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2007年 11月 24日

坂本龍一絶賛ボーカリスト・五阿弥瑠奈(Ooze)インタビュー

●2:原点:拒食症で中2で死にかけた経験
営業・宣伝面での努力の重要性に着目し、
彼女にインタビューを申し込んだわけだが、
彼女が音楽を作るバックグラウンドになっているものに、
壮絶な経験があったことに、話を聞いて私は驚かされた。

拒食症がひどくなり、摂食障害で食べ物を受け付けず、
中学2年生の時に死にかけたというのである。
その経験こそが、彼女の表現手段としての音楽に対する、
深い、熱い想いの原点となっている。
彼女の音楽性、作品世界の背景には、
この壮絶な体験が大きく影響しているに違いない。

またこの経験によって、彼女はもともと志していた絵や小説ではなく、
音楽の道に進もうというきっかけにもなったという。

「小学校の頃はいたって健康な子どもでした。
勉強もできるしスポーツもできる、
手のかからない、よくできた子だと周囲に思われていました」

「できる子ども」という印象をくつがえしたくない。
だから彼女はいつも必死だった。
できる子どもにならなければならない。
できないことは許されないのではないか。

完璧にできないといけないという性格が災いし、
家庭の問題や交友関係の小さな問題、
思春期の体型の変化による自分に対する戸惑いなどが重なり、
いつしか自分を追い込んでいった彼女は、
日に日に食べることができなくなり、
どんどんやつれ、やせ細っていった。

身長が約150cmにもかかわらず、体重は29kg。
髪は抜け、骨と皮だけで、
歩くことすらできない状態にまでなってしまい、入院を余儀なくされた。
栄養失調状態のため、1日10時間以上は点滴を打たれて、
栄養を補給しないと生きていられない、寝たきり状態になった。

「早く学校に戻らないと勉強が遅れてしまう。
だから早く外に出たい。
治りたいけど、体が食事を受け付けない。
まるで監獄生活のような入院でした」

食べなければ治らないので、
体重が○kgにならなければテレビをみちゃいけないとか、
外に出られないとか、病院側は、食事をとらせるための工夫を凝らした。
中学2年生にして、重く苦しい入院生活。
食べたくないけど、食べなければ一生ここから出られないという気持ちが、
最終的には肉体に打ち勝ち、
1年かけてやっと普通の体重に戻ったという。

その頃、彼女の心のよりどころとなっていたのが、
絵を描くことと小説を書くこと。
自分の心の葛藤を絵や小説といった表現方法で発散することで、
なんとか心のバランスをとっていたのだろう。

退院後、なんとしてでも学校の遅れを取り戻したいという強い想い、
小学生時代のように何事も完璧にやらなければ気がすまない性格、
そこにこれだけの強烈な体験が加わり、
彼女の絵や文章の作品は中学生離れした完成度だった。

農林水産省の作文コンテスト「食にまつわるエッセイ」に応募した時、
「この文章は本当に中学生が書いたのか」と、
親に電話が掛かってきたほど素晴らしかったという。
小学校、中学校で作文コンテストや理科展、書道など、
賞状は30枚をゆうに超える。

英語スピーチでも関東で4位になり、退院後の成績でオール5をとるなど、
彼女の完璧主義はすさまじいものがあった。
小学生の頃、休みの日でも自分で学校のような時間割を作って、
勉強していたというほどなのだから、その徹底ぶりは「異常」といえたかもしれない。

拒食症でガイコツのようになり、入院して死にかけていた彼女が、
オール5をとったりコンテストに入賞したりすることは、
「いやがらせ」の対象になった。
物がなくなったり隠されたりということが相次いで行われるようになった。

彼女の人生を大きく変えたのが、絵本の紛失事件。
「美術の卒業制作でエッセイをそえた絵本を描いたのですが、
それが何者かの仕業でなくされてしまったんです。
魂を込めて描いた渾身の絵本が盗まれる。
しかもクラスの中に誰か犯人がいるはずなのに、
誰もそ知らぬふりして、表面上はやさしくしてくれる。
何も信じられなくなりそうな、悲しさに襲われました」

