好きを仕事にする大人塾「かさこ塾」塾長・カメライター・セルフマガジン編集者かさこのブログ

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2011年 08月 31日

竹富島旅行記アップ!

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私が国内で一番大好きな旅行地、竹富島レポートが、
マイコミジャーナルにアップされました!
http://journal.mycom.co.jp/articles/2011/08/29/shimaneko/index.html


by kasakoblog | 2011-08-31 22:55 | お知らせ
2011年 08月 31日

福島を復興してもいいのか?

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福島は全避難でしょう。
少なくとも子供は全員、避難させるべきです。

水問題に詳しい人と話をしていた時のこと。
被災地の水問題を解決するため、
被災地各地を訪れているその方は、
「福島だけは岩手や宮城のようにはいかない」と話した。

「浄水場や下水処理場に一度入った放射能物質は、
どんどん循環してしまう。
水のことを考えたら、福島は住める場所ではない」

「福島」というのがどこまでの場所を指しているかはわからないし、
その方が福島の全部の水質調査をやったわけではないと思うし、
あくまで雑談の延長線上で出た話なので、
客観的根拠があってそのようなことを言ったわけではないと思う。

ただ私も福島取材に行く度に思うことがある。
それは、高濃度に放射能汚染された可能性が高い、
もしくは今後、原発に問題があれば、
放射能汚染される可能性が高い「福島」を、
一時の同情からボランティア活動などで、
復興させてしまうことは、
本当に福島の人のためになるのだろうかということだ。

もしかしたら復興に手を貸すことは、
本来、人が住んではいけない場所に、
人を住めるようにしてしまうことになり、
数年後、数十年後に放射能のせいで、
「助けた」はずの人たちの寿命を、
縮めることになるのではないかと。
それは人助けどころか、
極論すれば「人殺し」に加担することではないかと。

震災直後に福島で救援活動することは重要だと思う。
放射能がどうのなんていっている前に、
目の前にどうしようもなく困っている人がいて、
放射能うんぬんの前に飢え死にしないように、
寒さで凍え死なないように助けることは当然だ。

しかしもう震災から5ヵ月が過ぎようとしている。
にもかかわらず、岩手や宮城と同じような、
復旧・復興活動をしている人もいる。

果たしてそれでいいのだろうか?
放射能問題がなければそれでいい。
でも多くの人は放射能問題の素人だ。
私は行く度にガイガーカウンターを持って大気中の線量を測る。
しかしそれでは海水、土壌、水質、食品などの放射能汚染は測れない。
これまでの累積だってわかりやしない。

そんななか、泥かきしたり清掃活動したりして、
そこに人が住めるようにしてしまうことが、
本当にいいことなのだろうかと。

例えばそこに自分の恋人や親がいたらどうするだろう?
幸い、津波被害はまぬがれた。
でも原発からは30kmしか離れていない。
車で10分も走れば、厳重に警戒された、
原発立入禁止エリアがあり、
そこの大気線量は1マイクロシーベルトを超え、
防護服を身にまとった人々が行きかっている。

そこと10分しか離れていない場所に、
自分の愛する人がいて、
その人が「生まれ育ったこの場所に住みたい。
だからガレキを片付けてほしい」といわれて、
「よし、片付けてやろう!」と言うだろうか?

例えばチェルノブイリから30kmの場所に我が子が住んでいて、
「ここで暮らしたいからガレキ掃除手伝って!」
といって「よし、暮らせるように手伝ってやる!」というだろうか。

少なくとも私なら言わない。
「そんなところに住んでいたら危ない。
とにかくどこでもいいからここから離れることが大事。
お金もないけど違う土地での職探しとか、
手伝えることは手伝うから」と言うと思う。

どれだけ被災地や被災者に同情しても、所詮は赤の他人。
ボランティアが本当の家族や恋人と同じように、
被災地や被災者のためになることをアドバイスできるのだろうか?
もしかしたら自分とは関係ない人だけど、
「かわいそう」という同情心から、
被災者の声に傾け、かわいそうだから助けてあげる。
そしてその助けたことに、やりがいと自己満足を感じる。
それで被災者が放射能まみれの土地で暮らすことが、
本当に人助けなのだろうかと。

