<   2011年 06月 ( 38 )   > この月の画像一覧


2011年 06月 29日

いかさま節電では停電になって死人が出る

人ってなんて愚かなんだろう。
原爆落とされるか、原発事故が起きなきゃ、
自分たちが行っている行為の危険性がわからないように、
未だにいかさま節電で、真剣に節電に取り組まないために、
この真夏の最中に大停電になって、
熱中症で大量に病人・死人が出ないとわからないのだろうか?

私が言っているいかさま節電とはクーラーを我慢することじゃない。
死人を出さないためにがんがんにクーラーをかけるために、
他の節電なり、クールビズを徹底することだ。

今日は関東各地で猛暑日となり、
東日本大震災以降の(つまり福島原発亡き後の)
最大電力需要になり、余力7%の危険水域になった。

暑くて死にそうで、かつ電力不足が深刻な、
こんな危機的な状況にもかかわらず、
クーラーの温度を下げろ=すなわち極端な言い方をすれば死ね、
ということばかりが連呼され、
政府主導による節電政令は一向に実施されない。

パチンコ、ゲーセン、自販機、外食店、ショップなど、
真夏のピーク時間帯は営業規制をしないと、
このままで行けば、停電になって電気が使えなくなり、
熱中症で多数の病人・死人が出ることは間違いない。
それでも「特定の営業規制は狙い撃ちで卑怯だ」なんて言っている場合なのか。
場合によっては休業補償をするなりすればいい。

それと未だにクールビズになれないアホなサラリーマンがいる。
「取引先に失礼だから」とスーツ着てネクタイ締めると、
やっぱり相手側も「暑いですよね」ってクーラーの温度下げることになり、
節電にならない。
もとからクールビズで来ればそんなに温度下げなくて済むはずだ。
停電になって熱中症になって死ぬかどうかって危機意識がないから、
普段どおり、スーツにネクタイなんておかしな格好してしまうのだろう。

それとピーク節電するのにサマータイムはまったく意味がない。
今日だって朝から暑い。朝1時間、2時間早めたところで、
何の節電にもならない。

ピークの節電するなら日本中、
13時~16時はシエスタ(昼寝)にすればいい。
クーラーだけつけて業務は一切中止。
IT機器類、照明類全部消して、昼寝すればいい。
そしたら暑くはないし、ピークの節電になるはず。
そのぐらい思い切ったことしないと、
この夏は乗り切れないんじゃないのか。

地下鉄だってこの危機的状況なのに、
あちこち電気つけまくりで驚いてしまう。
もっと消したっていいんじゃない?
ってところもいっぱいつけてる。
電車の本数減らす前に節電すべきところあるだろうに。

いやでも結局、人って愚かだから、
大事故や大失敗やそれこそ大量の死人でも出ない限り、
「そんな極端なことやる必要なんかない」
とか言われるのが関の山。
そうした「甘え」が結局は原発という存在を許し、
いかさまエコごっこ、いかさまクールビズごっこを、
今までしてきてさんざん電気使いまくっていたせいで、
放射能漏れというとんでもない大事故を起こしてしまった。

まあでもここでわあわあわめくより、
この夏、一回、暑い最中に大停電になればいい。
そして熱中症で多くの被害が出ればいい。

そうなってはじめて愚かな人間は気づく。
このままじゃいけないんだ。
どうにかしなきゃ。
意味のないサマータイムやっていても仕方がない。
このクソ暑いのにジャケット着るのはやめよう。
クーラーではなく照明とか他の電気を節電しよう、
とこうなるのではないか。

とはいえこの夏の電力供給不足は、
原発利権を何が何でも守りたい、
東電と政府と官僚と原発メーカーと原発自治体が、
わざとやっていることだけのことかもしれない。

わざと供給不足にして大停電になって、
熱中症で大量の死人が出れば、
「ほら、だから言ったでしょ?!
原発なくしておまえらの生命なんか成り立たねえんだよ」
と脱原発の流れを封じ込めるために、
わざと供給を低くして、
停電させて国民を熱中症にさせて、
痛い目にあわせれば脱原発から原発容認派が増えるんじゃないかとか。

とにかくこのクソ暑い最中、
クーラー我慢したらほんと大人でも下手したら死ぬ。
クーラー我慢するんじゃなく、
業種別営業規制の節電政令なり、
他の電気製品の節電を徹底するなり、
シエスタとかバカンスとか在宅勤務とか週休3日とか、
ワークスタイルを根本に変える仕組みを考えないと、
いつか近いうちに大量の死人が出て、
挙句の果ては原発容認という恐ろしい結論に導かれるだけだと思う。

クーラー我慢する前にやるべきことたくさんあると私は思う。

・クーラー我慢の前にやることある
http://kasakoblog.exblog.jp/14757573/

・意味なし!サマータイムごっこ
http://kasakoblog.exblog.jp/14874457/

・クーラーを使ってください!異例のお願いが連呼する?!
http://kasakoblog.exblog.jp/14818459/


by kasakoblog | 2011-06-29 22:10 | 一般
2011年 06月 28日

両親を亡くし家を流されたシングルマザーの3ヵ月

e0171573_22173360.jpg

「なんか、さみしいね」

厳しい避難所生活3ヵ月を終え、
やっと市の借上住宅に移ることができ、
母娘水入らずで食事をした時の第一声が、
この「さみしいね」という言葉だった――。

はじめの1週間は毎食のように甘い菓子パンだけしかない生活。
はじめの10日間はお風呂にも入れず、着替えもない。
そんなつらい避難所生活が終わったにもかかわらず、
麻紀子さんも、4月に中学生になった娘さんも、
「さみしい」という言葉をもらした。

「テレビでもつけようか?」
3ヵ月間ほとんど見ておらず、
必要性を感じなくなったテレビの存在意義に
はじめて気づかされた瞬間だった。

e0171573_22175230.jpg

甚大な津波被害のあった、
福島県いわき市の沿岸部の薄磯地区で、
両親と娘の4人で暮らしていた、
シングルマザーの母、鈴木麻紀子さん(39歳)。

一生忘れることのない2011.3.11。
あの大地震が起きた時、麻紀子さんは、
いわき市内の鹿島工業団地内の職場にいた。
ものすごく長く、そして大きな揺れ。
今までに体験したことのない恐ろしい揺れだったが、
まさかこの時、自宅が崩壊するほどの大津波が来て、
両親と死に別れ、3ヵ月もの避難所生活を送るとは、
夢にも思わなかった。

大きな地震の後、数度の余震があり、
尋常ならざる事態と判断した会社は、
16時過ぎに今日の業務は終了にして、
社員に帰宅するよう指示を出した。

電話は通じない。娘は?両親は?
安否が気になる麻紀子さんは一路自宅へと急いで車を走らせた。
しかし自宅のある薄磯地区へと向かう途中の道で止められたという。
「火事が起きているので近づかない方がいい」

