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2001年 03月 31日
グッドタイミング
3/30のつぶやきかさこで「雪が降ったら」というのを書いた。
これを載せるにあたって、大きな懸念があった。
もうまもなく4月になろうというこの時期に、いくらなんでも「雪」の話題は季節外れではなかろうか。
つぶやき読者から「かさこさん、この時期に雪の話はないんじゃないですか」と言われそうな気もしたが、
東京では4月に大雪が降ったこともあるのだから、まあいいだろうと載せてみた。

翌日、今、東京では季節外れの雪が降っている。
それを見て僕は思わすほくそえんだ。
3/30のつぶやきは超グッドタイミングだったのだ!
季節外れの雪を予測して、敢えて雪の話題を載せたかさこって、もしかして天才?!などと自画自賛していたのである。

でも本当のところ、3/30に雪の話題を持ってきたのは、その日は JOYFUL OB ホームページの作成に夢中になっていて、
つぶやきが後回しにされていたので、写真を入れたラクなものしようという、ただそれだけの理由だった。

それにしても花見シーズンに雪が降るとは。
どうせなら花見から雪見に変えて、しょうもないお花見盛り上げグッズで楽しんだふりするよりも、
社内雪合戦でもして、日頃不満に思っている上司ないし部下に思いっきり雪でもぶつけて、
ストレス解消図ったらいいんじゃないかい?


by kasakoblog | 2001-03-31 02:13
2001年 03月 30日
雪が降ったら
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むかしはこんなにいっぱい、ゆきだるまがつくれました。
ゆきがっせんしても、ゆきがなくなることはありません。
すべりだいをつくって、そりですべったりもしました。
にわにつもったゆきはあまりにおおいので、2かいからそとにでています。

大人になると、なぜかみんな雪の日が嫌いになってしまうのは残念なことだ。
僕は今でも雪が降るとわくわくする。いっぱいいっぱい積もってくれないかなと願う。
そうしたら雪合戦できるし、かまくらや雪だるまだって作れる。

大人になって雪が降るのをなぜ嫌うかといったら、仕事があるからだ。
自然の猛威に逆らってまでする仕事に、人間として何の意味があるのだろうか。
雪が降ったらいっそのこと会社閉鎖にしてしまえばいいんだ。

歳をとっても雪が降ったらわくわくする気持ちを、いつまでも忘れたくないな。
今の世の中に最も欠けているのは、子供の頃の純粋な心ー子供心ではないだろうか。
子供心を大切にすれば、難しい法律など作らなくても、きっと社会問題は解決するんじゃないか?


by kasakoblog | 2001-03-30 02:14
2001年 03月 29日
ささやかな配慮
先日、中国四国地方で起きた大地震。
またしても日本列島に激震が走ったが、過疎地域のせいなのか、被害が少ないせいかあまりニュースに取り沙汰されない。

そんな数少ない地震のニュースの中で、ぎょっとした場面があった。
地震のために新幹線が走ることができなくなったのだが、
それに対して異常なぐらいに駅員に乗客が怒鳴り散らしているのである。
「だって大地震なんだからしょうがないじゃん。駅員に文句言ってみたって何もはじまらないよ」と、
そのニュースを見て、僕は乗客のあさましさを思った。

ところが今日、その思いを考え直す出来事があった。
会社から帰る中央線でのことだ。
中野駅を出た電車はスピードに乗りかけたと思った途端、突然、急ブレーキをかけた。
そのかけ方は尋常ではなかった。そのため帰りの通勤客で混む車内は、つり革につかまれない客が将棋倒しになった。
そこまでの急ブレーキということは、きっと何事か緊急事態が起きたのだと、じっと放送を待った。
しかし放送は全くないまま、線路内で立ち止まっている。
まだ情報の収集中なのだろうかと思っていたが、何もアナウンスのないまま待たされる。
そのうち何もアナウンスなく突然電車は動き出し、次の駅に近づくと、
「高円寺、高円寺」というアナウンスだけで終わってしまった。

結局、なぜ急ブレーキをかけ、線路内でしばらく停車していたのかの説明は全くないまま終わったのである。
乗客は誰もが説明の放送を待っていた。にもかかわらず何事もなかったように平然とやりすごす車掌。
その時、僕は思った。
きっとこういうことが常日頃たまっていくと、本当の緊急事態時にちょっとでも説明が足りないと、
乗客の怒りが爆発するのだと。
ニュースで見た乗客にはじめは飽きれたが、何となく彼らの気持ちがわかるような気がした出来事だった。