白血病で福島原発作業員が死亡したというニュースが今日流れた。
福島での作業と因果関係はないという。

政府や東電はメルトダウンしていたのに、
震災直後はそんなことしてないと言い張った。
放射能物質がまきちらされているのに、
そのことについて何のコメントもなかった。

そういう国に住んでいる。
そんな国でお人好しに人助けと称して、
今後5年後、10年後に死人が続出するかもしれない土地に、
人を縛り付ける「支援」をしていいものかどうなのか。

私は放射能の専門家ではないから、
そんなものは杞憂で、
実はぜんぜん住んでも大丈夫なのかもしれない。

しかし目の前のことしか考えず、
単に自己満足で手助けすることがいいことなのか。
いろんな可能性を考えた上で、
長期的な視野にたって今何をすべきか考えるべきじゃないか。

そしたら持てる力を何に振り向けるか、
変わってくるのではないか。

人のためになるということは、
人の言うことを100%聞くことではない。
そこを勘違いしている人がいる。

愛する人がその状況に置かれたら、
どうアドバイスするのか。
そう考えて復興活動をすることが、
大事なんじゃないかと思う。

もうフェイズは変わっている。


by kasakoblog | 2011-08-31 01:36 | 東日本大震災・原発
2011年 08月 29日

政治家も国民もカンフル剤がお好き~問題先送りにしてお祭り騒ぎでやり過ごす~

「また首相が変わるのか」と思っている人も多いだろうが、
思えば国民自体が目先を変えれば何かが変わると思っている、
「カンフル剤」がお好きなんだろう。

パフォーマンス、イベント、お祭り騒ぎ、顔のすげかえ、景気対策。
これで改革した気になる。
これで社会がよくなった気になる。
どれも一発打ち上げ花火に過ぎない。

政治家がパフォーマンスや大イベントや、
大風呂敷の景気対策が好きなのは、
1:やったことが国民にわかりやすい
2:自分がこれだけのことをしたとPRしやすい
の2点からだろう。

そして国民もそれをどこかで望んでいる。
そして国民一人一人も地道な努力なんかより、
一発打ち上げ花火を上げて、どうだすごいだろう!
と言いたい。

だから1年もしないうちに首相をおろせとたきつけ、
次は誰になるのかなんて予想しながら、
首相変わりのお祭りイベント騒ぎを楽しみ、
顔がすげかわった2~3ヵ月ぐらいは、
前よりよくなったような気がする。

しかしそんなイベント騒ぎをやったって、
別に何の問題も解決していないわけだ。
それに気づいて、また時の首相を批判し、
新しく顔をすげかえれば一時しのぎでよくなると勘違いする。
国民がそういう姿勢だから、
自民党も民主党も政権に居座るには、
首相の顔を1年に1回ぐらい変えればいいんでしょ?!ってなもんで、
最近では随分慣れてきた感じがある。

金融危機が起きた。
震災危機が起きた。
その際には、とにかく早期に、
危機回復を行うためのカンフル剤が必要だろう。
お金がどうのとか長期的視野がどうのとか、
言っている暇はない。
目の前で溺れている人を全力で助けること。
これが危機直後に必要なカンフル剤=超短期的政策だ。

これは国民受けしやすい。
エコポイントみたいにいくら還元になるとか、
定額給付金で2万円もらっただとか、
義援金で数十万円もらったとか、
人命救助で何人助けられたとか。
成果が見えやすく、評価が得やすい。

しかし危機直後の時期が終り、
状況が落ち着いてきたら、緊急救助的措置ではなく、
根本的に病状を治すための長期的なプログラムが必要だ。

景気対策と称して金をばらなくことじゃなく、
ボランティアと称して、
自分たちが楽しむイベントを企画することじゃなく
病状の根源にメスを入れ、そこを治し、
病人が自立して生きていけるように、
長期的な側面支援を行い、病原の根本を正す。

