好きを仕事にする大人塾「かさこ塾」塾長・カメライター・セルフマガジン編集者かさこのブログ

kasakoblog.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2010年 05月 ( 39 )   > この月の画像一覧


2010年 05月 30日

東京少女写真

e0171573_22321068.jpg
e0171573_22322240.jpg
e0171573_2232532.jpg

欲望も誘惑もワナもいっぱいあるかもしれないけど、
やっぱり東京が好き。
だから目一杯、精一杯、楽しみたい。

久々に東京少女写真撮影しました!
モデルになっていただいたのはnamikoさんです。

namikoさん東京少女写真
http://www.kasako.com/1005namikofoto.html


by kasakoblog | 2010-05-30 22:33
2010年 05月 29日

水族館がおもしろい!神戸の水族館写真アップ

e0171573_23472388.jpg

e0171573_23473536.jpg
e0171573_2348312.jpg

神戸の須磨海浜水族館の写真アップしました。
http://www.kasako.com/1005sumafoto.html
たまに水族館に行くとおもしろいと思います~


by kasakoblog | 2010-05-29 23:46 | 【写真】国内
2010年 05月 29日

哀愁の街ニューポート写真

e0171573_20191913.jpg
e0171573_2019394.jpg

イギリスのニューポートの街並み写真アップしました。
http://www.kasako.com/1005londonfoto9.html


by kasakoblog | 2010-05-29 20:20 | 【写真】海外
2010年 05月 29日

社会を深く洞察する方法~ミスチル以上に影響を受けたもの

ニュースを深く読み解くには、何をしたらいいですか?

時折、このような質問を読者の方からメールをいただく。
でも自分では自然に行っていることなので、
なんとアドバイスしたらよいかわからない。

しかし最近になってこの回答の1つに思い至った。

藤原新也を読みなさい。

・・・
最近の日記、
「宮崎がかわいそうとか言っているキモチ悪い件」
や、フォトエッセイ「心の清涼剤」を書いた時、読者の方から、
「ミスチルっぽいですね!」という声があった。

なかにはミスチル「LOVEはじめました」という曲の歌詞、
「まずはおまえらが死刑になりゃいいんだ」
という部分に通じるものがあるとの指摘もあった。

この歌詞は、殺人現場でやじうまたちが群がり、
携帯片手にピースサインを送る姿に、
「犯人はともかく、まずはおまえらが死刑になりゃいいんだ」
というものだ。
「そういえばそうだよな」という、
社会への違和感をストレートに表した歌詞だ。

私はミスチルの曲や歌詞に大きく影響されている。
これまで何万回と曲を聴き、
カラオケではほとんどミスチルしか歌わず、
コンサートは1995年以降、すべてほぼ欠かさず参加している。
ゆえにミスチルに大きな影響を受けていることは間違いない。

しかし社会への深い洞察力を、
ミスチルだけで身に付くかというと疑問だ。
では何が私に社会への洞察力を、
身に付けるきっかけになったのだろうかと考えた時、
ミスチル以上に大きな影響を受けているのが、
作家・藤原新也の著作からだと気づいた。

ちなみに、ミスチルと藤原新也には接点がある。
ミスチル大ブレイク中の1996年に発売された、
「花 -Memento-Mori-」の「Memento-Mori」は、
藤原新也のフォトエッセイ「メメント・モリ」からつけられたものだ。
これについて、藤原新也とミスチル桜井さんは対談しているのだ。
(「沈思彷徨」に対談掲載されている)

というわけで「ニュースや社会への洞察力を身に付けるには?」
という問いに対して明確に答えられるのが、
「藤原新也」を読むことだ。
ぜひみなさんに藤原新也を読んで欲しいと思う。
そこで知らない人のために藤原新也を簡単に紹介したい。

藤原新也は写真もすごいし文章もすごい、
私にとっての憧れの“カメライター”である。
しかもインドやチベットを旅行している、
旅行作家としても憧れの存在だ。

藤原新也作品に出会ったのは20代の頃。
海外旅行好きの私はいろんな人の旅行記を読んでいた。
特に沢木幸太郎著「深夜特急」に感動して、
これがきっかけで会社を辞めて旅に出ることになるわけだけど、
沢木氏と並び証される旅行作家として、
藤原新也がいることを知り、
藤原新也の旅行記を読んでいくようになった。

ところがはじめはあまりに難しすぎて、
ちゃんと読めなかった。
いわゆる旅行記とはまったく異質で、
旅行記というより旅行をベースにした、
文明論、社会論ともいうべき内容だった。

