好きを仕事にする大人塾「かさこ塾」塾長・カメライター・セルフマガジン編集者かさこのブログ

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2008年 04月 26日

学校写真集が出ます!

かさこ撮影の写真集3冊目「学校・学院・学園」(グラフィック社)が、
5月上旬に全国書店で発売となります!

学校写真集といっても廃校ではありません。
今も生徒さんが通っている学校です。
都内の女学院1校、京都の女学院2校含む、
公立・私立の小学校、中学校、高校など、全15校を撮影。
雪深い長野・松本の分校(現在生徒ゼロ)、
沖縄の黒島、竹富島、波照間島の小・中学校の写真もあります。

すべて学校の撮影許可をとって撮影してますので、
単に校舎の外観や校庭だけでなく、
校内の写真が550カット以上!
普通教室はもちろん、理科室、職員室、保健室、音楽室といった特別教室や、
理科の実験道具、標本、給食当番表など小物も撮影しています。

写真集の趣旨は、
漫画家さんなどが学校の絵を描く際に参考とする背景資料集ですので、
ごく当たり前の教室風景写真が多いのですが、
自分の学校生活を思い起こさせるような、
懐かしい写真群でもありますので、
ぜひ5月10日過ぎ頃、書店に並んでいたら、
ご覧いただければうれしいです。


http://www.kasako.com/kasakobooks.files/0805gakko.html


by kasakoblog | 2008-04-26 12:09 | お知らせ
2008年 04月 23日

被告人弁護団の虚偽判断裁判と今後の裁判のあり方

安田好弘をはじめとする鬼畜弁護士の詭弁が一切退けられ、
死刑判決が出た光市母子殺害事件。
死刑存続について賛否はあると思うが、
今回の事件で際立ったのは、
この判決を不当と即刻上告した21人の弁護団の問題だろう。

死刑廃止を訴えるために無理やりこの事件を利用しようとした結果、
被害者感情をさらに逆なでし、
社会的混乱を起こしただけでなく、
結果として情状酌量で無期懲役の可能性のあった被告人を、
「荒唐無稽」な主張を行ったために、
死刑にさせた責任はあまりに大きい。

この21人の弁護団のせいで、
被害者も加害者も社会も裁判所も、みんな混乱に陥れた。
ぜひこの弁護団の主張が本当に被告人の言葉だったのか、
それとも弁護団による虚偽だったのか、
この事件の判決とは別に白黒はっきりさせてほしい。

そして虚偽だった場合には、
1:弁護士資格の永久剥奪
2:被告人に損害賠償
3:被害者に損害賠償
4:不当に裁判を長引かせたことによる、裁判費用の全額費用負担
をさせるべきだと思う。

今後も裁判所で虚偽を行う弁護士は、
このような処罰を下すべきだ。
思うんだけど、裁判のあり方を根本的に変えるべきだろう。
それぞれの側に立ち、それぞれが有利になるように、
都合のいい証言や証拠や主張だけをでっちあげ、
テクニックのために裁判を欠席するような、
今のような対決弁護が間違ってるんじゃないか。

互いにそれぞれの立場の弁護に立ちながら、
事実を解明する場として双方が話し合う場にならないのか。
お互いに自分の側の不利な情報も事実であれば交換し合い、
どういう判決にすることがいいのか、
話し合えばいいのではないか。

たとえば被告人の弁護側であっても、
「いやー、ぜんぜん反省してない様子なんですよ。
だから厳罰は必至と思うんですけど、
でも犯行当時は18歳ですから、
極刑だけは避けることできないですかね」
みたいな、お互いに不利な情報でも、
正直に言い合うことで、双方が歩み寄る裁判にする。

ところが今の裁判のあり方ってそうじゃないから、
反省した方が有利だと思えば、
反省させたふりをさせたりとか、
反省してないと知っていながら
「反省しているのに反省していないとは何事だ!」
みたいに対決姿勢で自らの有利を訴える。
そういう裁判のあり方自体が間違っている。
それが極端な形で明るみになった事件なんじゃないかと。

それにしてもこの事件で被害者だった本村さんおよび、
殺された妻と娘の名前や写真が、
何度となくメディアにさらされて、
ところが加害者の名前や顔は一切出ない。
なんかその不自然さがとても許せない気持ちになる。