自宅がどうなっているのか、娘や両親は無事か、
なんとか確かめるために自宅に行かなければならない。
そこで違う道から薄磯の方へと近づいた。

薄磯地区に入る手前の道から、
麻紀子さんは信じられない光景を目の当たりにした。
町が破壊つくされ、跡形もない街並みを。
「まさか津波のせいだとは思いもしなかった」と麻紀子さんはいう。
しかし目の前の廃墟と化した町並みを見て、
全身血の気がひいていくのがわかった。
娘は?両親は?自宅は?・・・・・・

自宅のある薄磯の町に立ち入れる状況にない。
目の前の光景が未だに信じられなかった。
現実なのか夢なのか定かではない心境のなか、
とにかく家族の無事を確認したい一心で、
市内の避難所を探し回った。

夜22時過ぎになって、薄磯の町から近い、
塩屋崎カントリークラブで娘と再会をした。
このカントリークラブには薄磯の人たちが多く避難していた。
娘は無事だった。
学校から家に帰る下校途中だったらしい。
あまりの大きな地震にその場で動けなくなったが、
近所のおばさんに連れられて、避難し、
津波被害の難を逃れたという。

しかし両親がいない。
娘が無事なのだからきっと両親もどこかで避難したはず、
と思いながら、津波の惨状を見てぞっとする思いだった。
寒さや余震に震えながらほとんど眠ることもできず、
3月12日を迎えた。

翌日は両親探しに奔走した。
近所の人たちに聞きまわっても消息がつかめない。
薄磯の人たちの一部が避難している、
豊間小学校へ探しにいったが、両親はいなかった。

塩屋崎カントリークラブでは電気も水も復旧しておらず、
小さな子供のいる世帯やお年寄りから、
いわき市内の平工業高校に移ることになった。
まさかこの高校の体育館で3ヵ月も暮らすことになるとは思わず・・・・・・。

平工業高校に移ってからも、両親を探す毎日に明け暮れた。
事情が事情だけに会社を休むことはできた。
各避難所を巡ってみたけど両親は一向に見つからない。
もしかしたら病院に運ばれているのではないかと病院に行ったが、
いわき市は福島原子力発電所事故による放射能漏れの危険のため、
病院には外部の人間は入れないと断られたという。

あちこち探し回ること1週間。
どこかで生きていてほしいという気持ちと、
もうだめかもしれないという想いが交錯するなか、
両親が死んでしまったと認める行動のようでいやだったが、
遺体安置所を探すことも始めた。

震災から1週間後。避難所に電話が入り、
父親らしき遺体が自宅付近の瓦礫の中から見つかったという。
床屋の仕事着を着ていたから父親に間違いなかった。
傷も少なくきれいな顔をしていた。
やっぱり死んでしまったのかという悲しい気持ちと同時に、
遺体が見つかってよかったという気持ちが入り乱れる。

父親が遺体で見つかったことで、
一緒にいたはずの母親も死んでいる可能性は、
かなり高いかもしれないと覚悟をした。
父が見つかれば母もすぐそばにいて、
きっとすぐに見つかるはずだと思ったが、
なかなか見つからなかった。

避難所に「町で遺体が見つかった」と連絡が入る度に確認していた。
そして震災から2週間後。
「男の人らしき遺体が発見されたが、
どなたか身元を確認してほしい」とのことで、現地に赴いた。
するとそれは母親だった。

瓦礫、瓦礫、車の瓦礫、母、瓦礫、車の瓦礫、瓦礫、
みたいな状態の中から発見されたという。

これでやっと両親が見つかった。
でも未だに現実感がない。
死を受け止められない気持ちもあるが、
両親が見つかったことにほっとした想いもあった。
最悪の場合、遺体すら見つからないケースだってあるのだから。
そう自分を慰めるしかなかった。

自宅は2階部分だけが残り、
しかも自宅にあった場所から50mも先に流されていた。
2階のタンスの引き出しの中にも水が入っており、
畳も盛り上がっていた。
2階まで津波が来たのだろう。

「きっと両親は津波なんか来ないと思って、
逃げなかったんだと思います。
それにうちは海沿いに一番近い通り沿いに、
あったわけではなかったですから」

幸いにして父と母のアルバムは自衛隊のおかげでいくつか見つかった。
父は70歳、母は66歳。

「娘と2人で旅行する機会が多かったので、
今度は両親も連れて旅行に行こうなんて、
そんな話も出ていたのに、叶わぬ夢になってしまいました。
もっと早くに連れていってあげればよかった・・・・・・」

両親を探し回るつらい2週間が終わった。

・・・・・
麻紀子さんは地震当時、
津波被害の自宅にいなかったことから、
自分の車が助かったので、
避難所生活でも足があるので、
両親の消息を探しに行くことができた。
しかし震災直後からガソリン不足に悩まされた。
しばらくしてガソリンの支援があったのが何よりありがたかったという。

はじめの1週間、両親が見つからないなか、
苦しめたのは菓子パン地獄だ。
このような状況のなか、食べ物があったのはありがたいことだが、
1週間、朝食も昼食もアンパンなど甘い菓子パンしかなかったという。
リアルスーパーサイズミーみたいな話。

「パンでも食パンとかなら1週間続いても、
平気だったと思いますが、
毎日甘い菓子パンばかりはかなりしんどかった・・・・・・」

甘い菓子パンが毎日続きしんどかったという話は、
ここの避難所の誰に聞いても真っ先に出てくる話だった。
いわき市が食糧確保のために、
複数の担当者がとりあえず菓子パンを、
大量に発注したことが原因だったらしい。

被災者の方々はもちろんよくわかっている。
他の地域の避難所ではろくに食べ物すらない、
厳しい状況のところもあっただろうし、
食糧があるだけありがたいと思わなければならないと。

でも自分の身に置き換えたらどうだろう?
今まで何不自由なく毎食好きなものを食べていた生活から、
突然、体育館での集団生活で、
毎日夕食以外は菓子パンだけを食べる生活を・・・・・・。
たまにおにぎりが出ると大変なご馳走に思えたという。

1週間が経ち、次第に炊き出しをしてくれる支援も増えた。
「震災から1週間が過ぎて、
はじめてあたたかい汁物が出た時ほどうれしかったことはない」

震災からはじめてお風呂に入れたのは10日後だったという。
服だってろくに着替えられなかった。
親戚の人が服をくれて大変ありがたかったという。
「洋服や化粧品の支援物資はとても助かった」

