好きを仕事にする大人塾「かさこ塾」塾長・カメライター・セルフマガジン編集者かさこのブログ

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2011年 02月 28日

実際よりプラス思考に見られている件(笑)

なんだか最近、私のイメージ像が変わってきて、
ちょっととまどいを覚えている(笑)。
それは私が、どんな苦しいことも辛いことも悲しいことも、
いとも簡単に乗り越え、逆境を逆境とも思わず、
いつも超プラス思考・ポジティブ思考で、
常に最善の結果を出しているみたいな、
ものすごい強いプラスイメージがあることだ。

いやいやそれはとってもうれしいことだし、
マイナス思考だらけだった私が、
やっと30歳を過ぎたあたりから、
プラス思考に変わってそれがいたについてきた、
ということはある。

でもなんだか読者からいただく、
最近の感想やらメールを読んでいると、
どうも私はものすごいプラス思考で、
すべて結果も出している、超強い人みたいに、
思われている節があるのではないかと気づいた。

確かに文章だけを読むとそうかもしれない。
でも書いてある文章って、
ある意味ではふがいない自分への叱咤激励も入ってる。

なんで私はこんなことでうじうじしてるんだろう。
とっとと行動すればいいのに。

そんな優柔不断で行動力が鈍る、
細かいことばかりが気になって、
神経質で小さなこともいつまでもうじうじ悩んでいる、
典型的なA型的気質がいやになる自分の性格に、
おさらばできるような暗示的要因も含まれている。

ただこの暗示効果は抜群だ。
自分で書いている日記やつぶやきの内容が、
マイナス思考やネガティブな感情に覆われているものだと、
その暗示にとらわれて、現実も暗い世界になってしまう。

一方、自分が仮にそうではなかったとしても、
多少下駄を履かせて、こんな風になれたらいいなという、
リップサービス、理想論、ビックマウス、
プラス的思考の日記を意図して書くと、
自分の気持ちがのってきて何でもできるような万能感から、
自信を持って行動することができ、
本当にその暗示によって成功してしまうという、
プラスの効果が働くのだ。

だから自分では読者から思われているほど、
プラス思考ではないと思っていても、
プラス思考の日記ばかり意図して書いていると、
いいことばかりが舞い込んでくるようになるという、
信じられないけど、こんな“おまじない”が実に効く。

出会う人が自分の映し鏡であるように、
自分が話したり書いたりする言葉は、
現実の自分の映し鏡となる。

マイナスなことばかり口にしている人には、
本当にマイナスなことばかりが降りかかってくる。
プラスなことばかり口にしている人には、
本当にプラスなことばかりが降りかかってくる。

これは能力とか意識の問題とかじゃなく、
言ってみれば呪文みたいなもの。

「きっとうまくいく」
「大丈夫。必ず成功する」

どんなにダメだと思っても、
「いや、実際には無理だよね」と思っていても、
自分にプラスの暗示をかける言葉を吐くだけで、
そんな言葉を書き込むだけで、本当にうまくいってしまうのだ。
バカじゃないのと思うかもしれないけどこれが現実。

私は妻から「何の悩みもなさそうでいいね」とよく言われる。
でも実際に私には悩みも多いし、大変なことも多い。
そう言われたその日に、実は仕事上で大きな行き違いがあり、
頭抱えるような大変な事態だった時もあった。
私にとってはものすごい大きな悩みで、
何をどうすべきなのか、ものすごく悩んでいても、
そう見えちゃうのって、
私が人に弱さを見せないっていうのはあるかもしれないけど、
それよりも何よりも普段のプラス思考イメージが強いから、
本人はすごい悩んでいる時でも、
「この人は何でもうまくいっている」みたいに思われるのかもしれない。

私はこう見えて、結構、細かなことが気になって仕方がないタイプ。
後から「相手に言い過ぎちゃったかな」とか、
「あの時こうすればよかったかな」とか、
いつまでもぐるぐるぐるぐる悩んでいるタイプ。
でもそうやったって何の解決にもならない。
いやそれどころかどんどんマイナス思考に陥っていくから、
日記で自分を叱咤激励するがごとく、
プラスの暗示をかけているんです(笑)

私は人並みに悩み、傷つき、気になり、
うじうじ考え、ラクしたいとか、後回しにしようとか、
弱い方に流されることもしばしばある。

でもただ1つ、そんなマイナス思考になった時こそ、
ウソでもいいからプラス思考の暗示をかけることを覚えたことで、
なんだか急に何でもうまくいくような、
ハッタリともいうべき“強さ”を身につけただけ。

でもハッタリって大事。
なぜならいつもハッタリしてると、
それがいつしか本当になるから。
そうハッタリがハッタリでなくなり、
本当に自信を持って強くなっちゃう。

気持ちのスイッチをうまく変えることができたら、
ネガティブになった時ほど、
「いけないいけない、ハッタリ、空元気、私はうまくいく!」
みたいな暗示の呪文を唱えるくせをつけること。

たったそれだけで悩みがあっても、
プラス思考に転換できるだけの強さが身につけられると思います。

あとは自分の好きなことやることかな。
別にそれは仕事じゃなくてもいい。趣味でいい。
好きなことやってると精神衛生上すごいよくって、
なかなかマイナス思考に陥る回数が減っていくと思うので。


by kasakoblog | 2011-02-28 23:06 | 生き方
2011年 02月 28日

36歳&毎日更新日記12年目突入!

