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2007年 04月 28日
古くなればなるほど魅力・価値があがるもの
商品・サービスの需要が非常に短くなっている。
流行り廃りはあっという間。
どれだけ最先端を競っても、
どれだけ機能やスペックに凝っても、
次から次へと新商品に追い抜かれ、
商品価値も魅力もどんどん下がっていく。
携帯電話、ファッション、デジカメ、大型ビル、時計、バッグ・・・。

新製品競争しているうちは、
生産者も販売者も消費者もみなジェットコースターのような自転車操業。
次から次へと必死こいて懸命にこぎ続けなければ死んでしまう。
一歩も進むこともできず、ただ回っているだけなのに。

最近、再開発で消え行く町並みや古い町並みの写真を撮影している。
多分、今、それを見せられても、
そこそこ懐かしいなと思いつつ、たいした「価値」は感じないだろう。
なぜならまだまだ世間にあふれているから。

実に不思議な写真だと思う。
今はたいした価値はない。
ところが年数がたてばたつほど、価値が出てくる。
新商品こそすべての消費世の中において、
年月が経つほど価値があがる商品って、ほんと最近では珍しいのではないか。

書籍や写真集を出してお金を得ることを考える身として、
このテーマはそのような意味で実に斬新だ。
たとえば「アイフル元社員の激白」。
もちろん数年は灰色金利問題でいろいろくすぶっていて、
先週も消費者金融大手が1兆円の赤字になるというニュースとかが出ていて、
その度にちょぼちょぼ売れているわけだけど、
やっぱりニュース性・話題性に左右される本だから、
昨年のアイフル全店営業停止というニュースが飛び込み、
マスコミがこぞってサラ金特集を組んだ時の方が売れるわけです。

灰色金利が完全撤廃され、大手サラ金が外資や銀行に買収され、
金融機関の一サービスに過ぎなくなってしまえば、
まあそんなに長く売れ続ける本にはなりにくいだろう。
だからこそ、アイフル全店営業停止というニュースが出て、
2ヵ月で原稿もすべて書き、すぐに本を出すという荒業をやった。
時期を逃すと売れなくなる可能性のある商品だからだ。

工場写真もそれほど話題性に左右されるものではないが、
やはり工場萌えブームになっている今、出した方が売れやすいことは間違いない。
時期によって売れ行きが左右される商品だ。

ところがこの再開発&古い町並みはまったくの別属性。
多分、これを本にまとめたとしてもすぐには売れないだろう。
だって今、出版してもまだ残っているし珍しくないから。

ところが1年、また1年と経るごとにその資料的価値があがっていく。
跡形もなく消え行くからこそその価値があがり、需要が出てくる。
「あの時の写真、撮っておけばよかったな」
「前の町並みってどんなんだっけ?」
その答えがここにあるから。

Think globally, Act locally

大切なものは、意外と目の前に転がっている日常のささいな事だったりする。
だから、大仰なテーマじゃなく、届きもしないはるか遠くのものではなく、
目の前にあるものを丁寧に拾っていけば、
やがてそれが大きな木に育っていく。
大事なものはみなさんの目の前に転がっている。
目の前にあるからその希少性を感じないだけで。
ミスチルの「名もなき詩」みたいだけど(笑)。

さて、そんな私だが、「Think globally, Act locally」は、
ひっくり返してもいいんじゃないかとも思っている。

Act globally, Think locally

行動するのはグローバルに。考えるのは目の前のことを。
世界は近くなっている。
だからこそグローバルな現実をバーチャルじゃなくこの目のリアルで確かめたい。
グローバルに行動するからこそ見えてくる、目の前の問題がある。
たとえば中国の黄砂なんかその1つ。
日本だけで行動し考えていても答えは出ない。
猛烈に発展する中国社会と空気が悪い中国の町を体感してこそ、
日本の目の前に起こっている問題が明らかになる。

ま、いずれにせよ、思考と行動は、
グローバルなレベルとローカルなレベル、
その両面の視点で見ることが大切だということだろう。
海外に行けば何かがわかるってわけじゃないけど、
自分がその中にいてはわからないことがあり、
ちっちゃい、せせこましい日本社会だけが、
自分の世界だなんて思ったら大間違いであることに気づく。
外に出てはじめて内が見えてくる。

というわけで、トラベルカメライターの私は、
Act globally, Think locallyをモットーに、
日本に限らずいろいろなところに行き、
時間的物理的にも制約のあるみなさんの代わりの「目」となり、
グローバルに行動し、ローカルに考えた想いを、
伝えていければなと思っている。
と、そんなわけで、ちょっくらチベットに行ってきます。


by kasakoblog | 2007-04-28 17:09 | 生き方
2007年 04月 19日
ラクして何かしようと思うから失敗する
私が何もやりたいこともなく、なりたい目標もない、
高校・大学生の頃って、ただただ、
「何かラクして儲かることはないか」
「何かどこからかいい話がふってわいてこないか」
なんてことばかり考えていた。
当たり前の話だけど、ラクして儲かることなんかあるはずもない。