3月11日から1ヵ月が過ぎると、
避難所生活は当初に比べて飛躍的に快適になった。
炊き出しの回数が多くなり、
菓子パンでなくあたたかい食事ができる機会が増えた。
自衛隊のお風呂や公民館のお風呂など毎日入りに行けるようにもなった。
仮設トイレにも電気がつくようになった。

両親のことや流された家のこと、この先の生活など、
不安だらけで夜になると寝付けない日が多かったが、
周囲に常に人がいることで安心して眠れるようになった。
いわき市を度々襲う余震の多さにも、
他の人と一緒ならそれほど怖くはなかったという。
「地域の人がまとまって避難所にいるから安心できた」
と麻紀子さんは言う。

4月10日から会社に復帰。
非日常であったはずの避難所という集団生活が、
いつしかごく当たり前の日常に変わっていった。

自動車が無事だったこともあり、ケータイの充電は車でできた。
「避難所の体育館でも充電できたけど、
子供たちのゲーム機充電待ちがすごかったから(笑)」

避難所では体育館に毛布を敷いて寝ていたという。
はじめに支給されたのは1人につき毛布1枚。
そのうち4枚もらえたので、2枚をひいて、2枚かけて寝た。
そうやって毛布の数を増やしていきながら避難所生活を送っていた。
「だから借上住宅に移って、たたみにお布団で寝た時、
こんなにお布団って気持ちいいんだって感動した」
とうれしそうに笑った。

テレビで取り上げられるような、
話題性のある避難所でもなければ、
大きな避難所でもないせいか、
芸能人はあまり来なかったが、
いろんなスポーツ選手が来てくれたのが楽しかったという。
「元バレーボール選手の三屋裕子さんが来てくれて、
軽い運動をしたのがすごく楽しかった」
避難所生活では食べて寝る生活になりがちなだけに、
運動するというのは気持ちいいことなのかもしれない。

3月11日から1ヵ月が過ぎると、
仮設住宅や借上住宅の話がいろいろ噂で聞こえてくる。
「麻紀子さんのところは母と娘だけだから、
早く市から連絡があるんじゃないか」とも周囲に言われ、
麻紀子さん自身も期待していたが、
市から打診があったのは4月30日だった。

しかも提示されたのは1Kの部屋。
「2人で1K?」と思ったが贅沢は言ってはいられない。
しかし部屋を見に行ってやめようと思った。
1階の部屋でベランダには津波で床下浸水があった跡があったからだ。
「津波で家を流され、両親を亡くしているのに、
津波被害があるかもしれない1階の部屋には、
さすがに心情的に住めない」と断ったところ、
市の職員から脅しまがいに、
「これを断ったら、いつ次の住宅を紹介できるか、
わからないけどいいんですね?」と言われたが、
「それでもいいです」ときっぱり断ると、
なんとその1週間後に別の住宅を紹介してくれたという。

今度は津波被害の心配ない海から離れたん場所でしかも2階。
そして1回目と同じく1Kだったがロフトがついていた。
「1回目に断っておいてよかった」と麻紀子さん。

しかし5月7日に部屋が決まったものの、
日本赤十字社の支援物資、家電6点セットが、
3週間後にならないと来ないというので、
仮の住宅が決まってもあと3週間は避難所生活となった。

やっと家電が来るという日もさんざんな目にあった。
9時から17時の間に来るというので、
会社を休んで待っていたが17時を過ぎても一向に来ない。
市にかけてどうなっているか問い合わせて、
折り返し電話くださいといっても電話が来ない。
確かヤマト運輸が運んでいるはずとヤマトに電話をかけたら、
19時ぐらいになるという。
どうも被災地のドライバーが足りていないらしく、
地元の地理を知らないドライバーだったため、
配達時間が大幅に遅れていたという。

「他の被災者の方も配達日に来なかったと聞いていたから不安になった。
ただでさえ新しい家に引っ越すために、
さまざまな手続きをしなければならないのに、
平日ずっと待たされるのは時間がもったいない」

両親を亡くし、家をなくした麻紀子さんのような世帯でも、
義援金の支払いはものすごく遅いという。

「5月に市から5万円、県から5万円もらっただけ。
6月になって日本赤十字社の35万円が振り込まれるとの通知がきた。
私の場合は幸いにして、
仕事がなくならなかったからいいようなものの、
震災から2~3ヵ月も過ぎてこれだけの義援金では・・・…。
3月に家も家財道具もほとんど失い、
家電6点セットが来たところで、
他の生活用品は自分で買いそろえなければならない。

しかもこの仮の住まいは2012年3月11日まで無料だが、
その後は有料になる可能性もあるという。
今の段階から光熱費は実費、自腹で支払わなくてはならない。

「中学生の娘と私とでロフト付きとはいえ、
1Kのアパートに一生というわけにはさすがにいかない。
でも来年、有料に切り替わる時に、
地元でいい物件があるとも限らない。
この先、どうなるかが心配」

流された自宅は借地だったので、
生まれ育った薄磯に住めるかどうかはわからない。
「そもそも薄磯の沿岸の土地は国が買い上げるといった噂話も聞きます。
早くどうするのか決めてもらわないと、
今後の生活設計が立てられない」

未だに避難所での生活が夢みたいで現実感がないともいう。
「まさか自分が被災者となって、
体育館で3ヵ月寝ることになるなんてまったく思いもしなかった」
ただ3ヵ月もの避難所生活がむしろ日常になってしまったがために、
ぽつんと2人で暮らす新しい仮住まいでの生活にまだ戸惑っている。

ただ避難所となっている合宿所で話を聞いたが、
終始、明るかったのが印象的だった。
無理して明るさを振舞っているという感じもなく、悲壮感もなかった。

失ったものはあまりにも多かったが、
幸いにして麻紀子さんには、
車と仕事が無事だったことから、
娘との2人暮らしもなんとか生活設計が立てられるからかもしれない。

「時々、自宅が流された薄磯に行く度に、
今までのことが本当に現実に起きたんだなって再確認しています」

被災者でない人にとってはもう3ヵ月かもしれないが、
被災者の人にとってはまだ3ヵ月。
またこれからも新たな試練が続こうとしている。

でも途方もない試練にもかかわらず、
麻紀子さんのように前向きに明るく生きている人たちがいる。
何不自由のない恵まれた生活をしていながら、
不満や不平を数え上げ、後向きに生きている人に、
こんな境遇にあっているのもかかわらず、
力強く生きている人がいることも知ってほしいなと思う。
(2011年6月18日取材)

※こころよく取材に応じてくれて、
写真も名前も出していいよといってくれたのは、
以前、テレビの被災地報道で写ったところ、
両親の友人がもしや娘さんではと、
連絡をとってきてくれたからだそうです。