これには時間がかかる。
方法も代表選だのオリンピック誘致だのエコポイントだの、
わかりやすいものではなく、
体質改善を行っていくための非常に地味で地道な作業だ。

だから国民=患者から見ると評価されない。
何やってんだ。ぜんぜん治らないじゃないか?
おまえはやぶ医者なのかと。
ならば医者を変えるまで。
そういって首相をコロコロ変えてきて、
国民受けするイベントをぶち上げるような、
そういう政策ばかりを支持するようになり、
政治家もそれを知って、地道な体質改善治療より、
すぐに効果がわかるようなカンフル剤を使いたがるわけだ。

しかし何度も何度もカンフル剤を打っても、
問題の根幹は何も解決されない。
それどころかカンフル剤頼みの体質になり、
すぐ体が弱くなると次のカンフル剤を要求するようになる。

こうしてまた新たな強力なカンフル剤を注入するため、
借金して高い金払ってカンフル剤を打ち続け、
日本という社会が弱り続け、
震災被害の被災地がいつまでたっても立ち直れないという状況が続いている。

もうカンフル剤はやめないか。
もう一発打ち上げ花火は終わりにしないか。
一時的な景気対策なんてやめないか。

カンフル剤を打てば一瞬だけ体はよくなるかもしれない。
景気対策をすれば一瞬だけ経済はよくなるかもしれない。
大がかりなイベントをすれば楽しいかもしれない。

しかしそれがその場限りのもので終わってしまい、
今後の生きる糧とならないのなら、
どんなに華々しい政策やイベントを行っても大失敗ではないか。

なぜなら、イベントをしたのに、
今後の社会構造に何大きな変化がなければ、
またイベントをやり続けるしかない。
やがて自己破産で破滅する。

例えば年金制度なんかがいい例だ。
年金制度は若い世代が高齢世代を負担する、
世代ピラミッド負担なわけだから、
いくら目先の給付額を減らして負担額を増やそうが、
人口ピラミッドがひっくり返っている限り、
絶対に破綻するしかない。
ところがその問題の根幹から目をそらすから、
いつまでたっても問題が解決しない。
そうやって根本の問題に目を向けず、
小手先だけの改革に労力とコストを使っても、
それはすべて無駄になる。

年金制度を例にしたが、
今、日本の社会に横たわる問題はみな同じ。
政治家も国民も問題の根幹を見ようとしない。
なぜならそこを見たら問題解決するには時間がかかってしまうから。
時間がかかることより目の前で花火でも上げて、
ほら、オレはすごいだろう、
こんなきれいな花火を何発も上げたんだぜ、
といえば自分の成果がわかりやすいからだ。

今回の震災復興でいえば、
阪神大震災とは決定的に違う点が2つある。
津波被害と放射能だ。
倒れた建物を耐震補強して、
元あった場所に立て直せばはいそれで終わりではない。

また津波が来るかもしれないし、
原発から近いエリアはたとえ今、放射線量が低くても、
風向きが変われば再び死の土地と化す可能性がある。
そんな場所に再び復旧・復興してどうするのか?

それは首相をすげかえれば、
政治がよくなると思っている発想と同じ。
問題の根本に何も触れていない。

人は危機が起きると無意識にネガティブ情報を避けようし、
センチメンタルな感情に流されやすくなる。
ネガティブな情報を見ないようにするというのは、
放射能や地震や津波といった人智を超えた問題に、
まともに向かい合っていたら生きてはいけないから、
その問題を考えないようにして復興ごっこ・政治ごっこをする。

米国債が紙くずになり資本主義経済が崩壊しようとしている最中、
国民の一部の声に押されて、
為替介入して紙くずの米ドルを買い込んでしまう。
それは米国債デフォルトというネガティブ情報を考えないようにしているから、
根本的な治療策ではなく、
目先の景気対策や円高対策をして満足してしまう。

こうした短期的に有効でも長期的に有害な政策が、
行われてしまうのは、
一部の国民がセンチメンタルな感情に流され、同情するからだ。
「かわいそう」「助けなきゃ」
それはそれで素晴らしいけど、
それで本当に助けているのかはわからない。
ただ感情で動く。