2月28日で36歳になりました。
そしてホームページで毎日更新日記を始めて以来、丸11年になりました!
2011年で11周年!覚えやすい。

36歳って年はもう若造気取りじゃいられないんだなって思う。
なんか自分勝手なイメージだけど、35歳ぐらいまでは、
まだまだ「若造だから」って言い訳が許されるような気がする。
でも36歳って年齢的には立派な中堅。
それなりのことができて当たり前な年になったんだなーって思う。

若い時の焦りはない。
やるべきことはわかっている。
自分の好きなこと。
写真を撮り、文章を書く。
それをただひたすら地道に積み重ねていき、
それをネットにきちんとアウトプットし、
しかるべき相手にこちらから営業をかけること。
だから迷いや悩みもほとんどない。

20代の頃、後ばかり向いて、社会や時代に文句を言っていた私が、
会社を辞めて旅に出るという決断をしてからぐらいだろうか。
社会や時代に文句を言う前に、
自分が行動して好きな世界に変えていけばいいということを悟った。
ミスチルでいうなら「蘇生」の歌詞の心境。

“今度はこのさえない現実を
夢みたいに塗り替えればいいさ”

以来、10年。
25歳から30歳ぐらいまでは、
好きなことしてもなかなか結果が出なくて、
焦りや憤りも感じたりもした。
時に後ろ向きな感情に引っ張られることも多かった。

でも30歳から35歳は充実した5年間だった。
著書が15冊も出た。
いろんなメディアにも出た。
満足の5年間だった。

それで今の自分に満足しているわけではない。
むしろ写真集シリーズが次回で一段落しそうなこともあり、
電子書籍という新しい可能性が出てきたこともあり、
今までとはまた違った方法で、
形にしていく方法を模索する必要があり、
それはそれで楽しくもあり、危機感がないわけもない。

でも私の基本は変わらない。
自分が楽しいと思ったこと、興味を持ったことに突っ込み、
それを文章と写真で表現していくこと。
それに共感したり刺激を受けたりする人を、
できるだけ多く増やしていくことだけだ。
時代や技術が変わり、その手段や方法が変わろうと、
私の活動の原点に大きな影響はない。
だってそれが楽しいんだもん。

前を向いて歩いていく。
上を向いて歩いていく。
そういうポジティブ思考に切り替わってから、
随分と時が経ち、今はどんなつらいことや悩みがあっても、
それをプラスに転化する恐ろしいほどの楽観主義ともいうべき、
プラス思考を持ち合わせている自分がいる。

ただ最近、それがあまりに強すぎて、
自分はいいけど、周囲が戸惑う時があるのではないか、
というのが唯一の悩みぐらいか。

人は誰もが弱さを抱えて生きている。
誰もが強い精神力を持っているわけではない。
誰もが合理的に判断できるわけではなく、
感情の揺れ動きによって時に自分を見失ったりする。

そんな時、私のような心の強い人間が、
心の持ちようだ、後を向くな!前を向け!
といったところで、
「そんな簡単にはできないよ」という人がいっぱいいても、
それは当然のことだと思うんだけど、
ややもすると私は強すぎて、
そういう人を切り捨てかねない。

多分、それはまだ私の強さが本物じゃないから。
自分に対して強いかもしれないけど、
余裕を持った強さがあれば、
弱さを持っている人たちを強くさせていくために、
強さの押し付けでなく、
心の意識を変えていけるような、
うまいアドバイスなりができるはずだ。

昔、高校時代に私なんかとは比べようもない、
実に精神力の強い同級生がいた。
彼は絶対に信念を曲げない。
おかしなことは絶対にしない。
どんな時でも理路整然としている。

そんな彼から、私がちょっとでも弱音を見せたり、
私がちょっとラクをしようとすると、
「それは違うだろ!」と言われると、
やっぱり素直に従えない自分がいた。

「僕はあなたみたいに強くない。
そんなことができるならとっくにしている。
頭ではわかっていても行動に移すことはまた別なんだ」と。

それは言い訳に過ぎない。
自分が努力しない言い訳でもある。
でも人間ってそんなもの。
私ですら「そんなの無理」と思ったんだから、
私が「前向きになれ!」といったところで、
そう簡単に多くの人が前向きになれるわけではない。

弱き人の心がわかる。
それが本当の強さではないか。
弱き人の心を強さの押し付けではなく、
ポジティブ思考の押し売りではなく、
自然な形でのせていくことができる。
それが本当に強い人ではないか。

先日も読者の方から貴重な意見をいただいた。

正論ではあるが読者に余裕を与えないところがある。
人はいつでもポジティブになれるわけではない。

このような貴重な意見を言ってくださる読者は大変ありがたい。
私も最近、自分の「強さ」を持て余し気味なことがあって、
そのようなタイミングで指摘をしてくれたので、
気をつけなきゃいけないなと。

自分はかつてネガティブ思考のかたまりで、
後ろ向きでマイナス思考だらけだったけど、
今はポジティブでプラス思考に変われて、
それで人生とっても幸せになったから、
どこかできっと誰もができるはずだと思い込んでいる。
でもそう簡単に誰もができるわけではない。

弱い人たちがどうやったら強くなれるようになるのか。
どうやったらあきらめず、プラス思考に発想を転換できるのか。
メッセージが素晴らしくてもその伝え方を、
工夫しなくちゃいけないのが、
当面の私の課題かなとは思っています。

ただそこにはすでに1つの解があって、
多分、私の文章は強すぎるので、
(わざと強くしている面もある)
写真がいいんだと思う。
でも写真だけだとそれはそれで伝わりにくいから、
写真と言葉を組み合わせたフォトエッセイ。
それが一つの伝わる手段になるとは思ってはいます。

周囲に対して、読者に対して、
強い自分を振りかざさず、どう接していくか、
それは1つの課題として感じてはいるものの、
これからも引き続き自分に対しては、
おもしろさの“負荷”をかけていきたいと思う。

おもしろいと思ったことはどんどんやる。
11年間、日記だけ毎日更新して満足してるんじゃなく、
もっともっとまだまだいろんなことができるはず。

継続性のあるものって、ある意味すごく難しいんです。
何が難しいって続けることじゃなく、
続けている理由が何かってこと。

時として人は、続けていく理由が、
当初はおもしろいからやっていたはずなのに、
継続が義務になり、義務感から続けていることになりかねない。

義務感で続けていることなんておもしろくない。
自分がおもしろくないと感じれば、
いいものなんかできないし、
相手に伝わることなんかできない。

おもしろいから11年も続く。
今後も10年、20年続けるためには、
義務感ではなく自分がおもしろいと思うことをするのが大事。
それはいつも自分に問うている。
「それをやるのって義務感?それともおもしろいから?」って。

だからもし義務感からやっていることがあるなら、
辞める勇気も必要になるだろう。
おもしろさがなくなったら続ける意味などないのだから。

でも人は過去の慣習に捉われやすく、
今までやってきたことを辞めにくい。
でもそれが本当に自分にとってプラスになっているのか。
きちんと見極めて判断しなくてはならない。

会社を辞めて旅に出てから10年が過ぎ、
36歳になって随分いろんな経験もしてきたし、
ストックもたまってきた。

「おもしろいことをする」という初心を忘れず、
今後もネットでの発表を中心に、
読者の方に多くの気づきを与えていけたらなと思っています。

※最近、つぶやきかさこは1日1記事と限らず、
複数アップしていることもありますので、お見逃しなく!

