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2011年 01月 31日

やる前からあきらめる日本人

サッカー日本代表がアジア杯、見事に優勝した。
多くの日本人がこのニュースを見て喜んだだろうが、
ただその時だけバカ騒ぎして喜んでいるのではなく、
自分事に置き換えて彼らを見習う日本人が増えれば、
日本経済は強くなり、日本社会も豊かになるのではないか。

サッカーワールドカップで、
岡田監督がベスト4を目標に掲げた際、
多くのマスコミや国民が鼻で笑った。
「バカじゃないの?そんなの無理に決まっている」
「というか予選だって突破できないんじゃない?」
「せめて決勝トーナメント出場ぐらいの目標にすれば?」

日本代表の本田圭佑選手がベスト4どころか、
「ワールドカップで優勝する」と宣言した時も、
多くの国民は彼を小バカにしたのではないか。

「バカじゃないの?そんなのできるわけがない」
「現実を知れよ」

サッカーに限った話ではない。
今の日本はやる前からあきらめている風潮がある。
自ら「そんなのできるわけない」と決めつけ、
ラクして実現できる低い目標を立てる。
だからろくに努力もせず、
チャレンジすることもなく、
「オレはどうせこんなもんだ」と、
低い目標を達成することで自己満足しながら、
低い目標しか実現できないのは、
社会のせいだとか自分には能力がないだとか、
すねてみせる。

まるでどうしようもないガキだ。

日本がアジア杯優勝することだって、
相当難しかったはずだ。
しかし彼らは優勝を目標に、
自分たちの力を信じて戦い抜いた。

その姿勢を国民一人一人が持ち合わせているだろうか?
「どうせ日本は少子高齢化でこの先、明るい未来はないし」とか、
「不景気だから売れないのは仕方がない」とか、
「自分はたいした学歴もなく、
特殊な能力もないからたいした仕事はできない」とか、
「どうせオレはモテない」とか。

バカじゃないかと思う。

ワールドカップ前のこと。
当時23歳の本田圭佑選手は、
日本代表の岡田監督が掲げるベスト4の目標について問われると
「実現できるかはわからないが、実現しようと思うことが大事。
ただ、僕自身は優勝を目指した方がいいと思っている。
出場する国すべてにチャンスがあるのだから」と言った。

まさにこの精神が日本には足りない。
実現できるかどうか結果はともかく、
自分がまず実現しようと思うことが大事。
ところが多くの人は、
大口叩いて失敗することが怖いから、
やる前から「できない」「無理だ」ということで、
自分に言い訳をつくり、逃げ道をつくっておいて、
そこそこしかがんばらない。

こうしてどんどん目標が低くなり、
実現できることが少なくなり、
ますます自分の能力は下がっていく。
悪循環だ。

あるテレビ番組の調査によると、
アジア杯でMVPにふさわしい選手は、
ゴールキーパー川島だという人が圧倒的に多かったという。

ゴールキーパー川島の、
何が何でも止めてやるんだという気迫や闘志。
それを見て感動したのなら、
自分もその心意気で人生に望めばいいじゃないか。
そういう気持ちを持って人生に望んでいる人が、
いかに少ないことか。

単にサッカーを見て、優勝したからおもしかった。
そしてまた今日から、
自分はつまらない人生を歩む。
「オレにはできない」とあきらめながら。
なんと学習能力のない態度なんだろう。

サッカーを見て何かを感じたのなら、
彼らの“強さ”を見習って、
自分自身も心の強さを持ち、
すぐにあきらめないでがんばればいい。
実現できるかどうかはともかく、
自分がやりたい最高の目標を掲げて、
ビックマウスと揶揄されようが、周囲に宣言すればいい。

他人がバカにする?
そんなバカな奴、放っておけばいいじゃないか?
そんな奴は所詮、他人を批判するだけで、
自分は何一つしないどうしようもない人間なんだから。

実現しなかったらカッコ悪い?
カッコ悪いのがイヤなら、
何が何でも実現するための努力をすればいいじゃないか?

