が頻発しているように、
日本に住んでいる限り、いつ誰もが、
このような状況に陥る可能性もあることを覚えておいた方がいい。

※ちなみに福島県いわき市は福島原発から40~50kmと、
極めて近い距離にあるにもかかわらず、
今は風向きのおかげで、
放射線量は0.20~0.30マイクロシーベルト/毎時ぐらいで、
東京のホットスポットと同程度かそれより低いぐらい。
でも季節が変わり、風向きが変わると、
距離が近いだけに放射線量の問題も出てくるかもしれない・・・。


被災地レポ&写真
http://www.kasako.com/110311top.html


by kasakoblog | 2011-07-10 22:26 | 東日本大震災・原発


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