その社会を捉える力に惹かれていき、
旅行記ではなく日本の社会批評本を読むに連れ、
藤原新也の社会洞察力の深さに、
影響されるようになり、
私の文章や考え方に今でも色濃く反映されているのだ。

ちなみに私が会社を辞めて、
長期旅行をしようと決断させてくれたのも、
藤原新也の本のおかげだった。

エッセイ集「藤原悪魔」という本の、
「エンパイヤステートビル八十六階の老女」の序文、

半年も旅をすればひょっとすると自分の人生すら変わるかもしれないわけだが、
このような人生にかかわる行事が、
ただバイトを探すのが難しいといった理由だけで、
キャンセルされるというのはさみしい。

という文章を読み、
私はその3日後に、会社を辞めて旅に出る計画を練り始めたのだ。

最近も藤原新也は精力的に本を出しているが、
最近はあたりはずれが多い。
過去の本もいろんな本があり、
はじめはかなりとっつきにくいので、
藤原新也を読んだことがない人は、
すごく読みやすくて、かつはっとされるエッセイが多い、
「藤原悪魔」から読むことをおすすめしたい。

「藤原悪魔」を読んで気に入ったら、
世間をあっと驚かせ、社会問題化にもなった、
「東京漂流」(1983年)を読むとよい。

写真好きならフォトエッセイ「メメント・モリ」を。
旅行好きなら藤原新也の処女作「印度放浪」や「印度動物記」、
「全東洋街道」を読むとよい。

藤原新也を読むと間違いなく社会への洞察力がつく。
そして私の文章や生き方や価値観や活動などが、
ミスチル以上に深く影響を受けていることもわかると思う。

藤原新也で強烈に印象に残っている話は、
「東京漂流」のはじめに出てくる「豚は夜運べ」。
牛が殺されてかわいそうだと騒がれているが、
普段は牛を殺して肉を食べているのに、
その時はかわいそうだとはひとかけらも思わず、
メディアに取り上げられた時だけ、
それにのせられてかわいそうだと思う、
現代人の思考回路は、
私が藤原新也の「豚は夜運べ」から影響を受け、
ベトナムに行った時に書いた「豚は夜運べ」を読むと、
しっくりくるのではないかと思う。

私が目指すべき一つの理想系は、
現代の藤原新也になること。

多くの人に気づきを与える、
文章を書き、写真を撮っていきたいと思う。

・おすすめ本
藤原悪魔

沈思彷徨(ミスチル桜井さんとの対談も掲載)

藤原新也の部屋
http://www.kasako.com/huziwaratop.html


by kasakoblog | 2010-05-29 01:06 | マスコミ
2010年 05月 28日

物足りないのは習慣のせいだ

習慣は自分が思っている以上に、
生活に多大な影響を与える。

「なんか物足りない!」
そう思った時は習慣のせいだ。

毎食、大盛りを食べていれば、
たいしてお腹が空いてない時でも、
大盛りでないと物足りないと感じてしまう。

毎日ビールを飲んでいると、
1日飲まなかっただけで無性に物足りなさを感じてしまう。
株やギャンブルで10万円儲かった時が続いたとすると、
1万円ぐらい儲かっても、儲かった気がしなくなる。
たばこを吸っているのに煙がないと、
物足りなさを感じてしまうとか。

本当に物足りないわけではないと思うんです。
でも習慣の問題で、
いつもそれをやっているから、
急にやらなくなると物足りないという錯覚を感じてしまう。

いい習慣なら物足りなさを感じることで、
いい力を継続できることになるけれど、
悪い習慣なら悪い習慣から抜け出せなくなる、
悪いスパイラルに陥ってしまう。

たとえば私の場合、いい習慣は毎日の日記の更新。
もう10年も続けているから、
夜遅く帰ってきて、「今日はしんどいからやめようかな」
という誘惑にかられることも多いんだけど、
やっぱり習慣になっているから、
書かないと気がすまなくて、
それで毎日更新が10年も続けていられる。
習慣による慣性の法則のいい例なんです。

一方、毎日ポテチを食べる習慣。
お腹がいっぱいとか空いているとか関係ないんですよね。
どんなに夕食たらふく食べても、
その後にポテチを食べないと、
いつもの習慣から物足りないと感じてしまう。
だからお腹いっぱいでも、
どんなに夜遅くても食べなきゃ気がすまないから、
ついつい毎日食べてしまう。
これ悪い習慣の慣性の法則。