・2/27:入試問題ネット投稿に見る時代錯誤な受験勉強
http://kasakoblog.exblog.jp/14328931/

・2/27:工場夜景ツアー開催!
http://kasakoblog.exblog.jp/14326734/

・2/26:もうこのままではダメだ
http://kasakoblog.exblog.jp/14322536/

・2/26:桃太郎神社
http://kasakoblog.exblog.jp/14321518/

・2/26:英語ブログ「fire monkey」
http://kasakoworld.wordpress.com/2011/02/26/fire-monkey/

<これまでの誕生日日記>
●2000年2月28日 25才
「つぶやきかさこ」記念すべき第1回目は、25才の誕生日です。

僕は「30」という年令を人生の中での大きな区切りと考えるのですが、
その場合に、25才というのはものすごく重要な意味を持つ年ではないか、と思います。

僕はこの25才という誕生日を機に、気合入れて頑張るぞと思っているわけですが、
そうは言ってもなかなか行動の方がついてこないのが現状で、
今何をしているかっていえば、
近くのスーパーに買い物に行ってパックのごはんを買ってきて、
帰りに地元の図書館で本を借りてきて、
家に帰るとポテトチップスをほおばりながら
「サッカー・セリエA・ユベントスVSローマ」を見て、
世界ですでに大活躍している同年代の日本人の若者を応援しているだけなんです。

●2001年2月28日 26歳
「26才・つぶやき1周年記念・かさこ内閣誕生」と題して、
「かさこ内閣総理大臣」のマニュフェストを掲載。

●2002年2月28日 27歳
僕は今日で27才になった。
うれしいことより焦りの方が先に来る。

社会や時代はひどいけど、それでも決然と地に足をつけ、
ゴールに向けてまっしぐらに歩む。
それが僕の生き方の理想形なのだなと思う。

●2003年2月28日 28歳
27才の時は「なんかやばいな」「急がねば」「焦らねば」みたいなものがあったけど、
28才に不思議と感慨はなく、30才までの通過点的意味にしか感じられない。
28才という感慨はあまりないんだけど、
それより何より、この毎日更新つぶやきかさこが
丸3年もたったのだということの意味での感慨が実に大きい。

「継続は力なり」という地味な言葉があるけど、
やっぱり3年の継続っていうのはすごいなあと思う。

毎日続けられるような情熱が続くものがあれば、人生は楽しいですよ。

●2004年2月28日 29歳
29歳の誕生日という感慨より、
2/21でかさこワールド開設以来4年が過ぎたという感慨が大きい。

思えばこんなに続くことになるとは思いもしなかったけど、
毎日ほんのちょっとずつのこのコーナーは4年も過ぎると
とんでもない量になっていることに気づき、
毎日継続することのすごさがわかる。

4年もつぶやきかさこを続けていると、
もうそれが生活の当たり前の一部になっている。
苦に感じたことはほとんどない。
むしろ自分がいいたいことをいえる楽しみの場だと思っている。
だから続けてこれたのだと思う。

●2005年2月28日 30歳&かさこワールド5周年
25歳からはじまったわけだけど、来るべき大きな「30」歳代に向けて、
僕はただひたすら「焦っていた」ように思う。

でも今、30歳ということでの焦りはあまりない
自分がやりたいこと、やるべきこと、やれることを続けいていけば、
それは必ず形になるという、ある種の自信みたいなものがついたから、
妙な焦りとか、誰かのせいにしたりとか社会のせいにしたりとかはなくなったと思う。

ただ僕は、今やるべきことをやるだけ。
昨年あたりから、私も1つのキャッチフレーズをもとに、
活動指針を展開していくことにした。

「Everything is kasako-world」

すべての活動はかさこワールドにあり。
改めて自分が持っている唯一のメディア「かさこワールド」を充実させ、
そこからさまざまな活動に派生させていこうというものだ。

●2006年2月28日 31歳
最近、若く見られて困っている。
仕事、特に編集のような仕事をしている場合、
「若そうな経験が浅い奴が来た」と思われるのは、
第一印象としては非常に損をする場合が多い。

というわけでめでたく31歳になった私だが、
相も変わらず見た目は若いのだが、
無理に年上に見せるといったことをしても仕方がないので、
私はそれより中身をより一層、磨こうと思っている。
中身の落ち着きは外見が醸し出す雰囲気にも表れるから。

●2007年2月28日 32歳
なんとかさこワールド7周年。長期海外旅行はまとめて更新だが、
7年間×365日=約2555の記事を毎日書いたことになる。
継続とは力なりとはまさにこのことだなーと思う次第である。

あと13年、45歳になるまでは、
創作活動に力を入れ、そうした観点から社会を分析し、
社会を見る目を養い、自分がまだまだ知らない多くのことを勉強し、
政治家となるべき素養をつみたいと思っている。
そして政治家になれるだけの人気を得たいと思っている。

●2008年2月28日 33歳
「継続は力なり」というと、
確かにいい言葉なんだけど、
どことなくストイックなイメージがあって、
楽しくやるというより、辛いことをひたむきにやるみたいな、
そんな風にも捉えられる言葉だと思うんだけど、
「才能とは持続する情熱である」という言葉に言い換えると、
毎日の積み重ねが楽しくもあり、力にもなるという、
非常にポジティブな感じの印象があって、気に入っている。

人生には大きく2つの生き方があると思う。
1つは、自分がどこに行きたいか目印を決めて生きること。
もう1つは、目印を決めずに生きること。

でも年を重ねていくごとに、ある程度の目印を決めた生き方に、
シフトしていかないといけないのかなと、今の時点ではそう考えている。
どこに目標を置くのか、どうなりたいのか、どうしたいのか、どこに行きたいのか、
より具体化した道標を立てながら、目印に向かって生きていくことが、
自分のしたいことがよりリアルに近づいていくんじゃないかなと。

