好きを仕事にする大人塾「かさこ塾」塾長・カメライター・セルフマガジン編集者かさこのブログ

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2007年 08月 10日

このくそ暑いのにスーツ~だから原発事故がなくならない

梅雨が明けたせいか、このところ、体感温度としては40度近い暑さ。
にもかかわらず、未だにスーツ姿の輩がいる。
そのせいで電車の中もレストラン、コンビニ、デパート、オフィスなど、
ぎんぎんにクーラーかけている。
女性が半袖やノースリーブの薄着姿というのに、
愚かな男性のせいでである。

もちろんスーツ姿なのは男性のせいではなく、企業のせいであり、
社会的な慣習のせいである。
毎年、この季節になると同種の苦言を呈しているが、
やれ環境に配慮だの、社会に貢献だのといっている企業がだよ、
このくそ暑いのにスーツを強要するのなら、
環境税をど~んとかけた方がいい。
というかほんとはスーツ禁止法なんていう法律をつくらないと、
時代に対応できない、体裁だけしか考えない、
バカな企業を変えることは難しいのかもしれないが。

スーツを着る(または着させる)ことは、
単に環境問題だけでなく、日本に原発事故を誘発させる原因にもなる。
柏崎の地震で、次々と明らかになる、
ずさんな原子力発電所の管理体制と隠蔽体質。
北朝鮮の核なんかより日本の原発の方がいかに現実的な危険があるかが、
IAEAの査察という事態でわかったわけだけど、
無駄な電気が必要だから原発が必要なわけで、
原発を少しでも減らす努力=すなわち、
電気をなるべく使わない努力をすれば、
地震やテロの標的となる原発を減らし、
原発事故による社会壊滅リスクを減らすことができるわけです。

30~40度近い日本の夏。
そんな中、長袖のスーツをはおる。

それにあわせてクーラーをがんがんに運転する。

そのために電力がいっぱいいる。

原発をいっぱい作る。

原発が増えれば増えるほど、事故の危険性が高まる。

内閣府の世論調査によるとクールビズ(夏の軽装)について、
91.2%が「知っている」と答えたが、「実践している」と答えたのは46.6%。
クールビズに限らず、環境への取り組みってのはね、
知っているだけじゃダメなの。
やらなきゃ意味ないの。

頭でっかちな日本人。
国民も企業も政治家もマスコミも、
やれ環境、環境と騒ぐけど、
真夏のスーツをやめることすらできない。
北京オリンピックを1年後に控え、
中国の大気汚染を問題視しているけど、
その前に日本もやることあんだろう。

最近、取材先に行くと「クールビズで失礼します」
といったような貼り紙をよく見るけど、
やっぱり日本社会の意識の中に「軽装は失礼」って観念が、
まだまだ根強い証拠なんだろう。
でも本当はスーツ姿のところがね、
「クールビズせずに申し訳ありません」って貼り紙をすべきなんだと思う。

原発で東電批判する前にスーツ姿をやめなさい。
中国の環境問題を批判する前にスーツ姿をやめなさい。
環境問題に関心があるじゃなく、取り組みを実践しなさい。

「クールビズ」は小泉内閣の大きな成果の1つといえるが、
環境問題は政治家の旗振りだけでは解決がつかない。
一人一人の行動の積み重ねなんだから。

「環境なんてどうなってもいい」という人も、
本音の部分では多いと思うけど、
単に電気を無駄遣いすることは、原発事故を招いたり、
火力発電所に必要な石油獲得争いのために、
戦争を招いたりするわけだ。

原発事故による放射能汚染で、
自分が住んでいるところが住めなくなったらどうするのか。
石油獲得争いのために、
イラクの戦場に行かざるをえなくなったらどうするのか。

環境問題という動機づけではなく、
原発事故や戦争回避という意味から、
ぜひスーツを強要しているバカな企業のトップなり、
人事部なり広報部なりが、
スーツ着用禁止ぐらいのことをしてほしいと思う。

ちなみに私は取材先の関係でスーツを着ざるを得ない場面もあるが、
スーツは会社においてあり、毎日通勤は軽装である。
そんな私でも長袖のYシャツを着て通っていて、
このくそ暑いのになんでこんなバカなもの、俺は着ているんだと思い返し、
最近は、半袖Tシャツ1枚になってみたりするのだが、
外以外はあちこちクーラーが効きすぎていて、
やっぱり長袖やはおるものを持っていかないと、
このくそ暑いのに寒いというおかしな状況があって、
そうしたことがクーラーの設定温度にはねかえってきて、
無駄な電気のために原発がいっぱい必要なんだよなと思っている。


by kasakoblog | 2007-08-10 23:01 | 一般
2007年 08月 07日

流行を追いかけず、流行るのを待て~なぜ工場を撮影したのか~

「なぜ工場を撮影したのですか?」
「工場がブームだったからですか?」
写真集「工場地帯・コンビナート」を出版した後、
よく聞かれる質問。

工場がブームだったから撮影していたわけではない。
撮影していたらブームになってくれた。
そのおかげで出版できた。

※工場ブームは昨年あたりから。
タモリ倶楽部で取り上げられたのをきっかけに、
ブログの女王などでも取り上げられた。
2006年12月には工場鑑賞DVDが、
2007年3月には工場萌え写真集が出て、長らくブームが続いている。

どんなビジネスでもそうだと思うんだけど、
流行を追いかけているうちは、所詮、後発にしかなれない。
かといって何が流行るかわからない時代に、
流行を予測しようなんて、マーケティング調査したところで、
それが当たることは稀だ。
失敗するリスクも非常に大きい。

