2001年 01月 01日
2000年5月12日 世代間戦争
面識のない近所の家に押し入り、65才の主婦をめった刺しにした高校3年生17才の少年。
殺人の動機について「人を殺す経験をしたかった」という衝撃的な供述をしている。
マスコミはこぞって『人を殺す経験をしたかった』という言葉を取り上げて報道している。

確かにそれは衝撃的な恐ろしい発言であるが、これだけバーチャルな社会でリアリティーのない世界には起こりうることだと思う。
現実感のあるものを確かめる衝動は人間の本能としてあるに違いない。
これだけ機械やコンピューターに囲まれた社会においては当然起こりうる惨劇だと思う。

それより彼の発言の中で恐ろしいと思った言葉がある。
65才の主婦を狙った理由についての『若い未来のある人はいけないと思った』という発言である。
単にバーチャルな社会で現実感を取り戻すために人を殺してみたかったのなら誰でもいいわけである。
ところが彼は「若い未来のある人」は狙わなかったと言っている。
これは今の若者の潜在的な意識を象徴的に表している。
つまり年寄りなら殺してもいいという意識が今の若者の中にあるのではないか。
これは新しい事件の傾向である。

社会に起きる事件とは、単に一個人の暴走ということでは片付けられない。
あらゆる事件はその社会が生むのである。
老人軽視の17才の殺人事件は、若者の潜在的な意識を代表しているのだ。
これからの時代の一つのキーワードは「世代」になるだろう。
世代間での争いが社会の大きな問題となる。
昨今はやった「おやじ狩り」なんていうのもその傾向の一つではなかったか。
未来に理想を持ち得ない、社会に対して閉塞感を抱く若者の不満がとんでもない形で爆発する日は近い。
年功序列賃金の崩壊・年俸制賃金の移行による退職金の廃止・もらえない年金・将来の人生計画が立てられない不安定な社会構造。

凶悪犯罪の少子化は、今の大人社会に絶望する子供たちの直感的な悲鳴なのである。
未来に希望を持ちうる社会を作ることができるか。
それとも実力重視や個人主義だけが強調され、ますます機械化が進んだ人間関係の希薄な殺伐とした社会になるのか。
「若い未来ある人は狙わない」という発言を、僕は重く見る。
若者のありあまる不満のエネルギーがとんでもないことをしでかしそうな予感がしてならない。


by kasakoblog | 2001-01-01 23:03


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