人気ブログランキング | 話題のタグを見る

想い

自分がこんなにも望んでいたことだなんて思いもしなかった。
手に入れてはじめて知った自分の想い。
思えば10年前から欲しかったんだ。
思えば20年前から欲しかったんだ。

簡単に手に入れられるものだと思っていた。
いつかそのうち手に入るもんだと思い込んでいた。
でもそう簡単ではないことを徐々に思い知らせれ、
徐々に徐々に焦っていた。

何よりも困るのは周囲の期待だった。
期待して当然だけど、
本人でもない周囲が本人以上に望むのは度が過ぎていた。
近しい家族ほど騒ぎたて、焦らせ、プレッシャーをかけ、
心ない言葉をむざむざと投げかけるようになった。
悪意がないだけにたちが悪い。
連絡を断ち切ったこともあった。

そんな無神経な周囲から身を守るために、
自分が欲しくないと周囲に思わせることにした。
自分は望んでいないことにすれば、
好きでその道を選んでいることになり、
すべては自分の責任になり、
被害が家族に及ばなくて済む。

それを真に受けた人たちが、
私の陰口を言ってくれるのは痛快だった。
勝手にそう思っていればいい。
私の陰口だけで済むならたいしたことはない。
私が悪者になればそれでいい。
欲しくないという話にしておいて、
陰で必死で何年もの努力を続けていた。

歓喜に酔いしれたのは2年前のことだった。
陰の努力が実を結び、
自分にはもう手に入らないと思っていたものが、
まさか手に入り、大はしゃぎした瞬間だった。
これでやっと“一人前”に認められるとの思いもあった。
心ない言葉を吐いた人にほれみたことかと報告した。

しかし幸福は絶望へと変わった。
思わぬ事態が発生し、
手に入るはずのものは失われることになった。
しかもそれはかなり無惨な結末だった。
雨が降っていた。
涙がとまらなかった。

その時も周囲はひどかった。
なぐさめる言葉より、
期待から失望に変わった感情を露骨に表し、
まるで無能のレッテルをはるかのように、
信じられない言葉を投げつけた。
それがあまりにも自然に口に出てくることに呆然とした。
私が欲しくないというウソも通用しなくなり、
悲しみに追い討ちをかけることになった。

あまりにも悲しい結末に私はもうあきらめていた。
私にはムリだったんだ。
手に入らなくても仕方がない。
別になくなって楽しい人生を送ることは十分にできる。
でもそれは失敗への恐怖だった。
欲しくないわけではまったくなかった。
人生を180度変える選択肢も考えた。

でもあきらめなかった人がいた。
つらい努力をし続けた。
私は半分投げやりになっていた。
せっかく努力したのに、
また失敗するのが怖かったからだ。
悲しみにくれるのがイヤだったからだ。

そして1年前、
再び努力が実って、再度チャンスが訪れた。
しかし私は慎重になっていた。
取らぬ狸の皮算用は禁物であることを思い知ったからだ。
その心配は悪いことに的中してしまう。
またしても手に入れかかったにもかかわらず、
手に入れることはできなかった。

でもこの時、被害は最小限に抑えられた。
過去の経験をふまえ、うるさい周囲には一切言わなかったからだ。
きゃつらに騒がれたのでは悲しみが怒りが2倍になる。

2度も大きな失敗をすると立ち直れなくなる。
というか逆にあきらめることに開き直れる。
もうダメだ。やめようと。
でもあきらめなかった人がいた。

そして今年。
またチャンスを得た。
2度の失敗があるので、そのことは誰にも言わなかった。
完全に手に入れるまでは誰にも言うまい。
言ってしまったが最後、もしまた失敗したら、
その人たちの言葉によって傷つけられることになるから。

誰かに話したいという思いもあった。
このタイミングなら言っても大丈夫だろうと思ったこともあった。
でも何が起こるかわからないだけに、
その思いを押し殺し、誰にも言わない日々を続けていた。

思わぬ事態が起き、時期が早まりそうになり、
私の不安は大きくなった。
喜びなんかじゃない。不安だ。
本当に手にすることができるのか。
またしても大きな期待を絶望に変えるだけではないか。
私は喜ぶイメージよりも、
失敗した時に備えて、気持ちを準備していた。
そうなってしまった時に、
自分の心のショックを和らげるために。

しかし杞憂に終わった。
それは今までの苦労がウソのように、
私の立場からすると“簡単に”手に入れられた。
それを手にした時、私は知ったのだ。
ずっと前から私はこれを望んでいた。
周囲から防御線を張るために、
自分の気持ちにウソをついてきたので、
本当の自分の気持ちが自分自身でわからなくなったのだ。

私はブログで夢をあきらめるなとか、
好きなことをすべきだとか、
そうした発言を度々してきている。
自分でコントロールできること、
自分の努力でどうにかなることは、
それを実践してきたつもりだ。

でもこの件に関しては、
自分の努力ではどうにもならないこともあり、
本当は望んでいたのに、
自分は失敗におじけづき、
周囲の心ない言葉に負け、
すっかりあきらめてしまっていた。

でもあきらめなければ手に入れることができる、
ということを知った。
我ながら恥ずかしい。
自分が望んでいたのにその気持ちを隠したことから、
自分が望むものがわからなくなってしまっていたこと。
そして失敗を恐れてチャレンジする勇気を失っていたこと。

でも本当に望むものなら、本当に欲しいものなら、
何度失敗があろうとも、成功するまでやり続けるべきなんだ。
幸いにして昔の時代と違って、
今はいろいろな意味で恵まれた環境にあると思う。
そんなんですぐにあきらめるなんて、
それだから人生つまらなくなっちゃうんだなと。

今回はまったく私の努力ではない。
でもあきらめない人がいた気持ちの強さが、
私の夢を実現してくれた。

そこまでの努力ができるかできないか。
それによってその人の人生は変わるのだと思う。

才能とは持続する情熱。
成功する秘訣は成功するまでやり続けること。
ぜひみなさんも簡単にあきらめないでほしい。
自分が本当に望んでいるものを手にした時の喜びは、
人生の中で何物にも変えがたいから。


・・・・
もし何かAmazonで買い物する方いらっしゃれば、
下記よりお願いできれば助かります。
Amazon

by kasakoblog | 2012-08-19 22:45 | 生き方

好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術を教えるかさこ塾主宰。撮影と執筆をこなすカメラマン&ライター。個人活動紹介冊子=セルフマガジン編集者。心に残るメッセージソングライター。


by kasakoblog