ではどうするか。
好きなものをやり続けて、ブームが来るのを待つのである。

ブームになってマスコミに登場する専門家や評論家って、
別にブームになったからやっているわけじゃなく、
もともとコツコツやっていたわけです。
たとえばワイン通とかコレクターとか軍事評論家とか。
それが急に話題に取り上げられるようになり、
引っ張りだこになる。

ブームになってからあわててやったのでは、
多分ビジネスにはならないだろう。
もちろん、モノマネのうまい日本企業は、
何かブームに火がつくと、
似たような二番煎じ、三番煎じを次々と繰り出し、
ある程度、儲けることはできる。
特に二番煎じは非常においしくて、
第一人者を参考にして改良したものを出せるメリットはあるのだが、
まあこれだけ流行り廃りが早い時代であるから、
後追いで開発・製作してもすでにブームは終わってる、
なんてこともあるし、
やはり第一人者と違って、付け焼刃に過ぎず、
蓄積されたノウハウがないから弱い。

工場もそうだ。
工場がブームになり、これはビジネスチャンスだと、
あわてて撮影し、本を出したところで、
もしすでに工場ブームが終わっていて、
次は団地ブームだったらブームを外してしまうことになる。

旅行ガイドブックや投資の世界でもある。
たとえば旅行地として急にロシアがブームになったり、
投資先としてブラジルがブームになった時に、
ロシアやブラジルの専門家というのは、
数が少ないし、今まで日が当たらなかっただけに、
非常に重宝されるわけです。

打算でやることって案外成功しない。
儲かりそう、流行りそうなんて安易な気持ちで飛びつく度に、
いつも後追いで遅かったということにならないよう、
ブームになるかならないかを問わず、
自分の好きなことを続けているが一番だ。
料理、趣味、語学、文化、研究テーマなど、
いつか時代が求める時期が来る。
そのチャンス到来時にきちんと準備ができているかが成否の分かれ道だ。

まあ好きなことをしていれば、
ブームにならなくても関係ないし、
モチベーションが持続する。
自分が楽しめていることが重要。

私がもし工場ブームだからという理由で撮影していたら、
ブームにならなければ嫌でやめてしまっただろうし、
撮影していても楽しくないだろうし、
撮影にかける労力もうんと変わってきただろう。

そこで、はじめの質問。なぜ、工場を撮影していたのか。
その光景が、実に美しいから。
そして実にまがまがしく、
こんなものが未だにあるのかという驚きがあるから。

だから私は頼まれもしないのに、
冬の寒い時期に、会社に出る前に、
夜明け前に起きてチャリをこいで工場地帯に行き、
天気が悪かったので3日間続けて撮影に行ったり、
(その後、風邪をひいたのだが(笑))
いい工場風景に出会うため、
炎天下の中、何時間も歩き回ることも嫌にならないわけです。

だから結構、ムダも多い。
地図を見ながらここならビューポイントだろうって思った場所が、
実はそんなにたいしたことなかったり、
壁で覆われて見えなかったり。
そんな苦労を重ねて、目の前に素晴らしい工場風景が広がった時の喜び。
これがやめられないわけです。

また工場の魅力でたまらないのは、
時間帯によってその姿を変えること。
朝の神々しい光の中の静かな工場。
昼間のこれみよがりのむきだしの姿。
夕日をあびてまるで滅び行く廃墟のような儚い姿。
暗闇の中、ライトアップされて幻想的な夜景。
だから同じ場所でも時間を変え、何度も訪れている。

ここまでならどんな人にも共通する、
自己満足の趣味で終わってしまうわけだけど、
私の場合、この発見を、この素晴らしさを、
誰かに伝えたいって想い(欲求)がわいてくる。
それでホームページをやったり、本にしたりしている。

私と同じようにみんなが無駄足を踏む必要ないわけだから、
私の撮影活動の中でいいとこどりしたところを見せてあげて、
撮影スポットについてのショートカットも教えてあげる。
そしたら、この本を見た人は、
自分で行こうと思っても時間がかからずに済むし、
足を運ばなくてもこの美しさを楽しめる。

よくよく考えるとそれって旅行記事と似ている。
あまり知られていないけどいい場所を教えてあげたい。
みんながみんな時間と金があるわけじゃないから、
その素晴らしさを写真と文章で伝えたい。
工場写真集も実はトラベルライターの仕事と本質的に変わりない。

というかサラ金関係の本にしても同じ。
本来の意味でのジャーナリズムってそういうことなんだと思う。
知らないことを代わりに現地に行って調べて、
その無駄な部分を排除していいところだけを教えてあげる。
その手間賃として対価をいただく。

工場を撮影したきっかけは、
もともと私が幼少の頃に、京浜工業地帯のそばに住んでいたから。
私が住んでいた社宅のある場所は高台になっていて、
森永工場をはじめ、京浜工業地帯を遠くに眺められた。
私は小児ぜんそくだったのだが、
社宅のベランダから、その景色を眺めるのが好きだった。

そんな原風景の体験から、
再びこの地に住むことになり、
幼少時代をたぐるように工場撮影をはじめたのだった。
しかし、幼少時代に気づくことなかった美しさを知り、
すっかりはまってしまったというわけだ。

どんなものでもブームになる時代。
だからブームを追いかけるんじゃなく、
好きなことをやり続けて、それがブームになるのを待つ。
そうすると趣味が仕事になったりする可能性があるんじゃないかな。

・全国工場写真


by kasakoblog | 2007-08-07 17:23 | 生き方