日本中が悲観論で覆われていて、
未来がないとか希望がないとか、
私にはできないとか、そんなの無理とかいって、
社会の活力を下げまくっている。

いつまで自分は王様気取りで、
文句ばかり言って何もしないのだろう。
言い訳ばかりが上手で行動しないのだろう。

周囲が実現不可能といいながら、
サッカーの日本代表は快進撃を続けた。
それは彼らが自分からあきらめず、
自分には絶対にできると信じ込み、
それを実現するために努力をしたから。

サッカーを見た日本人の中で、
10人に1人でも「彼らを見習ってオレもがんばるぞ」
と思った人がいれば、
日本はもっと強くもっと豊かで、
もっと幸せな社会になるのではないか。

やる前からあきらめる愚か者になるな。
100の言い訳はいらない。
できる1の方法を考えろ。

まだ20代の若い選手が多い日本代表が見せた闘志を見習って、
自分自身の生活のなかで、
高い目標を掲げてがんばってみてはどうだろう?

それが政治がどうのとかいう以前の、
日本の“成長戦略”だと思う。

闘志ある国民には未来や希望があると思う。


by kasakoblog | 2011-01-31 19:38 | 生き方
2011年 01月 31日

私の書いた書評が地方紙に掲載

「ヒマラヤのドン・キホーテ」(根深誠著)について私の書評が下記地方新聞に掲載されました!
秋田さきがけ新聞、岩手日報、北日本新聞、山梨日日新聞、中国新聞、高知新聞(2010/12/19)
日本海新聞、神戸新聞(2010/12/26)
山形新聞、福井新聞、佐賀新聞(2011/1/9)
南日本新聞(2011/1/16)、山陽新聞(2011/1/17)


by kasakoblog | 2011-01-31 00:38 | お知らせ
2011年 01月 30日

アキバ・ホコ天復活もパフォーマー許さず特色なし

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死者7名を出した秋葉原無差別殺傷事件から2年7ヵ月。
先週(2011年1月23日)より6月26日までの毎週日曜日、
秋葉原の歩行者天国が試験的に再開された。
そんなわけで今日(1月30日)に、
歩行者天国となった秋葉原を実際に訪れてみた。

しかし復活したことの喜びはあまり感じられない。
なぜなら、再開した秋葉原の歩行者天国からは、
なんともいえぬ物々しい雰囲気が漂っていたからだ。
大勢の地域パトロール隊や警官が歩き回り、歩行者に目を光らせる。
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それは無差別殺人が起きないよう、
警戒しているわけではない。
歩行者天国での路上パフォーマンスを何が何でも取り締まりたいからだ。
コスプレしている人が少しでも歩行者天国に立ち止まろうものなら、
「歩行者のジャマだ」「路上パフォーマンスは禁止」
とすぐさま声をかける姿は、
無差別殺傷事件を格好の材料に、別の取り締まりを強化する、
“別件逮捕”のような嫌らしさを感じた。
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こうした問題のすりかえに敏感な若者たちが、
路上で酒を飲んで「酒を飲むことは禁止されていないだろ?」
という警官に文句を言う姿はなんともいたたまれない。
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取り締まる側も取り締まられる側も、
本質的な問題をすりかえたところで議論しているように見える。
歩行者天国の再開と厳重警備がセットになっているので、
ちぐはぐさがあまりに際立つ。
ただ先週の再開初日とは違うせいか、
警備に逆らって何かをする人はほとんどいなかった。

ちょっと“変”だなと思ったのは、
・タイガーマスクをして歩行者天国を何度も往復している人
・ガンダムの地球連邦軍の制服を着てゴミ拾いをしている人
・酒を飲んで警官にからんでいる人
ぐらい。
それも大きなトラブルはなく、そのような人は数人しかいない。
路上パフォーマンスもまったくなくなっていた。

とにかく以前と変わったのは警備やパトロールの人数は圧倒的に多いこと。
「路上パフォーマンス、物品販売、
自転車の乗り入れを禁止」のプラカードを掲げた、
地域パトロールの人たちが20人ぐらい、
それこそ歩行者のジャマになるぐらい、
歩行者天国をぐるぐるぐる歩き回っている。
警官も多い。
歩行者天国の中間地点のビル前には、
歩行者天国のマナーを見張る本部が路上に設置され、
そこで警官やパトロール隊が常駐して目を光らせていた。

歩行者天国になっているのは、
外神田5丁目交差点から万世橋交差点まで中央通りで、
わずか500mほど。
6車線もある相当広い道路なので、
歩行者があふれかえっているというほどではない。