しかし、「ラクして儲けよう」という邪心を抱いてしまったがために、
愚かにも大損をこく馬鹿者が最近、後を絶たない。

つい先日もニュースであったが、真珠の投資話。
真珠で投資っていっただけで、もうすでにあやしいのに、
なんと被害者というかそんなあやしげな話に引っかかったアホな人間が、
39都道府県2500人、被害総額50億円というから驚いた。

私は「まじめな人が損をしない社会をつくりたい」というのを、
将来の政治家としての大きな理念に掲げているから、
もちろん言葉巧みに悪質投資話で騙した輩は、
問答無用で厳罰に処すべきことにまったく異論はないんだけど、
この手の話で騙される被害者側にも、
落ち度がないとはいえないと思ってしまう。

真珠を100万円で購入したら、1年半後120万円で買い戻す。
こんなアホみたいな話に誰が引っかかるかと思ったら、
2500人もいて、しかもその投資額が50億円というから、
どんだけバカなんだとあきれて物も言えなかった。
そんなに金余っているなら、
もっと世のため人のためになる寄付とかしたらいいのにとか思うけど、
ラクして儲けようという邪な心があるから、
邪な人間につけいられて、結局は損をこいてしまうのだろう。

この世の中に、ラクして儲けられることなんて、皆無に等しいわけです。
たとえば株式投資だって、ビギナーズラックや一瞬の儲けだけでなく、
長期的に継続して儲けようと思ったら、
真っ当に働くぐらいの労力をかけて、
いろいろと投資方法や銘柄情報の研究をしないと、
なかなか儲けられないわけです。
投資といったってそれだけの対価に見合う研究なり勉強をしなければ、
ただ金を出せば勝手に金が転がり込んでくるなんていううまい話はない。

最近、ミニバブルのわりに、預金金利が未だに詐欺的な低さもあり、
また、団塊世代の大量退職の退職金を狙って、
金融機関が金の奪い合いに奔走していて、
その時に使うロジックが下記のようなもの。

「年金はあてにならない。老後には思いもしない出費がある。
預金だけでは生きていけない。
だからリターンの高い投資信託に投資しましょう」と。

この前、確かニュース番組、
「ワールドビジネスサテライト」の解説者があきれてこういっていた。
「セカンドライフに1億円いるだの2億円いるだの、
そんなにほんとに金がいるのか」
退職後のセカンドライフを豊かに送るには、
年金だけでは足りず、1億円だの2億円だの多額の金が要る。
ということは、年間で7%の利回りのある商品に投資しないといけない。
だから投資信託に投資しましょうと。

そりゃ7%の利回りが確実ならいいけど、
必ずしもそうではない。
というか元本割れの危険すらハイリスクハイリターンの商品。
それを高い手数料とって、老後の生活の不安を煽り立てて、
金をむさぼりとる商法ってどうにも解せない。

日本人ってどっか意識の根底で、
ものすごく他力本願なところがあって、
自分は何もしなくてもいわれるがままにやれば、
ラクして儲けられるんじゃないかって幻想があるんじゃないか。
儲けるためにはきちんと勉強しなきゃ。
だからこそ変な話だけど、投資してから元本割れになって、
文句を言うわけです。

「どうしてくれるんだ!預金と変わらないと思ったのに、
元本割れするなんて聞いてない!」
言わない販売員も悪いけど、そんなことも知らずに、
100万円、200万円の金をポンポンと出してしまうあんたの無知もどうかと思う。

韓国帰国してから翌々日、
取材で三重県津市に行っていた。
家を早朝に出て、取材時間を朝9:30に設定し、
とっとと仕事を終わらせると、名古屋に戻り、
古い街並みや再開発地区の撮影のため、ぐるぐる歩き回っていた。

歩きつかれて、足が棒になってしまったんじゃないかって思うぐらい、
足がよろよろしていた時に、私が望むべき古い街並みがぱっと開けてきて、
その時、ふと思ったわけです。
「何事もラクして何かやろうって思っても身につかないんじゃないかな」と。

効率よくやるための方法を考えることとかってもちろん大事だし、
ショートカットできることはどんどんするべきだと思うんだけど、
でも何だろう、多少無駄でも自分の足で稼いだものって、
無駄と思えることは無駄にならず、
手間と労力をかけたものって、
自分の身になってはねかえってくるんじゃないかなと。