NHKにも出ています
http://www.nhk.or.jp/dengon/photo/index50.html

被災地レポート&写真
http://www.kasako.com/110311top.html


by kasakoblog | 2011-06-28 22:17 | 東日本大震災・原発
2011年 06月 28日

心の闇

e0171573_075862.jpg

東京から来た知らない人たちに、
すぐになついて好意をふりまき、
自分の味方を増やそうと、
必死になってビーズやおもちゃをくれる女の子が避難所に1人いた。

はじめは1個。
それからもう1個。
さらにもう1個・・・。
どんどん、どんどんビーズをあげていく。
自分との信頼の証を確かめたいかのように。

でもみんなに気をふりまくわりに、
特定の誰かとは仲良くならないよう、
警戒している?注意している?そんな感じもある。

他の子どもたちがみんな仲良く遊んでいるのに、
一人だけ輪に入らず、
東京から来たボランティアの大人たちばかりに、
おもちゃをあげてはまとわりついてみたりする。

何かあったのだろうか?
とても心配になる、
とても気に掛かる女の子だった。
笑顔があまりに無邪気であどけないだけに、
余計に心配になる女の子だった。

もしかしてその笑顔は、
周囲にこびをうるための笑顔で、
何かこう心の闇みたいなものがあるんじゃないかって。

写真を撮ってってせがんだ。
いっぱいいっぱい撮った。
200枚ぐらい撮った。
スライドショーにして見せたら、
「動く!」って喜んだ。

何かエネルギーがあまって、
その力を持て余してるのかなって思って、
「よし、一緒に走るか!」なんていったら、
「走らない」なんていって、
でもその辺を力を持て余し、走り回っている。

私の考え過ぎなのかもしれない。
別に単に複雑なお年頃なだけなのかもしれない。
でも彼女が明るくふるまえばふるまうほど、
何か底知れぬ闇があるんじゃないかって、
気になって仕方がなかった。

彼女の写真をプリントアウトして、
渡そうって思って再訪したけど、
見かけることはなかった。

どうしてるのかな?
また会えるかもしれないチャンスがもう1回めぐってきた。
もう1回会ったところで彼女のことは何もわからないかもしれない。

ただ彼女が存在するって証が、
写真に写し撮られている。

写真を撮るって基本的に、
その存在を肯定してあげる作業だと思っている。

そこに確かにあなたがいる。

自分自身の存在を疑っている。
自分なんかこの世にいらないんじゃないかって思っている。
自分は社会でやっかいものだと思っている。
自分は何の役に立たない人間だと思っている。

でもそうじゃないんだよって言ってあげたい。
でも言ってあげてもわからない。

だから写真を撮って肯定してあげたい。

もともとこの世に必要とされない人間なんていない。
でも自分を肯定してもらえないから、
どこかで道を踏み外し、おかしなことになってしまう。

あなたはこの世界に生きていて、
社会に必要とされる大事な存在。

そんなことを言いたくて写真を撮る。
そして見せて、写真をあげる。

自分で自分を見る機会なんてない。
しかも何十枚も。

でもね、でもね、
あなたはバーチャルな存在じゃなく、
リアルに存在している一人の人間。

そんなに無理に愛想ふりむかなくてもいいんだよ。
そんなに無理しておもちゃをあげまわらなくていいんだよ。
そんなに無理して笑顔ふりまかなくていいんだよ。

みんな、君のこと、ちゃんと見てるし、
みんな、君のこと、好きだと思ってる。

だから自分に自信がないことから、
無理に何かしなくたっていいの。

あなたはこの世に存在し、
自分の人生を幸せに楽しく生きればいい。

そんなメッセージをあなたに伝えたい。
だからあなたの写真を撮りました。

あなたの存在を肯定してあげたかったから。


by kasakoblog | 2011-06-28 00:08 | 東日本大震災・原発
2011年 06月 27日

増刷!増刷!増刷!

おかげさまで写真集が続々増刷となりました!

e0171573_2153662.jpg

1:今年4月に発売された「ヨーロッパの街並・路地裏・村」が、好評につき、早くも2刷!

e0171573_215536.jpg

2:2009年9月に発売された「城・甲冑・古戦場・武具」が2刷!

e0171573_2161355.jpg

3:2009年12月に発売された「奇観建築・王宮・産業遺産・廃墟」が2刷!

e0171573_216282.jpg

4:2007年8月に発売された「工場地帯・コンビナート」が4刷!

e0171573_2164395.jpg

5:2008年9月に発売された「洋館・洋風建築」がなんと5刷!

すでにご購入いただいたみなさま、誠にありがとうございます。
またまだ私の写真集を見たことがない方は、
わりと大きな書店で著者名で「かさこ」と検索していただくか、
絵画技法のコーナーに私が撮影した、
背景ビジュアルシリーズが置いてあると思いますので、
よかったら書店で立ち読みして、
気に入ったものがあったらご購入いただければうれしいです。

かさこプロフィール
http://www.kasako.com/profile.html


by kasakoblog | 2011-06-27 21:06 | お知らせ
2011年 06月 26日

リニア鉄道館写真

2011.3.14にオープンした名古屋の新名所、リニア鉄道館の写真です。
e0171573_222341.jpg
e0171573_2223991.jpg
e0171573_22231438.jpg
e0171573_22231956.jpg
e0171573_22232490.jpg
e0171573_22232953.jpg
e0171573_22233566.jpg
e0171573_22234056.jpg
e0171573_22234593.jpg
e0171573_22235078.jpg
e0171573_22235546.jpg
e0171573_22235973.jpg
e0171573_2224461.jpg
e0171573_2224970.jpg
e0171573_22241495.jpg
e0171573_22241885.jpg
e0171573_22242319.jpg
e0171573_22242813.jpg
e0171573_22243359.jpg
e0171573_22243878.jpg
e0171573_22244315.jpg
e0171573_22244884.jpg
e0171573_22245283.jpg
e0171573_22245691.jpg


名古屋駅からJRあおなみ線に乗って24分。
終点金城ふ頭駅下車2分のところにある新名所。
10時オープンだが30分前から大行列で驚いた。
ただ行列が長くなりがちなのは、
入場券を券売機3台でしか売ってないから。
JR名古屋駅で売るとか、ネットでも買えるとかすればいいのに。

おもしろいけど意外とそんなに広くない。
はじめに暗闇のなかに蒸気機関車、新幹線300X、リニアMLXの3台が展示されている部屋と、
そこを抜けた巨大な車両展示スペースに、
歴代新幹線ほか懐かしい在来線など39両の実物車両が展示されている以外は、
あとはシミュレーターとか鉄道模型とかそのぐらい。
もっと広大なスペースにいっぱい車両が展示されているのかと勘違いしてた。

でもそれでも39両の実物車両は見応えあり。
特に懐かしい電車がいっぱい並んでいるのがうれしい。

鉄道オタクの方はともかく、
一般の方であれば名古屋に何かいく用があって、
ちょっと時間があればついでに見るぐらいの感覚で、
ちょうどいいんじゃないかと私は思いました。

国内珍スポット
http://www.kasako.com/japanfototop.html


by kasakoblog | 2011-06-26 22:33 | 【写真】国内
2011年 06月 26日

名古屋に日帰りで行ってきた~きっかけはかさこマガジン!

e0171573_144373.jpg

土曜は名古屋日帰りしてきました!
本の打ち合わせのためです。
きっかけは、かさこマガジン!