中央通りには外国人観光客が記念撮影する姿も多く、
アキバ・ホコ天復活の写真を撮ろうとしている人も多く見受けられた。

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歩行者天国となっている中央通りの一歩裏の路地を入ると、
そこがまさしくアキバ的な感じ。
狭い路上に店先からあふれんばかりのパソコン部品を並べて、
売っている店やフィギュアショップ、
メイドカフェなどが密集している。
メイド姿の客引きもここに多くいる。
昔は中央通りや秋葉原の駅前にも多かったが、
今はこの裏手だけになってしまったようだ。

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ここを歩いているのは9割が男性。
ものすごい賑わいで人通りも多いが、
ここは時々、車も通行でき、
むしろこっちの方が危ないといった感じは受ける。

久しぶりにアキバの歩行者天国を訪れたが、
「日本のどこにでもある普通の味気ない、
歩行者天国になってしまったな」というのが感想。
取り締まり強化で“世界のアキバ”を魅力ない街にしてしまった、
その経済損出や宣伝効果減は測り知れないと私は思う。

2006年8月のアキバの歩行者天国の写真をご覧いただきたい。
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中央通には多くの路上パフォーマーがいて、
それを撮影しようと人だかりになっていた。
だからといって道路は6車線もあるので、
それが歩行者のジャマになったりしている様子はなかった。
たまたま訪れた秋葉原がこんな風になっているとは知らず、
すごくおもしろいなと思った。
路上パフォーマーたちを撮影するために、
毎週来てもおもしろいかなとも思ったほどだ。

ただその時もちょくちょく警官が来て、
立ち止まるな、撮影会はするな、歌は歌うな、
と注意して回っていた。
何のジャマにもなっていないのである。
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アキバというのは経済が停滞する日本にあって、
世界中から観光客を呼び寄せることができる、
ブランド力のある町だ。
そのブランドの一つの源泉になっているのが、
メイドであったりフィギュアであったりコスプレであったりするわけだ。

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世界中で日本発のコスプレが大ブームになっているように、
その象徴となるアキバもそれらしい街でなければならない。
にもかかわらず、過度な取り締まりにより、
どこにでもある単なる歩行者天国になってしまったなら、
なんともったいないことだろう。
せっかくのビジネスチャンスを自ら放棄しているようなものだ。
景気が慢性的に厳しい時代にもかかわらず、
なんともったいないことをしているのだろう。

無差別殺人事件が起きたのをきっかけに、
路上パフォーマンスが気に食わないと思っていた老害連中が、
これはいい理由ができたとばかりに、
治安を理由に歩行者天国をやめてしまった。
再開されたものの、無差別殺人が起きないよう、
歩行者天国の入口で手荷物検査をするわけでもなく、
金属探知機を置くわけでもなく、
ただひたすら路上パフォーマンス禁止のために、
目を光らせているだけ。
本末転倒、問題のすりかえもいいところだ。

そもそも秋葉原無差別殺傷事件は、
歩行者天国のせいで起きたわけではない。

2008年6月8日12時35分頃。
加藤智大被告は秋葉原電気街の交差点で赤信号を無視して、
横断歩道を渡る歩行者をトラックではねた後、
車を降りて持っていた刃物で歩行者を次々に刺した。

歩行者天国だったらから事件が起きたのだろうか?
じゃあこの時、歩行者天国じゃなかったら、
無差別殺傷事件は起きなかったのか?
そうではあるまい。
むしろ歩行者天国になっているおかげで、
そこにいた人たちは逃げる場所はたくさんあったのではないか。
でももし歩行者天国でなく、中央通りに車が通っていたらどうなるか?
他の車との衝突事故、人でごったがえす歩道で逃げ惑う人々。
余計、混乱がひどく、被害が広がった可能性だってある。

ようは、
路上パフォーマンスが気に食わない

秋葉原無差別殺傷事件が歩行者天国そばで起きた

それを理由に歩行者天国を禁止にすれば、
路上パフォーマンスを締め出すことができる、
という論理だけなのだ。

本当にアキバに来る買い物客や観光客の心配をするなら、
歩行者天国区域をもっと広くして、
車が入ってこれないようにするとか、
歩行者天国入口で手荷物検査をするとか、
そういうことが実効性のある対策ではないか。
今、厳しく取り締まりをしているのは、
無差別殺傷事件を警戒しているわけではないのだ。