絵本がなくなった日。
家に帰って彼女は母親の前で号泣したのを今でも覚えているという。

自分の心のバランスをとってきた表現方法である絵や文章。
でも「そんな私の表現は、形あるもので限り、
なくなってしまい、奪われてしまうものなんだなと。
誰にも奪われない、盗まれないものを表現手段にしたい。
そこで高校に入ったらバンドをやろう。音楽をやろうと思ったんです。
歌は自分の肉体から出る形のないものだから、
誰にも盗むことも奪うこともできないと」

彼女はこの事件をきっかけに、絵筆が止まり、
その代わりに、詩や音楽へと、表現手段の中心を変えていったのである。

●3:模索:自分の歌がみつからない
高校に入ると音楽がさかんな埼玉県立浦和西高校に入学。
ミュージックアソシエイト部に所属し、
現在のバンドOozeの前身となる4人編成のバンド、「(有)ハロハロ企画」を結成。
なんと高校2年生の時に、
YAMAHAの「TEEN’S MUSIC FESTIVAL special 高校対抗バンド合戦」で、
グランプリを受賞したのだ。

「2つ上の学年も1つ上の学年もグランプリを受賞していたので、
どちらかというとグランプリをとって当たり前みたいな雰囲気はありました」

環境というのは実に大切だなと思う。
彼女は幼稚園から中学まで、クラシックピアノを習っていたが、
作曲やボーカルといった点では、
これといった教育を受けたり本格的な音楽活動はしていない。
もし音楽が遊び半分の学校の軽音楽部に入っていたら、
彼女の音楽的才能は花開いただろうか。
多くがプロ志向で、真剣に音楽をやり、そして実績も残している。
そんな学校の部活に入り、音楽漬けの生活を送ることで、
彼女は音楽への道を歩み始めたのである。

ちなみに優秀な指導者がいたのかと思いきや、
「部活の顧問はほとんどいないも同然」だったという。
音楽でめしを食うと本気でプロをめざす人に囲まれた環境が、
学生同士が切磋琢磨し合い、
誰から命令されるわけでもなく、自発的な行動を促し、
高校としてはグランプリ3年連続受賞という快挙を成し遂げたのだろう。

でもその頃、彼女は悩んでいた。
「自分の歌がみつからない」
本格的にはじめた音楽漬けの生活の中で、
彼女は自分の「歌探し」をはじめていた。

高校卒業後、進路を迷った。
バンド4人のうち2人は音楽とは別の道を志していた。
彼女自身にも迷いがあった。
これまでやってきた小説を書くことというフィールドもある。
でも最終的に彼女は音楽を選んだ。

「音楽には、詩もあるし、歌もあるし、ファッションやメイクであったり、
ライブでのパフォーマンスであったり、いろんな表現が含まれている、
総合芸術だと思いました。
それに歌は体そのもので表現するもの。
歌とは自分の生き様そのもの。
どういう人生を送ってきたかってことが表れると思います。
だから音楽の道をめざそうと思いました」

彼女は、海外で音楽を勉強しようか、音楽の専門学校に行こうか迷ったが、
「いろんなことを学んでおきたい。
それがすべて音楽にかえってくるから」
と考え、知識と感性を学びたいと思い、
一見遠回りと思える選択肢、大学を選ぶことにした。

しかし、大学生活当初はあまりうまくいかなかった。
期待ほどおもしろくない。授業をつまらなく感じてしまう自分。
みんな学生は遊んでばかりと見えてしまう。
多くの学生が大学にがっかりするような想いを、
彼女もまた味わったのである。
しかも授業のために、音楽をつくる時間だけが、
削りとられてしまうのだからたまらない。

高校を卒業したら家を出るという雰囲気があり、
大学1年生になって一人暮らしをはじめたものの、
彼女は不運続きに見舞われる。
はじめのアパートは欠陥住宅で体調が悪くなる。
やむなく引越しすると、今度は隣の人が変な人で、
変な手紙を書いてポストに投函するので、
家で歌を歌うことすらできなくなった。