●2009年2月28日 34歳
34歳の誕生日は、私がこれまでやってきた9年間の成果を象徴するような日だった。
カメラマン&ライターとして、ハワイで仕事をしている。

25歳で編集・ライター業界に転身した時に、
ずっと夢見てきた理想の姿だなと。

自分のなかで「こうしたい」「ああしたい」
という想い・意識って、
目の前に起こる現実を引き寄せるんです。
こわいぐらいに。
だからその想いや意識の強さが、
偶然を必然に変える力になる。

●2010年2月28日 35歳&かさこワールド10周年
みなさんもぜひ誕生日を契機に、
今までの人生を簡単な年表にして、ざっと振り返りながら、
今後どうしていきたいかを考えるとよいと思う。

自分がやりたいと思ったことはほとんど実現した。
それは安定を捨て、会社をやめて、
旅に出て、好きな業界に転身する行動をとれたから。
そのおかげでトラベルライターにもなれた。
本も出せた。写真集も出せた。テレビにも出た。

この10年の経験と実績をバネに、
さらなる飛躍を遂げるのがこの先の10年。
それが35歳から始まるんだと思う。

10年毎日書き続けられる力と、
アホみたいにいろんなところに行って、
写真を撮ってこれる力は、
他の誰にもマネできないと思う。

その力をどううまく編集し、プロデュースし、マーケティングして、
社会に貢献できる形に変えていけるか。
それが問われている10年だと思い、
今年はのっけからいつも以上に飛ばして活動をしている。

かさこワールド
http://www.kasako.com/


by kasakoblog | 2011-02-28 00:37 | 生き方
2011年 02月 27日

入試問題ネット投稿に見る時代錯誤な受験勉強

社会で求められる力とは何か?
独力で問題を解決することではなく、
あらゆる手段を使って、最速に適切な正解を導き出すことだ。

しかし今の日本の試験問題は、
記憶力重視の独力を問うものばかり。
だから勉強ができても、
社会人になって仕事力のない、
頭でっかちな人ばかりが量産されているのだろう。
これこそ経済マイナス成長戦略だ。

京都大学の大学入試の試験時間中に、
ケータイから問題が投稿され、
回答を求める書き込みが行われた。
そして試験時間中に、回答が寄せられたという。

メディアは相変わらず、投稿者を糾弾し、
投稿に使われたヤフーの知恵袋を批判する論調だ。
さらに文部科学省幹部は「入試制度の根幹を揺るがす事態」と、
調査を急がせる方針だ。

ほんと、ばっかだなと思う。
二重三重に愚か。
こんなことやってるから、
日本はルールに従うけど創造性がない、
言われたことはやれるけど、
自分から課題を見つけられない、
どうしようもない人間ばかりが量産され、
創造性豊かな人材が生まれず、
画期的な商品を開発できず、
新しいビジネスモデルを立ち上げることができず、
結果、経済が成長できずに閉塞感が充満しているのではないか。

まず糾弾されるべきは、
投稿者でもなくネットのサービスでもなく、
怠慢な試験監督官と大学の管理体制だろう。

一定のルールを守らせて競わせるのなら、
大学側が不正が行われないよう、
万全な環境を提供すべきだ。

試験中に何度もケータイ電話が使われる。
そんなことを許してしまう、怠慢な大学側が悪い。
メディアは投稿者のずるさを指摘しているが、
そんな簡単にずるをさせてしまう、
大学側の管理体制の怠慢が根本ではないか。
他の受験者に対して失礼極まりない。

ケータイを教室に持ち込ませなければいいだけの話だし、
カバンなどの持ち物も持ち込み禁止にすればいいだけの話。
ちゃんと試験官の人数増やして、
ケータイによる不正だけでなく、
カンニングなどの不正にも目を光らせるべきだ。
そのために高い受験料支払わせてるんだろうから。

にもかかわらずNHKなんかでもそうだけど、
まるでヤフー知恵袋の存在が悪いかのような報道。
他の受験者にネット投稿者への批判を語らせているが違うだろ。
怠慢な大学が悪い。

ただ根本的に私が思うのは、
このネット投稿者がこの方法で正解を導き出し、
大学に受かったとするなら、
それはそれですごい能力を持った人だと評価できると思う。

・試験中にバレないようにケータイを使う優れた技術。
・ネット投稿の回答が正しいかどうかもわからないのに、
それを信じる運の強さ。
・今回の件は複数の協力者がいると見られているが、
彼に協力してくれる人を集められる人柄のすごさ。
・ネットを使って回答を導き出す力。
・この不正がバレなかったすごさ。

これは恐るべき能力だ。
こんなすごいことできる人はいない。
だってどう考えても、この危うい賭けはどこかで破綻する。
試験中に見つかるかもしれない。
ネットの回答が間違っているかもしれない。
後から不正がバレるかもしれない。

こんなバカげたリスクを抱えるぐらいなら、
まともに勉強した方がよほど合格確率は上がると思うのだが、
このリスクを賭けてでも成功させることができたら、
それはそれで素晴らしい能力を持った人材ではないか。

どうせならいっそのこと、
ケータイもパソコンも持ち込み可にして試験すればいいじゃないか。
今、社会に求められている力って、
自分が何でも記憶していることではない。
自分一人で回答を導き出すことではない。

いかに今ある社会のツールを使って、
適切な回答を迅速に見つけるのかにあるのではないか。

ケータイやパソコンがあったって、
制限時間内に正しい解答を見つけ出すのは、
かなり困難なことだ。
よほどネットに長けていなくてはならない。
そういう能力が今、社会に求められている。

採点方法も変えればいい。
回答が合っているかではなく、
正解を導き出すためのプロセスを採点する。
どのようなネットの手段を使ったのか。
例えば、金払って塾の講師に解いてもらったとかは、
金がない場合に使えない手段だから0点とか、
ネットの掲示板を使ったとしても、
その回答が合っているかどうかを、
どうやって検証したのかで採点をつけるとか。

大学に入った後だってそう。
いい論文を書くには今やネットは欠かせない。
ウィキペディアの丸パクリとか、そういう問題じゃなく、
今やネットを使えば海外でも情報の原典にあたれる可能性がある。

