2012年 04月 03日
一生、家に帰れない帰宅難民インタビュー~原発の恐ろしさ~
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火曜日は日本全土を暴風雨が襲い、
あれだけ前日から警告されているにもかかわらず、
風のピークに帰ろうとした人たちは、
当たり前の話だが帰れないわけだけど、
でも「帰宅難民」といったところで、
数時間後、運悪くても1日後には帰れるわけだ。

ところが「本当の帰宅難民」というべきか、
一生、自分の家に帰れない人たちがいる。
原発被災者の人々だ。

先週、警戒区域に指定されている原発20キロ圏内に、
許可を得て入ったわけだけど、
何が悲しいかといえば、
地震や津波被害にあってはおらず、
建てたばかりで立派な家も多いこと。

何の被害もあっていないのに、
放射能のせいで、原発事故のせいで、
東電や官僚や学者や政府が、
安全対策を怠り、ずさんな運用を行っていたせいで、
そこに住んでいた住民の人たちは、一生、家に戻れない。

台風や地震や暴風雨で「帰宅難民で大変だ!」と騒いでいるけど、
今のまま原発を再稼働させれば、
自分だって一生帰宅難民になる可能性もあるわけだ。

20キロ圏内から帰ってきて、
動物保護をしているシェルターに戻ってくると、
そこでこの1年間、ボランティアをしていた人が、
なんと一生、家に戻ることができない原発被災者だった。

Aさん(47歳)一家は6人家族+犬1匹で、
福島県葛尾村で家族ともども仲良く暮らしていた。
しかし今、この家族は6カ所に分かれて暮らさざるを得なくなった。
原発事故のためだ。

1:祖母:埼玉の親戚の家
2:Aさん:勤め先が福島・浪江町から群馬へ移転したため群馬へ
3:妻:福島県田村市の雇用促進住宅
4:大学生の子供:大学で東京
5:高校生の子供:高校が原発被災地にあり、移転したいわき市へ
6:小学生の子供:お母さんと一緒に福島県田村市の雇用促進住宅
7:犬:雇用促進住宅ではペットが飼えないため里親募集に

原発事故がなければ大学生の子供以外は、
みんな一緒に暮らしていたはずだ。
ところが今は一家離散、流浪の身。
自宅に帰ることもできず、
ペットも手放さなければならず、
みんなバラバラになってしまった。

Aさん一家は震災があった後、
約1カ月間、栃木の弟の家に身を寄せた。
運よく自治体が用意した雇用促進住宅に、
初回で当選して福島に戻れることになった。

しかしペットは不可。
犬だけ自宅に置いておかざるを得ず、
時々エサやりにいっていた。

そんな時、動物保護をしている団体「にゃんだーガード」を知った。
動物の一時預かりもしてくれると聞き、我が家の犬を預けた。
それがきっかけでAさん自身が被災者にもかかわらず、
自ら動物保護のボランティアに加わり、
この1年、動物保護や世話をすることになった。

「だって、ほら、仕事なくなっちゃったから、
仮の住まいにいてもすることないからつらいのよ。
この先の見通しもまったく見えないし。
それで動物保護のお手伝いしようと思ったわけ。
ほら、動いていれば、何もかも忘れることができるじゃない?
ぼーとしてるといろいろ考えちゃって落ち込んじゃうからよ」

放射能汚染による原発被災地は先が見えない。
戻れるのか、戻れないのかもわからないし、
危険なのか、危険じゃないのかもよくわからない。
でも許可がなくては自宅に自由に戻ることすらできない。
戻る家がない帰宅難民の不安は相当なものだろう。
だからこそボランティアに熱中することで、
将来のことを考えないようにしていたのだろう。

でもボランティアをしている間、
ずっと葛藤があったという。
「自分の立場考えたら、
ボランティアなんかしている場合じゃないって。
それはよくわかってるけど、どうしようもなくって」

こうして動物保護ボランティアに約1年、
夢中になっていたが、だんだんと焦りも感じるようになってきた。
「Aさんはまだ働かないのかって、いろんな人から言われるようになる。
みんなもそろそろ働き出すようになった。
俺だけがボランティアしていて仕事してないなんて、
こりゃまずいよなって焦っていた」

そこで1年を区切りに再び立ち直ろうと、
Aさんが働いていた会社が浪江町から群馬に移転し、
事業を続けていたので、単身赴任で働くことを決めた。

雇用促進住宅には妻と小学生の子供の2人しかいない。
ペットも不可だし、
そもそも子供の送り迎えもあるので、
自分が群馬に移ってしまえば、
犬の散歩や世話をしている暇はなくなるだろう。

このシェルターで我が家の犬と暮らした日々も終わり。
いつまでもここでボランティアをしているわけにはいかない。
後ろ髪ひかれる思いもあるに違いないが、
1年を区切りに再び仕事をすることを決意した。

1年でやっと一歩を歩み出したが、
家族はバラバラになり、
この先どうなるかはまるで見通しが立たない。
自宅には戻ることもできず、
新しい自宅をどこにするかも、
いずれ考えなくてはならない時期がくる。

除染で再び暮らせるようになるかもしれないが、
もはやバラバラになった家族が、
元の家に戻ることは難しいだろう。
子供の学校のこともあり、放射能の問題もあり、
元に戻る選択肢は限りなく低い。
考えれば考えるほど、先行きの見通しはたたない暗闇の中、
1年という月日に焦りを感じて、
あわてるように職場に復帰した。

一生帰宅難民となってしまった原発被災者。
今も家は地震被害も津波被害もなく、
何の変りもなくそこにあるのに、
そこにもう戻れないという現実。
1日や2日、帰宅難民になるのとはわけが違う。
これまでの生活設計などすべて台無しだ。

しかしこの恐ろしい現実は、
福島原発に近い特定の地域だけの話ではない。
全国各所にある原発が同じような事故を起こせば、
そこに住む住民も一生自分の家に帰れない帰宅難民になる可能性がある。

帰宅難民になる可能性があるのは、原発に近い人だけではない。
原発事故の対応をあやまれば、
遠く離れた地域に住む人も、
同じように流浪の民になる可能性も十分ある。
現に首都圏のホットスポットに住む人たちの中には、
原発事故のため引っ越しを決意した人も多くいる。
まだそれは自由意志で選べるからいいが、
この先、日本のどこかで大地震が起きた時に、
再び福島原発の状況が悪化すれば、
首都圏だって死の町と化す恐れがないとはいえないのだ。

原発がもたらしたものは、
多くの一生帰宅難民を生んだこと。
この311の教訓から何も学ばなければ、
今度はあなたが自分の家や町には戻れない、
一生帰宅難民になるかもしれない。

そのことを十二分に想像した上で、
原発に依存する生活や社会を見直さなくてはならない。

・原発20キロ圏内レポート~あなたの家や町が立入禁止になる恐怖
http://kasakoblog.exblog.jp/17660549/

・20キロ圏内の犬猫保護しているにゃんだーガード
http://nyanderg.web.fc2.com/


by kasakoblog | 2012-04-03 21:14 | 東日本大震災・原発


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