結局、人って自分にどんなしつけ=習慣をつけるかで、
行動も気持ちも変わってくる。
本当に物足りないわけじゃないんです。
本当にできないわけじゃないんです。
結局、すべては慣れの問題。
慣れが自分の行動や気持ちを縛っている。

だから悪い習慣があったら、
それを治すにはしばらくぐっと我慢して、
それがなくてもいい習慣をつければいい。

逆にいい習慣をつけたかったら、
毎日課したことは必ずやるよう習慣づけていく。
するとしばらく経てば、
何も考えなくても自然に体が動くようになる。

自分にどんな習慣をつけ、
どんな習慣をやめるべきか。
自分のいつもの行動を見直して、
新しい習慣スタイルを身につければ、
毎日の生活が変わり、人生も変わると思う。

まあ私の場合、毎日ポテチを食べることは、
自分の精神衛生上の健康を保つ上でプラスになるので、
やめる気はないのですが(笑)

社会の一般的価値判断ではなく、
自分が何をしたいか、
何を重視するか、何を身につけたいかで習慣づけを考えればいい。


by kasakoblog | 2010-05-28 01:29 | 生き方
2010年 05月 27日

神戸・等身大鉄人28号写真アップ!

e0171573_133353.jpg

昨日は日帰り出張で神戸へ行ってきました!
例によって、朝一で行き、最終の便で帰り、
その間、仕事の合間をぬって、
いろいろと撮影してきました。

神戸は洋館写真集のために、
一通りの洋館を以前に撮影してしまったため、
あまりめぼしいものがなく、どこに行くか困っていた。

そんな時は水族館&動物園がいいと、
午前中は須磨海浜水族館へ。
午後はパンダのいる王子動物園へ行こうと思い、
最寄り駅まで行ったがなんと休園日!

あわてて地図とガイドブックを見返すと、
王子動物園から神戸製鋼まで歩けそう。
ただ神戸製鋼は地図からみるに、
まともに工場写真撮影できそうにないと、
検討はしていたが外した場所。
e0171573_14355.jpg

でももはや行くところがないので、
神戸製鋼まで30分ぐらい歩き、
1枚かろうじて門の前で撮影できただけ。
e0171573_142590.jpg

ちくしょう!パンダのやろう、休みやがって!
なんて思いながら、仕事を終えて、
せっかくなので神戸名物・明石焼きを食べていたその時だった。
明石焼きの店に等身大・鉄人28号の写真が貼ってあるではないか。

えっ、ひょっとして鉄人28号って神戸?!
こりゃ大変!
私としたことが神戸まで来ていて、
鉄人28号をうっかり忘れて撮影せずにあやうく帰るところだった!

場所を調べると、神戸駅から2つ隣のJR新長田駅下車徒歩3分と近い。
もうすでに18時を回り、空は暗くなっていたが、
明石焼きを急いで食べるとあわてて鉄人28号撮影に向かった。

そんなわけで明石焼き店に写真が張ってあったおかげで、
等身大・鉄人28号を見てこれました!
お台場ガンダムほどの感動はないかもしれませんが、
近くまで来たら一見の価値はあり!
e0171573_144361.jpg
e0171573_145147.jpg
e0171573_145818.jpg
e0171573_15599.jpg
e0171573_151264.jpg
e0171573_151856.jpg
e0171573_15232.jpg
e0171573_153573.jpg
e0171573_154136.jpg
e0171573_154711.jpg
e0171573_155327.jpg
e0171573_155914.jpg
e0171573_165100.jpg