なぜこうまでして路上パフォーマンスを敵視するのか。
それは2007年以降、路上パフォーマンスが過激になり、
一部度を過ぎるようなものが増えてきたからだという。

大音量で演奏するバンド、路上でエアガンの撃ち合いするなど、
明らかに迷惑、ジャマなパフォーマーも増えたらしい。
そして決定的な出来事となったのが、
下着を見せて写真撮影に応じる女性パフォーマンス。
治安や風紀の面で問題で、
歩行者天国をこのまま維持できないと考えていたところ、
その1カ月半後に秋葉原無差別殺傷事件が起きた。
取り締まりたい側にとっては、
絶好のタイミングで起きた事件であった。
これで堂々と歩行者天国を禁止することができると。

私が不思議に思うのは、
なぜ行き過ぎたパフォーマンスだけを取り締まることができないのか?
そんなに交通のジャマになっておらず、
コスプレ姿で撮影しているぐらい別にいいじゃないか。
それがおもしろくて日本人も外国人も人が集まってきたら、
経済効果だってあるだろうに。

勝手に路上パフォーマンスすることが気に食わないなら、
歩行者天国のところに、
パフォーマンスする簡易ステージを作ればいいじゃないか。
事前申込制などにして、
そこのみでパフォーマンスを許可する、
といったようにすれば、
観光の目玉にもなり多くの人を集めることができる。
なぜせっかく集客できる貴重なコンテンツを、
何でもかんでも自分たちの価値観では理解できないから、
取り締まろうという情けない発想にしかならないのか。

そもそもなぜ路上パフォーマンスがいけないのかも意味不明だ。
パンツを見せるパフォーマンスをする女性はいけなくて、
パンツが見えそうなミニスカートで歩く女性はいいのだろうか?
外国人観光客が日本人から見たら奇抜な衣装で、
アキバの歩行者天国で記念撮影することがよくて、
日本人がコスプレ姿を披露して、
そこにカメラマンが集まるのはいけないのだろうか?

歩行者天国では、路上パフォーマンスの禁止だけでなく、
ティッシュ、チラシの配布を禁止しており、
パトロール隊が目を光らせている一方、
秋葉原駅電気街口駅前の歩行者天国ではない場所では、
絵の展示販売の客引きが3~4人もいて、
路上でしつこく1人で歩いている男性を狙って、
しつこく勧誘活動を行っているが、
そういうのはまったくスルーだ。
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いかに建て前だけで取り締まりをやっているか。
いかに自分たちが気に食わないものだけを狙い撃ちしているか。
取り締まりのいい加減さ、恣意性が明らかだ。

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他人に迷惑をかけているという明快な基準で取り締まるならともかく、
自分たちの価値観では理解できないものは排除し、
そのために日本の経済の活性化が失われ、
就職できない若者が増え、
だからこそ秋葉原で無差別殺傷を行った加藤智大被告のような、
未来に絶望して自暴自棄になってとんでもないことをしてしまう、
犯罪者が生まれてしまうのではないか?

路上パフォーマンスぐらい許して、
適度に若者のガス抜きさせた方が、
むしろ治安にとってはいいんじゃないか。
そこまで考えているのだろうか。
何でもかんでも取り締まればいいと思う大人たちは。

秋葉原は一回死んだ街だと私は思っている。
かつて秋葉原は機械部品などが手に入る、
マニアックな街として栄えていたが、
新宿や池袋などターミナル駅の大型家電量販店に次々客を奪われ、
かつての賑わいがなくなっていた。

こうした中、大型家電量販店にはない、
“萌え系”文化が集積することで、
新たなコンテンツを発信できる街に生まれ変わった。
そのコンテンツを潰してアキバに一体何が残るのだろう。

グローバルな競争にさらされ、
日本の地盤沈下が激しい今、
日本でしかできないこと、日本企業でしかできないこと、
日本の街でしかできないこと、
こうした独自性こそが生き残っていく道のはずだ。
その独自性を薄めてしまうような、
厳重取り締まりをすることで、
つまらない街になってしまって、
世界から人を呼び込むことはできるのだろうか?