思えば、私が金貸し時代、金融知識も不動産知識も経験もない、
新入社員の若造が、なぜ部内でトップセールスになれかって考えた時、
いろいろな要因があるけど、たった1つ明確にいえることがある。
それは誰よりも多く、営業で数をこなしたこと。
私は入ったばかりでラクをしようって余裕もなかったから、
他の先輩社員より5倍ぐらい営業の数をこなした。

もちろん無駄足も多く、意味のない訪問も多かったけど、
でもだからこそ知識も経験もない私がトップセールスになれたんだなと。
ラクして稼ごうなんてそううまくはいかない。
地道な努力だけではもちろんダメだけど、
やっぱりそれなしではダメなんだよなって思った。

今、世の中にはラクして儲けられそうなおかしな話がいっぱいあるけど、
真珠の投資話のようなおかしな低レベルの話に引っかからないよう、
ラクして儲けられる話なんてないということを、
どこか頭の片隅に入れておいてもらえればなと思う。

遠回りに見えても、それは長い目で見れば遠回りではなかったりする。
ウサギとカメ、アリとキリギリスの童話じゃないけど、
昔から社会の“真実”は変わらないってことなんだろうな。

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by kasakoblog | 2007-04-19 17:14 | 生き方
2007年 04月 11日
落ち込まない方法
私は典型的なA型で、神経質、細かいことが気になり、
わりとすぐクヨクヨしたり落ち込んだりする、
神経か細い人間だった。
すぐ忘れればいいんだけど、ほんとどうでもいいことで、
ちょっと気になることがあると落ち込んで、
他のことまで手がつかないという・・・。

ところが最近、あまりそういうことがなくなった。
落ち込まない方法を自分に編み出したのである。
それは何か。
いっぱい、種を蒔くことだ。

落ち込むのは種が少ないから。
種を1つしか蒔かず、その花が咲かなかったらそりゃ落ち込むわけだ。
たとえば就職や転職で、
1社しか面接受けずに落ちたらそりゃ大ショックだけど、
10社面接受けていれば、1社落ちても落ち込まない。
1人しか客がいなくて、その人と契約が取れなくなるから落ち込むんであって、
10人客がいれば、1人ぐらい契約が取れなくても傷は浅い。

友達がいなくって彼氏(または彼女)しか遊んでくれる人がいないから、
別れると大ショックを受け、何も手がつけられなくなってしまう。
仕事人間で趣味がないから、
仕事の失敗が全人格を否定されたような気がして、
落ち込んだり、時に自殺してしまうなんてことまで至ってしまう。

営業職の仕事をしている人はよくわかると思う。
営業なんて失敗だらけで、制約できるのはごくわずか。
イチイチ失敗を気にしていたら仕事なんかできない。
だから数撃ちゃ当たるの方式で、
1つ1つにクヨクヨせず、次へ次へとトライすることができる。

さらに悪循環なのは、落ち込んで失敗すると、
トライすることを辞めてしまう。
だから余計成功しない。
そこで負のスパイラルに巻き込まれる。
悪い方、悪い方へと物事が落ち込んでいってしまう。

ところが1つの失敗にクヨクヨせず、次から次へとチャレンジする人は、
いわば「成功するまでやり続ける」から必ず成功する。
成功すると自信がつき、失敗が怖くなくなる。
だから好循環になる。
いいことがどんどん巡ってくる。

私がはじめて著書を出した時のこと。
かさこワールドを見たある出版社で、
書籍化したいという話をいただき、私は天にも昇る気持ちで、
舞い上がったわけだけど、
出版社の事情でボツった時、私はかなり落ち込んだ。
だって、そこからしか声を掛けてもらっていないわけだから、
それがボツったら、またゼロになってしまったからだ。

でも落ち込んでいても本は出ないわけで、
書いた原稿がもったいないからそれ持って出版社に営業に回った。
前近代的で閉鎖的な出版社が多いから、
受付すらしてくれないところもあり、見てもくれないところもあり、
返事もくれないところばかり。

だから、そんなことやってると、どんどん落ち込んでへこたれてくるわけだけど、
そこで力を振り絞って、というか開き直って、
「こうなったら日本中にある出版社に営業かけてやる」
ぐらいのつもりになったら、ある出版社が原稿を気に入ってくれて、
めでたく本を出すことができた。

何十社も営業かければ、1社ぐらい返答がなくても、クヨクヨしない。
だから、落ち込まない方法は数を撃つこと。
いっぱい種を蒔いておくこと。
それが落ち込まない方法であり、成功する方法だ。

あと留意しておきたいのが、なるべく違う種類のものに種を蒔いておくことも大事。
仕事の種をいっぱい蒔いても仕事だけだと失敗した時、落ち込んでしまうから、
仕事で失敗しても違う種類の種を蒔いておく。
たとえばコンサートに行くとか旅行に行くとか、なんでもいい。
仕事以外の楽しみの種を蒔いておく。
コンサートがダメでも旅行に行けるとか、
旅行がダメでも欲しいもの買うとか、
そうやって落ち込まないよう、いろんな楽しみの種を蒔いておけば、
1つのことが失敗してもクヨクヨしないですむ。