生活空間にあるというのがなんともいい感じです。
大阪からでも電車で30分ぐらいなので、
大阪出張などがある方はついでに見るとよいかもしれないです。

お台場ガンダム写真
http://www.kasako.com/0908gundamfoto.html


by kasakoblog | 2010-05-27 01:06 | 【写真】国内
2010年 05月 25日

心の清涼剤

e0171573_21353147.jpg
e0171573_21353619.jpg
e0171573_21354119.jpg
e0171573_21354637.jpg
e0171573_21355489.jpg
e0171573_2136049.jpg
e0171573_2136656.jpg
e0171573_21361272.jpg
e0171573_21361799.jpg
e0171573_21362331.jpg
e0171573_21362812.jpg
e0171573_21363460.jpg
e0171573_21364111.jpg
e0171573_21364679.jpg
e0171573_21365510.jpg
e0171573_2137047.jpg
e0171573_2137520.jpg
e0171573_21371167.jpg
e0171573_21371683.jpg
e0171573_21372218.jpg
e0171573_21372789.jpg
e0171573_21373239.jpg
e0171573_21373849.jpg
e0171573_21374327.jpg
e0171573_21374851.jpg
e0171573_2137534.jpg
e0171573_21375845.jpg
e0171573_2138348.jpg
e0171573_2138926.jpg
e0171573_21381473.jpg
e0171573_21381942.jpg
e0171573_21382580.jpg
e0171573_2138312.jpg
e0171573_21383837.jpg
e0171573_21384434.jpg
e0171573_21384915.jpg
e0171573_21385547.jpg
e0171573_2139059.jpg
e0171573_2139657.jpg
e0171573_21391144.jpg
e0171573_21391640.jpg
e0171573_21392162.jpg
e0171573_21392675.jpg
e0171573_21393193.jpg
e0171573_21393716.jpg
e0171573_2139426.jpg
e0171573_21394787.jpg
e0171573_21395167.jpg


言葉の贈り物
http://kasakoblog.exblog.jp/12237429/


by kasakoblog | 2010-05-25 21:42 | フォトエッセイ
2010年 05月 25日

宮崎がかわいそうとか言っているキモチ悪い件

「過激」な意見です。
私の至らぬ意見かもしれませんがご一考を。

宮崎口蹄疫(家畜伝染病)問題が連日取り上げられ、
「畜産家がかわいそう」「殺処分される牛がかわいそう」
とか言っているのが無性にキモチ悪いと思うのは、
私だけなのだろうか?

普天間問題の「沖縄がかわいそう」もそう。
今回の家畜伝染病の「宮崎がかわいそう」もそう。
「かわいそう」とか平然と言ってられるのは、
自分は直接被害が及ばない安全地帯にいるからではないか。

まるで悲劇のストーリーを映画で見る感じ。
だから他人事で上から目線で、
「かわいそう」と同情することで、
被害者の味方になったふりして、
「自分はいい人」みたいな自己満足ができる。
別に本当はそんなにかわいそうとは思っていなくて、
心のどこかで「仕方ないよね」と思っているとしても。

でもみんなが「かわいそう」というから、
それにあわせて「かわいそう」とか言ってみたりして、
でもじゃあかわいそうな人のために、
何か自分で行動するかって言ったら何もしないわけで、
初動対応を行った政府を批判するとか、
惨状を訴える地元畜産家のブログを転送するとかして、
それで自分の責任は果たしたと思っている。

この表面だけの「かわいそう」が蔓延する日本ってキモチ悪い。
ものすごくキモチ悪い。
普天間問題もまるっきり同じで、
「沖縄がかわいそう」「徳之島がかわいそう」
といったところで、じゃあ自分の住む町に、
基地を引き受ける覚悟があるのかっていったら、
そんな人は皆無に等しいだろう。
だったらかわいそうなんていうな。

本当にかわいそうなのだろうか?
「日本の畜産業界が壊滅的になってしまう」
とかもっともらしいこと言うけど、
自分の食生活を振り返ってみて、
そんなに国産牛ばかり食ってるか?
海外産牛肉ばっか食っていて、
別にそれほどたいした影響ないんじゃないの?

国産牛がないと飢え死にするのか?
コメがなくなり輸入米しかないというのとは、
はるかに次元の違う問題ではないのか。
国産牛がなければ日本の食卓は破滅するか?!

どんなビジネスにも当たり前だけどリスクがある。
そのリスクをすべて国で、
すなわち国民の税金で助けるべきなのか。

どんなビジネスもリスクに見合った報酬をとっているわけで、
リスクが発生した時には、
これまでの収入で補うのが、
普通のビジネスのあり方だろう。

いや、牛は大切な産業だから保護しなければ!
というなら、他の農作物はどうなのか。
自動車が売れなくなったら、トヨタを税金で助けるのか。
じゃあサラ金が全滅して500万人が追加融資受けられなくなったら、
「税金でサラ金を助けるべきだ」といったら、
国民は猛反発するだろう。

ビジネスのリスクをどこまで助けるか、
その線引きははっきりしなければならない。
なんでもかんでも助けていたら、
いくら税金があっても足りない。

そもそも今回の口蹄疫(家畜伝染病)問題で私が不思議なのは、
畜産家は口蹄疫対策を何もしていなかったのだろうかということ。
「政府の初動対応が悪い!」「県の初動対応が悪い!」
となんでもかんでもお上が悪いという論理で糾弾しているけど、
じゃあ自分たちの危機管理はどうなってたのだろうか。

口蹄疫って畜産という商売をする上で、
当然起りうるリスクなわけで、
それを想定した対策なり保険なり対応なりを、
お上うんぬんの前に自分たちではやっていなかったのだろうか。