人間は感情の生き物だから、
すべてを数値で割り切ったように、
合理的・効率的な判断などできないし、
感情に配慮することも重要だろう。

しかし感情に流され続けて、
かわいそう→助けるということばかりしていると、
かわいそうな人はあなたに寄生・依存し、
自分では生きられなくなり、
寄生されたあなたも負担に耐え切れず、共倒れになるだけだ。

目先の感情に流されるな。
短期的な成果ばかり追い求めるな。
一発打ち上げ花火に誤魔化されるな。
顔のすげかえで満足するな。

すぐに成果は出ないかもしれない。
華々しいイベントはないかもしれない。
でも地道に1つ1つ、問題の根幹に向き合い、
時には非情とも思える決断もし、
みんなが感傷に浸って共倒れになることを防ぎ、
1人でも多くの人が助かる方法を考えるべきだ。
それがこれから100年に1度の本当の経済危機と、
もう何回か起こる大地震危機を乗り越える、
唯一の生き延びる方法ではないか。

過度な感傷や過度な同情はいらない。
華々しいイベントも国民受けする政策もいらない。
名より実を取る。
そういう意識に国民がならない限り、
政治はいつまでたってもよくならないだろう。
政治家は所詮、国民レベルを超えられない。

さて次の首相は何をしたいのか。
いつまで持つのか。
いつになったらメディアや国民はバッシングをし、
首相を変えろと言い出すか。

問題の根幹に目を向けないと重病患者は治らない。

※無事に日本帰国しました。


by kasakoblog | 2011-08-29 21:52 | 政治
2011年 08月 29日

ナポリの下町にて~人の出会いは自分との出会い

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イタリアの中でも治安が悪いと言われているナポリ。
まるでスラム街のようなそのナポリの下町界隈で、
子供たちが遊んでいるのを見て、思わずすっと寄っていった。

写真を撮るといったら大喜びした。
撮った写真をモニターで見せると、これまた大喜び。
カメラって言葉が通じなくても、
コミュニケーション手段になるからいいなって、
こんな時に思います。

飛行機が欠航になり、
さらに1泊フィレンツェに泊まることになったものの、
乗り継ぎ便が昼のため、
またホテルが市内から離れているため、
どこも観光することもなく、
ホテルから空港に向かい、フィレンツェからフランクフルトへ。

現地21時のJAL便に乗り、
月曜日15時過ぎの便で日本に帰ります。

それにしてもイタリアってほんとよかった!
最近は4回連続ヨーロッパを旅行しているわけですが、
断然イタリアはおすすめです。

見所が多い!
町並みのバリエーションが豊か!
食べ物がうまい!
物価が他のヨーロッパに比べて安い!

そういえば今回、旅日記でご紹介していない町が1つ。
南イタリアの町、ポリニャーノ・ア・マーレ。
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福島原発から10km地点に本社がある平澤社長さんとともに、
福島県の南相馬市の避難所に取材同行を得たわけだけど、
都内で打ち合わせした後、飲みに行った際、
イタリア話で盛り上がった。

「えっ、かさこさん、イタリア行くんですか?
南に行くならいい町あるんであとでメールしますね!」
といって紹介してくれたのがこのポリニャーノ・ア・マーレ。
バーリから電車で30分。
海岸沿いの断崖にへばりつくように建つ白い家々群と、
迷路のような旧市街はとても雰囲気のよい町だった。

平澤社長さんはだんなさんがイタリアで、
東京とミラノを往復する生活をしているとか。
縁があって被災地取材することになった方が、
イタリアにも拠点を持っている方で、
ガイドブックに載っていないいい町を紹介してくれるという奇遇。

最近、人って縁だなとつくづく思う。
自分が望むこと、欲していること、
夢とかやりたいこととか、
周囲に言いふらしていると、
自分が望んでいるいい縁が舞い込んでくる。