金融的にいえば、資産運用の鉄則は、
リスクを分散させるための分散投資が大事。
1つの銘柄だと危険だから、10個ぐらい銘柄を分けて投資する。
1つの業界だけに投資すると危険だから、業界を分散して投資する。
日本株式だけに投資して日本経済悪化すると困るから、
海外の株式にも投資しておく。
株だけに投資すると痛い目にあうから、債券にも投資しておく。
株と債券だけだと怖いから不動産にも投資しておく。

1つのことに集中するから落胆が大きい。
人生、そんなにうまくいくはずがないし、
すべてが思い通りになったりなんかしない。
だから10個ぐらいいろんなところに種を蒔いておけば、
2~3個は実現するだろうって、そんな気持ちで毎日を望むと、
これまでバカみたいに落ち込んでいたのが嘘のように吹き飛ぶ。

物事は捉え方次第。
いっぱい種を蒔いて、落ち込み度を減らしておこう。
そうすれば、きっと人生、楽しくなる。
神経質でどうしようもない典型的なA型の私でも、
考え方変えたら、人生輝き始めたぐらいだから。
というわけで、いろんなところに種を蒔こう!

※ただ気をつけたいのが、分散することが言い訳にならないように。
「オレが食っていくのは音楽しかない!」「野球しかない!」「東大しか受けない!」
って自分を追い込む意味で逃げ道を断ち、道を1つしか選ばず、
成功するパターンもある。
「野球がダメでも大学行っておけばなんとかなるか」なんて、
中途半端な「分散」をしてしまうと、自分に逃げ道ができてしまうから、
成功する確率が減ってしまう場合もあるので注意したい。

まあただひとまず落ち込まないための方法としては、
分散しておく方が望ましいことは確かだけど。


by kasakoblog | 2007-04-11 17:15 | 生き方
2007年 04月 10日
1000億円の都税が消える「新銀行東京」という石原負の遺産
東京都民をあまく見ていた。
オリンピックというわかりやすい争点だけを考えてみても、
石原都知事には投票しないだろうと思っていた。
ところがふたを開けてみたら、石原氏の圧勝。
反石原の有力3氏の票をすべて足しても、
石原氏に届かないということは、
単に反石原票が割れたおかげで、石原氏が漁夫の利を得て勝利を得たといえない。
すなわち、都民の圧倒的多くが石原氏を支持したということだ。

今回の都知事選挙の争点の1つとなっていたのが、
石原都知事の肝いりで作られた「新銀行東京」をどうするかという問題。
新銀行東京なんて一般市民はしらんだろうが、
これはなかなか難しい奥深い問題でもあったので、
選挙前に取り上げなかったが、
こんな結果になるんだったら、選挙前に取り上げておけばよかった。

東京都が株式を84%と持つ、まさに東京都運営のこの銀行は、
「東京の中小企業を救済する」という大層ご立派な目的で、
石原都知事主導で2005年4月に開業した。
ところが、開業以来、赤字続きなのである。
昨年9月の中間期では154億円の赤字と発表。
累積赤字は456億円に膨らみ、
投資された1000億円もの都税の半分近くがすでに消滅していることになる。

なぜ赤字かっていったら、融資した金が焦げ付いているから。
中小企業向け貸し出しが回収不能になり、
不良債権が山積し、赤字になっているという。

ここで、みなさん、おかしいと思わないだろうか?
バブル崩壊後の「失われた10年」の時期で、
ずっと不景気が続いていた時に融資していて、
不良債権で赤字という話にならわかるが、
開業した2005年はすでに日本の経済は上向きで、
(2005年の株式市場は40%も上昇した)
大手銀行は不良債権処理を済ませ、史上最高の黒字をあげていた時期である。

なぜこんなことが起こるのか。
金融業は素人が手を出してはいけないということ。
そして、「救済」なんていうあまっちょろい考えでは、
金融業はそもそも成り立たないということだ。

東京都が銀行を作ると話を聞いた時、
サラ金に勤めていた私が真っ先に思ったのが上記のようなことである。
貸すのは誰でもできる。
しかし、東京都が救済目的で中小企業に融資して、
貸した金を取り立てることができるのか?
私はかなり疑問だった。

ふたを開けてみればこれである。
いっておくが、今、大手銀行は金が余り過ぎていて、
一昔前の貸し渋り、貸し剥がしから一転、
中小企業に「なんとか金をうちで借りてください」と営業が回っているほど。
そんな時代に不良債権の山とは、とんでもない素人銀行である。