もちろんお上の対応が悪かったから、
深刻な被害になってしまったことは事実だろう。
しかしすべてお上が悪いのか。
家畜伝染病対策を畜産を営む者はやっていなかったのか。
それが不十分ではなかったのだろうか。

牛が殺されてかわいそうというのも、
ほんと意味がわからず吐き気がする。
「何年もかけて手塩にかけて育てたのに・・・」
っていうけど、牛はペットとして飼っているわけじゃなく、
殺して肉にして売るわけでしょう?
つまり伝染病が流行らなくなって、
育てた牛をぶっ殺して生計を立てているわけです。

つまり悲しいのは、
牛が殺されることではなく、
牛が金にならないことではないのか。
だって別に家畜伝染病にならなくても、
牛は殺される運命にあるんだから。

なんかそういう現実をすっ飛ばして、
「殺すのはかわいそう」「かわいそう」って、
ほんとに気色悪い。

かわいそうなら牛肉食うなよ!
動物愛護家でもないのに、
牛が殺されるのはかわいそうとかって、
いつから動物愛護家になったんだって話。
生き物を殺して食べて生きてるくせに。

だいたい種牛49頭の殺処分を「かわいそう」だから、
延命署名に6000人も集まり、
延命を認めなかった政府をまるで悪のように扱う、
マスコミと国民って頭おかしいんじゃないか。

日本の畜産業界を守るために、
これ以上、全国に被害を拡大させないために、
感染疑いのある牛を殺すのでしょう。
かわいそうだから殺さなければ、
もっと感染が広がってしまうことに、
頭が回らないのだろうか。
偽善ほどやっかいなものはない。

「かわいそう」を連呼する前に、
今重要なのはこれ以上、感染を拡大させないことではないのか。
それが「かわいそう」というもっともらしい世論のせいで、
結果、深刻な被害拡大になったらどうするのか。

安全地帯からならいくらでも無責任に「かわいそう」と言える。

同情するなら金をやれ。

同情して被害者の味方になったふりして、
それで満足してしまう偽善が蔓延していることが、
私にはなんともキモチ悪くて仕方がない。

そんなにかわいそうなら義援金を寄付すればいいと私は思う。

ちなみに義援金詐欺が横行しているらしいうので、
寄付をするならきちんと見極めてしてほしい。


by kasakoblog | 2010-05-25 08:55 | マスコミ
2010年 05月 24日

拙著「サラ金全滅」販売スタート!

e0171573_20414129.jpg

お知らせしていた拙著、 「サラ金全滅~過払い金バブル狂乱」
(笠虎崇著、共栄書房)が、ついに発売となりました!

リアル書店ではまだ確認しておりませんが、
ネット書店では販売スタートしました。

しかし新刊入荷貧弱のアマゾンでは在庫がないため、
5353円で売られる始末。
他のネット書店では普通に定価1575円で、
1~2日発送で買えますので、
どうぞアマゾン以外ををご利用ください。
(アマゾンもそのうち在庫に余裕ができると思いますが・・・)

全171ページ。
サラ金や金融業界に詳しくない人でも、
今サラ金業界で何が起きているか、
わかりやすく読めると思います。

目次
●はじめに:改正貸金業法施行で多重債務問題は深刻化する
●第1章:サラ金潰して弁護士大儲け~過払い金バブル狂乱
●第2章:改正貸金業法施行で自殺者・ヤミ金急増~何のための改正なのか
●第3章:崩壊するサラ金の現場~「捏造」テープで狙い撃ちされたサラ金
●第4章:モラルなき債務者、萎縮するサラ金~迷走する貸金業界
●第5章:サラ金のあるべき姿とは?~金貸しの原点に戻れ
●あとがき:改正貸金業法は何のために

下記ネット書店ではすでに販売しておりますので、
興味のある方、ぜひご利用ください。

かさこ渾身の一作でございます。

bk1

セブンネットショッピング

楽天ブックス

紀伊国屋書店

JBOOK

e-hon

かさこの著書
e0171573_20432612.jpg


※5353円で売る新刊入荷貧弱のアマゾン


by kasakoblog | 2010-05-24 20:41 | お知らせ
2010年 05月 23日

牛をめぐる日本人の滑稽さ

宮崎の口蹄疫(家畜伝染病)問題が、
マスコミでこぞって取り上げられているが、
マスコミの取り上げ方によって、
こうも国民の反応が変わってしまうものかと、
ある種の恐ろしさを感じながら見ている。