目の前の若者のパフォーマンスが気に食わない。
そんなくだらない理由で物事を判断するのではなく、
若者が将来に希望を持てるような街づくり、
海外から多くの人が訪れるような魅力的な街づくりにするために、
今、何をしたらいいのか、
考え直してもらいたいなと思う。

・アキバレポート英語版記事
"Lost animation AKiba can relive ?"
http://kasakoworld.wordpress.com/2011/01/30/akiba/


by kasakoblog | 2011-01-30 20:59 | 一般
2011年 01月 30日

10年、修業しなさい

若い人がなぜ失敗するか。
それはすぐに成功しようとするからだ。

いい企業に入ることがゴール。
だから大企業に入れないだけで、
人生の負け犬と大げさに嘆く。

会社に入ったところですぐに仕事の成績がいいわけではない。
「こんなはずじゃなかった」と、
ろくに努力もしないですぐに会社を辞める。

会社に入っても下働きばかり。
「オレはこんなことやるために会社に入ったんじゃねえ!」
そういってすぐに会社を辞める。

でもすぐに成功することなんてない。
20代の若造がすぐに簡単にできてしまうことなんて、
言ってみれば大したことじゃないってことだ。

10年、修業の身のつもりで働けばいい。
10年後、30歳過ぎぐらいに成功するために、
今、何を学び、何を得るのか、
それを真剣に考える。
大企業という看板のおかげで仕事ができ、
超分業システムで仕事全体の一部分しかできないことが、
自分にとって果たしていいことなのか?

もしかしたら超安い給料であっても、
営業も経理も事務も総務的なことも、
全部やらなければならないような中小企業の方が、
いつか自分でも独立して仕事ができるようになるかもしれない。

2001年のつぶやきかさこをブログ化する作業をしている。
今から10年前。私が26歳の頃の話だ。
当時の日記をさっと読み返しているのだが、
この時の“下積み”があるから、
今の自分があるんだなとしみじみ思う。

日記を読んでいると、毎日23時、24時頃まで仕事をし、
土日もどっちか出勤しているようだ。
大手サラ金アイフルを辞めて25歳で転職し、
編集プロダクションに入社した。
社員30名程度の中小企業である。

年収は100万円以上は下がっただろう。
勤務時間は毎日5時間以上は増えた。
風呂なしアパートに引越しして、
毎晩深夜まで働く日々。
マックの使い方すらわからず、
仕事の文章を書いたこともなく、
25歳にしてまったくの見習いとして、
懸命に働いていた様子が日記からわかる。

早く自分の好きな文章を書きたい。
早く自分の本を出版したい。
そんな焦りが日記から読み取れる。

でもそんな下積み的生活を何年も続けたからこそ、
しかもそんな毎日のなかで、
毎日更新日記を書き続けてきたこと。
それが、今、こうして自分の好きな文章を書いたり、
好きな写真を撮ったりすることが仕事になっている。

もしあの時あきらめていたら、今の自分はなかっただろう。
もしあの時、目先の安定のために、
大手サラ金アイフルに戻る道を選択していたら、
今の自分はなかっただろう。

働いていれば辛く苦しいことはいっぱいある。
ただ重要なのは、
その辛さや苦しさが自分のためになるか。
その経験が将来の自分の力になるのなら、
今は辛くてもがんばればいい。

でももし今、仕事が大変な経験が、
単なる目先の大量の仕事をこなすだけで、
将来のスキルにならないのなら、
そんな仕事や会社はとっとと辞めた方がいい。
今がいくら安定していても。

先行き不透明な時代だから、
学生は安定志向で大企業や公務員を好む。
しかし今、安定しているところに入ったところで、
将来、安定できるとは限らない。

目先の安定にとらわれて、
目先のラクな生活にとらわれて、
10年先、路頭に迷うような道を、
自ら選んでどうするのだろう。

安定とは今、ラクすることではない。
苦労するなら、苦労した分だけの力が、
自分の身につく仕事や職種や会社や業界を選べばいい。

風呂なしアパートで毎晩深夜遅くまで働いて、
焦っていた10年前の自分にこう言ってあげたい。
「あんたの選んだ道は正しかった」と。

目先の安定より将来の安定を。
将来の安定を得るには苦労は買ってでもしろ。
ただしその苦労は使い捨てのような苦労ではなく、
自分の身になる苦労かどうかを見極めて。

・・・
もし何かAmazonで買い物する方いらっしゃれば、
下記よりお願いできれば助かります。
Amazon



by kasakoblog | 2011-01-30 02:48 | 働き方
2011年 01月 29日

かさこマガジン電子版アップ&当選者発表

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ようこそ地球へ。
世界はおもしろさであふれてる。
行きたいところがあるなら今すぐ行けばいい。

今年、年賀状代わりに希望者に無料配布した、
「かさこマガジン」の電子版=PDFをWebにアップしました!
http://www.kasako.com/kasakomz1.pdf

まだ在庫はありますので欲しい方には、
住所、氏名を教えていただければ冊子現物をお送りしますが、
ネットで十分という方は電子版でお楽しみください!
(印刷も保存もできます)

そして「かさこマガジン」の読者プレゼント当選者を発表します!
表紙の写真の答えは、沖縄の竹富島!