今までネットがない時代は、
本で調べるとか、ウソだらけの新聞を信じるとか、
そういうメディアしかなかったわけだけど、
ネットをうまく駆使すれば、
短い時間で情報の原典にもあたることができ、
素晴らしい論文が書ける可能性もある。

そういうネット調査力が、社会人でなくても、
学生だって求められているわけだ。
だからそのような能力を問う試験方法だって、
考えようによっちゃアリだ。

昔、多くの人はよく使う電話番号は丸暗記していた。
でも今、電話番号を暗記している記憶力は、
何の評価対象にも能力にもならない。
なぜなら機械が覚えてくれるからだ。

昔は改札の切符切りは職人芸だった。
でも自動改札ができたら、
その職人芸は何の役にも立たない。
今の大学入試問題や受験勉強って、
ややもすると、自動改札がある時代に、
切符切りの能力の優劣判断しているともいえなくもない。

もちろん高度な問題を解くには、
基礎的なことは暗記しなくてはならない。
そもそも問題を解く場合でも、
ネットで調べるより自力で解いた方が早い場合はあるだろうし、
その方が間違いがないという場合もあるだろう。
だから基礎的な学力が必要なのは言うまでもない。

ただケータイメモリー機能がある時代に、
電話番号何個覚えているか答えさせて、
それで人の能力の優劣つけて、
合否を判断するって時代錯誤なんじゃないですかってこと。

機械ができることは機械にやらせればいい。
人間は機械を使いこなすこと。
さまざまな機械からどの機械を選ぶか探し出すこと。
そして機械ではでき得ないことをやること。
それが人間の“能力”ではないか。

時代が変わっているのに、
時代の変化に合わせた教育方法になっていない。
試験制度になっていない。能力診断になっていない。
だから受験勉強の能力が高くても、
社会になって役に立たない人材だとか、
学問においても独創的な研究ができないだとか、
そういうことが起きてより日本の経済を悪化させている。

立教大学の英語の入試問題では、
同じネット投稿手法により、
英文の穴埋め問題が投稿されたという。

今時、英文の穴埋め問題なんかやっているから、
英語を6年間勉強し、
さらに受験勉強してもろくに英語が話せない人材しか育たない。
これは国家としてのマイナス戦略だ。

何のために英語を勉強させるのか。
目的と手段が混合し、
穴埋め問題に優れた学生が生まれたところで、
英語がろくに話せないから、
社会人になってからわざわざ英語の勉強をし直す人が、
いっぱいいるのだろう。
これは大きな国家的経済損出といっていい。

ネット投稿を機に、ネット投稿を叩いて終わりにするのではなく、
国家の成長戦略に資する人材を育成するために、
どんな受験制度や入試問題、義務教育、大学体制がよいのか、
抜本的に考え直すべき時期に来ているのではないか。

ちなみにネット投稿が行われた京大では、
数年前から「社会常識」の授業が実施されているという。

なんかおかしくないか?
お受験勉強の前に教えるべき、問うべき知識や能力はいっぱいあるはずだ。

<お勉強ができる高学歴者なのに仕事ができない人の特徴>
・一人で仕事を抱え込み、他人に仕事をふれない
・一人で悩んでばかりで、他人に聞こうとしない
・本で勉強することが中心で、人から仕事のやり方を学ぼうとしない
・何でもかんでも一人でやろうとして、結果、仕事が遅くなる
・社内の人間や外注先を使うのが下手
・与えられた問題を解くことは早いが、自ら問題提起できない
・無難な企画は出せても斬新な企画は出せない

こういう人間が量産されているのは、今の受験勉強と無縁ではあるまい。
高度成長の頃はそれでよかったかもしれないが、
今はもうそのような時代ではないと思う。

追伸
しかし恐るべきことにこの問題で、
京都大学が警察に被害届を出したという。

ほんと大学って問題の本質をそらすのがうまい人だなと関心してしまう。
試験に不正が行われた受験生の憤りをネット投稿者にそらし、
ケータイ電源を切ることを徹底できなかった、
そういう不正した輩を見つけられなかった、
自分たちの管理の甘さを棚にあげるプロ。

試験中にケータイで問題投稿されちゃうなんて、
そんなずさんな試験体制が問題なんじゃないですか?
再発防止のために、試験中は学校側が用意した鉛筆だけしか使えず、
荷物は持ち込ませないとか、試験官増やすとか、
それがちゃんとまじめにやっている受験生の「被害」に対する、
「加害」者の責任なんじゃないのか。
ネットに投稿された俺たちは悪くないって、
その腐った根性がまじめな受験生をバカにしているとしかいいようがない。


by kasakoblog | 2011-02-27 20:47 | ネット
2011年 02月 27日

工場夜景ツアー3/26に開催!

3月26日土曜日に工場夜景ツアーを開催します!
工場写真集の著書かさこが、
とっておきのビュースポットをご案内します。

ご参加希望の方いましたら、
どうぞお気軽にメッセージください!

※特に人数制限もなく予約が必要なわけでもないので、
前日でも当日でも参加表明していただいてもOKです。

<かさこと行く工場夜景ツアー>
3月26日土曜日 18時
JR川崎駅改札出口集合
参加無料
※工場地帯までのバス代は各自でご負担ください。

<予定>
川崎駅からバスで約30分。
京浜工業地帯屈指の夜景スポットへ。
2時間程度、付近を徒歩で見学。
21時30分~22時前後に。JR川崎駅解散

<工場見学豆知識>
・付近にはコンビニがないため、
食事は軽くお済ませください。
自動販売機はそこそこあります。

・1km程度、付近を歩きますので
歩きやすい靴・服装でご参加ください。

・工場地帯は風が強い場合もあるので、
あたたかめの服装をご用意ください。

・バスの往復代以外、お金はかかりません。

というわけでご興味ある方は、
どうぞご参加ください!