仕方なく3軒目に引っ越したが、
暮らして1カ月して見たことも会ったこともない、
ストーカーにつきまとわれるはめに。
精神的な疲労から、彼女の肉体は、
かつて中学2年生の時に経験したような、
食べることに対する拒否反応が出て、日に日にやつれていった。
結果、2005年に実家に戻ってくることとなったのである。

そんな不運続きながらも「音楽だけは裏切らなかった」と彼女がいうように、
大学生になると「ハロハロ企画」のメンバーで、
音楽の道を志す有田氏と2人でOozeを結成。音楽活動を行っていた。
実家に戻って、精神的なストレスが減ったせいか、
大学機関紙のCD配布にはじまり、
染色家・浄土紀久子の染色展(池袋東武百貨店)の会場音楽担当およびライブ、
新進気鋭の3人の映画監督による「フィルム・メモワール」の中で、
菱沼康介監督作品で映画音楽を担当、
草野翔吾監督の映画「ションベンガールズ~in wonderful world~」で楽曲提供、
などなど、活発な活動を行うようになった。

運気が変わったのだろう。
内にこもっていたがゆえに、
「陰気」なものを引き寄せていた彼女が、
外に目を向け、自ら働きかけることをはじめた途端、
ポジティブなものが周囲を覆いだしたのである。

2006年12月につきあいはじめた、
今の彼氏の影響も大きかったという。
「彼の何事もダイレクトに素直に表現する、すごくピュアなあり方に、
とてもいい影響を受けて、
内にこもっていた自分が、さらに外に目を向けるようになったんです」

人との出会い。
これまで付き合ってきた人とは違う何か。
とことん向き合う、距離のない関係。
彼女にはない自由奔放さやストレートさを持つ彼との相性が、
彼女の心の奥底に眠っていた何かを目覚めさせたのだ。

異性のパートナーの存在によって、
自分だけの殻から抜け出すことができ、
自分と社会とを結びつけることができるようになる。
友人との出会いもそうだけど、
異性のパートナーといい出会いができるかどうかも、
人生を大きく左右する。

「今、子どもの頃の夢がどんどん実現しているんです。
たとえばオーケストラと競演したいとかも、
今年に実現することができました。
それは内面と外面がそろったから。
夢が実現し、うまくいっているのは、人との出会いがあったから。
だから怖がっていて内にこもってちゃいけない。
外に出なくっちゃって思っています。
結局はどちらも必要。バランスが大事なんだと思います」

そして、2007年5月、CDをレコード会社に配ることにより、
さらなる音楽的「実績」が次々と実現していくのである。

●4:音楽:心に響く「原始的な」音楽を
こうした経歴を持ち、
人生を歩んできた彼女が、どんな音楽を奏でようとしているのか。

彼女のバンドOozeのホームページで曲を試聴した時、
私は、正直とまどいを覚えた。
いわゆる普通のポップミュージックでもロックミュージックでもなかったからだ。
「北欧的とかよくいわれます」と紹介してあるように、
神秘的な、幻想的な、不思議な音楽だった。

「コンピュータの技術が進歩し、
機械で音楽が簡単につくれちゃう時代。
機械が歌を歌えちゃう時代。
だからこそ生身の人間でしか作れない音楽を、
肉体の叫びみたいなもの、魂の叫びみたいなもの、
人間の心を揺さぶるような、
根源的な原始的な音楽を作りたいと思っているんです」

彼女にとって音楽は、頭で考え、作るものではなく、
肉体から生み出される「衝動」のようなものと思っているようだ。
それは彼女が肉体的な壮絶な体験をしたからだろう。
その体験によって形ある絵や言葉ではなく、歌を選んだからだろう。

「音楽は肉体の叫び。歌うことは肉体の叫び。
常に肉体に向き合って、それで音楽をつむぎだしている。
肉体ってものは一人一人の人間にある、唯一のもの。
心を表現する入れ物が肉体。
だから肉体と向き合い、肉体を鍛えることで、心を表現できる。
ただ表現したいってだけじゃダメ。
肉体と向き合わなくっちゃ。