正解者の中から下記5名の方に、
希望していただいた私の著書をプレゼントいたします。
本日アマゾンで手配しましたので、
2~3日後には届くと思います。
※ヨーロッパの街並み写真集のみ、
売れ行き好調でアマゾンに今在庫がないため、
1週間ぐらいかかる可能性があります。

・当選者
東京にお住まいのKさん「サラ金全滅」
神戸にお住まいのYさん「洋館・洋風建築」
千葉にお住まいのYさん「警察・病院・消防署・ハイパーレスキュー」
福岡にお住まいのOさん「サラ金全滅」
福島にお住まいのKさん「ヨーロッパの街並・路地裏・村」

今回の当選者5名は奇遇にも一度もお会いしたことのない方でした!
引き続き、かさこマガジンを欲しい方には郵送いたしますが、
問題の回答を発表したので、
ひとまず読者プレゼントはこれで締め切りにしたいと思います。

どこか行きたいなと思ったら、
かさこマガジンをぱらっと開いてみるなり、
かさこワールドをちらっと見てもらえたら、
うれしく思います。

かさこワールド
http://www.kasako.com/

かさこマガジン電子版
http://www.kasako.com/kasakomz1.pdf


by kasakoblog | 2011-01-29 22:06 | お知らせ
2011年 01月 29日

ご近所トラブルの恐ろしい話

ただいま過去のつぶやきかさこをブログに移行する作業をしております。
このブログは2000年の日付はないため、
2001年のつぶやきかさこから、
コピペしてブログに貼り付けて読めるようにしています。

そんな作業をしているなか、
10年前のおもしろい記事があったのでよかったら読みください。

ご近所トラブルの恐怖の話です。
http://kasakoblog.exblog.jp/14076683/


by kasakoblog | 2011-01-29 15:53
2011年 01月 29日

蒼~自分の身の丈ばかり気にしてた

自分はたいした人間じゃない。
自分は能力のない人間。
自分はこのぐらいがふさわしい。
自分にはもったいない。
自分なんかにそんなことはできない・・・。

何度となく自分を卑下する言葉を言ってきた。
だって今までそうやって生きてきたから。
自分を過小評価することを言い訳にして生きてきた。
だってそのバランス感覚が心地いいから。

だからいつも精一杯がんばってた。
自分は人より劣っているから、
誰かに与えられたゴールに向かって、
脇目もふらず突っ走ってた。
善悪の判断もせず。損得の計算もせず。

そんな不器用な生き方をしている、
健気な人間と見せていながら、
実は器用に生きてきた自分を、
すべて見透かされているようで、
恐くなって罵声を吐いて逃げた。

悔やんでも悔やんでも仕方がない。
だって自分はつまらない人間。
だって自分はくだらない人間。
自分の心の奥底に隠している、
醜い感情に気づかれることは、
わずかばかりのプライドが許せない。

いつも自分の周りに壁を張り巡らせていた。
壁がないように見せて、
誘っておいて、シャットアウトする。
周囲に愛想をふりまくことで、
自分の存在価値を高めていたけど、
一歩でも自分の心の中に入ってくる人は、
絶対に許せなかった。
人を信じていると見せかけて、人をまったく信じていなかった。
だからつきあいがいい人と見られていながら、
誰一人、心の底から許しあえる友がいなかった。

そんな自分の心の中に、
なんなくすっと入ってきた人がいて戸惑った。
はじめて心を許せる人に出会えたかもしれないという、
うれしさと恐さが同居し、心が揺れた。
今まで通り心を許してはいけないと思いながら、
すべてをさらけだして身を預けたいという衝動にかられた。

いつもその2つの相反する感情の綱引き。
信じたと思ったら遠くに行ってしまい、
信じないと思ったら隣に寄り添ってきた。

もがけばもがくほど苦しかった。
逃げようと思っても逃げられず、
でも真正面からすべてを受け止めることができず、
斜に構えてその場をやり過ごそうと懸命になっていた。