そして何より人の出会いって、
ほんと自分の映し鏡というか、
自分と同じ志向や価値観を持った人を、
見事に引き寄せてくる。

ナポリで無邪気に遊ぶ子供たちも、
きっと旅先の私の映し鏡。

これからも無邪気に遊び楽しみながら、
いい仕事をしていきたいと思います。

ちなみに私が今、望んでいるのは、
私のコンテンツを活かしてくれる編集者!
ぜひ編集者の方は気軽にメールいただければ。
kasakotaka@hotmail.com


by kasakoblog | 2011-08-29 01:10 | 旅行記
2011年 08月 28日

日本帰国できず

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イタリア旅行最終日、飛行機が出発するのが18時のため、
ぎりぎりまで観光を。
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午前中は古い町並みが残る世界遺産の町サンジミニャーノへ。
ほんと雰囲気のある、素晴らしい町でした!
近くに同じく世界遺産の町シエナがあり、
10数年前に行ってすごくよかったという印象があり、
今回も行こうかと思ったけれど、
ヴェネツィアに行くことにしたので、
シエナは今回はあきらめ、サンジミニャーノのみに。
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昼頃フィレンツェに戻り、
おいしいパスタの食べ収めをして、
最後にフィレンツェの町が一望できる、
鐘楼に登って旅を締めたつもりだった。

今回の旅行はわりとうまくスケジュール通りにいったな~。
結構電車出発時刻ぎりぎりで、
間に合うか間に合わないか微妙というのが何回もあったけど、
今回はみな見事に間に合った。
特に大きなトラブルに見舞われることもなく、
素晴らしいバリエーションに富んだイタリアの町を、
いくつも見れたなと満足して帰ろうとしたところ、
なんと乗り継ぎ便の飛行機がなぜか急に飛ばなくなり、
日本帰国便に間に合わなくなり、
なんと日曜帰国が月曜帰国になってしまった・・・。

今まで40回以上、海外旅行しているけど、
到着予定時刻が数時間遅れるとか、
乗り継ぎ便に間に合わず、次の1本遅い便になったとか、
そういうのはあったけど、
まさかもう1泊フィレンツェに滞在せざるを得なくなり、
予定の便が1日に延びるなんて今まで経験がなかったこと。

今回のイタリアは運良く想定内にいっていたのに、
最後にこんな代どんでんがえしがあるなんて・・・。

そういえばフィレンツェの宿をチェックアウトする時、
宿のおやじさんがこう言った。
「今日、日本に帰るんだって?!
それでイタリアには今回何日ぐらいいたの?」
「一週間ぐらいです」
「えっ?たったの1週間?夏休みで?そんなに少ないの?
信じられない!またゆっくりイタリアに来てください」

日本で1週間休みなんていったら、
「長く休めていいですね」なんて言われそうだけど、
ヨーロッパの人によって、
わざわざ夏休みにはるばるイタリアまで来たのに、
1週間しかいないなんて信じられないみたい。

そういえば南イタリアの店は午後13時ぐらいから17時ぐらいまで、
たいがいどこも閉まっていて、
真夏の最も暑いさかりはどこも店がやっておらず、
ゴーストタウンみたいに思えるんだけど、
17時過ぎになると店がまた開き出し、
にわかに活気づくといった光景が見られた。

日本人も原発事故があり節電しなければならない状況のなか、
電力をいっぱい使えば経済が発展し素晴らしい社会になるなんて、
未だに幻想・妄想を抱いている人も多いが、
そろそろ時間感覚を見直した方がいいんじゃないかとも思う。

そんなわけでイタリアの要所要所を駆け足で、
うまく回ってきたものの、
最後の最後で日本帰国できないというハプニングに見舞われましたが、
1日ずれた月曜日に帰国する予定です。


by kasakoblog | 2011-08-28 07:56 | 旅行記
2011年 08月 27日

水の都ヴェネツィアに行ってきた~旅は自分への“投資”

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昨日は南イタリアのアマルフィ海岸に行っていたのに、
今日はイタリア北部のヴェネツィア観光。
相変わらず日本と同じように、
縦横無尽、神出鬼没にあちこち駆け回っています。

当初ヴェネツィアに行く予定はなかったものの、
時刻表で調べると、
フィレンツェから電車で2時間で行けることが判明。
10数年前、学生時代に1度行ったことがあったが、
また行きたいなと思い、意外と近いことから行くことに。

