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2007年 07月 31日

納税・兵役の義務がない「自由」の村~板門店レポート3

「ここに住んでいる人たちの年収は1000万円。
税金も納めなくていいし、兵役の義務もないんですよ。
すごく豊かな暮らしをしているんです」

韓国と北朝鮮の国境からそれぞれ2kmの非武装中立地帯(DMZ)。
両国がにらみ合うこの緩衝地帯に、
韓国側には「自由の村」と呼ばれる小さな村がある。
緊張状態の国境沿いにあり、
かつ、あちこちに地雷で埋まったこの危険地帯ゆえ、
政府が無税、兵役を免除し、
ここでとれた農作物を高く買い取っていることから、
ここに住む人は一般の数倍もの年収を手に入れているという。
国境を接した場所にこんな「特区」が存在するなんて、
思いもせずに驚いた。

しかしこの「自由」の村はぜんぜん自由じゃない。
非武装中立地帯は厳重な検問がある、鉄条網で囲まれた場所で、
許可した人間以外は入れない。
この村人たちは自由に村の外に出ることはできず、
門限もあり、消灯時間も決められている。
かつ毎日、村人の人数が合っているか、点呼もあるほどだ。

こうした普段の不自由だけでなく、
軍事緊張状態の最前線にあるわけだから、
何か有事があれば真っ先に戦争被害にあう、
とんでもないリスクと隣り合わせに生きている。

さらには地雷だらけの場所ゆえ、被害にあう村人も多いという。
ここに埋められた地雷の中にはわずか数百グラムの、
非常に軽い地雷があるゆえ、
地雷危険区域から雨が降った時などに、
地雷が流れてしまい、
本来安全なはずの場所にも地雷が流れてくるというのだ。

こんな不自由だけど、税金免除・兵役免除ならいいかも、
と思う人がいるかもしれないが、残念ながらここに住む彼らは、
ここに好き好んで住んでいるわけではないようだ。
もともと「板門店」なんて名もなき小さな農村に過ぎなかったこの場所が、
たまたま国境にされ、かつここで両国の休戦協定が行われたことから、
こんな場所にされてしまったのだ。
先祖代々の土地を見捨てるわけにもいかず、
否応なくここに住んでいる人が多い。

一般の年収数倍と無税、兵役免除という「特典」と、
彼らが背負っているリスクと不自由が見合っているのか。
世界遺産に指定されてもおかしくはない貴重な自然環境の中、
彼らは「自由の村」という名称をつけられながら、日々生きている。


by kasakoblog | 2007-07-31 12:57 | 旅行記
2007年 07月 14日

板門店ツアーレポート

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<1>板門店は自然の楽園?!
同一民族を38度線という1つの線で分断した、
そのボーダー(休戦ライン)のある板門店を見れば、
誰しもが戦争や南北問題について考えを巡らすと思うが、
私が板門店を含む非武装中立地帯(DMZ)を訪れて、
最も印象的だったのは、
非武装中立地帯は手付かずの自然が残された、
希少な生態系が維持された場所であるということだ。

両国が再び戦争をしないよう、
38度線の停戦ラインを境に、南北2kmずつに非武装エリアを設置した。
そこには両国側から幾重にも鉄条網や高圧電線が張られ、
かつ地雷があちこちに埋め込まれている。
そのためほとんど人間が立ち入らず、
朝鮮戦争停戦した1953年以来、
約50年以上にもわたってそのままの状態で残されていることから、
豊かな自然環境が保存され、野生動物の宝庫となっているという。
絶滅種や希少な種も多くいるそうだ。

何と皮肉なことだろうか?
戦争の悲劇によってやむなく作られた緩衝地帯。
両国がにらみ合いを続け、双方が牽制しあっていたおかげで、
美しい自然環境が残された。
人間が立入禁止になれば、こんなにも美しい自然環境が取り戻せる。
板門店付近が豊かな自然なんてイメージはまったくなかったので、
これは大きな驚きだった。