ちなみに昨年は3月6日に工場夜景ツアーを実施。
その時と同じ場所を巡る予定です。

工場写真目次
http://www.kasako.com/kouzyoufotomokuzi.html


by kasakoblog | 2011-02-27 14:56 | お知らせ
2011年 02月 26日

もうこのままではダメだ

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「もう、このままでは、ダメだ」から始まる、
1月5日の彼らの重大発表を見て、
私は胸をアツくする想いでいた。

「音楽業界に構造改革を」

「CDが売れない」「音楽業界が危ない」
だから、時代のせいにしてあきらめるのではなく、
新しい方法を自分たちで考え、
それに向けて、彼らはとんでもない行動を開始した。

オープンド・アーティスト・システム(OAS)。

曲を無料配信することによって、
音楽でも収入を得られる可能性のあるネット上仕組み、
OAS構想を立ち上げ、ついに会社まで設立した。

日本の現状を嘆いて、
被害者気取りであきらめている若者が多いなか、
彼らは本気で行動を始めた。

彼らの名はメリディアンローグ。

私は彼らの行動から勇気を与えてもらった。
でもそんな彼らもこの結論に至るまで、
ものすごく苦しい時期を過ごしていた。

私の視点から見たメリディアンローグの変遷を見ていくことで、
あきらめかけた沈滞ムードの若者が、
何かを行動するきっかけになってくれたらうれしい。

・・・・・
「音楽は素晴らしいけど、
このまま売れないで終わってしまうかもしれない・・・」
2009年、2010年。
そんな風にメリディアンローグの心配をすることが何度かあった。

彼らにはじめて出会ったのは2006年12月。
私は会ったことも見たこともない、
メリディアンローグというバンドのワンマンライブに、
マイミクになっているメンバーの1人から、
mixiメールで誘いが来たので行ってみた。
私ははじめて聴く彼らの音楽のすごさに度肝を抜かれ、
そして圧倒された。

私はその場でアルバムを購入した。
これまで何度もライブ撮影をして、
インディーズバンドを見てきたが、
私がそんな行動をしたのははじめてだった。

音楽がすごいだけでなく、
2日連続のワンマンライブに、
長蛇の列ができるほどの盛況ぶり。

その後、メンバーに取材を依頼。
聞くとメジャーデビューが決まりそうだという。
そして彼らはその勢いのまま、
2008年にメジャーデビューを果したのであった。

ところが、である。
むしろメジャーデビューしたことで、
活動にいろいろな制約があるせいか、
メジャーデビュー前の活動の勢いが止まってしまったのだ。

メジャーデビュー後の彼らの楽曲やライブパフォーマンスのクオリティは、
間違いなく上がっていった。
にもかかわらずかつての勢いがない。
私ははがゆく思っていた。
きっとファンも。そして何よりメンバーも。

しかも音楽ビジネスを取り巻く環境は“悪化”の一途をたどっていた。
有名アーティストでもCDが売れない。
タイアップしても売れない。
もうビジネスモデルが崩壊してきていたのだ。

私は2009年6月12日の日記「売れたいなら無料化せよ!
でこんなことを書いている。

「もし私が音楽を職業にしたいなら、
毎月無料でシングル曲を12ヵ月連続配信し、
Youtubeなどにもアップする。
1年12曲無料で配信し、 その曲が本当に素晴らしいのなら、
翌年に有料のアルバムを出したら、売れるんじゃないか」

小出しにするようなやり方ではなく、
間口を広げてネットによる無料マーケティング手法を使うことこそ、
アーティストが生き残っていく道ではないかと。

メジャーデビュー後の活動が、
思ったほどふるわない状況が続いていたメリディアンローグだったが、
私はメンバーを信頼していた。
それは彼らが「いい音楽を作れば売れる」とは思っていないからだ。

彼らに何度となく取材や話を聞いていたが、
一貫しているのは「いい音楽を作るだけでなく、
自分たちの存在を知ってもらうための、
プロモーション=営業活動も何より重要」
という認識があったからだ。
彼らならこの“ふがいない”状況を打破しようと、
必死になって考えているはずだと思っていた。

そして彼らはついに決意した。
2011年1月5日の重大発表。

「人がCDを買わないのは当然」の時代に、
「良いアーティストが経済的にも評価される世界」
にするにはどうしたらいいか?
「オープンド・アーティスト・システム(OAS)」。
新曲の無料配信という発想を180度転換したシステムだ。

OASの詳しい内容については、
メリディアンローグのホームページをご覧いただければと思うが、
http://meridianrogue.com/pc/oas.html
ここでざっくり簡単に概要だけ説明すると、

リスナーが好きなアーティストのメルマガ登録をすると、
アーティストから毎月~数ヶ月に1度、
無料で新曲が送られてくる。

アーティストは曲を無料化することで、
ファンの数を増やしていき、
ライブの動員やグッズの販売で収入を得ていく。

さらに無料会員だけでなく、有料会員制度を作り、
有料会員には様々な特典を付与。
この有料会員の毎月の会費収入によって、
アーティストは安定的な収入を得る、
というものだ。

これは大ヒットした書籍、
「Free ~〈無料〉からお金を生みだす新戦略」 (クリス・アンダーソン著)
にも似たようなことが書いてあり、理にかなった戦略だと思う。

このOAS構想の発表は、
音楽のビジネスモデルを大転換し、
新たな音楽業界のスタンダードになる可能性がある。
メリディアンローグのこの発表は、ITmediaニュースに取り上げられ、
Yahooニュースにもmixiニュースにもなったほど大きな話題となった。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/1101/06/news080.html

メリディアンローグ自身は3月から毎月・第2火曜日に、
メルマガ登録した人に毎月、新曲を無料配信することを発表した。

100の言葉より1の行動。

行動すれば何かが起こる。
あきらめるのではなく、
文句を言うのではなく、
時代や社会のせいにするのではなく、
発想を180度転換して、
自ら行動すればきっと未来は開けると思う。

メリディアンローグの新曲が無料でもらえる登録フォーム。
次回新曲配信日は3/8です!
https://pro.form-mailer.jp/fms/d495816115054

先日、彼らの活動について、
インタビューしましたので、近日中に掲載します!


by kasakoblog | 2011-02-26 22:29 | 生き方
2011年 02月 26日

桃太郎神社

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最高の珍スポット!
愛知県犬山にある桃太郎神社の写真アップしました!
http://www.kasako.com/1102momo.html

先日のたき火サル写真アップした日本モンキーパークのすぐそばです。
ぜひ合わせていってみるとよいかと思います(笑)

日本珍スポット目次
http://www.kasako.com/japanfototop.html


by kasakoblog | 2011-02-26 20:06 | 【写真】国内
2011年 02月 26日

居心地の悪いコンビニと良いコンビニの違いとは?