読者のみなさんに年賀状代わりに送ったかさこマガジンですが、
残り半分は出版社への営業ツールとして使用。
ネットで出版社を調べて、
私の仕事になりそうな出版社に、
勝手にかさこマガジンと名刺を送りつける作業を何度かしてます。

それを見て気に入ってくれた一社が、ある出版社の社長。
かさこマガジンもさることながら、
そこに同封された封入分、
「作家が直販可能な電子書籍時代の中で、
出版社の存在意義とは、素材を見い出し、
読者が求めるものに調理する編集力。
編集力のある出版社の編集者を求めています」
というメッセージと、
それにさらに詳しい説明を書いた、
「作家直販可能な時代の出版社の存在意義」
http://kasakoblog.exblog.jp/14387929/
という文章を読んで気に入ってくれて、
今年に入って何度か打ち合わせをしたり意見交換をしていた。

その社長から、私向きの仕事があると紹介してくれたのが、
土曜の名古屋の日帰りの件。
詳細は発表ができる段階になったらお知らせしますが、
名古屋(正確には岐阜)の方と私とで一緒に仕事をするかもしれないということで、
一緒に名古屋に行くことに。

さすがは人の適性を見る目がある社長。
私もこんなメッセージを伝えていきたい!
と思っていたことを私とは違った表現手段で、
活動を行っている方で、
私には共感できることばかりで、
ぜひとも一緒にお仕事して、
いい形に仕上げていくお手伝いをしていきたいと思った。

人の縁ってほんと不思議。
類は友を呼ぶというか、
人の出会いってなんか似たような志向の人ばかり出会う。

無意識なのか意識なのかはさておき、
人って感覚で出会う人をすごく選別している。
出会う人って自分の映し鏡。
おもしろいことしたいなと思っている人は、
同じようにおもしろいことしたいなと思っている人に出会うし、
変な人ばかりに声かけられる人って、
やっぱり自分自身が変な人なんだろうし、
自分と出会う人って、
どこか同じ雰囲気というか志向を持っているんだと思う。

そんなわけでその出版社の社長は海外旅行好きで、
特にヨーロッパが好きと言うことで、
帰りの新幹線はずっと旅の話ばかりしていたり、
名古屋の方とは私的にはすごく志向が似ていて、
経歴も会社勤めからクリエイターに転身した方で、
なんか私と似ている点が多いなと思っていたり、
またそこに協力してくれるもう一方も、
これまたすごくおもしろい人で、
偶然の出会いなんだけど、でもやっぱり、
みんな自分が必要とする人、必要とされる人を、
必然のごとく集めているという縁っていうのをすごく感じた。

でもそういういい縁が多いか多くないかって、
前向きで行動的であるかどうかに尽きるんだと思う。
ここで出会った4人の共通項って、
みんな好奇心旺盛で、
自分が何をしたいかはっきり目的意識を持っていて、
それを仕事という形にしていき、
自分のためにも人のためにもなりたいって志向を持っていて、
そのためのいろいろと積極的に行動している。
だからお互いに必要としている人に出会えるんだと思う。

出会いは自分次第。
出会いは自分の映し鏡。
目的意識とやりたいことをはっきりさせて、
いろんな人に話しまくってその実現のために動き回っていれば、
きっとその夢を実現してくれる人に出会えると思います。

※写真は岐阜での打ち合わせ前に、
せっかく名古屋に行くのならと、
今年3月にオープンしたばかりのリニア鉄道館の写真です。

※かさこマガジンの在庫残り200部切りました!
まだもらっていない方で欲しい方は、
送り先の郵便番号、住所、お名前をお送りください。
kasakotaka@hotmail.com


by kasakoblog | 2011-06-26 01:44 | 生き方
2011年 06月 25日

出かける前にツイッターで電車の運行をチェックせよ!

電車の詳細運行状況の確認するならツイッターを見るのがいい!

140字以内の発言しかできないミニブログ「ツイッター」で、
自分の行動をつぶやいたところで何の意味があるかわからないし、
他の人のつぶやきなんか見たところでおもしろくないから、
流行っているからやってみたけど、
使い方がわからずやめてしまうという人も多いと思うが、
万人に使える有用な使い方がある。
電車の運行状況確認だ。

先日は京浜東北線が大混乱。
その影響で山手線や振替輸送した私鉄各線も混乱し、
運行遅延、駅入場制限など、
各所で甚大な“被害”があったようだ。

出かける前に何の運行情報もチェックせず、
駅に向かって通常通り会社に行こうと思ったら、
この大混乱に巻き込まれ、ただでさえ通勤電車は疲れるのに、
大混雑のなか普段の何倍もの時間をかけて、
やっとこたどり着いたところで、
もはや会社に行く前に疲れ果てて、
1日仕事のやる気をなくすといったことにもなりかねない。

(実際に「今日の京浜東北線の遅れで、
今日1日のHP(体力)を使い果たした!」とつぶやいている人もいた)

そんなことになるのはみんなイヤなわけです。
しかも大混乱の時に行くより、
ちょっと時間をずらして行っても、
到着時間はあまり変わらなかったなんてオチもある。
そこでインターネットの登場以来、
賢い人は事前にインターネットで運行情報をチェックし、
遅延しているかどうか確認してから出かける、
という人も多いと思う。

ところが鉄道会社の運行情報って詳細がまったくわからない。
30分ぐらい前の更新情報で
「蒲田~大森間の人身事故のため、
京浜東北線は上下線で遅れが出ています」
ぐらいしか書いていなくって、
なんだ遅れているけど動いているのかと駅に向かったら、
電車がぜんぜん来ないし、乗ったはいいけど、
各駅で何分も停車しろくに動かないみたいな。

これを解決する方法がツイッターなのである。
ツイッターで「京浜東北線」と検索して、
つぶやきを見ればいろんな人の、
現地からのリアルタイムな情報がどんどんアップされていく。