●1:2001年狂牛病騒動による国産牛危ない報道
牛をめぐる騒動といえば狂牛病騒動だ。
BSE問題という言葉が連日のように、
マスコミで取り上げられた時期があった。

2001年9月。
千葉で狂牛病の疑いがある牛が発見されたとの発表で、
マスコミは大々的にこのニュースを取り上げた。
今回の宮崎牛問題のように、
「畜産家がかわいそうだ」「国産牛を守らなければいけない」
といったトーンではなく、
「日本の牛肉は危険だ」「食の安全管理がなされていない」
といったトーンで報道した。

こうした報道の仕方をしたため、
国民は一斉に「牛肉はすべて危険」と捉え、
牛肉を食べない・買わない行動がわっと広がり、
外食産業やスーパーなどが深刻な売上減となった。

国民の「牛肉は危ないイメージ」の浸透を受け、
「うちの焼き肉の肉は国産牛しか使っていません」
がウリだった焼肉屋は、
「うちでは一切国産牛を使用しておりません」に変わった。

「スープのできのわるい日は休ませていただきます」と、
スープにこだわりを持ち、
営業日には牛骨をぶらさげているラーメン店「がんこラーメン」は、
「現在スープには牛骨を使用していません」と、
あっさりとこだわりを捨て、
がんこさもくそもない店であることが判明した。

私は当時、吉野家に毎日のように行っていて、
狂牛病騒ぎが起きた後も普通に行っていた。
騒ぎ前はいつも混んでいた店が、
狂牛病騒ぎが起きると客は激減した。
いつも満席だった昼のピーク時に、
客が私ともう1人、2人ぐらいしかいない、
といった状況が1カ月ぐらいは続いたんじゃないか。

国産牛だけでなく、すべての牛肉は危ないと、
国民はマスコミの報道で思い込んだ。
だから国産牛ではなく、
米国産牛やオーストラリア産牛であっても、
国民は牛肉と見るやいなや買わなくなった。

そこで食品業界では、
「米国産の牛は一切狂牛病は発生しておりません」
「オーストラリア産牛肉は安全です」
といった全面広告を新聞に出し、
国産牛はともかく、海外産は安全だから、
牛肉買い控えをしないよう訴えた。

2001年の狂牛病騒動は、
本当に国産牛が危ないかどうかもよくわからないまま、
本当に海外産牛が安全かどうかもよくわからないまま、
とにかく国民は牛肉は危ないから買わない・食べない、
といった動きをしたのである。

●2:宮崎牛問題は国民の同情を買う報道の仕方
しかし今回の宮崎牛問題は違う。
問題が発生した当初、報道規制が行われたらしく、
そのせいか、国民の反応が違うのだ。

報道規制が行われた理由は、
上記に見たかつての狂牛病騒動を教訓に、
マスコミがおもしろおかしく騒ぐことで、
国民がパニックに陥り、牛肉を買わなくなり、
国産牛業界に二次被害を及ぼしかねないのが、
理由だったのではないかと私は思っている。

その効果があったのか、
2001年の狂牛病騒動のように、
「うちの店で国産牛は使用してない」と
アピールする店は見かけないし、
スーパーで牛肉がまったく売れないということもなさそうだ。
牛丼屋や焼肉屋にまったく客が来なくなってしまった、
かつての狂牛病騒動のような、
深刻な影響はないように見える。

ただ報道規制は、国民のパニック防止ではなく、
民主党が初動対応をミスったから、
それを隠すために行っているのではないか、
といった声がネット上で広まるようになっていた。
(ちなみに赤松農水大臣が、問題が起きているにもかかわらず、
GW中に外遊先でゴルフをやっていたというTBSの報道は、
裏付けのない「捏造」であったとして、謝罪することになった)

宮崎の地元畜産家がブログで、
涙ながらに今は地獄だと訴えた。
反民主の論客はこれぞ絶好の攻撃材料とばかりに、
民主党は宮崎問題の初動対応ミスを隠すために、
報道規制をしているとネット上で訴えた。

こうしたネットの動きが盛り上がったせいか、
先週から急にこの問題をマスコミが取り上げるようになった。
取り上げ方は、2001年の狂牛病騒動とは違い、
せっかく大事に育てた牛が殺されてしまうのはかわいそうだ、
畜産家が牛が殺されてしまい生活に困ってかわいそうだ、
といったトーンだ。