駅を降りるとすぐ目の前がもう水路で、
船が行き交っているというまさに水の都!
観光用のゴンドラに乗ると、
ものすごい値段をとられるみたいだけど、
交通手段用の船ならまだ1回6.5ユーロと割安。
駅前の乗り場より1つ手前から乗ると始発なので、
そこから乗車し、最前列の特等席に座って、
のんびり約40分、駅前からサンマルコ広場までの船旅を楽しんだ。
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帰りは水路が入り組んだ狭い路地裏道を行き、
駅まで歩いて帰ってきた。

ちなみに午前中はフィレンツェの町を散歩。
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昨日アジアのようなナポリにいたのがウソみたいに、
同じく国とは思えないほど、
昔ながらの由緒正しき、これぞヨーロッパという町並みで、
安心して歩けた。

南イタリアにせよ北イタリアにせよ、
食べ物がうまいというのが、
ほんとありがたいし、旅していて不便しない。

私の経験上、フランスやイギリスなんか行ったら、
ろくにおいしいものがなくて、食べ物にものすごく苦労した。
3000円、4000円出せば話は別だけど、
1000円前後でおいしいものに出くわす確率は極めて低く、
マクドナルドやサブウェイや、
中華料理やインド料理や日本料理などを、
旅行中に取り入れていかないともたない。

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しかしイタリアはどこいっても食べ物がうまい!
ほぼ連日、昼も夜もパスタを食べているけど、
ぜんぜん飽きないし、おいしい。
海外旅行の食事って意外と期待はずれなことが多いなか、
まったく食事探しに苦労せず、
リーズナブルでおいしいものにありつけるイタリアは、
ほんと素晴らしい旅行地です。

今回は南イタリアを中心にしながら、
フィレンツェもヴェネツィアも欲張るという、
連日のように朝から晩まで動き回る撮影旅行をしてきましたが、
明日もう1つとってもいい町に行ってそれで終わり。
日曜日に日本に帰ります。

今回は仕事ありきの旅ではないので、
何らかの形になるかはまだ未定ですが、
きっと後で何らかの形(仕事=お金)になると思います。

最近の私の旅行は仕事なんだかプライベートなんだか、
はっきりわからない感じ。
仕事前提でなくても旅行したものが、
後から仕事になることも多い。

だから今の私は仕事があって旅をするというより、
勝手に自費で旅行してきて、いろんな写真を撮影したり、
いろんなネタを仕入れていておいて、
それを後から“営業”して形にしていくスタイル。
いわば私にとって旅は投資みたいなもの。
先に金を出し、後から仕事になれば、
それでいくばくかの旅費を回収し、
またその資金をもとに新たな旅に投資する。

別に仕事(金)になるかならないかは、
それほど気にしているわけではなく、
純粋に旅行が楽しいので、
いろんなところに行っているわけですが、
そこで仕事になればまた新たな旅の資金が確保できるわけで、
また楽しい旅ができるといういいサイクルが生まれつつあります。

仕事にならなくても、
ホームページにアップして、
いろんな人に見てもらって、
感想をもらえるのが何よりうれしい。
今、私はそんな旅の仕方をしています。

私にとって旅は自分の楽しみでもあり“財産”にもなるので、
旅に自分の資金を投資しているわけですが、
みなさんも何か自分の好きなことに“投資”すればいい。
株やFXなんてギャンブルやるより、
間違いなく投資効率がよく、自分に必ず返ってくる。

好きなことにお金を使うのは趣味に過ぎないわけだけど、
それをネットにアウトプットしていけば、
それは趣味から仕事に変わる可能性が高くなる。

今、世界は人災と天災によってクラッシュしようとしている。
米国債暴落による戦後資本主義社会の崩壊と、
今後に起きる大地震・火山噴火と、
福島原発放射能漏れによる大混乱によって、
日本社会はめためたになる。

そんな時代に一個人が生き抜く方法は、
ニッチなことでもいいから、
誰にも負けない情熱を持っている、
自分の好きなことに投資をし、
それをネットで発表し続けることだ。
それが「残酷な時代に生き延びるただ1つの方法」と橘玲氏の著書で書いているが、
まさにそういう時代が訪れようとしている。