肉体は自分の力でデザインできる。
だから私はスポーツ選手のような、アスリートのような歌い手かもしれない。
自分の肉体と向き合って歌を歌ってみると、
『自分にはこんな声も出るんだ』って、発見なんかもあったりするんです」

彼女が人間としての「身体感」に目覚めたのは、
自分の肉体がやせ細り、死に掛けた体験があるからこそ。
人間の持つ身体性や、肉体の限界、その可能性について、
この年齢にもかかわらず、認識することができるんだと思う。
バーチャルリアルで肉体感が失われている現代社会の中で、
温室で育てられてきた「普通」の若者では、
このような身体感を持つのは難しいと思う。

彼女のホームページに興味深い文言がある。
「生きているということは、動いていること。
動いているということは、振動しているということ。
振動しているということは、響きということ。
響きということは、音ということ。」

死にかけた彼女がたどり着いた音楽という答えは、
まさに彼女自身にとって、生きるということに他ならないのだろう。

彼女は壮絶な病いの後遺症のせいか、
体調が悪いと、顔に地図のように、
ただれが表れたりしてしまうこともあったという。
体にコンプレックスを持ち続けている彼女。
でもそのコンプレックスと真正面に向き合い、
その肉体で歌をつむぎだすことで、音楽を奏で、
それによって彼女は生きている証をこの世に宣言する。

そして彼女は、肉体によって人は限定され、
日常生活の不便さや、精神的な負い目を感じたりしても、
心次第で、世界を変えられることに気づいたという。
「世界を幸せと感じるか、不幸と感じるか、
自分の捉え方次第で変えることができるってことを知りました。
いいことも悪いことも、結局、自分自身が選んだ結果。
自分が変われば世界も変わると思うんです。

「心ってとっても広いものだから。
心ってとっても重いものだから。
心は宇宙。
心はミクロかもしれないけど、宇宙のようにマクロなもので、
心は小さいかもしれないけど、心はどこまでも無限に広がっていける。
だから今は、自分の心に耳を傾けて、
自然体で音楽を奏でることができるようになりました」

彼女は現代の“シャーマン”なのではないか。
そんなことをふと思わずにはいられない、言葉の数々だった。

古来、女性は神性を帯び、祈りや音楽や踊りによって、
神を、自然をなだめ、社会を治めた。
ロジカルなものではなく、形あるものではなく、
人間の根源にある、目に見えないもの、
感覚的なものの力を作用させることによって。
彼女のめざす音楽とは、もしかしたら、
そうしたことに近いのではないかと、私は思った。

ただ、原始的、根源的な音楽をめざすゆえの、
彼女ならではの悩みもある。
歌詞である。

「音楽はメロディだから、言葉(歌詞)なんかつけなきゃいいのにって、
思っていたこともありました。
なぜ音(メロディ)に歌詞なんていう余計なものをつけるのかわからなかった。
日本語で歌詞をつけたら日本人にしかわからないって思っていた。
特に日本語は英語よりメロディにのりにくい傾向にあるので、歌詞をつけにくかった」

根源的、原始的、無国籍な音楽に歌詞はいらない。
言葉にならなくとも叫びのような歌があればいいとも思っていたが、
最近、その考えを少し変えたという。

「でも私が日本人で日本に住んでいる以上、
日本語で歌を歌った方が伝わりやすいから、
言葉は限定的なものだけど、
言葉(歌詞)をつけてあげることは、聞き手に対する優しさなのかなと。
『好き』という歌詞を入れれば、
それによって聞き手は音楽を限定的に捉えてしまうけど、
でもその絶対的瞬間があることで、
聞き手に音楽を伝えやすくすることができる」