コンビニの雰囲気ってなんか不思議。
普通、サービスがいい店って、
店員が元気ではきはきしていて明るい店で、
サービスが悪いと感じる店は、
店員がやる気ないとか態度が悪いとか。

でもね、コンビニって、
そのいわゆる店の良し悪し基準が、
時として逆になることがあるんです。

つまり、
店員がやる気がないコンビニの方がいいコンビニで、
店員がはりきっているコンビニは悪いコンビニという。

私が平日働いている編集プロダクションのそばには、
左手に50m行くとセブンイレブンがあり、
右手に80m行くとファミリーマートがある。

近いのはセブンイレブン。
いつも混んでいるのはセブンイレブン。
店員がはきはきちゃきちゃきしているのはセブンイレブン。
でもこのセブンイレブンに行くと、
無性に居心地が悪いと感じてしまう。
なんか「早く商品選んで出てけ!」といわれているような、
圧迫感を感じるのだ。

そんなわけで私はそのセブンイレブンには寄り付かない。
30mほど遠いけど、ファミリーマートに行く。
なぜか。

空いている。
店員のやる気がない。
そのせいか、すぐに出て行かなくていい雰囲気があり、
立ち読みもしやすいし、商品をゆっくり選びやすいような、
心地よさがあるからだ。

これはまったくの私の主観。
でも他の会社の人はきっと、
セブンイレブンの方が便利だと思っているんだよな、
と思っていたら、ある同僚がまったく同じ感想を抱いていたことに驚いた。
「あっちのセブンよりこっちのファミマの方がいやすいよね」

何なんだろう、この違い。
間違いなくセブンイレブンの方が店員がはきはきしてるのに、
そのせいか焦らされているような錯覚に捉われ、
やる気のない店員がそろっているファミマの方に心地よさを感じる。

もしこれがスーパーだったら、そうは思わないだろう。
やる気のない店員のスーパーより、
やる気のある店員のスーパーを使うはずだ。

なんかコンビニって特殊な店なのかもしれない。
物を買う場所っていうより、
ちょっと店に入って一休憩する場所というか。
だから仕事の合間に、
仕事モードのせかせかしたコンビニに行くと安らぎを感じず、
むしろだらっとした店員がいて、
オフモードな感じの方が、
無目的に立ち寄れるいこいの場みたいな感じで、
居心地がいいと感じ、結果、こっちの店で買ってしまうみたいな。

せかせかした世の中だからこそ、
現代社会のオアシスともいうべき、
コンビニぐらいはほっておいてほしいという欲求なのか。

そんなわけでやる気のない店員が多いコンビニを好んでます(笑)。
もちろん、急いで何か買う時はイラッとするのかもしれませんが。


by kasakoblog | 2011-02-26 02:26 | 一般
2011年 02月 25日

たき火にあたるサル

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愛知県犬山市の日本モンキーパークのヤクニホンザルは、
冬になるとたき火にあたることで有名です。焼きいもも食べます!

たき火にあたる&焼きイモを食べるサル写真
http://www.kasako.com/1102saru1.html

たき火にあたるサル動画
http://www.youtube.com/watch?v=6xljaVapANo


by kasakoblog | 2011-02-25 00:02 | 【写真】サル
2011年 02月 24日

留学あっせん会社が悪いのか?

誰かをヒール役に仕立てあげないと気がすまないテレビ局。
ニュージーランドの大地震で、
多くの日本人留学生の行方がわからないことから、
テレビ局は留学をあっせんした会社、
特に東京で取材しやすいのか、10人の行方不明者がいる、
留学あっせん会社を追いまわし、
ビルの前から何度も中継し、
「安否の確認はわからないのか?」とか、
「誰が行方不明になっているのか?」とか、
まるで留学あっせん会社の不備のせいで、
大地震が起きて救出が遅れているといわんばかりの報道ぶりだ。

今回のケースで、マスコミがヒール役のごとき、
留学あっせん会社を追い回す報道に何か意味があるのだろうか?
私にはとっても不思議でならない。

いち早い情報確認を会社に求めるなら、
マスコミの行動は徹夜で安否の情報を確認している、
会社のジャマをしているだけだし、
そもそも日本の留学会社を追い回している暇があったら、
テレビ局がその分、現地に取材陣を派遣し、
それで情報収集した方がよっぽど早く安否確認ができるんじゃないのか。
結局、テレビ局のやっていることは報道でもなく、
社会正義でもなく、
災害が起きたヒール役を仕立て上げているだけではないか。

こんなケースだったらマスコミの行動は理解できる。
例えば、ニュージーランドで近日中に大地震が起きると、
予測されていたにもかかわらず、
留学あっせん会社がしかるべき対応をしなかった。

例えば、エジプトのような政変が起きていて危険な状態にもかかわらず、
留学生をエジプトに派遣したとか。

もしくは数年前に北海道の夏山ツアーで事故が起きたように、
ツアーを企画した旅行会社自体に、
何か不備があったのではないかと疑われるとか。

それなら留学あっせん会社のビルの前に待ち構えて、
「どうなったんだ!」「なぜ留学させたんだ!」「早く安否を確認しろ!」
というのならわかる。
でも今回は別に特別な瑕疵があったわけではないんじゃないのか。

そもそも行方不明になっている家族の中には、
死んだわけでもないのに、
マスコミに勝手に名前や年齢や住まいを公表されたくない、
と思っている人もいる。
それをマスコミが「どういう人が行方不明になっているのか教えろ」と問い詰め、
「行方不明10人のうち8人は女性で、
20歳代が4人、30歳代が3人、40歳代が1人で、
残り2人は家族の意向で公表できない」
と報道することに一体何の意味があるのか?
一般人にとって、行方不明になった10人の、
年齢、名前、住所を知ることが重要なニュースなのか?