板門店は同一の民族が分断された悲劇のシンボルとして、
またいつか南北が統一された暁には、
両国の交流のシンボルとして世界遺産にすればいいんじゃないかなんて、
私は板門店に行く前に思っていたけど、
ツアーガイドはこんなことを言っていた。 「南北が統一されたら、板門店のあたりは、
間違いなく自然世界遺産になるでしょう」

世界遺産には豊かな自然を守る自然遺産と、
歴史を守る歴史遺産があるわけだけど、
板門店周辺は歴史遺産である前に自然遺産なのだ。

人類が残すべき貴重な自然環境が、軍事対立によって生まれた皮肉。
板門店が投げかけているのは、
単に戦争の愚かしさだけでなく、
人間そのものの愚かしさと、
現代文明への警告、環境問題まで示唆しているのだ。

非武装中立地帯(DMZ)の観光スポットには、
必ずといっていいほどDMZグッズが記念品として売られているんだけど、
その中に「DMZ米」という米も名産として売られていた。
非武装中立地帯の韓国側には、
特別に許可された人が住んでいるエリアがあり、
そこは米や豆などが名産品として知られているという。

「誰が軍事的にきな臭いエリアで作られた米なんか、
わざわざ買うんだろう?」と思っていたのだが、
上記のように非武装中立地帯は手付かずの自然が残る環境のため、
そこで作られた米ということは、すなわち絶好の自然環境で作られた証明なのだ。
だからDMZ米は、両国分断をエサにした、
したたかな観光客用商売品としてではなく、
品質の良いブランド米として認知されている。

非武装中立地帯を見ていると、野鳥が実に多く飛んでいて、
人間が決めたラインなんか関係なく、
自由に両国をまたいで羽ばたいている姿を見ると、
戦争だけでなく環境問題的観点からも、
人間の愚かなる過ちを見直すべき時なのかなと思った。

<2>統一を阻む南北格差と屈折した韓国人意識
南北統一または共存に向け、このところ雪解けムードがあり、
今年5月には、南北鉄道が56年ぶりに運行(試運転)されたというニュースがあった。
ソウルから非武装中立地帯を抜け、
北朝鮮・ピョンヤン(平壌)へ向かう鉄道があり、
板門店ツアーでは韓国側の最北端駅、都羅山駅も見学した。

ツアーガイドさんがこの鉄道について、
こんな言葉を発していたのが印象的だった。
「北朝鮮の鉄道はボロイのでスピードが出せず、
補修工事しなければならないんだけど、
その補修費用はみ~んなみ~んな韓国の税金で払ってあげている」
それをバスの中で、そして鉄道駅の前で、彼女は二度繰り返した。
自分たちの税金が北朝鮮のための使われていて、
たまったもんじゃないというニュアンスがありありと浮かんでいた。
それは、いかに南北格差が深刻かということを物語っている。

日本がわあわあ騒いでいる「格差」なんてもんじゃない。
韓国の一人当たりGDPは18372ドルだが、
北朝鮮の一人当たりは914ドルだ。
(韓国銀行推計値でGNI(国民総所得)だが実際はもっと低い可能性もありうる)
なんと20倍もの格差がある。
いってみれば平均年収200万円の国民と、
平均年収10万円の国民が合併するようなものだ。
(ちなみに日本は約35000ドル)

これが統一したら大変なこと。
いわば北朝鮮という倒産寸前の企業を、
韓国という優良企業が救済するようなものだ。
その不良債権費用はすべて韓国国民にのしかかってくる。
北に離散家族がいるなら別だが、
そうでない人にとっては、統一によって税負担が増え、
しかもそれが自分たちのためではなく、
北朝鮮のために使われることに、
我慢ならない人もいるということなのだ。
統一を阻んでいるのは、単に北朝鮮側だけの問題ではない。