趣味もなく漫然と過ごしていたり、
会社一筋、仕事が趣味で、
仕事以外の趣味やプライベートがない人って、
今後、生き抜いていくのは難しいんじゃないか。

逆に言えば好きなことをやっている人には、
大きなチャンスの時代に。
社会がメタメタになり、
既得権益を持つ企業をはじめとした、
組織が立ち行かなくなった際、
問われるのは個人の力。

今まで無力だった個人の力を、
格安で大きな力に変えてくれるのがネット。
好きなことをし続けてネットで発信し続ける。
それが人生を楽しく生き、
かつ社会の根底が覆る過渡期に生き抜く唯一の方法ではないかと思う。

そんなわけでイタリア旅行も土曜日で終わり。
今回いろいろ撮影したものは、
順次ネットにアップしていきたいと思います。


by kasakoblog | 2011-08-27 06:44 | 旅行記
2011年 08月 26日

船に乗ってアマルフィへ~移動(過程)こそ旅(人生)の醍醐味

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旅において素晴らしい一時とは、
目的地に着くまでの移動にあり――。
今日はナポリから約2時間、
船に揺られてアマルフィ海岸へ行ってきた。
アマルフィといえば、織田裕二主演の映画で、
ご存知の方もいると思うが、
アマルフィ海岸はソレント~ポジターノ~アマルフィ~サレルノの
約40kmの海岸線と、
そこにへばりつくように建つ町並みが美しいことから、
世界遺産にもなっている。
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アマルフィへは鉄道・バス・船を駆使して様々な行き方があったが、
海岸線と町並みを見るなら海からが絶景だろうと、
ナポリから2時間かけて船に乗り、アマルフィまで行ってきた。

異国の空の下で、船に揺られながら、
心地よい風に吹かれながら、
見たこともない美しい景色が、
自分の目の前を流れていく至福。

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アマルフィの町で降りると、
崖沿いに町が作られているせいか、
迷路のような路地裏を散策する楽しみがある。

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町にはドゥオーモ(大聖堂)があり、
ヨーロッパにしてはちょっとエキゾチックな外観を目を引くが、
中に入るとこれまた素晴らしい、
息をのむほどの建築の豪華さ・精緻さに圧倒される。

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おなかが空いたら町のレストランに入って、
オリーブオイルたっぷりのボンゴレパスタ(10ユーロ)と、
ふわふわした柔らかな食感がたまらない、
水牛のモッツァレッラチーズ(8ユーロ)で食欲を満たす。
そしてまた船に乗り次の町へと向かう・・・。
そんな最高の旅をしています。
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今日はアマルフィからナポリに戻り、
さらにナポリから電車で3時間半、
ローマをすっ飛ばしてフィレンツェに泊まる予定。
南イタリアもいいけど北イタリアもすごくいい。
今回は南が中心でしたが、
北のいい町もいくつか回って帰国したいと思います。

ヨーロッパの旅で楽しいのは電車の移動時間。
フィレンツェまで3時間半と長いものの、
日が沈むまでは車窓を眺め、
日が沈んでからはガイドブックと時刻表を広げて、
明日、あさっての予定をいろいろ立て、
パソコンで撮影した写真を整理しながら、
今日のブログ用の日記を書く。

船もそうだし電車もそうだけど、
移動手段が楽しいとすごく旅が充実する。

本来、移動って目的地に行く手段でしかない。
でもその手段をどんなものにするかで、
旅の充実度は大きく変わってくる。

思えば人生も同じ。
何かを達成したい目標や目的地があり、
そのゴールに向かっていろんな手段を考えるわけだけど、
その手段、目標を達成するための過程自体が楽しいと、
人生の充実度が大きく変わってくる。

だから人生においてゴールも大事だけど、
そのプロセスも大事。
目標を達成すればそこに至るまでの道は、
何でもいいってわけじゃなく、
どんな道でどんな手段を使い、
そのプロセス自体を自分が楽しめるかが重要だ。

旅は一方通行。
人生は一方通行。

時は戻らない。ただ過ぎてゆくだけ。
だからこその時を大事にしたい。
無駄になんかしている暇はない。

今、自分が歩んでいる人生の途上、
目的地に至るまでの移動手段を楽しめているのか。
間違っていないか。他に選択肢はないのか。
本当にこれでいいのか。
目的地に着きさえすればそれでいいのか。

