2016年 09月 20日
人を疑うことは人を信じるためのマナー。疑わずに信じるとか言っちゃう人ほどヤバイ
人を疑うというと悪いイメージがあるけど
それは人を信じるためのマナー。
疑うことは悪いことではまったくない。
むしろ「私は誰でも信じる!」
みたいに言っちゃう人ほど
相手に対して失礼。
だってそうでしょ。
相手がどんな人なのか
調べることを放棄しちゃうんだから。
だいたいこういう勘違いバカが
後からやれ騙されただの
こんなはずじゃなかっただの
あの人は優しい人だと思ったのにとか
恨み節の泣き言をいって
メンタルやられちゃうパターン。

アホか。
相手に関心と興味を持たずに
簡単に人を信じちゃうから
騙されたと感じるだけで
騙した相手が悪いんじゃなく
騙された相手が悪い。
というか騙されたとか以前の問題で
相手を知らなかっただけで
騙されたとすらいえない。

人を疑うことは悪いことじゃない。
なぜならこの人を信じても
大丈夫なのだろうかという
慎重な確認作業をしているだけなのだから。
つまり人を信じるために人を疑う。
健全な人間関係を構築する上での
最低限の礼儀だと私は思う。

たとえばこの人と仕事を頼んで
本当に大丈夫なのかと疑い
ネットでその人のことを調べたり
今までどんな実績があったのか
聞いてみるとか。
たとえばこの人にお金を貸しても
大丈夫なのかと
相手の経済状況を聞きだすとか。
たとえばこの人と結婚しても
本当に生活していけるのかと
いろんなことを根掘り葉掘り聞くとか。

ぜんぜん悪いことではない。
疑って確認し問題がクリアになれば
そこではじめて人を信じて関係性を築く。

人を疑わずに
「私は人を信じる!」とかいっちゃうバカって
ようはこの面倒な作業を
したくないわけだ。
手間を惜しんでいるわけだ。
ちゃんと相手に興味を持っていない証拠。
きちんと人間関係を
築こうとしない証拠。
性善説をふりかざすバカに
この手の人が多い。

人を疑わずに
何も調べず信じちゃう人って
ようはセルフイメージが低い裏返し。
自分に自信がない。
だから相手を疑うことができない。
何でも信じようとする。
逆に「私はあなたを疑わないから
私のことも何も精査せず信じろ」っていう
脅迫をしているようなもの。
ようは自分に自信がないからだ。

自信があれば疑ってもらっても
何にも困ることはないし
自信があれば人を疑い
自分に必要な人かどうかを
きちんと見極められる。

何でも簡単に人を信じるバカにならず
人を疑うことは
人を信ずるためのマナーだと思って
きちんと人を疑いたい。
それは人を貶めるためではなく
人を信じるために。

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by kasakoblog | 2016-09-20 11:24 | 生き方


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