実際、北朝鮮から韓国に亡命した人が、
生活苦で悩むケースが多いと聞く。
東西ドイツ統一でも両国の格差は、大きな問題になったが、
朝鮮半島はより大きな格差があるだけに、深刻な局面に立たされるだろう。

しかし、不思議だなと思う。
板門店を目の前に、ただ一線を隔てただけの両国で、
民族も言葉も地理的条件もそんなに変わらないのに、
一方では外食して食べ残すほどの食料もあり、
映画や遊園地などさまざまな娯楽に囲まれて生活しているのに、
その線を越えてしまうと、
食べるのにも苦労するほどの貧困が広がっている。
そしてそんな両国の分断線を、
わざわざ金を払って観光する余裕のある日本という隣国もある。

国家とは企業のようなもので、政府とは経営陣のようなもの。
北朝鮮という国家の経営陣が運営したら、
こんな悲惨な状況になってしまい、
そこで生活する社員(国民)は生活苦に悩んでいるのに、
韓国という国家の経営陣が運営したら、
先進国並みの物質的にも豊かで自由な生活を送れる。
それがたった1線で分け隔てられてしまう皮肉。

日本の経済状況を見れば、
実にいい経営陣に恵まれたということになるはずだが、
日本もうかうかしてはいられない。
国の借金が800兆円を超えるどうしようもない企業である。
経営陣(政府・与党)を変えないと、企業が倒産するように、
国家が破綻してしまう。
韓国と北朝鮮の経済格差に学び、
日本も優秀な経営陣(政治家)を選んでいかないと、
無駄遣いのツケが全部国民の税負担になることを、
肝に銘じなければならない。

先ほどの南北統一鉄道だが、韓国人は異常な期待をしている。
「この鉄道が開通すれば、ソウルから北朝鮮を通って、
中国、モンゴル、ロシアを通りヨーロッパ、パリまでつながるんです。
そしたら鉄道での貿易もできるようになるんです」と。

思えば韓国はユーラシア大陸にありながら、
唯一大陸の国境を接している国が、
戦争中の北朝鮮のために、大陸づたいでどこへも行けない。
その閉塞感は相当なものなのだろう。
日本のようにもともとが島国なら、
大陸づたいに他国とつながっていたいという思いは希薄だろうが、
大陸にいながら他国とつながれない鬱屈は、
韓国人の意識に相当根付いているんじゃないかと思った。

だからこそ南北統一鉄道は、
北を飛び越え、ヨーロッパなど他国とつながる「ユートピア」なのだろう。
ユーラシア大陸の鉄道路線図を駅に掲げているあたり、
その痛々しさが伝わってくる。

北朝鮮がやばい国だという認識はあるが、
どうも韓国人の屈折した意識も相当問題だなと思う。
それは不自然な形で民族分断されてしまった、
世界でも例のないケースだからいたし方がないが、
統一か共存か現状維持か、
どんな選択をしても、韓国にとって乗り越える苦難は大きそうだ。

そのことを隣国である日本も認識しておいた方がいい。
単に北朝鮮が悪い、金正日が悪い、南に統一されるべきだでは、
片付けられない多くの問題がはらんでいることを。

ま、だからこそ、政治・外交にしたたかな中国あたりが、
現状維持が一番自国の国益になると、
北朝鮮をうまく利用しているのだろうけど。

<3>納税・兵役の義務がない「自由」の村
「ここに住んでいる人たちの年収は1000万円。
税金も納めなくていいし、兵役の義務もないんですよ。
すごく豊かな暮らしをしているんです」

韓国と北朝鮮の国境からそれぞれ2kmの非武装中立地帯(DMZ)。
両国がにらみ合うこの緩衝地帯に、
韓国側には「自由の村」と呼ばれる小さな村がある。
緊張状態の国境沿いにあり、
かつ、あちこちに地雷で埋まったこの危険地帯ゆえ、
政府が無税、兵役を免除し、
ここでとれた農作物を高く買い取っていることから、
ここに住む人は一般の数倍もの年収を手に入れているという。
国境を接した場所にこんな「特区」が存在するなんて、
思いもせずに驚いた。