「私の音楽は、今まで求められてきたPOPとは、
質の違うものになるかもしれないけど、多くの人に伝わる音楽を届けたい」

彼女は現代社会に合わせた根源的な音楽とは何かを模索しながら、
自分の心に耳を向け、音楽を奏で続けている……。

彼女からあふれる出る、さまざまな想いや経験は、
約4時間程度のインタビューでは語り尽くせない。
私の1万字あまりのインタビュー記事を読むことよりも、
彼女の音楽を生で一度聴いた方がいいんじゃないか。

●最後に:内から外へ:アドバイス
彼女のように内にこもっていたものの、
いろんなことをきっかけに外に発信していくことで、
実社会においてさまざまなチャンスをつかみとっていく人がいる。
私はそういう人たちをインタビュー記事で紹介することで、
内にこもってくだくだ言っている人が、
外に向かうきっかけにならないかと思い、
このようなニュータイプインタビューをしているわけだけど、
そういう人たちに彼女自身から何かアドバイスはできないかと聞いてみた。

「私は人に興味がなかった。社会に興味がなかった。
自分にコンプレックスがあるから自信がないし、
自分で精一杯だから他を見る余裕なんてない。
だから世界は閉じていたし、ネガティブな想いばかりで、
ずっと内にこもっていた。

でも、きっとみんなそういう時期があったんだなって。
死にたいって思っている人もいただろうし、
自分なんかくだらない存在だって思っている人もいるだろうし。
でも自分に目を向けてみれば、
自分がくだらなくないってことがわかるし、
必ず何か輝くものが見つかるはず。
それを信じて自分を見つめなおし、
そして外に向かって開いていってほしい。

自分が開ければ世界は開ける。
自分が外に出れば世界は開ける。
人との出会いによってはじめて、
閉じた自分の世界が広がっていく。

内なる心の魂の叫びを、外に向かって伝えていける。
内面と外面の両方が合わさった時、
はじめて『そろった!』って思った。
そこに何かが起こる。

まだ外に出ちゃいけないなんてことはない。
自分に完璧なんてないんだから」


by kasakoblog | 2007-11-24 01:28 | 生き方
2007年 11月 23日

坂本龍一絶賛ボーカリスト・五阿弥瑠奈(Ooze)インタビュー

23歳の大学生女性ボーカルが、坂本龍一氏に絶賛され、
キューピーのCMナレーションや、JR東日本のCMに楽曲提供している。
「音楽で食べていきたい」若者は腐るほどいるが、
彼女はその階段を確実に昇りはじめている。
なぜ彼女がチャンスをつかめたのか、
彼女は何を想い、音楽をつくっているのか。
そのバックグランドに迫った。
(取材日:2007年11月2日)

●1:営業:100社レコード会社にCDを送ろう!
2007年7月、東芝EMIの第35回ウィークリー・レコメンド・アーティストとして紹介
2007年9月、坂本龍一のJ―WAVEraidoSAKAMOTOにノミネートされ、
坂本龍一本人より賞賛コメント。
キューピーのCMナレーション担当に、JR東日本のCMに楽曲提供……。

私は五阿弥瑠奈さんのミクシィの経歴を見て、目を疑った。
23歳の大学生。
それほど頻繁に、精力的にライブ活動をしているわけでもないのに、
音楽でこれほどの「実績」をあげている。

彼女と出会ったのはあるライブ会場。
私が知っているバンドのボーカルの彼女として紹介された。
ボーカルの彼に東京男子撮影をお頼いする話が出た時に、
「よかったら彼女も東京少女で」という話になった。
彼女もバンドのボーカルをやっているとは聞いていたが、
撮影前に彼女のプロフィールを見て、こんなにすごいのかと驚いたのだ。

どちらかといえば弱々しく思える、とても可憐な女の子。
そんな彼女が、仕事と結びつく音楽活動を精力的に行っていることが意外だった。
これだけの音楽的な「実績」を残すには、偶然や運だけでは勝ち取れないはず。
ただ音楽的才能があるだけでなく、
そこには営業・宣伝活動に力を入れているはずだと私は思った。