ほんの一言で良かったのだ。
「非常信号が発せられたためしばらく停車します」でも「急ブレーキをおかけしてすみませんが、しばらくお待ち下さい」でも、
きちんとした情報でなくても、一言何か乗客を気にかける言葉があったなら、乗客は安心するだろう。
そのささやかな言葉がいえないために、いつかああして乗客の怒りが爆発し、
地震が起きたせいまで駅員のせいにされるような罵声を浴びせられるはめになるのだろう。

社会を円滑に運ぶためにも、ささやかな一言が欲しかった。


by kasakoblog | 2001-03-29 02:16 | 一般
2001年 03月 28日
本当に無党派層の勝利か?
森総理大臣の辞任がいつかが取り沙汰される中、夏の参議院選挙の前哨戦として注目された、
千葉知事選挙が3/25に行われ、政党推薦のない「無党派」の女性、堂本氏が当選した。
この結果にマスコミは「無党派の勝利」と騒ぎ立てた。
しかし果たして本当にそうだろうか?

まず第一に36%という超低投票率は、はっきりいって「無党派の勝利」ではない。
選挙に行かなかった64%の人たちこそが、いわゆる「無党派」なのである。
これだけ選挙に行かない棄権者が出たということは、無党派層の支持を誰も得られなかった結果に他ならない。
投票率50%以下の選挙なんて無効にしてしまえばいいのである。
半数以上の人間は、立候補した人の中には適切な人材がいなかったということだからである。
投票率50%以下の選挙は、立候補者をすべて変えて選挙のしなおしをした方がいいのではないか。

第二に、政党推薦を受けなかったから「無党派」と言われている堂本氏だが、
何を隠そう、元社民党であり元さきがけ党だったのである。
今どこの政党の推薦も受けていないからといったって、結局は元政党員であって、純粋な意味での「無党派」ではなかったのだ。
全く今まで政党に縁がない、主婦であるとかサラリーマンであるとか、そういう人たちこそが「無党派」なのであって、
二度も政党に属して選挙を戦っている人間など、どうあっても「無党派」ではあり得ない。
極端な話、森総理が自民党を脱退して、千葉知事に当選すれば、
「無党派の勝利」なのかという言っているのと大した変わりはないのである。

そして第三に、投票数を見てみると、自民党推薦の候補とわずか2万票の差しかない。
かつ野党推薦の候補とも6万票の差しかない。
依然として政党推薦を押した人は、両方合わせると無党派の倍以上の投票数を誇っている。
これだけ森総理の問題で逆風が吹いている自民党推薦が惨敗しない。
既成政党にNOを出したというが、既成政党への投票数は無党派なんかよりはるかに多い。
たまたま僅差で勝っただけの話で、マスコミが騒ぐほどの「無党派の勝利」とは程遠いことがわかる。

確かにそれでも、今までの日本だったら自民党推薦がぶっちぎりで勝っていたところを、
こうして政党推薦無しの候補が勝ったというのは多少の意義はあるが、
残念ながらマスコミで騒ぐほどの勝利ではなかったことをきちんと認識しておかないと、あとでとんでもないことになる。
とんでもないこととはつまり、今度の選挙ではあっさり自民党が大勝し、
無駄な公共投資は減らず、返せる見込みのない国の借金は増えつづけ、
バブルに踊ったのが悪い銀行を税金で助け、官僚や企業から賄賂をもらい、天下りして多額の報酬を受け取りながら、
財政危機だとほざいて消費税を10%にする。

無党派層の勝利にはまだまだ程遠い現実をしかと見つめて、次回は本当の意味での無党派の勝利を勝ち得ないことには、
国民の理不尽な負担は増えつづけることだろう。


by kasakoblog | 2001-03-28 02:17 | 政治
2001年 03月 27日
はじめに資格ありき
『人は誰でも作家になれる』(中谷彰宏著)の本にこんなことが書いてあった。
「作家になる学校に行くより、ライタ-のバイトをした方が勉強になる」
この時、僕はこの言葉を昨今の資格ブ-ムの世の中に送りたいと思った。

慢性的な不景気で、雇用情勢が悪化している現在、確かに資格という客観的基準も大切だが、
たとえば宅建の資格の勉強するより、不動産屋に勤めていれば嫌でも実務がわかるし、
パソコン教室に通うより、会社で毎日パソコン使っている人の方が実務がわかる。
英会話教室に通うより、外国人の友達と話したほうが話せる。