ちなみに、石原氏は身内びいきのおかしな都政が、
今回マスコミで随分と叩かれたが、この新銀行東京も、
三男石原宏高の地盤の品川区と大田区の企業に主に融資していたことから、
身内の選挙対策ではないかとも批判されていたという。

新銀行東京開業直前のこと、新銀行東京の頭取インタビューを、
うちの会社がある冊子で行い、
そのテープおこしをしたことがある。
新銀行東京の特徴として頭取は誇らしげに、
スコアリングシステムを自慢していたが、
私はその時、「何を今さら」と思っていた。

スコアリングシステムとは、コンピュータを叩くと、
どのぐらい融資ができるかすぐに判断してくれるもの。
今まで企業融資の審査は、人が判断し、
ああでもないこうでもないといろいろやっていたせいで、
審査に時間がかかっていたが、
このスコアリングシステムを導入したので、
審査に多くの手間もかからず、スピード審査できるので、
中小企業の融資需要にかなうといっていた。

私が何を今さらと思ったのは、
そんなもん、サラ金ではとっくの昔に導入されているからだった。
個人/法人と融資の対象は違えど、
サラ金がなぜこれほどまで成長し躍進したのかといえば、
長年金融の経験を積んだ人間を見極める職人芸的審査を、
すべて網羅したスコアリングシステムを作り上げたことで、
全国チェーン展開が可能になり、かつ30分審査という、
とてつもないスピード審査が可能になり、
コンピュータ判断だから無人機も可能になったという、
革命的手法を導入したからなのだ。

スピード審査=スピード融資が支持され、
高金利にもかかわらず、ちんたらやっている銀行とは違い、
「明日すぐ金が必要」といった中小企業の社長とかが、
銀行が貸し渋り、貸し剥がしの時代に、サラ金に流れ込んできたわけだ。

それと新銀行東京の融資商品にかなり違和感を覚えた。
それは債務超過だろうが赤字だろうが、審査の対象となることだ。
「赤字企業だろうが、将来可能性のある技術力があるなら融資もする」
というと聞こえはいいが、それには大きなリスクが伴う。
そういう大きなリスクリターンを伴う金の融通は、
東京都の銀行がやることじゃなく、
ハイリスクハイリターン融資に慣れた、
ベンチャーキャピタルみたいなところがやればいいだけの話。
世界的な金余り状況から、バンバン金が日本に入ってきていた今、
素人の東京都がそれを低金利でやろうっていうのがそもそもおかしいわけです。

結果、大失敗。
都税1000億円が累積赤字454億円で消えてなくなるだけでなく、
このまま営業を続ければ、1000億円が消えるだけでなく、
それ以上の税負担を強いられることになる。
そんな状況で福祉も道路整備もオリンピックもへったくれもあったもんじゃない。

しかしそんな石原都知事を都民は支持してしまった。
そのツケは自分たちに跳ね返ってくることを肝に銘じてほしいが、
東京がおかしなことになると日本全体に大きな影響を及ぼすので、
石原氏は襟を正して、悪かったところは反省し、
毅然とした処理を断行してほしいと思うが、
まあダントツ圧勝じゃ、反省することもないだろうな。

ちなみに、マニュフェストが解禁になった選挙にもかかわらず、
石原都知事はマニュフェストなし。
すなわち、公約がないってことだから、
当選したら好き勝手し放題ってこと。
いくら他の候補者が悪いとはいえ、
石原都知事に投票した都民が多いことを見ると、
所詮、国民は知名度でしか選んでいないということだろう。

というわけで、私も知名度をつけてから知事に立候補する。


by kasakoblog | 2007-04-10 12:36 | 政治
2007年 04月 04日
技術より心、行動の前に目的
せっかく才能(能力)があるのにもったいないなと、思う人がいる。
飛びぬけた才能(能力)は感じないけど、すごいな、と思う人がいる。

仕事やプライベートで、いろいろな「クリエイター」的職業の方に会う機会が多い。
ライター、カメラマン、デザイナー、イラストレーター、
ミュージシャン、タレント、俳優、モデルなどなど。
どんな仕事でもそうだと思うんだけど、
こうした職業は才能や能力に左右される面が大きい。

でも最近すごく感じるのは、
どんなに才能が素晴らしく、どんなに技術があっても、
そこに心が込められないと感動しないんだなってこと。
それは映画とかでもそうなんだけど、
「俺はこんなにすごい技術ができるんだぜ」って技だけ見せられても、
そこに心がないと、何か意図がないと、
「だから何?」って言いたくなることも多い。

自分の才能を活かして活動しているんだけど、
いつまでたっても同じことの繰り返しで、
進歩がない人がいるのを見ると、すごく「もったいないな」と思う。
才能はあるのに、なぜか進歩がないかといえば、
行動の先にある到達点や明確な目的がないからだ。