もちろん本村さん自身が犯罪被害を訴えるために、
自ら積極的にメディアに出たわけだけど、
それにしても一般的な事件の話として、
被害者の写真や名前はさらされるのに、
加害者の写真や名前に気を使われているって、
なんかおかしいんじゃないかとも思う。

今でこそ本村さんの訴えはおおむね同情・共感をもって、
受け入れられているけど、 事件当初はバッシングの嵐だった。
「死刑死刑って叫ぶうざい奴」
「死刑を強硬に主張するふざけた野郎」
「メディアに出て生意気な態度の被害者ずらした野郎」みたいな。
日本では強い主張をする人間は、世論から好感をもたれない。

しかしこの9年間で状況は様変わりした。
荒唐無稽な「悪」の弁護団のおかげで、
弁護団=悪、それに立ち向かう被害者=正義の味方、
という構図ができたからだ。

それにしても9年間はあまりに長すぎる。
9年間の歳月をかけて慎重に詳細に裁判が行われたなら、
死刑という重い判決を出すのに長いとはいえないかもしれないが、
そうじゃないんだもんな。
荒唐無稽な主張やら、安田弁護士の裁判所欠席妨害行為とか、
無意味に長く引き伸ばされた時間があまりに長すぎる。
判決が確定するまで被害者は真っ当な生活などできないではないか。

裁判員制度なんていう「荒唐無稽」な制度じゃなく、
裁判のあり方自体を考え直した方がいいんじゃないかなと思う。

今日の会見や判決やニュースを興味深く見ていたんだけど、
見れば見るほどなんかすごい悲しい気持ちになってきた。
被害者家族は犯罪に巻き込まれ、
最愛の人を殺されただけでもすごい悲しみなのに、
幾重にも幾重にも裁判やメディアや被告人弁護団の言葉やら、
心ない世論の言葉などによって蹂躙される・・・。

あまりに悲しすぎる。
悲しみにくれる被害者の心的負担を減らす、
裁判のあり方、スピード、報道の仕方を考え直す、
絶好の機会じゃないかと思って、
とても複雑な思いでこのニュースを見ていた。

※これだけいろんな情報が氾濫しているネットなのに、
今日、この判決を不当とした21人の鬼畜弁護士の名前が、
探しても出てこないのも不思議。
2ちゃんの書き込みで発見したが、
この名前が本当かどうかわからないし。
以前の鬼畜裁判で週刊誌が21名の鬼畜弁護士実名をあげ、
その名前はわかっているが、
今回の裁判にかかわった弁護士21名とすべて同じなのかはわからないし。
どっか信用できる情報ソースで21名の弁護士実名がわからないかな。

※私は21人の弁護団の主張が虚偽と断定しているわけではない。
「あんなひどい主張、虚偽に決まってるじゃないか!」
と思うかもしれないけど、
あのバカな頭の硬い21人の弁護士連中が、
「夕夏ちゃんの遺体を押し入れの天袋に入れたのは、
ドラえもんの存在を信じていたから。
押し入れに入れれば、ドラえもんが何とかしてくれると思った」
みたいなことを、思いつくだろうかと。
もちろん、こうした荒唐無稽な主張を作り出すため、
弁護士以外の人間にアドバイスしてもらい、
虚偽の主張を作り上げたとも考えられるが。


by kasakoblog | 2008-04-23 12:12 | 一般
2008年 04月 16日

地球環境に優しい原子力?!~おすすめ本「マグマ」真山仁著

環境問題がここ最近、執拗に騒がれているが、
すごく気になっているのが、
環境問題=温暖化=CO2削減だけのような報道のされ方である。
環境問題って別に温暖化だけじゃなく、
大気汚染、水質汚染、土壌汚染、生態系の破壊、生物多様性の喪失、
森林伐採、ゴミ問題、気候変動など、実に様々はあるはずなのに、
なぜか温暖化だけがクローズアップされすぎている。

そのため温暖化防止に役立つCO2削減さえすれば、
環境にやさしいみたいなおかしな話がまかり通っている。
その代表例が原子力発電所である。

原子力発電所は環境にやさしい。
なぜなら火力発電所と違ってCO2を排出しないから。
だから環境にやさしい原子力発電所を、
ばんばん作っていきましょうという話が最近よく出ている。