こんな例をあげて何が言いたいか。
昨今の資格ブ-ムは「はじめに資格ありき」というスタンスがおかしい。
実際に不動産屋で働いている人が、自分の仕事のステップアップのために宅建の資格を取るとか、
毎日パソコンを使って仕事をしている人が、もっと使いこなせるようになるためにパソコン教室に通うとか、
本来は実務での必要性を感じるから、資格の勉強をしようというのが筋なのです。

ところが現状は、不況だから、自分ができることの客観的証明が欲しいからと、
資格に対する自分なりの必要性ではなく、社会的な必要性、
つまりは、この資格は有利だとか、取りやすいだとか、そういう基準で選ぶからおかしなことになるわけです。

たとえば、サラリ-マンになりたくないから公務員や資格試験を受けるというのは本末転倒なのです。
でも本当に試験に合格する人は、試験に合格することを考えていない。
合格したら何をしたいかを考えている。
とりあえず資格が欲しいという人と、決定的な違いがあるのです。

「はじめに資格ありき」的な考えで仮に資格を取れたとしても、慢性的不況化の現代においては、絶対に通用しない。
その資格を取って何をしたいかが、はっきりとイメ-ジできている人しか通用しないほど、
今は厳しい時代であるということをまず認識する必要があるのです。
不況だから資格を取っておけばなんとかなるだろうという考えでは、もはや通用しない時代なのです。

後向きな考えで、つまらない資格の勉強をするぐらいなら、
前向きな考えで、どんなにくだらないことでも自分の好きなことをやりとおした方が、
人生はるかに楽しいし、本人のためにも、ひいては就職のためにも長い目で見れば良いはずなんです。
「何をしたいか」を考えた上で、それにあてはまる資格の勉強をするという順序でなければ、
資格はただの飾りと化すだけでしょう。


by kasakoblog | 2001-03-27 02:18 | 働き方
2001年 03月 26日
めざせ!モームス
しゃり子:ねえねえ知ってる?ついにゴマキがソロデビューするんだよ~
きょう子:はあ?「ゴマキ」ってだれ?
しゃり子:あんた、ゴマキも知らないでよく女子高生やってられるわね。
     絶対覚えておいた方がいいよ。デルタンでの必修用語なんだから。
きょう子:なんだ。モームスの後藤真希のことかー。そんなの知ってるよ。
しゃり子:モーニング娘のこと「モームス」っていうわけ?なんかデザートみたい。

しゃり子:モームスのゴマキが3/28にソロデビューすんだよ。信じられる?
きょう子:きっと大人が「モームスのゴマキ」って聞いたら、ムースの胡麻和えみたいに聞こえるんじゃない?
しゃり子:そんなことどうでもいいの。わたしが言いたいのはね、なんであんなやつがソロデビューするかってこと。
きょう子:だって、ゴマキってすごい人気なんだよ。
しゃり子:なんであんなやつが?かわいいわけでもないし、歌がうまいわけでもないのに。
きょう子:確かに歌はうまくないかもしれないけど、いまどき受ける顔してるんじゃない?
しゃり子:みた?テレビで歌ってる姿?歌は下手、踊りも下手。しまいには歌そのものもたいしたことない。
     あれで売れたらサギだよね。
きょう子:でもね、ぜったい売れるよ。間違いなく。

しゃり子:なんでかなあ~。世の中まちがってるよ。ソロデビューするならぜったい安部なつみちゃんよね。
きょう子:歌もモームスの中ではうまい方だし、けっこうかわいいのにね。
しゃり子:なんで安部なつみちゃんはソロデビューしないの?
きょう子:今の時代はね、歌がうまいとかかわいいとかそんなことよりも、はやりとかキャラクターとかが重要なんだよ。
しゃり子:なんか今の世の中まちがってるよ。
きょう子:しょうがないでしょ。この国の総理があの森さんなんだから。世も末だってこと。
しゃり子:なにが世の末よ!もうセイキマツはとっくにおわったんだから。

