2011年 10月 19日
同情はいらない。かわいそうって何?~浪江町出身の叫び
「かわいそうな東北の人たちのためにボランティアに行く」
知人のその言葉にかちんときた。
「かわいそうってどういうこと?
かわいそうって東北の人たちを“対等”に見ていないんじゃない?
少なくともあなたにうちの両親を“かわいそう”なんて思ってほしくない。
困っている人がいるから助けにいく。それでいいんじゃないの?」

福島第一原発から北に約10kmの福島県浪江町出身のAさん。
両親が住む実家は海から近く、家は流され、
原発爆発による放射能漏れにより、
震災直後から避難を余儀なくされ、
今は福島県二本松市の仮設住宅で暮らしている。

Aさんは18歳まで浪江町で暮らし、
その後は約20年間、東京で住んでいる。

3.11の震災で自分の“中途半端”な立場から、
周囲の人たちとの温度差を感じるようになり、
抱えきれない想いを一人背負っていた。

私は東京にいたから被災者ではない。
でも両親は被災者だ。
私は東京にいたから被災者の気持ちを完全に共有することはできない。
でも私の故郷は失われ、放射能によって、
二度と戻れない可能性が高い「死の町」と化している。

東京にいる知人から「かわいそう」と同情される。
でも同情なんて求めていない。
「かわいそう」という上から目線の言葉が、
平然と出てくることに傷つく。
わかったようなふりして同情されることが一番つらい。
所詮は他人事なのだから冷たく聞いてくれた方がよっぽどいい。

でもそんなことを東京の人にいっても仕方がない。
この友人なら、変な同情などせず、
ただ話を聞いてくれると思って話してみたら、
同情されてがっくりとする。
「話さなきゃよかった・・・」
こうしてどんどん誰にも想いが話せなくなった。

かといって地元にいる被災した友人との思いも共有しにくい。
私は東京にいるし、被災はしていない。
東京に避難してきている友達もいて、
こっちで仕事を真剣に探した方がいいのか、
悩んでいたりしても、
私には311前と変わりなく仕事がある。

そして兄は東電の社員だ。
地元の人は原発のせいで家に帰れなくなったり、
家族の捜索ができいことを、すべてを東電のせいにする。
仕事がないことをすべて東電のせいにする。
でもそうした恨み節を聞かされる度に、温度差を感じる。

兄は今も変わらず原発で働いている。
確かに職を失わなくてよかったかもしれない。
でも被ばくの危険にさらされながら、
避難することもできず、働いている。
確かに東電は過去に事故を隠蔽したり、
体質に問題があることは事実だと思う。
でもすべて東電のせいなのだろうか?

原発から10kmの町に住みながら、
今まで原発について何も知らなかった、
自分が恥ずかしくなった。
3.11後、原発について調べまくった。
なぜ福島に原発ができたのか。
原発の危険性とは何なのか。
放射能の危険性とは何なのか。

私の中途半端な立場に置かれた葛藤。
そんな状況を「つらい」とつぶやいたら、
「一緒にがんばろう」って返信くれた人がいたけど、
一体、「何を」「一緒に」「がんばろう」なのか。
気持ちをわかったようなふりした、
建前的な「がんばろう」という言葉にどれほど傷つくことか。

同情はいらない。
ただ冷静に聞いてくれる人がほしい。

そんな時、被災地関連の記事を書いている私のブログを知り、
ただ第三者として被災地を取材しているだけというスタンスや、
被災地に同情せず冷静に書いている内容に共感し、
「この人なら変に同情せずただ聞いてくれるかもしれない」と思い、
私のところにメールをいただき、話を聞くことになった。

「今回の葛藤は一人で抱え込むには重すぎた。
誰か適切な人に聞いてほしかった」と彼女は言う。

今回の震災でこのようなことを思っている人は、
大勢いるのではないか。
建前的な被災地美談や被災地エピソードばかりが報じられ、
微妙な立場に置かれた心の叫びは置き去りにされたまま、
被災者や被災地という鋳型にはめられ、
その鋳型しか見ないボランティアが同情心で、
かわいそうだから「助けてやる」というスタンスでやってくることに、
違和感を覚えているものの、
でもいいことをしているわけだから、
そこに対して文句を言いにくいみたいな。