しかしこの「自由」の村はぜんぜん自由じゃない。
非武装中立地帯は厳重な検問がある、鉄条網で囲まれた場所で、
許可した人間以外は入れない。
この村人たちは自由に村の外に出ることはできず、
門限もあり、消灯時間も決められている。
かつ毎日、村人の人数が合っているか、点呼もあるほどだ。

こうした普段の不自由だけでなく、
軍事緊張状態の最前線にあるわけだから、
何か有事があれば真っ先に戦争被害にあう、
とんでもないリスクと隣り合わせに生きている。

さらには地雷だらけの場所ゆえ、被害にあう村人も多いという。
ここに埋められた地雷の中にはわずか数百グラムの、
非常に軽い地雷があるゆえ、
地雷危険区域から雨が降った時などに、
地雷が流れてしまい、
本来安全なはずの場所にも地雷が流れてくるというのだ。

こんな不自由だけど、税金免除・兵役免除ならいいかも、
と思う人がいるかもしれないが、残念ながらここに住む彼らは、
ここに好き好んで住んでいるわけではないようだ。
もともと「板門店」なんて名もなき小さな農村に過ぎなかったこの場所が、
たまたま国境にされ、かつここで両国の休戦協定が行われたことから、
こんな場所にされてしまったのだ。
先祖代々の土地を見捨てるわけにもいかず、
否応なくここに住んでいる人が多い。

一般の年収数倍と無税、兵役免除という「特典」と、
彼らが背負っているリスクと不自由が見合っているのか。
世界遺産に指定されてもおかしくはない貴重な自然環境の中、
彼らは「自由の村」という名称をつけられながら、日々生きている。


・板門店写真
http://www.kasako.com/0707hanmonfoto.html


by kasakoblog | 2007-07-14 18:05 | 旅行記
2007年 07月 01日

長崎原爆の悲惨さ

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2006年8月に広島で、2007年6月に長崎で、
原爆資料館を見たばかりの私にとっては、
久間防衛相発言は、一部気持ちはわからないでもないけど、
その場の凄惨さを知らない、無知な発言だなと思った。

先週、長崎の原爆資料館を見たばかり。
強烈な印象に残っているのは、
原爆が落とされたせいで丸焦げになった人の死体の写真。
私はまともにその写真を見つめることはできなかったが、
国民として、これから政治をめざすものとして、
この写真を避けてはいけないのではないかと思った。

どんな理由であれ、原爆に限らず、戦争は許されてはならない。
しかし、そうはいっても同じ過ちを繰り返している世界。
思うに、世界のすべての軍人・政治家は、義務として、
長崎・広島に行き、原爆によって丸焦げになった人の死体の写真を、
10分間、凝視し続けるべきだと。
そしたら、世界は、もうちょっと平和になるんじゃないかと。

久間防衛相にしても、
アメリカ・ロシア・イスラエルを筆頭に、
軍事力で有無を言わせぬやり方をする政治家や軍人にしても、
被爆写真を見たことがないんだと思う。
この写真を目の前にしたら、
人が人を戦争によって殺すことの愚かしさに気づくはずだが、
お偉い方々の「大局観」はそんなことは考えていないわけだ。
だから平気でああいう発言をしてしまう。

ただね、ちょっと気をつけなければならないのは、
なんでもかんでも自民反撃ムードを煽るために、
久間発言を大きく取り上げて批難することは、
それはまたそれで少し意味が違うような気がする。