しゃり子:だいだいモームスにしてもスピードにしても、小学生・中学生を働かせていいわけ?
     つんくはそのうちロウドウキジュンホウイハンでつかまるわよ。
きょう子:ロウドウキジュンホウ?あんたなんでそんな難しいことしってんの?
しゃり子:いい。ロウドウキジュンホウ第56条第1項ではね、15歳未満の児童の労働を禁止してるんだよ。
きょう子:へえ~。
しゃり子:わたしの言ってること信じてないでしょ。いっておくけどケンポウにもちゃんと書いてあるんだから。
     ケンポウ第27条第3項「児童は、これを酷使してはならない」って。
きょう子:なんだか難しい話になったけど、あんたが気に食わないのは、ゴマキがソロデビューするってことなんでしょう?
しゃり子:そうそう、それがいいたかっただけなのよね。


by kasakoblog | 2001-03-26 02:18
2001年 03月 25日
チャ-シュ-が食べたくなると峰に行く。
しかしよっぽど腹が減っていないと、峰の800円チャ-シュ-は食べきれない。
チャ-シュ-ラ-メンを平らげられるほど空腹ではなかったが、どうしても峰に行きたかったので、
試しに普通のラ-メン550円を頼んでみた。

するとこれがまたなんと驚きである!
550円のただのラ-メンにも、800円のチャ-シュ-ラ-メンほどではないにしろ、
十分過ぎるほどチャ-シュ-が入っていたのだ!
普通のラ-メン屋でいうチャ-シュ-ラ-メン(800円~1000円したりする)が、
峰では550円のラ-メンで味わえるのだ。

今時どんなラ-メン屋でも最低普通のラ-メンで600円はする。
しかもただのラ-メンを頼むと全く具が入っていなくて、
結局は高い金を払わされてトッピングしないと意味がないようにできている。
ところがこの峰のラ-メンは550円。しかも他のラ-メン屋の1000円近い値段に値するだけの価値があるのだ。

今まで僕は峰で800円のチャ-シュ-ラ-メンしか頼んだことがなかったので、ランキングを4位にしていたが、
550円でこれだけのラ-メンが食べれるなら、もっと順位を上げなくてはならない。
ということで峰再発見で、味噌一に次ぐ第2位のラ-メン屋に昇格しました。

ちなみに550円のラ-メンでもチャ-シュ-に限らず具や麺の量も多く、大食漢の僕でさえ腹一杯になりました。

全国のラ-メン屋に告ぐ。
わずか550円でこれだけのチャ-シュ-を出す峰の経営姿勢を見習いなさい。


by kasakoblog | 2001-03-25 02:19 | グルメ・ラーメン
2001年 03月 24日
山頭火
中野図書館に本を返却した帰りに、中野ラ-メン探訪に出る。
午後3時過ぎだったので、空いていたらまた青葉に行こうと思ったが、案の定、混んでいる。
しかしこの近くにはおいしそうなラ-メン屋がたくさん並んでいるので、新規開拓することにした。
青葉から歩いて1分。ら-めん山頭火に入る。
当店自慢のしおラ-メン800円を注文した。

しおラ-メンというよりとんこつラ-メンという感じ。
とりたてて特徴がないラ-メン。麺・ス-プ・具ともにまとまってはいるが、何かがものたりない感じ。
これで500円なら文句は言わないが、800円も出しているのだから一工夫が欲しい。

全体的に値段が高い。
隣の人はとろ肉ら-めんに味付けたまごのトッピングで1300円だ。
「とろ肉」という言い方をするから特別な印象がするが、要はただのチャ-シュ-メン。
確かにチャ-シュ-はおいしいが、たかがラ-メンごときに1300円というのは根本的に間違っている。

気になったのは異常に悪い接客態度。
店に入ってきても客に気づかない。すぐにテ-ブルを片付けない。混んでいるのにおしゃべりしている。
挙げ句の果ては厨房に向かって客席からごみを投げつける。
3人いた従業員はすべて20代前半の明らかにアルバイトの人たちだけだった。

たまたま僕が行った時は運が悪かっただけなのかもしれないが、
本当においしいラ-メン屋というのは、こんな連中に店は任せない。
有名店でいい気になっているのか、客をなおざりにしているのか、殿様商売しているのか、
やたらチェ-ン店を出している拡大政策のつけなのか。

青葉には依然として客が並んでいる。
客は鈍感なようで驚くほどあらゆることに敏感だ。
こんな接客態度でいたら、いくら名の知れたラーメン店といえどもつぶれるだろう。


by kasakoblog | 2001-03-24 02:20 | グルメ・ラーメン
2001年 03月 23日
3世代家族の効能
3/22のつぶやきかさこ「託児所」に対するライオンさんのご意見を掲示板に頂戴しました。