確かにそれは事実ではある。
地球温暖化防止という問題だけを考え、
CO2の排出量の多い少ないだけを判断するなら、
原子力発電所は間違いなく「環境にやさしい」ことになる。
しかしそのロジックには温暖化以外の環境問題は、
何も論じられていない。
いくらCO2削減に役立つからといって、
一度事故が起これば、大気、水質、土壌、生態系に、
重大な悪影響を起こすのが原子力発電所なのだから。

しかし原子力発電所は全廃しろとは我々は言えないのである。
「おまえら電気いっぱい使ってんだろう?
原発がなかったら供給電気量が減ってしまい、
今のような現代的な生活はできないぞ」と。

さてそんな電気をめぐる環境問題を、
小説仕立てにしておもしろくまとめてあり、
かつ非常に勉強にもなる本と最近出会ったので紹介したい。
ハゲタカの著者・真山仁の「マグマ」である。

「ハゲタカ」がムチャクチャおもしろかったので、
「マグマ」も読んでみたいと思っていたのだが、
値段が高くて重いハードカバーしか出ていなかったので、
読む気がしなかったところ、最近になって文庫本化されたのである。
朝日文庫から756円。

「ハゲタカ」に比べればおもしろみにかけるとはいえ、
結構おもしろいし、今、環境問題が騒がれていて、
原子力発電所がクローズアップされている今、
この本を読むと実にいろんなことを考えせられるので、
ぜひよかったら読んでほしいと思う。

簡単にいうと、原子力発電所なんかより、
火力発電所なんかより、はるかにクリーンなエネルギーがある。
それが地熱発電なのだが、
政治家や官僚や企業の利権が絡んで、
でたらめなデータのまま原子力発電所が推進され、
地熱発電は厄介箱にされてしまったというのが、
この話の出発点。
それを知識本のように難しく説明してるんじゃなく、
小説仕立てで物語になっているから、
おもしろく読み進めながら、そうした知識を学べるおすすめ本だ。

中盤ものすごくおもしろいが、後半はやや急ぎ足になり、
なんだか強引に早く終わらせてしまった感があり、
小説としてはやや消化不良な感じなのだが、
それでも実におもしろい部分があるし、
今、読むには実にタイムリーないい本だと思う。

ここに書かれたことがすべて正しいとは限らない。
しかし、知らないということは騙されるということに他ならない。
地球環境にやさしい発電方法とは何なのか。
本当に原子力発電所に頼るしかないのか。
おもしろいのでぜひ良かったら読んでみてください。

・マグマ


by kasakoblog | 2008-04-16 11:54 | 書評・映画評
2008年 04月 11日

東京郵便局を保存しろというバカな議員や評論家・建築家

洋館・和洋折衷館を撮影している私だが、
東京駅目の前にある東京中央郵便局をそのままの場所で保存せよという、
愚かな議員や評論家、建築家がいるというニュースに驚いた。

東京中央郵便局を取り壊して高層ビルを建てる話が持ち上がったのは、
郵政民営化が行われたからだ。
これまで民営企業としてのコスト意識もなく、
税金を払う必要もなく公営企業として営業してきた郵便局だが、
民営化の議論が焦点になった際、
非効率経営の代表例としてメディアで取り上げられたのが、
この東京中央郵便局である。

ほんとメディアってのはいい加減だなと思うのだが、
民営化前まではこの東京中央郵便局の建物を取り上げ、
「東京駅前の一等地にありながら5階建てのビルなんてもったいない。
もしここに高層ビルを建て、上層部を賃貸すれば、
それだけで年間数億円の収入になる。
だから郵政は民営化すべきだし、
もったいない使い方をしている古い東京中央郵便局は、
建て替えるべきだ」と主張していた。

ところが今になって今度は取り壊すな、である。
なんでも1930年代に建てられた貴重な建築物で、
どこの誰だか知らないがどっかの欧米人が、
この建物を絶賛したこともあったという、
極めてあやふやな報道をしていた。