テレビのニュースを見ていて、
留学あっせん会社のビルの前に、
報道陣が何人も詰めかけ、会社に問い詰めるシーンを、
特にいつものことだみたいにすっと流してしまう人も多いかもしれないけど、
私にはどうにも不自然に思える。
何の公益性や情報公開の必要性から、
そのような報道の仕方をしているのか、
まったくわからない。
むしろジャマじゃないのかとしか思えない。

日本で大地震が起きたならともかく、
ニュージーランドで大地震が起きる危険性を、
誰が事前に警告しただろう?
予想外の天災が起きてしまった。
それを留学あっせん会社に責任の一端があるかのような報道手法は、
はっきりいって吐き気がする。

同じニュースを報道するなら、
現地取材に力を入れるとか、
現地で何が必要なのか報道するとか、
救出が遅れている原因を分析するとか、
そういうことが報道の使命ではないのか。

現地に住む日本人に電話掛けて様子聞くだけ。
東京だから取材しやすいのか、
留学あっせん会社のビルの前に大挙して押し寄せ、
どうせ行方不明の家族もマスコミは追い回してるんだろう。

そんな情報を視聴者が必要としているのか。
マスコミのおかしな報道の仕方が、
“普通”に見えるのが私には恐ろしい。

※この大地震でわかったもう1つのこと。
それはいかに日本の英語教育がダメかということ。
中高6年間も英語を勉強しても、
まともに英語を話せるようにならない。
だからわざわざ留学しなければならない人がこんなにもいる。


by kasakoblog | 2011-02-24 01:20 | マスコミ
2011年 02月 22日

海外に行かないから日本の良さがわからない

若者の内向き志向、保守化傾向が際立っているが、
若者の海外離れも加速している。

海外留学も海外旅行も海外で働くことも、
したくないという人が増えている傾向にあるらしい。

海外が素晴らしくて日本がダメだなんて私はまったく思わないが、
ただ海外に行かないせいで、日本の良さがわからず、
そのために国や文化や自分に誇りを持てず、
自信がない人が増えているのではないかと懸念する。

日本にいると日本の良さはわからない。
でも3~4日間でも海外に行けば、
日本の良さがすぐわかるだろう。

治安の良さ。衛生状態の良さ。
サービスの良さ。水や料理の良さ。
人の良さ。交通機関の時間の正確さなどなど。

日本にいる限り、そんなものは当たり前だと思っているから、
そのすごさに気づけない。
でも海外ではそんなものは当たり前ではない。
別にアジアなどの新興国と比べての話ではない。
アメリカに行ってもヨーロッパに行っても、
日本の社会インフラの安定性は、
世界でも比類なき素晴らしさではないか。
昨年、久しぶりにヨーロッパに行ったが、
まあいろんな面でひどかった。
ひどかったというか日本がすごいだけなのだ。

人って何かの良さを知るには、内にずっといてはダメ。
一度、外に出てみる必要がある。
会社に文句ばかり言っている人なんか、
その典型じゃないか。
他の会社を知らないから、文句だけを言う。
転職してみたらいいんです。
他の会社を知れば、今の会社の良さにはじめて気づく。

人って他と比較するものがないとその良さがわからない。
日本しか知らないから日本の良さがわからない。
海外に行ってみたらいいんです。
「やっぱり日本がいいよね」って、
海外旅行に行ってそれだけわかるだけでも、
十分な旅行の“成果”じゃないかと思う。

また、海外に行かないから、
多様な価値観を認められない、
他者の考えを認められない、
一神教みたいな若者が増えているのではないか。
頭でっかちな右傾化とでもいうか。

中国に行ったこともないのに、
ニュースだけ見て反中感情を募らせたり、
外国に対して威勢のいいことを言う政治家をリスペクトしたりする。

自国に誇りを持つことは大事だけど、
自国しか知らない人の誇りって、極めて偏狭だ。
そうした偏狭主義が独裁政権を誕生させる温床ともなり、
結果、国を滅ぼすことになる。

それは新興宗教の教祖の言うことに、
なんでもかんでも従ってしまったり、
強烈な個性を持つ企業オーナー社長の言うことに、
社員が変だと思ってもノーと言えず、
なんでもかんでもやってしまうことと似ている。
それで一時期は勢いがついても、
結果、その組織もそこに属する組織員も滅ぼすだけだ。

他を知る。外を知る。
その上で、客観的に自国なり自分の組織なり自分の良さを知る。
そこから生まれたものが真の誇りではないか。

うちにこもって傷をなめあい、
お金も時間もリスクもかけずに、
海外に行かない人が増えることは、
ますます日本の閉塞感を高めるだけになるだろう。

しかし若者の保守化とは相反して、
日本企業は今、強烈に海外進出を進めている。
だから若者なんて採用したくない、
と思う企業が多いのかもしれない。

日本企業はリスクを犯してでも積極的に、
海外に打って出る人材を探しているのに、
若者はろくに海外に行ったこともないし、
海外で活躍したいとも思わないし、
むしろずっと日本でぬくぬく現状維持で働いていればいいと思っている。
これでは企業側の求める人材とのギャップは広がるばかりで、
「そんな保守化している、
何の技術も経験もない若者なんていらねえ」
と思うのは当然かもしれない。
だって若者がベテランに勝るものって、
意欲ぐらいしかないんじゃない?
でもその意欲がないんじゃ、採用なんかする意味がない。
意欲がないんじゃ、教育のしようもないし。

もちろん時代が変わり、特にネットの登場により、
海外に行かなくても、海外の人とコミュニケーションとるのが、
容易になったことなどもあるかもしれない。
でもどうだろう?
ネットでそんなに頻繁にやりとりしているなら、
むしろ実際に行ってみたいと思うのが心情だと思うし。

その点、スポーツの世界、特にサッカーでは、
日本の若者が積極的に海外に行ってチャレンジし、
しかも結果を残している。
サッカー日本代表の若者の視聴率の高さを考えたら、
サッカー選手の活躍を見て、
「オレもがんばろう」という気持ちにならないのかなと不思議に思う。

海外に憧れて海外に行くんじゃなく、
海外に行くことで日本の良さを知る。
逆に日本の欠点も知る。海外の良さも悪さも知る。
そうやって自分の目で見た世界の“客観視”ができるようになれば、
偏狭なナショナリズムにすがったり、
自信なく怠惰に生きたりすることなく、
誇りを持って生きれるんじゃないかと思う。


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by kasakoblog | 2011-02-22 22:18 | 生き方