何でもいいと思う。
億万長者になりたいのか。会社にしたいのか。
会社の規模をでかくしたいのか。仕事よりプライベートな時間を優先したいのか。
自分自身の人生のプライオリティ(優先順位)がはっきりせず、
でも才能があるからどんどん仕事は舞い込んできて、
それにただ漫然と流されるうちに、ただなんとなくで終わってしまう。

逆に、ものすごい才能や能力を感じるわけではないんだけど、
会う度に成長し、夢を一歩一歩、実現している人たちがいる。
このような人たちの共通点は、明確なビジョンと長期的な目的、目標がしっかりしていること。
何のために何をやり、何をめざすのかさえしっかりしていれば、
才能うんぬん以前に「夢」というとでかすぎるかもしれないけど、
直近の目標や自分の目的は確実に実現する可能性が高いと、つくづく感じさせられる。

才能があってビジョンがないと、その技術が悪用されてしまったりする。
才能がなくてもめざすべき目標がはっきりしていれば、後から力がついてくるし、
そこに情熱(心)がこもっているから、
他人を感動させたり、他人を動かす力になる。

別にビジネス的な成功でなくても、
たとえば自分はそんなに金はいらないから、
プライベートの時間を充実させたいとか、
趣味に力を注ぎたいとか、そういうんでもまったく構わないと思う。
そうした考えが自分の中で明確化していれば、
普段の行動が変わっていき、自分のやりたい方向に向いていく。

よく自分には才能や能力がないという人がいる。
でもそれは言い訳に過ぎない。
「才能とは持続する情熱である」
才能がないのは自分に情熱(心)がないだけなのだ。
ようはやりたいという意志が弱いだけだと思う。

一方、才能や優れた技術を持ちながら、伸び悩んでいる人。
きっとそれは心がこもってないから。将来的なビジョンがないから。
だから技術に溺れて日常に流され、
「すごいね」って言葉だけで終わってしまう。

私もちょっと前まで自分にずっと言い訳ばかりしてきたけど、
このことに気づいた時に、自分の目的や目標を、
なんとなく自分の心の中で思っているだけなんじゃダメなんだと思い、
「トラベルライターになる」「作家になる」「総理大臣になる」という、
大風呂敷を他人に見せるように、プロフィールに公開するようにした。

まだ何者にもなっていない時、
こうした「夢」を聞いた多くの人は真に受けてくれない可能性もある。
特に、家族や親友など近しい存在になればなるほど、
心配や不安が先にきて「そんなのやめておきなよ」と、
親切に忠告してくれるのが常だ。

でも自分が自分を信じなきゃ、誰が信じるというのか。
自分に自信がなきゃ、何もはじまらないし、何者にもなれない。

心をこめて、明確なビジョンを持ち、その上で行動すれば、
たいていのことは実現するんじゃないかと思う。
時代や社会はひどいかもしれないけど、
自分が変わらなきゃ何も変わらないと、
先日インタビューした人がいっていたけど、それにすごく共感した。

一人一人が楽しく生きれば社会はよくなる。
一人一人がつまんなく生きていると、
しょうもない不正を働いたり、どうしようもない犯罪をしたりしてしまう。
明確なビジョンがなく、技術や知恵だけあると、
たちの悪い、手の込んだ犯罪に加担したりする。
それこそ今の政治家や官僚や大企業のように。

一人一人が手段である才能や能力を目的化せず、
才能や能力によって実現すべき目的をしっかり持ち、
前向きに、楽しく生きていけば、
世の中、変な犯罪や不祥事とかなくなるんじゃないかと、
そんなことをちょくちょく感じる毎日です。


by kasakoblog | 2007-04-04 16:58 | 働き方
2007年 04月 02日
4月を機にメンテナンスしよう
正月より4月の方が、劇的に生活環境が変わる人が多いんじゃないか。
桜をよく見てみると、とても儚く物悲しい花なのかもしれないと思う。
ピンクに見える色も近くで見ると意外と白くって。
出会いもあるけど、ひとまず別れの季節でもある。

私は転勤もない中小企業に勤めているので、
3月だから誰が異動になるわけでもなく、
4月だからといって何かがはじまるわけでもなく、
いつもの生活がずっと続いているんだけど、
電車に乗っている人の様子を見ると、
学校に通い始めた人たちや新社会人を目にする度に、
世の中にとっては大きな変化の時期なんだよなーと、しみじみ思ったりもする。

というわけで、季節というか環境の変わり目に、メンテナンスのおすすめ。
人間、不思議なもんで、手に入れた瞬間、興味が失せ、
わりとほったらかしになって忘れてしまっているものが多い。
あれだけ時間をかけて吟味して買った服のはずなのに、
買ったら満足してしまい、一度も着てないとか。
これはいいと本を衝動買いしたものの、
買ったら読んだ気になってページも開かず山積みになっている本とか・・・。