つまらない自分にはもったいない存在だと思いながら、
わずかばかりの譲れぬ誇りから、
自分に最もふさわしい存在だと自惚れてもいた。
でもそんな自惚れに気づかれることがイヤで、
冷たくあたったり、自分を卑下し続けた。

いつも精一杯がんばっていた。
でもがんばればがんばるほど空回りした。
脱線した。自暴自棄になった。暴走した。
一体どうしたらいいかわからなかった。
そしてあきらめた。逃げた。
そう、今までと同じように。
シャットダウンする。
一番それが簡単でラクな方法だから。

“その人なりが果たすべき使命”って何だろう。
私が果すべき使命って何だろう。
私が生きている意味って何だろう。
私の存在って一体、何だろう。

私は、私は、私は・・・。

私ばかりを考えすぎて、
いつのまにか冷静に状況を見極められなくなって、
自分を自分の過去という檻の中に閉じ込めて、
ただそこで一人芝居を演じているだけだった。
そこに手を差し伸べてくれた人がいたにもかかわらず、
やっぱり自由は恐かった。
不自由な檻の中で生きた方がどれだけ生きやすいか。

世界は一変して美しいものへと変わったけれど、
自分には眩しすぎて生きられないって、
またしても暗い穴の中に閉じこもる方を選んだ。

私はつまらない人間。私はたいしたことのない人間。
だから住む世界が違うのだと何度となく言い聞かせて。

いつまで自分を卑下して生きていくんだろう。
いつまで自分を不器用に見せて、
器用に生きるいやらしさから脱することができるのだろう。

自分という存在がイヤでイヤで仕方がなかったけれど、
「自分を好きになることからはじめたらいい」って、
あまりにも簡単に言い放たれて戸惑った。

そんなことはわかってる。
でもそんなことできるわけがない。
結局、今もなお、そんな言い訳を繰り返し、
まばゆい世界の舞台を自ら降り、
自分は雑草だと言い聞かせて、
暗い舞台裏へと戻っていった。

「それでいいの?」って手を振り切って、
舞台裏へと逃げたことを、
自分の性だから仕方がないと、
何度となく自分に言い聞かせて・・・。

世界はこんなにも明るく美しく、
そして素晴らしかったのに、
自分で自分の扉を閉ざした愚か者。

自分の身の丈を低く見積もって生きてきたから、
等身大の自分がわからなくなっていた。
そんな当たり前のことに気づかないまま・・・。


by kasakoblog | 2011-01-29 01:02 | 生き方
2011年 01月 28日

地獄谷は楽園だった?!

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地獄谷という物騒な地名がついていながら、
そこはサルが温泉に入る楽園であった!

というわけで長野の地獄谷温泉のサル写真をアップしました!
http://www.kasako.com/1101saru2.html

地獄谷温泉のサルについては英語ブログでも英語で紹介!
http://kasakoworld.wordpress.com/2011/01/28/jigokudani/


by kasakoblog | 2011-01-28 23:01 | 【写真】サル
2011年 01月 28日

サルも木から落ちる

韓国選手のサル真似騒動やかみつき猿の脱走など、
サルを悪いイメージに仕立て上げている人間ですが、
サルはとってもかわいいです。

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スノーモンキー写真
http://www.kasako.com/1101saru1.html


by kasakoblog | 2011-01-28 21:36 | 【写真】サル
2011年 01月 28日

英語ブログ&フェイスブック始めました!

かさこワールド、ついに海外進出!
英語ブログを立ち上げてみました。
http://kasakoworld.wordpress.com/
ずっと前から英語ホームページもしくは、
英語ブログも作れたらいいなと思いつつ、
面倒だし、そもそも労力かけたところで、
何のメリットがあるのか不明だし、
英語ブログを立ち上げる必要性も見出せなかったので、
これまで英語コンテンツ作成はスルーしてきた。

そんな私が英語ブログを始めたのは、
1つの要因だけでなくいろんな要因が絡み合ったから。

1つは、ホームページリニューアル。
リニューアルするなら、著書以外に、
読者から要望の多かった、
フォトエッセイや猫写真のポストカードを、
ネットで販売できないかなと考えていた。

