2012年 08月 03日
畑が仮設住宅の被災者を救う
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もうそろそろ仮設住宅暮らしが1年になる頃だ。
すっかりオリンピックがメディアジャックし、
あらゆるニュースが忘れさられようとしているが、
東日本大震災で被災し、家を津波で流された人たちは、
今もなお、仮設住宅暮らしを続けている。

被災地取材のため仮設住宅を回っていると、
その格差に驚くことがある。
格差とはそこに住む被災者の明るさ格差だ。

2012年7月上旬に陸前高田の仮設住宅をいくつか回った。
リハビリ職の個人ボランティア集団「face to face(FTF)」が、
仮設暮らしが長く続き、運動機能が低下している被災者の助けとなるよう、
仮設住宅を回ってリハビリ指導を行っていたところに同行した。

2ヵ所回ったのだが、2ヵ所目に訪れた仮設住宅の被災者の方々が、
ものすごく明るく、楽しそうな雰囲気で驚いた。
リハビリ指導教室の集まりもいい。
みんなわきあいあいとして冗談を飛ばしあったりしている。

「この仮設はいつ来てもこんな雰囲気で明るいんですよ」
と何度も訪れているFTFの人が説明してくれた。

実は明るいのにはわけがあった。
畑だった。

「去年の今頃、仮設住宅に移ってきた時、
みんな誰も外にも出てこないし、交流も持とうとしないし、
やることもないし、暗い雰囲気だったんですよ」
と語るのは、この仮設に暮らしている菅野和子さん(65歳)。
この仮設住宅に入っている人たちは約30世帯あるが、
必ずしももともと住んでいる場所が近かったわけではなく、
バラバラのため、お互い顔見知りは少なかったという。
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集団生活だった避難所暮らしとは違い、
仮設暮らしはプライバシーは確保されている反面、
部屋にこもって孤独になりやすい面がある。
顔見知りの人とも離れ離れになり、
車がなければ容易に行くこともできない。

「何かせねばいけないと思ったんです」と菅野さんは言う。
そこで目をつけたのが、仮設住宅の前にある空き地だった。
「畑にでもすればみんなで作業できるし、
外に出てこれるし楽しいんじゃないか」
そう思った菅野さんは、この土地を持っている、
地主さんと交渉するとOKしてくれた。

というのもこの地主さん自体が被災者であり、
家を流され別の仮設住宅に暮らしている。
だからこそ被災者の役に立つならと、協力してくれたのだろう。

「畑をやろう」と声をかけたら、
何世帯かは「それはいい!」とのってきてくれた。
季節に応じて10数種類の野菜を植えているので収穫も楽しみ。
無心になって没頭できる作業。
でもみんなと顔合わせながらでき、
かつ体を動かす作業のため、
引きもこりがちな暗い雰囲気が変わり、
仮設住宅の被災者同士が交流するようになったという。

その話を聞いて率直に思ったのは、
「なんだ、たかが畑でいいんじゃん」
ということだった。

被災地でもない人たちが、
仮設住宅の孤独死を防がねばならないとか、
何の使命感からかよくわからないけど、
土日に来て被災者が喜んでるんだか、
よくわからないようなイベントだけやって、
確かにその時はいいのかもしれないが、
ボランティアが来なくなったら、
それはそこで終わってしまい、
支援の持続性もなければ、
被災者の自立にもならない可能性が高い。

でもここは被災者が自ら空き地に目をつけ、
それを畑にしただけで、
こんなにも明るい雰囲気になっている。
なんだ、こんな単純な、ちょっとしたきっかけがあれば、
莫大な時間やお金を注ぎ込んで、
孤独死問題を解決せねばとか、深刻にならずとも、
ボランティアが来なくとも、ある程度は解決できるじゃないかと。

もちろんこの仮設住宅のように、
都合よく目の前に空き地があり、
かつそこの地主が畑として貸してくれる、
という条件にあてはまる仮設はあまりないかもしれない。

でも別に畑じゃなくても何でもいいんだと思う。
そこに住む被災者自らが何かちょっとしたきっかけを見つけて、
それでみんなに声かけて楽しめるものがあれば。
編み物だって読書会だってゲームだってスポーツだって、
きっと何だっていい。

ボランティアとか外部の人間ができることって、たかがしれている。
まして物理的な作業や支援の段階が終わり、
心の面になると、遠隔地の人間ができることは、
あまり多くないのではないか。

いやもちろん被災地に住む人間ではない人だからできる、
「心」の支援もあると思う。
実際にそういう場面に私も出くわしたこともある。
ボランティアや外部の人間がきっかけを与えていることも、
ものすごくたくさんある。

でも最終的に復興できるかどうか、
孤独死しないかどうか、立ち直れるかどうかって、
被災者自身の意志による部分が大きい。

どれだけ外部の人間が「孤独死を防がねば」と息巻いたところで、
「結局、仮設を1軒1軒回って、
出てくれて話をしてくれる人は元気な人ばかりで、
引きこもってしまっている人は、
何度声をかけても出てこないんです」と、
あるボランティアが言うようなことになる。

自立支援という言葉ってほんと難しい。
ややもすると依存支援、共依存支援になりかねない。
でもみんな引きこもって暗いから、
畑でもやって仲良くなろうって、
被災者自らが声をあげるだけで、
他の仮設とはまるで雰囲気が違う。
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被災地取材をしていてはっとさせられる出来事だった。
どんな苦境に陥っても、
自らの運命を切り拓き、好転させようという人はいるし、
逆にたいした苦境でなくても、
すぐに愚痴や泣き言ばかり言っている人には、
外からどれだけ働きかけても、
その人自身の意識が変わらなければ、
どうやっても事態は好転なんかしないんだよなと。

最終的にはどんなことも自分自身の意識次第なんだなって、
被災者の強さを見て思った。

・被災地取材本「検証・新ボランティア元年」

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by kasakoblog | 2012-08-03 01:46 | 東日本大震災・原発


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