2012年 05月 13日
よそ者を嫌う地域に未来はない~限界集落「秋元」の取り組み
「よそ者にはきてほしくない」
「よそ者のあんたらにはわからない」
被災地取材や地方取材をしていると、
こんな言葉を投げつける人がいる。
その瞬間、思う。
この村はダメだな。
数十年後にはなくなっているだろうと。

日本の田舎に幻想を抱く人もいるかもしれないが、
田舎は驚くべきほど保守的で閉鎖的だ。
決まりきった人間関係とその序列を崩したくない。
外からの刺激をシャットアウトし、
内なるルールと秩序を守ることで、安穏と暮らしたい。
そう思っている人が多い。

それで村がこの先も存続し、
発展していけるならそれでいい。
しかし時代や社会の環境が大きく変わり、
もはや今まで通りのやり方では立ち行かなくなった。
保守的・閉鎖的・非効率的な村のやり方に嫌気がさし、
どんどん若い人たちが村を出て帰ってこない。
結果、高齢化率は上がり、学校が消え、郵便局が消え、
商店が消え、交番が消え、病院が消え、
過疎化した町になっていく。

でも都会とは違い、そこには、
ゆったりとした時の流れや、
恵まれた自然環境が残されている。
村の若者の中には、
できれば都会に出てしまうのではなく、
この素晴らしい村に住み続けて、
暮らすことができないかと考える人も多い。

一度、都会に出たものの、故郷の良さを知り、
故郷の戻ってなんとか再び村を活性化し、
そこで仕事が見つけられ、
子供を育てられる環境にならないかと、
新しい取り組みをしている人もいる。
しかし往々にして村の若者の活動は、
村に住む旧来の権力者=保守的な老害によって叩き潰される。

結果、新しい取り組みもなく、
よそ者を受け付けない村は、
ただただ衰退していくだけで、
高齢者の医療費だけがひたすらかさんでいく。
そう、村に限った話ではなく、今の日本のように。
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4月に防災公演のオファーをくださった、
宮崎県の高千穂にある秋元集落は、人口100数十人で、
ほとんどが60歳以上の高齢者という限界集落だ。
そんな集落がなぜよそ者の私を招き入れてくれたのか。
集落を活性化させようとする若者がいたからだ。

オファーをくださったのは飯干君枝さん。3児の母だ。
旦那さんである飯干記章さんが秋元集落の出身で、
結婚して後、近くの集落からここで暮らすようになった。
限界集落にもかかわらず、村人たちが元気でおもしろい!
私はここに連れられてきた時、
ネパールの山奥かチベットに来たのかと思ったぐらい、
商店が1軒しかない超田舎、日本の秘境だったが、
不便な生活よりも自然豊かなこの集落が気に入り、
集落のホームページを立ち上げたり、
村の散策マップを制作したりして、
集落がこの先も存続できるよう、
外との交流に力を注いでいる。

秋元集落出身の飯干記章さんも、
同じ思いを持った一人だ。
高校生まではこの秋元で暮らしていたが、
大学進学時にこの村を離れた。
その後はアパレルショップに6年間勤務。
転勤の多い会社で、福岡、仙台、札幌などを転々とした。

仕事はキツイ。
毎日夜遅くまで仕事をし、
休みはほとんどない生活。
休みでも店に何かあれば、
店長として店に顔を出さなければならない。
そんな生活にふと疑問を思うようになった。

「お金よりも時間がほしい。
自然に恵まれた集落に戻って生活したい」
そう考えて会社を退職し、村に戻ってきた。

はじめは仕事がなく、
おじさんのところの手伝いで、月数万円の収入のみ。
なんとかこの村で暮らすために、
また自分と同じような思いをしている若い人たちが、
村に戻ってこれるよう、仕事を作れないかと、模索していた。

九州ツーリズム大学で出会った井原満明先生の話だった。
ヨーロッパではイギリス産業革命直後、
ワーカーホリックで病気になる人が続出した。
そこで国民休暇法を制定し、
休暇時には農村に行くことを奨励。
それにより農村では都市の「観光客」を受け入れるため、
農家民泊や家族経営による小規模宿泊施設「B&B」などができていった。
こうしてヨーロッパでは都市の労働者を癒す、
ツーリズムが発達していったという。