こうした報道の仕方により、
2001年とは違い、家畜伝染病にかかった国産牛は、
危なそうだから買わないという反応ではなく、
どちらかというと畜産家に同情し、
牛を殺さなくてもいいんじゃないかみたいな、
同情論が支配する世論を作り上げたと言える。

2001年の狂牛病騒動と2010年の口蹄疫騒動に見る、
国民の真逆ともいえる反応は、
マスコミの報道の仕方が変わったからだろう。
つまりマスコミの取り上げ方で、
国民の感情はある種「コントロール」され、
180度違った対応の仕方になってしまうことが、
今回、一番恐ろしい問題だと考えている。

報道規制なくマスコミが初期の段階から、
おもしろおかしく取り上げていたら、
2001年の狂牛病騒動のように、
牛肉が売れなくなるといった事態が起きていたように思う。

●3:2003年米国狂牛病により、なぜか牛丼が売れまくった日本
さらに日本人のあまりに滑稽な牛をめぐる反応例を見てみよう。
2001年の狂牛病騒動で、牛肉はすべて危ないという反応をした日本人。
ところが2003年、米国で初の狂牛病症例が出ると、
今度はその時とはまったく違う反応をしたのである。

輸入禁止で牛丼が食べれなくなってしまう。
今のうちに貴重な牛丼を食べておこう!
狂牛病が発生した米国産牛の牛丼を、
並んでまで食べるおかしな騒動に発展したのだ。

2001年は米国産牛を使っているにもかかわらず、
国産牛で狂牛病発症が見つかったから、
牛丼は危ないと捉えられ、客が来なくなった吉野家。
ところが2003年、米国で狂牛病初症例が発見されたのに、
その米国産牛を使った吉野家の牛丼が、
「もしかしたらもう牛丼が食べられなくなるかも!」
とマスコミに煽られた客が殺到し、
「最後の牛丼」を求めて、吉野家に行列ができたのである。

マスコミ報道はひどかった。
吉野家の広告機関ではないかと思ったぐらい。
「さよなら牛丼」などとセンセーショナルな報道の仕方をして、
「吉野家」から実況中継し、
「もう食べれなくなってしまう牛丼はどうでしたか?」
なんて報道してた。
バカじゃないかと思う。

別にすべての牛肉がダメになったわけではなく、
米国産牛を使わなければ牛丼はできるわけだ。
ところが牛丼がこの世から無くなってしまうといった、
報道の仕方をしたせいで吉野家の牛丼に行列ができたのである。
狂牛病が米国で発症したにもかかわずだ。

しかしこの時、より“牛肉不足”になってしまったのは、
2001年の狂牛病騒動での国民の愚かな対応があったからだ。
米国産がダメならオーストラリアから牛肉輸入すればいいと、
誰もが思ったが、そうはいかなかった。

それは2001年に、「安全」だったはずのオーストラリア産牛肉まで、
国産牛の狂牛病騒動を受けて「危ない」と見なされ、
売れなくなってしまったために、
オーストラリアは日本向け輸出量を減らしてしまったからだ。

米国産がダメだから急にあわてて、
オーストラリアに牛肉欲しいといったところで、
2001年に売れなくなった経緯があるため、
日本向けにそんなに作っていなかったのである。
牛肉はすぐにすぐできるわけもなく、
何年もかけて育てなければいけないわけで、
急に日本から欲しいといわれても、
対応に限界があった。
こうして牛肉不足が深刻化し、
最後の牛丼を求めるといった妙な行動をより煽ったのである。

2001年と2003年の国民とマスコミの反応を見れば、
いかに一部の日本人のバカさ加減がわかる。
2001年に国産牛を使っていない吉野家に行列ができるならわかるが、
吉野家はがらがらになった。
2003年、米国産牛を使っているから、
吉野家ががらがらになるならわかるが、行列ができた。

結局、食の安全という根本的な重要な問題なんか関係なく、
その時にマスコミが作り上げたムードによって、
安全かどうかではなく、何を食べるか、
国民は選択しているということだ。

●4:鳥インフル騒動と豚インフル騒動
ここまで牛をめぐる日本人の滑稽さを取り上げてきたが、
肉という意味では、鳥や豚をめぐる反応も、
実に興味深いものがある。

2001年、2003年に狂牛病騒動が起き、
牛肉が危ないといったイメージが広がっていたのと同時に、
当時、鳥肉も危ないといったイメージが広がっていた。
鳥インフルエンザである。

2003年、香港で鳥インフルエンザが大流行し、
ウイルスがヒトに感染し死亡する事例が出ると、
日本でも大々的に取り上げられるようになった。
その時の報道を見ると、香港は壊滅するんじゃないかと思うぐらい、
鳥インフルエンザの流行が拡大していた。
香港旅行者が激減したのもこの頃である。