買っただけじゃダメ。持ってるだけじゃダメ。
時折、ちゃんと機能しているか、点検して手入れしないと。
物を整理して、いらないものは捨て、使えるものは活用する。

私もやっと自分の机の周りを一部、整理した。
山積みになってろくに読まなかった本とか、
整理しないとあわや忘れていてもう1冊買ってしまうなんて、
愚かなことにもなりかねないので。

物のメンテナンスをすることで、
無駄な支出を抑えられるって利点もある。
最近世の中の物のサイクルがものすごく早いから、
携帯電話とかパソコンとかカメラとか、
すぐに新しいものを欲しくなって、たいした違いもないのに、
「買い換え貧乏」になったりしかねない。
でも持っている道具を見返すと、意外と知らなかった使い方とか、
この道具でも十分間に合わせることができるやり方とかを発見したりして、
道具の寿命が延びると同時に財布の寿命も延びるから、
お金を有効に活用することができる。

マイミクもちょっとメンテナンスした。
マイミク上限1000人という決まりがなければ、
わざわざ誰かを外す必要もなく、絡まないだろうが何だろうか、
いつかまたどっかでつながるかもしれないから、
マイミクのままにしておきたいんだけど、
最近マイミクをばっと見返したら、
意外とミクシィ放置して、日記とかも半年以上書いてなくって、
かつログインもしていない人が多かったのに気づいた。

そこでミクシィをほとんどやっていない人を外して、
また新たな出会いやつながりになる可能性のある人を求めて、
マイミクの声をかけさせていただいた。
ほんとミクシィではいい出会いをいっぱいさせてもらってるんで、
新たにマイミクになっていただいた方から、
またいい関係が始まればなと思う。

ただそれは、お互い無理に表面的なつながりをはじめる必要はなくって、
なんかお互い興味があったこととか気になったこととかがあった時に、
ぱっとつながれればいいんだと長いスタンスで考えている。

自分のメンテナンスも定期的に必要。
自分の棚卸しというか。
ほんと日常に流されると怖いもんでどんどん流される。
気づいた時には最後、自分が望んでいない方に流されてしまった、
なんてことにならないように、
過去の自分を見つめなおし、今の自分の立ち位置を確認し、
これからの方向性を考えていく。
修正すべき点はほんのちょっと向きを変えるだけでも、
きっとぐ~んと良くなるだろう。

自分のメンテの仕方は、
これまで自分がやってきたこととか出来事とかを時系列で書いていく。
その上で現時点での自分の客観的な状況を把握する。
それから自分が向けていきたい方向性、っていうと難しいけど、
正直に自分の欲望のままに望むことを書いていって、
それを実現するためには、今の状況をどう変えていくかを考えればいい。
今、職業を変えた方がいいのかと、もっとこの部分をがんばればいいとか。
そうやってメンテナンスをすることで、自分が100%活きてくる。

4月から新しい環境が始まる前に、
はじまってしまうと忙しさにかまけて、
流されざるを得なくなってしまうから、
その前にいろんなものをメンテナンスしてみてはいかがだろうか?

※今のところ私はあふれかえった机周りの整理をしただけで、随分すっきりし、
自分メンテはもうちょっと後の時期。
今はとにかく突っ走るだけの時期なので、
風に吹かれて、行けるところまで行ってみようかと思っている。


by kasakoblog | 2007-04-02 17:05 | 生き方
2007年 04月 01日
編集という仕事もしてます
同業界でない方に自分の仕事内容を説明するのは、誰にとっても難しいのではないか。
「13歳のハローワーク」じゃないけど、
世の中にどんな職業があってどんなビジネスがあるのか、
学校なんかじゃ説明しないから、
自分がイメージできる職業ってのが、大人になってもそれこそ、
小学生レベルの「プロ野球選手」「医者」「ミュージシャン」みないなものしか、
どんな仕事なのかがイメージが湧かないからなんだと思う。

だから、就職活動になって戸惑う若者が多いのも当然だし、
「夢は?」なんて聞かれて困ってしまうのも当然のように思う。
私もかつてはそうだった。

私の職業は個人的にはカメライター、
カメラマン&ライターということで名乗っている。
カメラマンは写真を撮る人。
ライターは文章を書く人。
その両方をするからカメライター。
これなら大概の方には職業はわかってもらえると思う。

ただ実はもう1つ、肩書きというか仕事をしている。
編集という仕事だ。
「編集」という言葉は聞いたことあると思うが、
実際にどんな仕事をしているかあまりわからないんじゃないか。
会社は4社変わったけど、編集という仕事をして、もう7年になる。