「大森から20分たっても蒲田に着かない 5分前」
「京浜東北線人身事故のため止まってます。缶詰状態 10分前」
「京浜東北線遅れのため駅は入場制限で大混雑 15分前」
「蒲田から大森に行くまで30分以上かかった 20分前」
「振替で京急に乗ったけど、こちらも激混み&遅延 25分前」

これを見れば今、どうなっているかが詳細にわかる。
鉄道会社の運行情報ではわかりえない、
リアルタイムの状況がわかるので、
「まだ駅に向かってもダメだな」
「もうちょっと時間をずらした方がいいかも」
といった判断ができるのだ。

遅れている電車のところに突っ込んだところで、
不快な思いをするだけで何もできない。
ならば状況確認して付近のコーヒーショップで待機するなり、
家で待機するなりして他の用事を済ますとか本を読むとかすればいい。
別に駅に行かなくてもツイッターを時々チェックすれば、
今どうなっているかわかるわけだし。

逆に運悪く突っ込んでしまった人は、
これ以上、人が突っ込んできてさらに遅れを招かないために、
現状の運行情報をつぶやいてもらえれば、
他の人にとっても自分にとってもためになる。
運行情報のつぶやきは非常に有用なのだ。
他の人から感謝されるだろうし、
遅れているうっぷんをつぶやくことで、
多少は自分の気分を和らげることができる。

そんなわけで出かける前に、
運行情報をツイッターでチェックする、
というくせをつけるといいと思います。

かさこツイッター
http://twitter.com/kasakoworld
お気軽にフォローください。フォロー返しいたします


by kasakoblog | 2011-06-25 00:45 | ネット
2011年 06月 24日

世界の国家が次々と破綻するかも

日本は震災、原発一色で、
世界なんかを考える余裕がなかった、
この3ヵ月だとは思うが、
実はまた世界経済がきなくさくなり始めており、
「日本経済は震災でダメージを受けたけど、
世界経済は安泰だから日本も回復する」
というシナリオが揺らぎ始め、
リーマンショックまではいかないまでも、
またしても世界同時不況が訪れようとしている。

まず予想に反してずっこけたのがアメリカ。
所詮まだまだ世界はアメリカ経済頼みなのだが、
アメリカ経済があんまりおもわしくない。

さらにアメリカの財政問題も深刻だ。
アメリカが世界中にばらまいている借金の借用書=米国債だが、
格付け機関が先進国で最悪水準の債務に警鐘をならすため、
米国債の格付けを引き下げる可能性に言及したという。
米国債が暴落すれば、米国債をたんまりもっている、
日本や中国はじめ、世界中の国家の資産が減少することになる。

ヨーロッパは相変わらずどうしようもない。
ギリシャ、アイルランド、ポルトガル、スペインなどの、
財政問題が足を引っ張っており、
特にギリシャはもう国家財政破綻目前だ。

国が借金を払えず、自己破産してしまうようなもの。
国民は国家破綻による銀行の取り付け騒ぎに備え、
銀行預金を全額引き出し金貨を購入する動きが活発化しているという。

ギリシャだけ破綻してくれればいいものの、
ユーロという一体地域になってしまったため、
その悪影響をユーロ各国が受けてしまう可能性がある。
場合によってはユーロ崩壊なんて可能性も出てきた。

最期の頼みは新興国。特に中国。
しかしながら相変わらず不動産バブルなどがひどいらしく、
バブル崩壊に伴うショックがある可能性が高い。
特に中国人はギャンブル好きな性格から、
不動産や株への投資は積極的な国民なので、
市場が暴落すると実体経済にも影響がある。

新興国で注目されているブラジルもバブルとインフレで、
過熱した経済が一度クラッシュする可能性が高い。

そして日本はただでさえ弱いというのに、
震災と原発のダブルパンチでどうにもならない感じだ。

そんなわけで世界全部がダメ。
というか世界はもはやグローバル化になってしまったため、
ドミノ倒しのようにどこかがおかしくなると、
みんなおかしくなる可能性がある。

あちことに火種がある状況で、
世界経済一斉ドミノ倒しが訪れ、
もしかしたら資本主義経済の仕組みが揺らぐほどのショックが、
(ユーロ崩壊、米国債デフォルトなど)
震災と原発で大変な日本に追い討ちをかけようとしている。

一応、世界経済ではそんなあやしげな雲行きであることを、
どこか頭の片隅においておくとよいと思う。
もしかしたらまたリーマンショックのように、
なんちゃらショックだと大騒ぎする日が近いかもしれない。


by kasakoblog | 2011-06-24 01:03 | 金融・経済・投資
2011年 06月 23日

福島原発20km地点の検問エリアまで行ってきた

e0171573_1482684.jpg

今、一般人が福島原発に近づける限界地点、
原発から20km地点にある福島県広野町のJヴィレッジまで、
日曜日に行ってきた。

まずいわき市の中心部から久ノ浜まで。
福島県いわき市の避難所から約30分、車で北に行くと、
津波被害で壊滅的な被害が未だに残る久ノ浜という地域がある。
ここまでは常磐線が動いている。
セブンイレブンも営業している。
ここまでは車通りはそこそこある。
ここまではボランティアもいる。

この久ノ浜で地元の人たちの交流のために、
健気に営業を続けている酒屋さんの家族写真を私が撮影したのが、
2011.5.15のこと。

地元の人を勇気づける素晴らしい行動に感動しながらも、
こんな原発の近くで営業していて大丈夫なのだろうかと不安に思った。
そこで1ヵ月後の2011.6.19。
放射線量測定器・ガイガーカウンターを持って、
久ノ浜を再び訪れた。
e0171573_1484894.jpg

1カ月前よりだいぶ瓦礫は片付いていた。
とはいえいわき市ではまだまだひどい方。
大気中は0.20~0.30マイクロシーベルト。
原発から近いにもかかわらず意外と低い。
この値なら東京や千葉のホットスポットと同じぐらいだろう。

瓦礫に近づけて図ってみたが、
ベニア板の残骸で0.50マイクロシーベルトを記録したのが最高だった。
近いけど、意外と低い。

酒屋さんに顔を出したら、
撮影して送った写真が店頭に早速飾ってくれていてうれしかった。

というわけで久ノ浜から福島原発20km地点で、
これ以上は立ち入れない検問エリアのJヴィレッジまで、
車で約15分程度か。
e0171573_14935.jpg

ぐっと車の通行量が減る。
そして皮肉にも町が少なくのどかな緑の風景が広がる。
しかしそこですれ違ったのはテレビでよく見る映像。
白い防護服に身をまとった集団が乗るバスと何度かすれ違った。
e0171573_1492989.jpg