その後、香港だけでなく、
2005年以降、中国、ベトナムなど、
東南アジアで鳥インフルエンザが猛威をふるい、
ヒトに感染して死亡することが相次いで起った。

こうして鳥インフルエンザが大々的に取り上げれていたため、
牛肉もダメ、鳥肉もダメ、だから豚肉がいい!
という短絡的な発想で、
外食産業などでは豚肉料理メニューを増やす動きがあり、
マスコミもこぞって豚肉料理を取り上げたりもしていた。

ところがである。
昨年=2009年4月に豚インフルの大流行が、
大きな問題として取り上げられるようになったのだ。

メキシコで発生した豚インフルが世界中に流行し、
日本でもマスクが品切れになる騒動にまで発展した。
連日連夜マスコミは豚インフルで死亡した人数の、
世界地図を映し出し、危機を煽った。

今まで鳥インフルエンザは警戒されていたものの、
まさか豚インフルが猛威をふるうとは思ってもみなかったせいで、
パニックは拡大した。

豚インフルはすぐに新型インフルと言い換えられたものの、
豚インフルと騒がれたために、
この時、2001年の狂牛病騒動と同じように、
豚肉が売れない、豚肉メニューが販売中止になるといった騒動が起きた。

私は松屋で豚生姜焼き定食や豚丼を、
しょっちゅう食べていたが、
この時、豚メニューを頼む客は実に少なかった。
一部、豚肉メニューは販売中止されたりもした。

しかし本来なら、豚インフル騒動の最中、
豚肉を食べずに牛肉を食べる方が、
私はむしろ危険だと思うと当時の日記に書いた。

加熱した豚は食べても豚インフルには感染しないとされているが、
狂牛病にかかった牛肉を食べれば、
“狂牛病”に感染する恐れがあるからだ。

2003年に米国牛が危ないと騒がれたのに、
日本では米国でろくに検査もされない米国牛の輸入再開をしている。
2008年4月には吉野家の加工工場の米国産牛肉700箱中1箱から、
特定危険部位が混入していたことが発覚している。

韓国では、安全性に疑問が残る米国産牛肉の輸入再開に、
反対した大規模デモが2008年に起きているが、
日本では“危険”な米国牛はばんばん輸入され、
それに反対する目立った動きはない。
つまり豚を食べるより牛を食べる方が、
可能性として“危険”は高いといえるのだ。

しかし豚インフルから新型インフルという名称に、
報道の仕方が変わると、
国民が豚が危ないという連想が働きにくくなったせいか、
豚は平時のように買われるように戻ったのである。

●5:食の安全よりその場のムードを優先する日本人
このようにしてその場のムードで、
危ないかどうかもろくに検証せず、
牛肉、豚肉、鳥肉は危ないとか、
殺されるのはかわいそうだとか、
牛丼がなくなるから行列をなすとか、
場当たり的な感情的リアクションをしてきた日本人。

そうした反応を生み出しているのは、
他ならないマスコミの報道の仕方なわけだけど、
マスコミの報道を鵜呑みにして、
まんまとその流れに乗ってしまい、
過去、似たような問題が起きた時の経験を踏まえないから、
問題はより深刻化し、根本的解決につながらない。

政治家がブレてるだとか対応が悪いとかいうけれど、
確かに政治もブレまくっているのかもしれないけど、
そうした政治家を生んでいるのは、
まさしくその場その場でブレまくっている国民がいるから。

食の安全を徹底することと、
かわいそうな畜産家のために牛を殺さないことと、
どちらが大事なのか。

国の安全を守ることと、
かわいそうな沖縄県民や徳之島の人のために、
米軍基地を作らないことと、
どちらが大事なのか。

何が最も大事なのか優先順位をつけ、
優先順位が高いものを実現するためには、
優先順位の低いものに犠牲を伴うのは致し方がないこと。

今のニュースに感情的に反応するのではなく、
過去のニュースとその時、何が起ったのかを考えて、
ニュースに反応すべきだと思う。

やることなすこと、マスコミのムードに流され、
批判だけしたところで、問題は何も解決しない。
そういう世論のムードに流され、
政治家が世論受けするよう場当たり的な対応に変わってしまえば、
その場はしのげても問題は解決せず、
また同じような問題が数年後に形を変え、
深刻化した形で再熱するだけだと思う。


by kasakoblog | 2010-05-23 14:54 | 政治