編集というのは、私なりの解釈でいうと、
本なり雑誌なりビデオなり完成品のイメージを作って(企画を立てて)、
材料を集めて形にする職業、といったところだろうか。
私は紙媒体(書籍、雑誌、新聞)の編集をしているので、
その材料というと文章、写真、データ、イラストだったりする。

そうした材料を、たとえば自分で書いたり撮ったりもするけど、
外注のライター、カメラマン、イラストレーターなどに頼んで、
「部品」を提供してもらうこともある。
その部品を組み立てるために今度はデザイナーに発注し、
実際の紙面を作っていき、最終的には印刷所に渡してできあがりというわけだ。

紙の編集職というと出版社しか思いつかないかもしれないが、
私が勤めているのは出版社ではなく編集プロダクションである。
書籍、雑誌、それから広告記事などは、
ほとんどが編集プロダクションというところに丸投げされるから、
編プロにも編集者がいて、出版社の編集者と相談しながら、実制作を担っている。

本の編集者というのが一番わかりやすいと思う。
本の編集者というと、著名作家から原稿を取りに行くだけの仕事と思われがちだが、
書店を見渡してみればわかるように、
世の中には作家が書いている本の方が多分少ないんじゃないか。
たとえばパソコンの操作の仕方の本だとか、
旅行ガイドブックや飲食店紹介本のたぐい、雑学本、ノウハウ本、資料本などなど。
こうした著者名のない本の多くは、
出版社から丸投げされ編集プロダクションが作っている。

私もかつて学研のお仕事本や資格本、
旅行ガイドブック「るるぶ」の編集をしていたけど、
そこで編集とはどんなことをするかというと、
平たくいうと、すべてのページにどんな内容を入れるか考え、
そのコンテンツ集めの手配をする。

たとえば「るるぶアメリカ西海岸」という本の編集の際には、
シアトルが最近人気だから4ページじゃなく6ページ割こうとか、
大リーグ観戦が人気だから観戦ガイドを巻頭で載せようとか、
そういうことを考えるのが編集の仕事だ。

ところがこの手の丸投げ本というのは、
予算があまりなく、でもいろいろと手配が面倒で結構金がかかる関係から、
編集プロダクションの編集者自らが編集とライターを兼ねる場合が多い。
ページの企画を考えた後、その内容の文章を作るために、
取材したり資料をあたったりして書く。
だから私の仕事も、編集だけというわけでなく、
当然ライター的な仕事も多くなる。
仕事の案件ごとによってその割合は異なるけど、
大概は、編集もライターも両方やる。

というわけで、私は編集という仕事も常時やっているわけだけど、
個人的な活動はライターもしくはカメラマンに限定されていることが多く、
すなわち私は文章なり写真なり「部品」を提供する位置づけで、
私が提供した部品を組み立てる編集者が別にいるわけだ。

普段、自分も編集という仕事をしているけど、
一転して編集は他の人に任せて一ライター、一カメラマンとして仕事をすると、
その編集者によって完成品(書籍や雑誌)のイメージが変わってくる。
編集者から指示を受けて、文章を書いたり写真を撮影したりすると、
自分が気づかなかったことを指摘してくれたり、
自分の眠っている力を引き出したりしてくれる。

今、そんなやりとりをしていてとても楽しい。
会社では仕事上、編集もするし、
さまざまな部品を多くの人を使って手配して集めるという作業は、
わりと向いているとは思っているけど、
編集者とやりとりをしていると、
自分は最終的には編集の仕事をしたいわけじゃなく、
文章を書いたり、写真を撮影する仕事がいいんだなって思ったりもする。

自分がストックした文章や写真をうまく活かして、
それを形にしてくれる編集者の存在が、
私が今後、個人的な創作活動をしていくにあたって、
必要なんだなと思った。

名物編集者のおかげで一作家から名作品が生まれるように、
小林武史という名プロデューサーがいるから、
桜井さんの作詞作曲やミスチルの曲がさらによくなるように。

私が新しくテーマとして撮影している「消え行く街並み、古い街並み」は、
私が考えたものではなく、ある方が助言していただいたもの。
はじめはピンと来なかったんだけど、
昨日、大阪で古い街並みをあちこち撮影しているうちに、
自分の中ですごくしっくり撮影しているというか、
「これって今まで自分がやってきたことと変わりないな」
なんて思えて、時間も忘れて夢中になって撮影している自分に気づいた。
旅行要素もあるし、猫撮影に古い街並みと路地も欠かせないし、
工業地帯撮影もいわば廃れ行くかつての物への視線に変わりないし。

というわけでこれからも真のカメライターになるべく、
精力的な取材活動を続けていこうと思います。

※写真と文章が両方すごい人で、
かつ現代社会の問題点を鋭く分析し、
旅行にも行く作家として理想とするのは、藤原新也さん。
21世紀の藤原新也になるべくがんばります。


by kasakoblog | 2007-04-01 17:07 | 働き方