音楽で食っていきたいという若者はごまんといる。
しかし実際に音楽で食っていけるのはごくわずか。
音楽を仕事として成功する秘訣を聞きたい。
なぜ彼女がこんなチャンスをつかんだのか聞きたい。
そこでインタビューをお願いした。

私の問いに対する彼女の答えは、意外にもシンプルなものだった。
「2007年5月頃、100社レコード会社にCDを送ろう!って決めたんです。
それでまず15社にCDを送ったんですけど、
そのうち6社からすぐに返事が来て。
それでいろいろなことが動き出したんです」

認めてくれない社会が悪いとか、
デビューしている奴なんかより、俺らの方が才能あるのにみたいな、
文句だけいって行動しない輩が多い中、
彼女は特別なコネクションがあるわけではなく、
レコード会社にCDを送るという、
最も「原始的」な方法でチャンスを勝ち得たのである。

夢を実現するためにすべき行動を起こして、
自分に才能があるなら、こうしてきちんと評価されるということを、
夢ばかりみて行動しないで文句をいっている輩は、見習ってほしいなと思った。

営業の成否を決めるのは数であると、
私はかつての営業経験から思っている。
彼女ははじめ100社送ろうとした。
それが成功したポイントではないか。
はじめから自分が気に入ったところだけ、
2、3社しか送らなければ、こんなに反応はなかったのではないか。

「数うちゃあたる」とは営業の世界では鉄則。
面倒くさいことをしたがらない、
なるべくラクして効率よくやろうと思う人間に、まずチャンスは来ない。

「ただ数多く営業するだけでなく、
レーベルやレコード会社の傾向にあった曲を選出し、
一曲一曲に想いを込めて、一社一社に心を込めて送りしました」

彼女は自分の売り込みを、量、質ともにしっかりやった。
だからその結果が出たに違いない。

「今までずっと、自分は外の世界に開いていなかった。
完璧主義だったせいもあって、
レコード会社にCD送るなんてまだ早いんじゃないかと思っていました。
営業や宣伝するより、
自分の内面的な成長や技術的な鍛錬が最重要だと思い、
ひたすらそれに向き合う時間を作ることに重きを置いていました。
音楽作品の完成度をとことん上げることが先決じゃないかと」

彼女の心は葛藤で揺れていた。
まだ自分の作品を営業する段階には早いのではないか。
それは自信がなかったともいえるし、
逆にもっといいものを作れるはずだという思いもあったからだろう。
でもずっと作品を自分の中で作り続けている限り、
世の中の目に触れるチャンスはない。

「20歳を過ぎた頃にふと気づいたんです。
完璧なんてどこまでいってもないんだから、
今あるベストなものを、外に向かって知ってもらってもいいんじゃないか。
作品づくりと宣伝活動を同時並行ですべきじゃないか。
人との出会いを大切にして、
多くの人に自分の音楽を知ってもらう機会を、
自分からつくならければいけないんじゃないかって」

彼女が大学時代、自分たちの音楽を、
多くの人に知ってもらうために行った興味深いことがある。
2005年のこと。入学時に配布される大学の機関紙に、
9曲入りミニアルバム「Zwerg」を付録CDとして、2000枚提供したのだ。

2000枚ものCDを無料で配ってしまうということに、
普通は抵抗感があるんじゃないか。
ライブをやってそこで数枚でもCDを売れば、
音楽活動費の足しになるのに、
2000枚のCDを無料で配った方が、
目先の利益にならなくても、中長期的に見れば、
ファンを多く獲得できる可能性があると考える広告的発想を、
よく当時21歳の大学生ができたなと。

「音楽は自分の魂をこめた大切な作品ですから、
そこにお金をつけるべきだとも考えました。
でも魂をこめたものなのだから、値段は関係ないのかなと。
とにかくまずは多くの人に自分の音楽を知ってもらわなきゃと思い、
CDを付録でつけることにしました」