販売するならそれに加えて電子書籍。
出版社を通さず、直販できる書籍を、
ホームページで販売できないかと考えていて、
いろいろ電子書籍について調べてはいたんだけど、
日本で電子書籍は当面流行らないのではないか、
ということもあって、
「だったら海外の方が電子書籍売れるんじゃないか?」と思っていて、
海外で電子書籍を売るなら、
テキストより写真だよなとか考えていた。

2つ目は、フェイスブック。
今年はフェイスブックが日本でも大ブレイクする!なんて、
映画を絶賛までして煽っているのは、
ゴールドマンサックスが出資して、
来年上場したらそこで売り抜けてボロ儲けするためだ、
とか思いながらも、
ネットツールの食わず嫌いはよくない、
とにかくやってみることが大切だと思い、
数週間前から登録はしたものの、
どうにも使い勝手というか使う目的がわからない。

というのも、単なるつぶやきはツイッターで十分だし、
日記や交流的なことならmixiで十分。
日本人でやっている人は今はそう多くなく、
実名、実顔さらすフェイスブックは、
日本の文化に馴染まないんじゃないかとか思うと、
どうにもフェイスブックでがんばる気が起きない。

ただフェイスブックは海外では大流行していて、
海外の人と仲良くなるツールなら、
ツイッターよりもmixiよりも絶対にいい。
となると海外の人と仲良くなるためのツールとして使うなら、
フェイスブックは英語でやろうかなとか考えていた。
でもそこにリンクを張る英語コンテンツがないとなと。

3つ目は、英語ブログをやっている人がいたから。
ホームページリニューアルをお願いしている、
Webディレクターの方が、
英語の勉強をかねて英語ブログをやっていると聞き、
「そっか英語でブログはじめるのもおもしろいかも」
とちらっと思い、それをきっかけに、
海外の人にも私の写真を知ってもらう宣伝ツールになるのでは、
と思った。

そんなこんな、いろんな要因が合わさった中で、
決定的だったのが、先週訪れた地獄谷のサルである。

日本人観光客はあまりいないのに、
西洋人観光客がバスツアーでわんさか訪れているのを見て、
「サルの写真を見てくれたり買ったししてくれるのは、
日本人よりも西洋人の方が圧倒的に多いんじゃないか!」と思い、
日本人写真家という地の利を活かし、
日本の写真を中心としたコンテンツを配信しようと思い、
英語ブログ立ち上げに至った。

こうした理由からの英語ブログなので、
日本のブログで英語を始めたところで、
日本人にしか見てもらえない可能性は高い。
海外のブログサービスでいいのはないかなと、
ツイッターでつぶやいたところ、
ある方が「wordpress」がいいかも、
と教えていただいたおかげで、
英語ブログができた次第です。

今、日本は「第3の開国時期」と言われている。
経済のグローバル化、ボーダレス化と、
ネットがもたらす驚異的なボーダレス化。
日本企業で公用語が英語だとか、
就職は外国人と競わなければならないとか、
あらためて英語の重要性が再認識されている。

ただ私は多くの人は英語を話す必要はないと思っている。
なぜなら日本には1億人もの人口がいて、
仮に人口が減少したとしても8000万人もいて、
日本人相手だけで十分生活が成り立つから。

あともう1つはいずれ自分で話せたり書けなくても、
すごい翻訳機が出てきて、
日本語で話しても英語や中国語などに、
変換してくれる時代はすぐそこまで来ているので、
今、必要性がないなら勉強しなくてもいいんじゃないかということ。

でも英語ができれば自分の世界は間違いなく広がる。
海外に頻繁に行かなくても、
ネットをやっていれば、
特にフェイスブックのようなツールが出てくれば、
外国人とやりとりできる機会がすぐそこにある。

そこで英語を使うことができれば、
プライベートでもビジネスでも、
可能性はぐっと広がる。

そんなわけで実験的ではありますが、
もしかしたらすぐやめるかもしれませんが、
英語ブログを始めてみました。
写真が中心ではあるので、
英語の文章が文法的にあっているかあっていないかとか、
細かいことはまったく気にせず、やってます。

もし外国人のお友達がいたら、
ぜひかさこ英語ブログをご紹介ください!
もしくはみなさんが英語慣れするために、
英語ブログを見ていただければうれしく思います。

・英語ブログ(最低週1更新予定)
http://kasakoworld.wordpress.com/

・フェイスブック(ぜひお友達に!※まだ使い方よくわかってないです)
http://www.facebook.com/kasakotaka


by kasakoblog | 2011-01-28 09:26 | お知らせ