好きを仕事にする大人塾「かさこ塾」塾長・カメライター・セルフマガジン編集者かさこのブログ

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2016年 04月 30日

愛の前提条件は自立なんだよ。自立してないから愛が歪み、愛が依存に変わる

他人のブログでうんざりするのは
愛という言葉を多用しているもの。
なんでもかんでも愛、愛、愛って
言っているとあまりの軽々しさと
語彙のなさにイヤになる。

「ようは愛なんだよね」
とかまとめる人もいるけど
それだけじゃ何もわかんねーよ。

そんなわけで私の場合
年間90万字も執筆していながら
ブログを16年間ほぼ毎日更新していながら
愛という言葉をほとんど使わない。

じゃあ愛とは何なのか。
私の勝手な意見を書いておこう。

世の中には「愛」に見えて
「まがいものの愛」がいっぱい
あふれているような気がする。
たとえば「子どもを愛している!」
といいながら子どもの意見を無視し
自分がしたいことを押しつける親。
これも1つの「愛」なのかもしれないけど
でもそれは自分の「欲」を
「愛」と偽って押しつけているだけだ。

親子の愛だろうが恋人同士の愛だろうが
友人同士の愛だろうが人類愛だろうが
「見返りを求めるのは愛じゃない」
「自分の欲望を押しつけるのは愛じゃない」
と思うわけです。

でも世の中、愛が歪んでいる。
愛という言葉を使いながら
何かリターンを求めている。
リターンがなければ裏切られたという。
それって愛じゃなく単なる欲望でしょ
と思うわけです。

なぜそうなるかって
「愛」という言葉を利用した依存だから。
親と子どもの共依存しかり。
恋愛依存しかり。
愛と言いながらお互いが自立せず
お互いに依存し合っている。

ないものを補い合ったり
協力し合ったりするのは
依存ではないけど
もたれかかるのって
愛じゃないと思うわけです。

時々私のことを「冷たい」と
感じる人がいるかもしれず
そのせいでなぜか5/29(日)
誰もがこれる入場無料イベント
かさこ塾フェスタで
「かさこさんに愛はあるのか」
というテーマで公開インタビューされる
という謎の企画があるわけだけど
多分、私のことを「冷たい」と
感じる人は自立してないんだよ。
私に依存しようとしてるんだよ。

そういう人は私は容赦なく批判するし
塾生だろうが何だろうが
わからない人は人間関係を切る。

元教師で教育問題漫画家のましゅさんが
ブログで非常におもしろい指摘をしていて
「「寛容」を「冷たさ」と感じる人は、
他人に依存しすぎてるんじゃないか」
と書いていてまさにその通りだと思うわけです。
※2016/4/29のブログ
「好きにすればいい」の温度
http://www.matthewroom.com/#!blog/w4w7o

ようは自立していない人間が
自分は何の努力もせず
ただただクレクレ星人になり
「ちょうだいちょうだいちょうだい!」
「私も見て私を見て私を見て!」
「私をかまって!私をかまって!」
みたいにして「愛」を欲しがり
そこで「愛」が与えられないと
「私は愛されていないんだ」とか
いじけてみせるわけだが
それは愛じゃない。
ただ自分の承認欲求を
他人に満たして欲しいだけ。

もちろん承認欲求ってのは
誰にも持っている感情だし
それは悪いわけではない。

でもね、承認欲求を満たすのって
人に「承認して!」って
アピールすることじゃない。
自分が地道にコツコツ努力して
結果として認められることではないか。

フェイスブック上を見ていると
自立しておらず承認欲求を満たそうと
何度も何度もこのバカ
いい歳こいて俺が俺がアピールや
私かまってちゃんアピール
しつけえなっていう人を何人も見かける。

そういう人って自立してないから
すぐに承認欲求を求めたがり
でも自分は何もしないのに
承認ばかりを求めるから
どんどん人が離れていき
結果として自分自身が認められず
セルフイメージが低いがために
また他人の承認欲求を求めようとする。

それをさ「愛」と勘違いしてんじゃないのか。
だから満たされないと
私は愛されていないとかひがむわけだけど
愛されないんじゃなく
自立して魅力的な人間になるための
努力を放棄しているだけだよって話だ。

愛の前提条件は自立なんだよ。
自立していれば自分を愛せる。
他人に見返りの愛を求めなくても
やっていける。
でも自立していないから
自分を愛せないし
他人には見返りを欲しがり
依存という名のかりそめの愛に
もたれかかろうとして
いつまでたっても「愛」が得られない。

じゃあ自立するには何をしたらいいのか。
自分の好きなことを続けることだよ。
これしかないのではないかと私は思う。

何でもいいんです。
どんなくだらないことでもいいんです。
写真が好きでも合コンが好きでも
本を読むのが好きでも
サッカーするのが好きでも。

自分の好きなことを持ち
それをやり続けていれば
他人がどうとか関係なく
自分は満たされるわけです。
自分が満たされれば
自分を好きになれる。
自分が満たされれば
過度に他人に依存しなくて済む。

だから何でもいいから
自分の好きなことを持ちそれを続ける。
それが自己愛の一歩であり
セルフイメージアップの第一歩であり
他人に依存しない一歩なのではないか。

ただここで問題なのが
好きなことが何かわからないとか
好きなことは本当にあるんだけど
これまでの経験から
自分は好きなことは
やってはいけないみたいな
ブレーキをかけている人だ。

でもこれはそんなに
荒治療しなくても
そのブロックを外すことは
できるんじゃないか。
好きなことを見つけ
好きなことをしてもいいという
ブロックの外し方には
いろいろなアプローチがあると思うけど
かさこ塾でもまず第一回でやるのは
好きなことをやってもいいと思えるよう
ブロックを外すワークをしてもらっている。

好きなことに夢中になると
イヤなことがあったとしても
人生楽しくなる。
人生楽しくなると自分自身が輝き出す。
そうやってセルフイメージを回復し
自分が自分のことを好きになり
自分の人生捨てたもんじゃないなと
思えるようになってはじめて
他人に依存せず
見返りを求めない愛を与えることが
できるようになるのではないか。

だから愛の前提条件は自立。
別にすぐにすぐみんながみんな
立派に自立できるかっていったら
そうではないと思う。
ただ依存ではなく自立しようと思うこと。
依存の割合を減らして
自立できる割合を増やしていくことは
できると思うわけです。
自立しているからこそ
いい意味で他人が気にならない。
自分が好きならそれでいい。
だからこそ他人に必要以上の干渉をしない。
他人に承認欲求アピールしなくてもいい。
見返りがなくても人に優しく
接することができるようになる。
それが「愛」なんじゃないか。

どんなことでもいい。
どんなくだらないことでもいい。
一人ひとりが好きなことを持ち
別にそれが仕事にならなくても
それが人生の楽しみになっていれば
自立ができるのではないか。

そうした自立した個人が集まり
各々のスキルや知識を持ちより
時に助け合ったりする。
それが大きな意味での
「愛」になるのではないか。

歪んだ愛にならないために。
見返りを求める
かりそめの愛にならないために。
自分の欲望をおしつけるだけの
愛にならないために。
ひたすら承認欲求を満たそうとする
依存の愛にならないために。

愛には自立が必要だと思う。

あとそうだ大事なことを忘れていた。
自立するにはインドに行け!
それはまたどこかで詳しく書く!

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by kasakoblog | 2016-04-30 22:47 | 生き方


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