そもそもこの機関紙に、
彼女のバンドOozeを紹介する記事が掲載される予定になっていた。
「音楽っていくら言葉で語っても、文字を書いても、
聴かなければわかってもらえない。
仮に記事にホームページのURLを載せたところで、
わざわざURLを打ち込んでくれる人なんてほんのわずかでしょうし。
音楽を知ってもらうには聴いてもらうしかない。
だからCDをつけようと思ったのです」

私もこのジレンマについて考えてしまう。
私が音楽についての記事を書いている、
たとえばミスチルのライブレポートにしても、
メリディアンローグのライブレポートにしても、アルバム紹介にしても、
曲を聴いている人には伝わる記事かもしれないけど、
音楽を実際に聴いたことがない人に、
どれだけ言葉を弄して「素晴らしい」といったところで、
聴かない限りその良さはわからないんだよなって。

彼女は、機関紙で紹介される絶好の機会を、
ただ読み流されてしまう記事にするのではなく、
音楽を聴いてもらう好機に変えるために、CD付録を思いついた。
営業・宣伝的観点から考えた、実にいいアイディアだなと思った。

レコード会社にCDを配布するだけでなく、
ミクシィの音楽関係のコミュニティに参加し、
そこで書き込みして宣伝したことで、
音楽の仕事に結びついたものもあるという。

彼女は2006年11月10日のミクシィの日記にこう書いた。
「私は内に向かいすぎていた・・・(中略)・・・
だけど今私に必要なのは 外へ出ていくこと」

内なる才能を秘めた彼女が、
それを外に向かって発信しはじめたことで、
彼女の音楽的世界はぱっと開けていったのだった。

人生、受け身じゃだめ。
待っていても、誰も、何も来ない。
自ら発信すること。自ら行動すること。
この当たり前のことを彼女はこの日記タイトルで、
「わかった!」と書いているように、痛感したのだろう。

インタビュー下記につづく
http://kasakoblog.exblog.jp/14316985/


by kasakoblog | 2007-11-23 01:25 | 生き方
2007年 11月 22日

世の中のふしぎ

原油高でティッシュやガソリンが値上げして、
庶民の生活に大打撃っていいながら、
街のいたるところで、無料でポケットティッシュを大量配布してる。

・新潟の地震で柏崎刈羽原発から煙がもくもくと出て、
この原発の電力供給がストップし、節電すべきはずなんだけど、
街のいたるところで、クリスマスイルミネーションがさんさんと輝いている。

・世界的なカネ余りで、お金がじゃぶじゃぶしてるんだから、
金利引き上げて引き締めした方がいいんじゃないかと思うんだけど、
日本をはじめいつまでたっても低金利だから、
またお金がじゃぶじゃぶしていろんなところでバブルが起きたり、
市場が乱高下しているんだけど、
いつまで金じゃぶじゃぶ政策続けるんだろう?

・消費税増税しないと財源がないとかいいつつ、
未だに自民党内には強硬な地方の道路族議員がいて、
道路は必要だとわめいて何がなんでもいらん道路つくって、
地元の企業に税金を回そうとしている。
こんなことすら改革ってできないんだろうか。

世の中にある数々のふしぎ。
きっと調べればもっともっとおかしな理由だとか、
それらしき理由だとかが出てくるのかもしれないけど、
直感的におかしいってものはやっぱりおかしいんじゃないっていうのが、
世の中が複雑になればなるほど大事なような気がしている。


by kasakoblog | 2007-11-22 12:25 | 金融・経済・投資
2007年 11月 06日

節約が家計と地球を救う

生活用品が値上げされると騒いでいる。
格差社会で低所得者に大打撃だと騒いでいる。
日用品の値上げは「庶民」に大きな影響を与えるという。

一斉値上げで危機だなんだと騒ぐ前に、
「庶民」を気取るならやるべきことがある。
節約だ。

値上げで大変だというけれど、
世界で日本ほど物を浪費している国は数少ないだろう。
食品でいえば、 食べ残し、大食い、
買ってきたものの使わずじまいで期限切れがどれだけあるか?
格差社会で庶民が大打撃というけれど、
庶民は大食い栄養過多のメタボに苦しんでいる。