そうした本音を吐き出せる機会もなく、
そんなことを言おうものなら、
「何をほざいているんだ?」
と言われかねないために、ただ我慢して口を閉じている。
こうして余計に心にストレスをためていく。
だから私のようにボランティアでもないし、
かといって大手メディアでもないし、
被災地に対して別に同情しているわけでもなく、
みんなが内心思ってはいるけど、
でも言えないことを書いている私のような存在がどうも貴重なようで、
そうした葛藤を抱える方の、
駆け込み寺のような役割になっているのかもしれない。

彼女が今、一番、不満に思っていることは、
「浪江町に帰れるかもしれないみたいな、
そんな幻想を振りまいているのが許せない」という。

「放射線量が仮に今だけ低くなったからといって、
本当に帰ってもいいのか?
帰って本当に安全に暮らせるのか?
うちの両親もできれば帰りたいといっている。
でも安全でもないのに、危険かもよくわからないのに、
帰れるかもしれないという変な期待を持たせれば、
今の状況のまま立ち止まったままで、
前に進めなくなってしまう。
そんな生殺し状態にするのではなく、
放射能で危険なら帰れるかもしれない、
みたいなことは言わないでほしい。
というか両親には帰ってほしくないし、
安全が確認できない限りは立入禁止にしてほしい」

「私だって両親が帰りたいといっているから、
できることなら故郷に戻してあげたい。
でも現実を見て欲しい。
このような放射能汚染の状況で、
帰りたいから帰してあげるなんて、
他人事だから言えることではないか」

「放射能汚染の危険が高い福島の一部エリアは立入禁止にして、
ガレキ処理場や全国の原発の廃棄物処理場や貯蔵施設にするしかない。
それ以外にどこか受け入れるのか。
こうなってしまった以上、福島しか場所はない」

今、福島は人体実験場と化している。
原発20km地点の小学校まで再開するという、
恐ろしいことを始めている。

福島や被災地や被災者に過度に同情する人たちは、
「福島をガレキ処理場に」とか「福島を立入禁止に」なんていうと、
猛反発する。
「福島を見捨てる気か」みたいな。

だからなのか地元の人たちの故郷愛を“悪用”し、
危険な可能性も高いなか、ろくに除染もしないまま、
次々と避難区域を解除したり、学校を再開させたりしている。

でも安全かどうかもわからないままの中途半端な措置は、
被災者に子供を学校に行かせるべきか否かという、
極めて難しい判断を負わせ、
それで数年後に子供に健康被害があっても、
「親の自己責任」と言い逃れするためにやっているのか、
とも思えなくはない。

原発によっていろんな人の気持ちが引き裂かれていく。
彼女のように誰にも言えない葛藤を背負うこともある。

「放射能の問題さえなければ、
目の前のガレキを片付けて復興しましょう、
がんばろうって言えた。
でも今の浪江町の状況はそんなのではない。
中途半端に帰れるかもなんていう幻想はいらない。
危険だからもう帰れないとはっきり言ってくれた方が、
一時的につらいとしても後々のことを考えれば、
どれだけ精神的に楽か・・・」

地震、津波だけでなく原発が加わった今回の震災は、
さまざまな人の心をかき乱し続けている。

本当に“福島”のことを思うのなら、
本当に“被災者”のことを思うのなら、
他人事なのに“かわいそうだ”と同情して、
中途半端な生殺し状態を長く延ばすことに加担するのではなく、
冷たいと思われたとしても、
どこかできっちり安全か危険かの線引きをして、
従来とは違う新しい人生のスタート地点に、
立たせてあげることなのではないかと、
浪江町出身の彼女の話を聞いて思った。

「地震と津波と原発で、これまで生まれ育ってきた家族の家が、
一挙に消え去り、町の風景はあとかたもなく消え、
すぐそこにあるのに立ち入れずに帰れないという状況に直面し、
これまでの人生を全否定されたような、そんな喪失感も感じている。
だから3.11以降、何かに懸命になることができない自分がいる。
それではいけないとは思うのですが・・・」

311で価値観は180度変わった。
まして放射能リスクのある地域はこれまで通りの復旧なんてできない。
でも復旧できるかもしれないという幻想を与えることで、
過去に引きずられたまま、
新しい人生に進めなくなっている人もいる。

幻想は幻想でしなかい。
現実的な復興を考えるためにも、
美しい幻想をどこかで断ち切らなければならない。

・書籍「検証・新ボランティア元年~被災地のリアルとボランティアの功罪」


by kasakoblog | 2011-10-19 01:37 | 東日本大震災・原発


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