2009年 01月 10日
廃墟写真マネたと訴える
廃虚写真家が同業ライバルの廃墟写真家に対して、
「場所や構図まねされた」として訴えるというニュースがあった。

他人の土地に無断で入って撮影したであろう、
廃墟写真家が写真をまねたと訴えるのはどうかという、
根本的な問題はさておき、
(許可を取っているなら話は別だが)
工場写真集を出しているカメラマンとしての立場から、
このニュースを考えてみたい。

私は写真集「工場地帯・コンビナート」(グラフィック社、かさこ)を出版しているが、
そのなかの写真の何点かと構図が同じ写真集が出ても、
それをまねたと訴えはしないだろう。
だって、ある程度の写真技術があり、
そこの場所に行けば誰だって似たような写真、簡単に撮れるから。

それどころか私の写真集には、
ご丁寧に撮影スポットと地図が書かれている。
それを頼りに撮影すれば「まねた」写真は容易に撮れる。

・写真には2種類ある
写真には、誰もが「まね」して容易に撮影できる写真と、
その写真家にしか撮れない写真の2種類がある。

今回の訴えた写真は前者だと思う。
そこの廃墟に行けば、プロだろうが素人だろうが、
同じ構図で容易に撮影できる。
そんなものを先に撮影した写真家の専売特許として、
認められたら、どんな被写体も早いもん勝ちになってしまう。

たとえば富士山、ピラミッド、函館夜景などの観光名所の場合、
ここから撮影すればベストといわれる場所があるわけです。
それを最も先に撮影した写真家だけが、
「これは俺の構図だからまねたら著作権侵害だ」
ということになれば、誰も写真が撮影できなくなる。

だから、簡単に誰もがマネできてしまう写真を、
「俺の専売特許だから訴えてやる」と言い張る写真家はどうかと思う。

一方、絶対にまねできない写真というのもあるわけです。
たとえばはかねこ写真。
この写真はまねようと思っても、多分無理だと思う。
(この写真を参考にやらせをすれば別だが)
撮影した私自身、また同じ構図の写真を撮ろうと思ってもできない。
一瞬を捉えた、再現不可能に近い写真だからだ。

また拙著写真集「団地・路地裏・商店街」の写真は、
工場写真と同じく、そこに行けば、
同じ写真が撮れるわけだけど、
今、行ってもマネできない写真もある。
再開発ですでに取り壊されてしまった町並みなどだ。
そういうものはマネしようと思っても、絶対にマネできない。
だってもう存在しないのだから。

廃墟写真をマネたと訴えた写真家は、
被写体と構図の選定には、文献を調査し、
現地に何度も足を運ぶなど多大な労力を要し、
高い創作性があると主張しているそうだが、
マネられるような写真に「高い創作性」があるのか私は疑問に思う。
創作性があるならマネできないはずではないか。

ただ、誰もが撮れる構図の写真だから価値がなく、
誰もが撮れない写真だから価値がある、というわけではない。
みんながまねるということは、
マネしたくなるぐらい、素晴らしい写真だったからだろうし。

私は海外旅行ガイドブックの撮影もしていたから、
そういう写真も多く撮ってきた。
世界遺産の町並みを撮影するのに、
写真集やポストカードを参考に、
「ここはどこから撮影したんだろうか」と調べたり、
現地ガイドさんに聞いて撮影するということは多々ある。
その調べた撮影ポイントを、
読者もいい写真が撮影できるように、
ガイドブックに情報として載せることもあるし。

・写真集1冊ほとんどマネたら著作権侵害
誰もが容易に撮影できる写真だから、まねてもいいとしても、
写真集をほとんどまねたら、
それはいくら“創作性がない写真”であっても、
著作権侵害にあたると思う。

たとえば廃墟写真集のなかに50カット写真があり、
マネた廃墟写真集にもそれと似たような構図が40カットもあれば、
これは写真をまねたのではなく、写真集をまねているのだから、
はじめに出した写真集の売上げに悪影響が出て、
損害賠償や写真集の著作権侵害として訴えるなら、当然だと思う。

しかし今回まねたと言っているのは、
1998年から2008年に出された写真集4冊のなかの5点に過ぎない。
これで訴えるのはどうかと思う。
仮に訴えた側の写真を参考にしていたとしても、
10年間4冊の写真集のうちの5点だったら、
訴えている側の写真集の売上げに大きな損害を与えるとは、
いえないのではないか。
そもそも5点ぐらいだったら、
たまたま構図が似てしまったこともあるだろうし。

盗作とかパクリ問題ってすごく難しい。
歌詞のパクリがよく問題になるけど、
1曲まるごと歌詞をパクったような、
元モーニング娘の安倍なつみの場合みたいに、
「これはひどいだろう」というのもあれば、
松本零士が槙原敬之にパクリだと指摘した、
「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」
ぐらいになると、パクったのかもしれないけど、
このぐらいのことだったら、
誰だって思いつくんじゃないかとも考えることができる微妙なラインだ。

たとえば「君を愛している」と歌詞を書いて、
パクリだと訴えるアーティストは誰もいないだろう。
誰もが容易に思いつくからだ。
しかし「夢は時間を裏切らない」ぐらいになると、判断は難しい。

盗作やパクリの問題を考える時、
どれだけマネしたかという量の問題と、
それを参考にしなければマネできないほど、
独創性のあるものなのかという、
質の問題の2つを考えればいいのではないか。

この2点から考えるに、
今回の廃墟写真パクリ疑惑は、
量は写真集4冊で5点程度で、
かつ写真の構図は誰もが撮れるようなものだから、
パクリとはいえないんじゃないかと思う。

ただひとつ加えていうなら、
歌詞はまるっきりパクることはできても、
写真は厳密な意味で、
まったく同一のものをマネすることはできない。

撮影場所と構図が同じだったとしても、
撮影したカメラやレンズの違いで写真は変わる。
撮影した日時によって、光の量は違うだろう。
まったく同じ地点から撮影したとしても、
撮影者の身長によっても写真は変わる。
似たような写真は撮れても、
まったく同じ写真というのは、
写真をコピーする以外、無理だと思う。

だから今回訴えた写真家も、
訴えてナンクセつけなくても、
同じ場所で同じ構図でも、
俺の撮った写真の方が素晴らしいし、
俺が最初にこの構図を発見した先駆者だぐらいに、
胸を張っていればいいんじゃないかと私は思う。

それに類似本が出ることで、
そのジャンルの書籍の売上げが相乗効果で、
上がることもあるわけだから、
損害を与えられたのではなく、
利益を与えられたかもしれないわけだし。

工場写真目次
http://www.kasako.com/kouzyoufotomokuzi.html


by kasakoblog | 2009-01-10 02:08 | 一般


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