2011年 09月 29日
感情的判断が合理的判断を抹殺する日本のあやうい全体主義
「苦しい時期におまえだけ逃げやがって。
今さらのこのこ帰ってきて、
何が故郷の復興に尽くしたいだ?
おまえになんか復興を手伝ってほしくない」

国難ともいえる危機的状況にあった時、
その場に残っても、下手すると全滅する恐れがあるから、
今は勇気ある撤退を行い、一時緊急避難をして、
そこで英気を養い、機会を待つ。
このような“合理的”判断をする人間を、
時に“感情的”に許せず、
残った人間は逃げた人間を無視してしまう。

3月に原発が爆発した際、
津波被害にあった福島のある被災者は、
ここにいたのではまずいと考え、
東京の親戚の家に身を寄せた。

3ヵ月が過ぎ、いろいろな状況がやっと見えてきて、
現状では3月よりも落ち着いていて、
自分の地域は放射線量も高くないことから、
今こそ故郷に戻って復興に力を入れようと、
活動をはじめたものの、
地域の人たちは表立ってはいわないものの、
彼に対して非協力的だった。

なぜなら他の人たちは原発が爆発しても、
逃げるところがなく、
この数ヵ月間、長く苦しい、
避難所生活を送ってきたにもかかわらず、
こいつだけ逃げたという意識があるからだ。

「おまえだけ逃げてのうのうと暮らしていたくせに。
一度、故郷を見捨てて逃げたくせに。
一番つらい時期をともにしなかったくせに。
何が今さら復興活動だ」
そういう心情が非協力的な態度となって表れたのだろう。

日本人は特にそうなのかもしれないが、
合理的判断より感情的判断を優先させる傾向にあるように思う。
そうした妙な温情主義というか馴れ合い主義が、
本音ではみんな逃げたいと思っているのに、
周囲の空気を読んでみんな逃げられず、
結果全滅してしまうみたいなことになっている。
台風が予想されているのに、
帰宅難民があふれて交通機関が大混乱してしまうとか。

でも感情的判断しかできない人間に、
合理的判断を説いても無駄だ。
他人の感情を変えることなどできないからだ。

それはそれで別にいいんです。
誰だってすべてにおいて合理的判断を下せるわけなどなく、
人間である以上、感情的な生き物だし、
感情によって行動するのはその人の生き方なのだから、
それを他人がとやかく言う問題ではない。

でもだからといって合理的な判断をした人間を、
上記の例のように排除したりするのはおかしいと思うし、
感情的な判断をすることによって、
自分が死ぬのは構わないが、
無言の圧力で感情的判断を優先させる雰囲気を作り、
他人を巻き添えにするのは違うと思う。

でも今の日本って、合理的な判断をしようものなら、
「見捨てた」「冷酷だ」みたいな見られ方をして、
本当はみんな合理的判断をしたいのに、
世間の無言のプレッシャーから、
感情的判断を優先しなければならない強制力が働いていて、
結果、誰もトクしない、みんなで死ねば怖くない、
みたいな、まるで第二次世界大戦に突入した日本のような、
そんなファシズム(全体主義)的雰囲気が蔓延しているようにも見える。

強権的な一人の指導者が暴力を持って、
国民をそのような方向に強制しているのなら、
その指導者さえいなくなれば呪縛はとけるが、
今の日本はみんなが加害者であり、
被害者になっていることが恐ろしい。
そのような状況を変えることは容易ではない。
一人の指導者を追放すればいいわけではなく、
多くの人たちの意識を変えなくてはならないのだから。

特に一番やっかいなのは、
短期的な視点しか持たない行動力のある人間だ。
なまじ行動力があるだけに、社会に実害を及ぼす。
短期的な視野で見ればそれは「いいこと」なのかもしれないが、
長期的な視野で見ればみなを、
「不幸」にする選択をしている可能性がある。

その最たる例が原発だろう。
原発を誘致すれば過疎化する町が発展できる。
金がわんさか入ってくる。
でもそれは短期的には利益になるが、
事故が起きれば「死の町」と化す、
とんでもないリスクがある。

そのリスクを負ってでも原発を誘致する必要があるのか。
他に方法はないのか。
結局すべては目の前のアメしか見えていなくて、
甘い方、楽な方ばかりの選択をする結果、
最後に落とし穴が潜んでいるというのが、
今の日本の有り様だと思う。

別に原発を誘致した人だけが死ぬならいい。
しかし事故が起きたら反対した人も、
他県の住民にも被害を及ぼす。

先日、震災について有識者に取材をした時のこと。
彼は「復興とは元に戻すことではない。
今後もその町や企業や産業が持続できるよう復興=再生すべきだ。
だから復興は万人受けするものではなく、
時には切り捨てるような決断もあるかもしれない。
でもリスクをそのままにして、
復興させてもそれは真の意味で復興にはならない」と。

しかしこんな発言をまともにしようものなら袋叩きだろう。
見捨てるのか、切り捨てるのかと。

合理的判断がすべて正しく、
感情的判断がすべて間違っている、
といっているのではない。
感情的判断が合理的判断を抹殺している雰囲気が怖いといっている。

だから今の日本はあやうい。
あまりにも感情的判断が優先されすぎている。
短期的判断が優先されすぎている。
それが新たな破滅的な大事故を招くんじゃないかと危惧している。


by kasakoblog | 2011-09-29 21:57 | 東日本大震災・原発


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