物にしてもそう。
買ってみたものの、一度や二度使っただけで、
ほとんど使っていないものが自分の家にどれだけあるか?
服や靴にしてみてもそう。

コピーの裏紙も使わず、
自分で買い物袋を持参もせず、
傘を忘れりゃ、その度に傘を買い、
そんな使い捨て&浪費社会を送っている日本で、
何が値上げで深刻なのか。

むしろ生活用品値上げを機に、
自分の身の回りの生活スタイルや、
ショッピングについて見直してみたらどうだろう。

節約って必要なものをケチることでもないし、
安かろう悪かろうものを買えばいいってもんじゃない。

無駄なものを買わない。
使わないものは買わない。

もし上記を各家庭が徹底すれば、
ティッシュの値上げだの生活用品の値上げなど、
十分まかなえるだけの余剰資金が生まれるんじゃないか。

値上げださあ大変。
庶民に大打撃、どうしてくれんだって議論は、
まるで愚かな政治家の消費税増税議論と同じ。
税金の無駄遣いを見直しもせず、
支出が多いから税金をあげようという短絡的発想。

日本の家庭もそうだよ。
生活用品が値上げされて大変だから給料あげろという前に、
無駄な支出をどんだけ抑えるか、
まずそこから考えないと。

長らく続いた日本の不景気時代を「失われた10年」というけれど、
好景気にうかれて乱費ぐせのついた時代の方が、
よっぽど「失われた」時代だと思う。
不景気時こそ生活を見直す大チャンス。
自分の生活がどんだけムダか、
チェックしてみると愕然とするんじゃないか。

家の中をあさってみれば、
結構いい値段したけど使ってないものが、
いっぱい出てきたりしないかい?

節約ってムダを徹底的に排除するとともに、
なんでもかんでも安いものを買うんじゃなく、
高くても何度も使えるものを買ったり、
本当に必要なことにお金をかけるためのことなんだよねって、
ここ1年ぐらい節約のエキスパート丸山晴美さんに取材して、
ご教授を受けている。

安いもの買ってケチると逆に損したりして、
きちんとした長持ちするものを高くても買うほうが、
節約にもなるし、物は増えないし、地球環境のためにもなる。

生活用品の値上げを契機に、
日本の家庭や企業が生活スタイルを徹底して見直せば、
節約になると同時に地球環境を救うことになるかもしれない。

売上至上主義、GDP至上主義の時代はもうとっくに終わっている。
なんでもかんでも数字が多ければいいという時代じゃない。
少ない時間と少ない資源でいかに効率よく生活し、
自分の好きなことに時間をさき、
自分の好きなものにお金をかけられるか。
それが大事なんじゃないのかな。

結構無駄なものにお金使ってますよ。
自分の身の回りのものを見直してみよう。
そうすれば値上げなんて恐くない。

ちなみにサラ金のトップセールスマン経験からいうと、
多重債務者ほど、収入は増えないのに支出は増える一方で、
節約なんかせず、金が足りないと騒いでいる。
そりゃ、借金で首回らなくなって当然だろうよ。
それで金返さないなんて戯言いってんじゃない。
どんだけ浪費してるか節約からはじめなさいと、何度思ったことか。

食うものもなくて自殺する多重債務者なんて、
サラ金利用している人の1%ぐらいに過ぎず、
あとの99%は普通に浪費生活を送ってるんです。
だから借金する。

収入を増やすのは大変。
でも支出を減らすのは簡単。
愚かな多重債務者にならないよう、家計の節約を心掛けたい。

それは地球環境にもよくなるんだから、
実はこんな素晴らしい行いはないのだから。

みんなが変われば世界は変わる。
みんなが変わらないから環境が悪くなる。

「彩り」の歌詞をかみしめるように、
自分の生活スタイルを見直してみよう。

別に貧乏生活しろとかドケチ生活しろってことじゃない。
無駄なものが多いのは、国家も国民も同じ。


by kasakoblog | 2007-11-06 13:33 | 生き方