その話を聞いて記章さんは思った。
これはまさに今の日本ではないか。
自分も過剰労働に疲れて田舎に戻ってきたが、
今、日本人の多くは都市での仕事生活の毎日に疲れきって、
心も体もズタボロになってしまっている。
田舎に来て癒される。
その受け皿に秋元がなれば、秋元で仕事が生まれ、
秋元集落自体も存続できるのではないかと考えた。
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同じ思いを持っていたのが、
54歳の時に高千穂町役場を早期退職した飯干淳志さん。
(秋元集落はほとんど飯干姓)
少子高齢化、過疎化が進む村を憂い、
「この先、村がなくなってしまうのではないか」
「今後、村を誰が守っていくのか」
「村を次の世代に残すために何かしなくてはならない」と考え、
「高千穂ムラたび活性化協議会」を発足。
「観光と連携してムラに生業を創る」ことを掲げ、
農業直販、農村民宿、エコミュージアムの3つに主に取り組んできた。
これに記章さんも賛同し、力を注いだ。

中でも核となっているのが、
「エコミュージアム」という発想だ。
集落全体を博物館と考え、外の人に見てもらいやすいようにする。
保守的・閉鎖的ではなく、
ムラを“よそ者”にも開放し、
誰もが来やすいようにするという考え方だ。

3年前からこうした取り組みを始めたが、
中には反対する人もいる。
村のすべてが一丸となってというのは難しいが、
とはいえ村の存続の危機感はみなに共通するもので、
少しずつ活動は進んでいった。

村の中に空き家や石倉、納屋を活用した3カ所に、
村の暮らしにかかわる展示を見てもらえる展示施設を作った。
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毎年、夏休み時期に、都会の学生を招き、
2週間程度の短期滞在をしてもらい、
彼らに村を知ってもらいつつ、
都市の若者と村人との交流を図る機会を設けた。

“よそ者”を招き入れる活動は思わぬ効果を生んだ。
「川の水が飲めるなんて知らなかった」
「味噌も豆腐も自分で作れるなんて知らなかった」
村では当たり前のことが、
それこそが都会にはない良さなのだと気づいた。
秋元では水がきれいな場所にしか自生しない、
葉わさびがとれたりもする。
村の良さとは何なのかを、
外の人を受け入れることで知ったのだ。

自分たちの立場を守るために、
「よそ者にはわからない」と、
切り捨ててしまう地方の人がいるが、
それは間違った考えだと思う。
なぜなら、よそ者が見た村も、
それはそれで1つの「真実」だからだ。

例えば外国人が日本で観光に来て、
その時、たまたま出会った日本人に騙されたりしたら、
「日本はひどいところだ」と帰って友達たちに言うだろう。
「いや、それは違う。よそ者がちょっと訪れただけで、
日本のことなんてわかるわけがない。
日本人はとってもいい人たちばかりだ」
といったところでそれは無駄だろう。
なぜなら訪れた外国人にとっては、
日本人にひどいことをされたのが現実であり真実なのだから。

つまりよそ者が見るその地域の感想を、
「短期で滞在しているからわからない」
「よそ者なんかにはわからない」と切り捨ててしまうと、
自分たちがどう他者から見られているか、
客観視できる機会を失ってしまうことになるのだ。

だいたいこう批判する人は、
仮に何年、何十年そこに住んだとしても、
「あいつはもともと村の出身じゃないからわからない」
と切り捨ててしまう。
ようは自分に都合の悪い意見は、
「よそ者だから」という殺し文句で、聴く耳を持たない。
だから今のように村は衰退し、立ち行かなくなっている。
どこかで「外様」の意見も取り入れ、
自分たちが置かれた状況を客観視し、
何が自分たちにとっての強みで、
何か弱みなのかを整理しなければならないのだ。

日本の歴史を振り返ってみても同じ。
「外様」が来ないと改革できず、
衰退するケースがいかに多いことか。
家族同族経営で行き詰る企業とか、
鎖国していたけど、
外国人が来たことで、文明開化が起きるとか。
一億総玉砕状態だったが、
外国に「占領」されることで、
その呪縛から解かれるとか。
今の北朝鮮なんか見てもそう。
外と交流しない地域は衰退するのだ。

秋元の話に戻ろう。
秋元では村が今後も存続できるよう、
村内に村の野菜を直売できる、
無人の「いろはや」を設置した。
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今までは自分たちが食べる分だけ作っていて、
食べきれない分は捨てていたという。
でもこれだけ水がきれいな場所だしもったいない。
外から来た人にもみやげになると、
こうした直売所を作った。

野菜を作るおばあちゃんたちにとっても、
「今日はいくら売れたかな?」と、
新たな楽しみが増えた。
自分のためでなく他人のためになり、
それが対価となって返ってくれば、その人の気は若返る。
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秋元では集落のどぶろくを商品化し、
「千穂まいり」として販売し始めた。
飯干淳志さんの娘さん、飯干絵里子さんと、
高千穂町に住む佐伯勝彦さんの2人が中心となり、
どぶろくの製造、販売を手がけている。
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「アルコール度数を6~8度と、
本来のどぶろくより低めにし、
多くの人に飲んでもらいやすいようにしました」という。
直販だけでなく高千穂町の酒屋などにもおろし、
販路は広がっている。
また1つ、若者が暮らせる仕事が生まれたのだ。