次第に見えてくるどでかい煙突は、
福島原発ではなく東京電力の広野火力発電所。
発電所の煙突を横目に見ながら、
ついに検問エリアに到達する。

異常な警戒ぶりで2人の警察官が寄ってくる。
「ここで引き返せばいいんですよね」
といって引き返す。
すぐそばで車を止めて、
立入禁止手前のスポーツ施設・Jヴィレッジの入口まで、
歩いていこうとする。

Jヴィレッジは、東京電力が危険な原発を建てた、
事前賠償金ともいうべき見舞金として、
130億円も出して寄贈した施設。
こうした金で地元の人たちを買収し、
原発を建てさせたわけだ。
運営会社の社長や福島県知事。副社長は東電副社長。
こうして原発という嫌悪施設の代償に、
自治体と電力会社が一体となって、
ハコモノ・バラマキをすることで、
危険な原発を喜んで誘致させるように仕向けてきた。

そんなJヴィレッジはいまや、
福島原発対策基地の最前線拠点ともいうべき場所。
ここに戻ってくれば「とりあえず安全」ということで、
ここから20km圏内に入っては戻り、
高い放射線を浴びた車を洗浄するといったことや、
家の荷物を取りに戻す“白装束”集団のバスの出発地ともなっている。

20km圏内の立入禁止ではなく、
その手前のJヴィレッジに行こうとしたら、
あわててまた2人、警官が飛んできた。
「Jヴィレッジの入口だけ一目みたい」というと、
名刺と免許証を出せという。
「なぜ立入禁止エリアに無断立入するわけでもないのに、
免許証を見せなきゃならないんだ」なんていいながら、
あんまり逆らってJヴィレッジが見れないのもいやなので、
個人名刺を差し出し、免許証を差し出そうとした時、
警官と私は敵対関係から一瞬、“同士”となったのであった。

「あれ?神奈川県警さん?!こんなところまでご苦労様です」
「あれ?横浜の鶴見から来たの?私、川崎なんですよ。
すいませんね~、免許証見るのが決まりなもんで」
と態度が一変して優しく接してくれた。
原発20km地点で地元の人に会うとは思わず、
お互いほっと心がなこんだのだ。

「この辺は放射線量高いから気をつけてくださいね」
と神奈川県警の人は声をかけてくれた。

Jヴィレッジ入口までの坂道で、ガイガーカウンターを取り出し、
放射線量を測る。
e0171573_1495482.jpg

0.90マイクロシーベルトから歩いていると次第に、
1.00、1.10、1.20、1.30、1.40まで上がった。
確かに高い。
私は家で毎日図っているが、
0.08~0.20ぐらい。
いわき市でも0.20~0.40ぐらい。
1を超えるなんてはじめて見たと思ったが、
ただ皮肉なことに原発20km地点にしては、
南にあるせいか多分そんなに高くない。
むしろ原発から遠く離れた福島市内や郡山市内の方が、
Jヴィレッジより高いはずだ。

放射線量は同じ場所でも高さや場所によってぜんぜん数字が違うので、
特に高いのではないかと思った、
草むらなどを図ってみたが1.10~1.30程度で、
ものすごい高い値は見られなかった。
e0171573_1502859.jpg

Jヴィレッジのそばまで行って1枚写真を撮影し、帰ってきた。

それにしても不思議な感覚だった。
ガイガーカウンターを持っていなければ、
何の異常もないのどかな風景に過ぎないにもかかわらず、
こんなど田舎に130億円も突っ込んで、
豪華なスポーツ施設を作るあたり、
いかに原発が危険であるかということが、
前々からわかっていたということなのだろう。

そして20km圏内は立入禁止でも、
そこから車で30分も行けば、
東京と同じように普通に暮らしている町があるのだから。

だからこそ恐ろしい。
脅威が見えない。
害悪はすぐには出ない。

見えない敵に太刀打ちできないが、
唯一、判断材料となるのがガイガーカウンター。
まだまだ今後も福島原発のトラブルや風向きなどにより、
遠くの首都圏でも高い放射線量を記録する可能性も高い。

パニックが起きて手に入らなくなる前に、
今のうちにガイガーカウンターを買っておいた方がいいかもしれない。
※値段はぴんきりだが、私は中国製の5万円のをアマゾンで買った。
http://amzn.to/j1tQnS

・久ノ浜の酒屋さんの家族写真
http://kasakoblog.exblog.jp/14795785/


by kasakoblog | 2011-06-23 01:50 | 東日本大震災・原発
2011年 06月 22日

「被災者がボランティアをレイプ」なんて事件を起こさないために~被災者への同情と勘違い

ボランティアが被災者にどう接するべきなのかって、
すごく難しい問題だと思う。
そんなことを感じた出来事を現地での取材から1つ。

私が取材に訪れた福島県いわき市の避難所は、
6月19日で閉鎖となり、一時期260名いた避難者は、
すべて仮設住宅なり借上住宅なり親戚の家なりに住むことができた。

しかしそれで単純には喜べない。
2~3ヵ月にも及ぶ長い集団生活が終わり、
急にぽつんと1人で取り残され、
家も仕事も家族もいない状況のなか、
現実の生活に直面することになり、
今まで以上に不安を抱えることになるからだ。
自殺者が出てもおかしくはない状況だ。

そうしたなか、避難所後の被災者支援が重要であるとの認識は広がりつつあり、
ボランティアの支援形態も変わりつつある。
避難所で集団を相手に何かを行うのではなく、
個別宅を訪問し、不安や悩みを聞いてあげる、
といった支援も必要になる。

特に単身の人はあやうい。
避難所から借上住宅に移った、
一人身の60歳の男性もその一人。
さみしいのか、いつでもみんなが遊びに来れるようにと、
「タモ網を吊るしているところがおいらの家だから!」
とみんなにわかるようにベランダに網を吊るし、
家に一人でいる時はみんなが遊びに来やすいよう、
窓もドアも開けっぱなしにしているのだという。

また8畳1間の1Kで狭い部屋内に、
人が来ても座れる場所があるようにと、
窓側に置いた家具をよけて、
自分が座る両脇にタンスを置き、
スペースを開けたという。

先日、合同葬儀の後、
私と女性ボランティアで、その方をアパートまで送っていった。
「10分ぐらい寄ってくべ」と言われて、
家にお邪魔すると、とめどなく話が続き、
2時間ぐらいはそこにいることになった。
よっぽど寂しいのだろう。

彼の家を出た後、独身30代の女性ボランティアの方と、
「やっぱりすごい寂しいんだね」って話をしていると、
彼女がこうつぶやいた。
「寂しいだろうから時々、家に遊びに行ってあげようかな」