この貴重な東京中央郵便局を今のまま残すべきだとほざいているのは、
建築家のみならず超党派の政治家連中もいるという。
今日、このニュースをやると、
コメンテーターは一様に「古いものは保存すべきだ」と、
もっともらしいけど最も愚かなことをいい、
唯一、ヤミ金対策弁護士だけが、
「民営化された私物の建物を他人がとやかく言うべきではないし、
別にここになくても移築して保存すればいいじゃないか」と、
まさに建て前だけでなく本音のヤミ金世界に対峙している、
現実主義的法律家らしい真っ当な意見を言っていた。

結論から先に言うが、東京中央郵便局を、
洋館博物館・明治村に移築して保存するのが最も望ましい方法だと私は思う。
貴重な建物だから東京駅前の一等地に、
いつまでもここだけ古い建物を取っておけというのは、
コスト意識のない愚かな理想論者が言うことである。
もしどうしてもこの東京駅前で保存したいというなら、
その保存するための莫大な費用と高層ビルを建てないことによる損失分を、
おまえら議員や評論家や建築家が金払えという話だ。

東京中央郵便局の目の前にある東京駅は、
今、戦前の姿に復元しようと補修工事が行われている。
私はこれには大賛成だ。
経済効率性から考えれば、東京中央郵便局と同じように、
高層駅ビルを建てればいいという話になるかもしれないが、
はっきりいって東京中央郵便局と違って、
東京駅の建築は実に美しい。
外国人観光客も非常に多い東京駅の玄関口が、
高層ビルではなく、このような趣きある建築物の方が、
観光名所としても十分メリットが見込める。

一方、東京中央郵便局は建築学上貴重なのかもしれないが、
はっきりいって洋館を撮影している私ですら、
あの建物は撮りたいとも思わないし、すごいとも思わない。
地味だしおもしろみがないからだ。
そんな建物なんだから貴重なら、
移築して保存すればいい。
明治村などまさにうってつけだ。
このまま古い建築物のまま、中央郵便局として営業して老朽化するより、
明治村博物館でしっかり保存してもらった方が、
建物にとってもはるかにいいだろう。

私は2007年10月に発売した写真集「団地・路地裏・商店街」では、
趣きある、昭和的香りが残る街並みを撮影した。
そして今、明治、大正、昭和初期に建てられた、
趣きある洋館などを撮影している。

そんな私でも、すべてをそのままその場所で残せというのは、
どんなに素晴らしい建物であっても、
どんなに貴重な建築物であっても、
無謀なことだと思っている。
はっきりいって古いものが貴重というなら、
一切、新しい物は建てられなくなる。
日本中、江戸時代の建物で、
貴重だからその場所で保存せよなんて言われたら、
逆に新しくて素晴らしい建築物も生まれなくなってしまう。

なんでもかんでも古いから貴重だから残せというのは、
もっともらしいスローガンだが、実はまったくのナンセンスだ。
昭和的街並みは素晴らしいから、建て替えず残せといったところで、
耐震性、防災上の問題、住人の住環境の問題、衛生問題など、
様々な問題がある。
すべて古いものを残していたら、新しいものが建てられなくなってしまうんだから、
何をどこにどう残すべきかを考えて発言すべきだと思う。
その意味で、東京駅の古い駅舎は、補修して安全上に配慮した形で、
やっぱり東京駅そのものの場所にあることに意味があるんだろうけど、
東京中央郵便局は、移築して保存したって何の問題もないわけだ。

古い建築物には学ぶべき点も多い。
古いものから学ぶべきことは多い。
でもだからといって古いものをそのまま残せというのは、
バカの一つ覚えもいいところだ。

それにしても政治家もマスコミもなんでこんなにバカなんだろう。
一昔前まで、非効率利用で高層ビルを建てろと平然といっていたくせに、
民営化した途端、これだ。
もし震度5ぐらいで中央郵便局の壁でも崩れてけが人が出たら、
今度は「なんで建て替えなかったのか」と糾弾するのだろう。

別に私はなんでもかんでも経済効率性優先って言っているわけじゃないし、
古いもので保存すべきは保存すべきだと思うけど、
東京中央郵便局のことはほんと解せないな。


by kasakoblog | 2008-04-11 12:13 | マスコミ