マスコミは文脈を取り上げず「原爆を落とされたのはしょうがない」
という部分だけわあわあ騒いでいるが、発言の文脈は、
先の大戦に関し、アメリカの広島、長崎への原子爆弾投下が、
日本の無条件降伏につながり、ソ連の北海道侵略・占領を防いだと指摘。
その上で「(原爆で)本当に無数の人が悲惨な目に遭ったが、
あれで戦争が終わったんだという頭の整理で今しょうがないなと思っている。
それに対して米国を恨むつもりはない」と述べている。

彼を擁護するつもりは毛頭ないし、誤解を生む発言だろうし、
被爆者に対する配慮がものすごく欠けた発言ではあるけど、
言いたいことはわからないではないわけです。
彼が語っているのは結果論。
原爆投下→日本降伏→ソ連侵攻ストップ。
それは結果的にしょうがなかったんじゃないかという発言は、
別に原爆を落とされた方がいいといっているわけではないのだから。

私が危険だと思うのは、原爆投下をすべてアメリカのせいにすること。
確かに落としたのは紛れもなくアメリカで、
どんな理由であれ落としたアメリカの責任は、
どんな罰を食らわしても償えない、
人類史上最大の大罪といってもいいわけだけど、
そういう状況に日本を追い込んだのは、
アジア侵略、軍国主義政策を徹底して進めてきた、
当時の日本政府のやり方にあるわけで、
日本政府や軍部の責任は非常に大きいわけです。

もし原爆というものすごい強烈なインパクトがなかったら、
当時の日本は、ほんと日本人がこの世から全滅するまで、
無謀な戦争をやめることなく盲進していったに違いない。

原爆の悲劇を二度と繰り返さないためにも、
安倍のような軍国<美しい国>主義者はダメなわけです。
そういう政治家がいるから、
他国から原爆を落とされるような遠因を作ってしまう。

国民もマスコミも都合のいいことは忘れ、
ムードに流されやすいわけだが、
久間防衛相は、イラク戦争をめぐり、
アメリカ政府批判を堂々とやってのけた数少ない日本の政治家の1人である。
就任以来、イラク戦争に強く疑問を投げかけ、
「(イラクに)核兵器がさもあるかのような状況で、
ブッシュ大統領は踏み切ったのだろうが、その判断が間違っていたと思う」と、
アメリカの犬になりさがっている日本の政治家らしからぬ発言をしていた人物だ。

別にだからといって今回の配慮のない発言が許されるわけじゃないけど、
こうした発言をしていることも知らずに、
ただ、ムードに流されただけで、この発言を批難することこそ、
かつて過ちを犯した日本のように、
ムードに流され国民全体が無謀な戦争に突っ込んでいった、
過ちを繰り返しかねない。

お気づきだろうが、久間「防衛庁長官」は、
いつのまのか「防衛大臣」に変わった。
防衛庁を防衛省に無理やり強行したのは誰か。
そちらの方に批判の矛先を向けないと、
ほんと日本は同じ過ちを繰り返すことになりかねない。

長崎でノラ猫写真を撮影している時のこと。
カメラを構えている私に通りすがりのおじさんが、
「いい写真は撮れましたか?」と声をかけてくれた。

「私はもう76歳になるんです」
60歳ぐらいにしか見えなかったので私は、
「そんな歳には見えませんね!」と、
単なる歳自慢と勘違いしてしまったのだが、
その後の言葉に、彼の真意が理解できた。
「原爆が落とされた時にも私はここにいたんです・・・」

はるか遠く過去の出来事と思いがちな「戦争」「原爆」だが、
実はそう遠い過去の話ではないのだ。
こうして被爆経験をした人が今もなお生きている。
つまり、現在進行形の大きな問題なのだ。

アウシュビッツや長崎、広島に行き、
人類の過去の過ちをこの目で見れば、
おかしな発言やおかしな政策やおかしな戦争はしないはず。
実際に足を運び、過去の悲惨な現実に、
自分の目を向けることの大切さを思った。

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by kasakoblog | 2007-07-01 17:45 | 旅行記