「でも他のボランティアの一緒に行くのはともかく、
一人で家に遊びに行くのはまずいんじゃない?」
と私が言うと彼女はきょとんとした様子でこう切り替えしてきた。
「えっ、なんで、一人で行っちゃいけないの?」

相手は一人やもめの60歳の独身男性。
避難所生活でいつも以上に寂しさが倍加している。
今、誰かいればわらをもすがりたい気持ちだろう。
人肌ふれたいって気持ちもある。
単純に性欲がたまっていたっておかしくはない。

そこに「ボランティア」とはいえ、
いくらなんでも独身の若い女性が一人で遊びに行くのは、
相手を勘違いさせ、あらぬ間違いを起こす原因になるのではないか。
行くのなら複数人で行くべきではないかと話すと、
「いや、でも相手は60歳のおじいちゃんだから大丈夫じゃない?」
というので、今の認識は60歳の男性すべてを敵に回したのではないか、
なんて思いつつ、
「今の60歳は若いし、そもそも年齢の問題じゃなく、
独身男性の家に若い独身女性がのこのこ一人で遊びに行くのは、
その気がないならボランティアとはいえマナー違反じゃないの?」と話した。

そう私が思ったのは彼の話から、
女性を意識する発言が相次いでいたからだ。
「若い女性の隣に座ったのなんて何年ぶりかな」とか、
「若い女性が来た時はドアあけるのがマナーだから」といって、
クーラーかけているのに玄関のドアを開けていたりしたのを見て、
相当女性恋しいんだろうし、相当たまってんのかなと思った。

しかも家で仕事もないから、ぐびぐび酒を飲んでいる。
「おいらと結婚してオーストラリア旅行に行こう!」
なんて言葉もかけていた。
酒の勢いにまかせた冗談とはいえ、
やっぱり一人身じゃ寂しいし、
そこに親身になって話を聞いてくれる若い女性がいれば、
欲望を感じない方が不自然とさえいえる。

さらにこれはあまり良くないのではないか、
と思ったのは彼女がその男性と、
個人的に携帯電話番号を交換しあってしまったことだ。
ボランティアの立場として、あなたを支援しますというスタンスなら、
きちんと所属しているボランティアの名刺を出せば、
相手もボランティアとして構ってくれるということは理解できるだろうが、
個人的に女性の方から電話番号を交換してしまえば、
女性の方は「ボランティアとしてかわいそうな被災者を助けてあげる」
という感覚でいるのかもしれないが、
被災者からすれば「ボランティアとしてでなく、
個人的につきあってくれるのかな」と勘違いしても仕方がない。

そんな状況でのこのこ1人で女性が行けば、間違いが起こる可能性はあるだろう。
もしそんな事件が起きて、
「被災者がボランティアをレイプ!」なんてニュースになったら、
大々的に世間の注目を集め、大変な騒ぎになるだろう。
被災者支援のはずが被災者を犯罪者に誘発する行為にすらなりかねない。

ある避難所支援の東京の男性ボランティアは、
被災者から乞われてアダルトDVDを配布しているという。
「やっぱり長い避難所生活だから、たまるもんはたまるし、
意外とこうした支援物資のニーズって高いんです」と。

しかし一部のボランティアは被災者に対して、
どこにでもいる欲望もある人間として接するのではなく、
「とってもかわいそうな人」という同情心で接してしまう。
いやもっと言えば「上から目線」で見てしまう。

とってもかわいそうな、無力な何もできない人だから、
何かしてあげなくちゃいけない。
その想いが日常でのあるべき線引きを超えて、
一歩踏み込んだことまでしてしまう。
しかし被災者は別にそんな風には思わない。
なぜならたまたま今回震災にあって家や仕事をなくしただけで、
別にそれまでは若いボランティアなんかより、
いい生活をしていた「上」の人なのだから、
ボランティアから下に見られるという意識はない。
その意識のギャップに間違いや傷つきが起きるのだろう。

先日、NHK教育テレビで被災地ボランティアの特集をやっていた。
神戸で自らも被災し、今回の震災では、
避難所に泊りこんで運営支援を行っている肝っ玉かあさんみたいな人が、
初めて来る若い女性ボランティアにこう諭すシーンがあった。

「あんたら、被災者をかわいそうとか下に見たら絶対にあかんで。
今回はたまたま震災にあい、被災者はみすぼらしい服装して、
食事を恵んでもらう立場にあるけどな、
震災が起きる前は若いあんたらなんかより資産もあるし、
いい生活していたんや。
だからな、年下でろくに金もないあんたらに、
本当は恵んでなんかもらいたくないって気持ちもプライドもあるはず。
そこに本来、立場が下であるはずの人間が、
かわいそうだから助けてあげますって態度とられたら、
ムカッとくることもあるんやで」

なるほどなと思った。
確かに言われてみればそうだ。

しかしどうしてもボランティアはこう考えてしまう。
「被災者はは家もなく仕事もなくかわいそうな人」
「そんなかわいそうな人がいるのに、
私は東京で何不自由なく暮らしていてはいけない」
「かわいそうな彼らに何かしてあげなくては」

そういう焦った想いが、人と人とのつきあいのマナーを忘れ、
一人で家に遊びに行ってしまうような行動をしてしまうのだろう。

避難所を出た後の被災者支援は重要だ。
しかしボランティアはボランティアでしかない。
所詮、遠くからたまに来るだけの、外部の人間でしかない。
もちろんそういう人たちが、
いつまでも気にかけてくれるのはうれしいだろうが、
一線を越えた行動をすれば、互いの意識のギャップから、
思わぬトラブルになる可能性もないとは言えない。

被災地に行けば行くほど、
被災地はボランティアなしではやっていけない現状を目の当たりにする。
しかしその多くのボランティアは、
災害ボランティアのプロでもない普通の人だ。

もしかしたらさまざまな未来の災害に備えて、
ボランティアの心得みたいなことを、
防災訓練のように国民に訓練する必要があるのかもしれない、
なんてことも思ったりした。

もちろんボランティアのあり方については、
ケースバイケースだろうし、
何が正解で何が不正解かってことがないだけに、
ボランティアが被災者とどう接するかは非常に難しいが、
過度な同情心を持つのは禁物ではないかとは思っている。

とにかく震災ショックで、
被災者もボランティアも心のバランスを崩している。
しかも避難所や仮設住宅という、
非日常的なある種の極限状態に置かれており、
マスコミで報道されるような美談だけではなく、
現場では人間のドロドロした欲望や不満にからんだ、
トラブルや事件も今後起きる可能性は高いと思う。

・昨日はこの記事もアップしました!
「ボランティアの涙と被災者の憤り」
http://kasakoblog.exblog.jp/14992713/


by kasakoblog | 2011-06-22 12:32 | 東日本大震災・原発