「旦那様のお給料だけで生活費と子供の養育費を出せない場合。
だからといって旦那様の給料だけでやっていかれるようになるまで待っていたら子供産めなくなっちゃいます。
これで、女性が働くから子供を産まなくなって少子化になったといわれても困ります。
この悪循環が無くならない限りは、解決できない問題ですね。かさこ総理、どうにかなりませんか?」
ライオンさんのご意見に、早速かさこ総理がお答えいたします。

旦那の給料だけでやっていけない、今の日本の経済システムがおかしいわけです。
旦那の給料だけでやっていけない最大の原因は、信じられない高額な土地代・家代のために住宅ローンが家計を圧迫していることです。

30年もの長きにわたって、年収の何倍もの借金を背負わないと家が買えないなんて、こんなバカな話はない。
日本がいかにGNPでは世界でナンバーワンになろうが、一般市民が「豊かさ」を感じられない大きな原因となっています。
土地が高いのがすべての諸悪の根源なんです。

そこで提案したいのが、3世代家族の居住提案。
家計を圧迫している住宅費を減らすためにはどうしたらいいか?
考えてみたら、親でもおじいちゃんの世代でも土地と家を持いれば、
そこにずっと代々住んでいけば、この世から家賃も住宅ローンも消えてなくなるわけです。
そうなると今みたいに懸命に働く必要はない。
住宅費が全くかからなければ、極端な話、旦那がアルバイトだけでも生活できるはずです。

そうなるためには、企業における転居を伴う転勤の廃止。
さらに学歴社会の完全廃止により、進学のために子供が家から外に出ていく機会を減少させる。
こうなると「家」からの人の流失が防げる。
3世代で住み続ければ、基本的にこの世から住宅費による家計の圧迫はなくなるわけです。

今更「3世代家族の提案」など古臭いかと思うかもしれないが、
もし3世代で住めば、住宅費が浮いてバカみたいに働かなくて済むだけでなく、様々な波及効果を生む。
家族が一緒に住めば、老人や子供を大金払って他人まかせに世話してもらう必要はなくなるし、
離婚だ不倫だとかいった夫婦間の問題も、さらにその上の世代がいることにより、未然に防げる可能性が出てくる。
こうして家庭がしっかりしてくれば、社会は乱れない。
今起きているほとんどの社会問題は、3世代家族で住むことにより解決する。

「3世代家族の提案」。
古臭いかもしれないが、未だにサザエさんが人気があるのは、
日本人の心のどこかに、家庭のユートピアとして3世代家族像が根強くあるからではないだろうか?


by kasakoblog | 2001-03-23 02:21 | 生き方
2001年 03月 22日
託児所
3/15、池袋の託児所で起きた、4ヶ月の赤ちゃん圧死事件。
マスコミはこぞって、託児所の保育士不足や営利主義を批判していた。
確かにマスコミの言う通りだ。
しかしこの事件で僕が驚いたのは、わずか4ヶ月の赤ちゃんをお金を払って他人に預ける、無神経な親がいるということだ。

はっきりいってこれほどまでに託児所が盛況だとは思わなかった。
託児所に自分の子供を預ける親がいかに多いかという浮き彫りにさせた。

人間にとって幼少期というのは極めて重要な時期だ。人間の基本的な人格形成はこの頃からはじまっている。
そんな大事な時期の子供を、親が愛情を持って育てるのではなく、他人に平気で預けてしまうその行為が信じられない。
こういう育てられ方をされた子供が大きくなるとどうなるかというと、
17才で近所のおばさんを殺してみたり、バスジャックをしてみたりするのである。

今の女性は忙しくて、仕方がなく子供を預けているのだと反論する人もいるかもしれない。
しかし果たしてそうだろうか?

子供を産むなら働くな。働きたいなら子供を産むな。

それが大人の責任ってもんだろう。
金払って自分の大事な子供を他人に預ける行為自体、親としての自覚に欠ける。
働いたお金で子供を預けるお金を稼いでいるなら、働かなければその分のお金は減るのだから、
子供を預けてでも働かなければ生活がやっていけないという言い訳は成り立たない。

僕は決して女性が働くことを否定しているのではない。
せめて子供がもうちょっと大きくなったら、また働き出せばいいのだし、
ずっと働きたいという女性がいるなら、子供など産まなければいいのである。
それを子供は産むだけ産んで、自分で育てず働きたいというのははっきりいってわがままだ。

託児所の保育士を増やす必要があるとかどうとか不毛な論議の前に、
赤ちゃんを他人に預けてしまう、無責任な昨今の親の神経を批判すべきではないだろうか。


by kasakoblog | 2001-03-22 02:22 | 働き方