さらに秋元集落に興味を持った人が、
秋元で泊まってもらえるよう、
どぶろく造りもしている、
飯干淳志さん宅が「民宿まろうど」を。
飯干記章さん、飯干君枝さん夫妻の父親である、
飯干金光さん宅が「農家民宿蔵守」を始めた。

私は講演のために訪れた際、
「農家民宿蔵守」に泊めていただいた。
飯干金光さんはこんな風に話す。
「泊めるのは1組限定。せっかくのご縁なので、
来た方とじっくり話をして、つながりを大切にしたい」
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農家民宿ゆえ宿泊施設としての整った設備があるわけではなく、
普通の家の空いている部屋に泊まる形だが、
秋元で作られたものを使った田舎料理などが味わえ、
秋元についての話も聞けるのが何よりの魅力だ。

ここにも“よそ者”との交流を積極的に図ることで、
自分たちの村を守るために、
新しい取り組みをはじめている人がいる。
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保守的・閉鎖的ではないそんな雰囲気が村にある。
だからこそネットで知った私のような存在を、
防災講演のために呼んでくれたりもする。
秋元は以前、襲った台風で孤立した集落でもあり、
災害とは無縁ではないからだ。
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もし私に声をかけてくれなかったら、
私は一生、秋元集落の存在を知らなかっただろう。
以前に高千穂まで旅行したことがあるにもかかわらず。
でもこれがきっかけで新たな交流が生まれる。
そして私がこうして紹介することで、
「秋元集落」という存在を多くの人が知る。

それがすぐにすぐ直接的な経済利益に結びつくわけではない。
しかし村の存続に欠かせないはじめの一歩は、
まずその存在自体を知ってもらうことにある。

東日本大震災では被災地域があまりにも広大で、
有名な町には支援が集まったが、
有名ではない辺鄙な場所には支援が集まらなかった。
でも猫が神様の島、田代島のように、
ノラ猫という観光資源を活かして、
うまくPRすることで、復興に必要な1億5000万円もの資金を、
わずか数ヶ月で集められたところもある。

「よそ者にはきてほしくない」
「よそ者のあんたらにはわからない」
被災地取材や地方取材をしていると、
こんな言葉を投げつける人がいる。
その瞬間、思う。
この村はダメだな。
数十年後にはなくなっているだろうと。

冒頭に掲げたこの言葉の意味を、
ここまで読んでいただけたらわかったのではないかと思う。
徳島の過疎漁村・伊座利も、
外との交流を積極的に図り、
“よそ者”の短期移住に力を入れることで、
学校が廃校にならず、集落は活気にあふれている。

この話は過疎化する村に限った話ではない。
日本全体の話でもあり、企業体質にも共通する。

よそ者を受け付けないところは衰退する。
「よそ者なんて」という言葉を使っている時点で、
その人はその場所はもう終わっているなと思う。

日本は変わった。世界は変わった。
あなたは変わった?
既得権益はあなたです。

よそ者や新しい取り組みや変化や改革を受け入れる度量がないと、
そこはやがて死にゆく定め。
反対や批判だけして建設的な意見が言えない人間は、
足を引っ張るだけでこの世に害悪なだけだ。
秋元集落のような取り組みに学ぶべきところは多い。

ちなみに秋元は神楽で有名。
高千穂町では集落ごとに神楽があるが、
秋元の神楽は有名で、
毎年11月の最終土曜に行われる神楽には、
多くの観光客が訪れるという。
私もその頃にまた秋元を訪れたいと思っています。

秋元の名所
・この岩を見に行くだけでも価値あり!長久郎岩
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・この岩もすごい!殿の岩
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・秋元神社
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<関連リンク>
秋元集落の紹介ページ
http://akimoto-mura.com/

どぶろく「千穂まいり」
http://chihomairi.com/

農家民宿蔵守
http://akimoto-mura.com/about-kuramori.html

民宿まろうど
http://akimoto-mura.com/minsyuku-maroudo.html

田代島の奇跡
http://kasakoblog.exblog.jp/15939618/

徳島漁村伊座利の奇跡
http://kasakoblog.exblog.jp/9913849/

宮崎での防災講演スライド(2012/4/15)
http://www.kasako.com/20120414miyazaki.pdf

東京での防災講演スライド(2012/3/20)
http://www.kasako.com/20120320kasako.pdf

防災について「うちでも話をしてほしい!」という講演依頼のある方は、
メールいただければと思います。
kasakotaka@hotmail.com


by kasakoblog | 2012-05-13 22:45 | 生き方


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