目的と手段を混合してはいけないけれど、
目的に到達するための手段や過程こそ、
自分が楽しめるものにしていきたい。
だって楽しくないものなんか続かないから。


by kasakoblog | 2011-08-26 07:01 | 旅行記
2011年 08月 25日

地震・津波・噴火で滅亡したポンペイそばのナポリにいます

62年に大地震および津波。
復興作業を終える間もなく、
79年にヴィスーヴィオ火山噴火により、
繁栄を極めた町が滅亡したポンペイ・・・。

南イタリアのバーリという町からバスで3時間半。
ただいまナポリに泊まっています。
ナポリのガイドブックのページを見ていると、
地震・津波・噴火で滅亡したポンペイやエルコラーノが紹介されている。
廃墟と化した遺跡は世界遺産にも登録されている。

今のところポンペイ、エルコラーノを見に行く予定はないが、
ガイドブックに紹介されている記述を読むと、
約2000年も前に起きた遠い昔の他国の出来事が、
他人事ではなく現在進行形の問題として、身に迫ってくる・・・。

米国ワシントン近郊でも93年ぶりとなる「大地震」が起きた。
思えば東日本大震災の1ヶ月前、
ニュージーランドでも大地震が起きている。

人間は自然には勝てない。
どんなスーパー堤防を作ったところで、
自然の猛威には敵わなかった。

なんだろう。
まだ自然を過小評価しているというか、
現状を楽観視しているというか、
人間の力でどうにかなると思っている人が多いのではないか。
だから津波被害エリアに堤防もろくに作らず、
復旧活動にいそしんでしまうのだろう。

東日本大震災はここ最近起きた日本での地震とは、
まったくレベルが違う。
1000年に1度の地球レベルのすさまじい地殻変動期が、
始まってしまったのかもしれない。

先日、非常に興味深い話を人から聞いた。

「今回の津波被害はおおよそ国道6号線で明暗が分かれた。
国道6号線の海側は津波被害がひどく、
山側はそんなにひどくはなかった。
海側に家なんか作りさえしなければ・・・。

国道のもととなる街道を作った昔の人たちは、
自然の猛威をきちんと理解し、
津波被害が来ない場所に道を作ったからではないか。
国道の海側に家なんか本当は建てちゃいけなかったんじゃないか。
それが先人たちの知恵だったのではないか」

この話の事実関係をきちんと調べたわけではないので、
なんとも正確なことはわからないが、
確かに地図を見てみると、
国道6号線がある種の境界線になっているように思える。
しかも海沿いにある6号線は新道で、
もともとの旧道は山沿いにあり、
新道はやられても旧道は大丈夫だったみたいなところもあるという。

私はここ数年、地震情報を人一倍チェックし、
どこの県が多いかなど統計データを調べていた経験があるからわかるが、
3.11以降の地震の回数は極めて異常。
それが半年たとうかという今も続いている。
しかも震災があった東北の“余震”ではなく、
日本全国あちこちで地震が起きていることに愕然とする。
これは大変な時代に生きているのかもしれないと。

ポンペイは地震の後、火山噴火でとどめをさされた。
地震と火山は極めて連動性が高い。
富士山大噴火なんてことも、マジで起きてもおかしくはない。

地震・津波・噴火にとどまらず、
最近のゲリラ豪雨の多発とか台風とか竜巻とか、
さまざまな自然災害が異様に起きているような気もする。

日本のどこかの町もポンペイのようになってしまうかもしれない。
そんな危険が絵空事ではなく現実に起きる可能性があるだけに、
イタリアに来ていても遺跡をあまり見る気になれず、
できれば「生きている」「活気あふれる」町を見てみたい、
という思いが無意識に働くのかもしれない。

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そんなこ思いから生活感あふれる、
バーリの旧市街を見てみたいと思い、
予定を急遽変更して散策。
その後、バーリからナポリに着いたのだが、
ナポリの町を見て度肝を抜かれた。

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なんじゃこの町?!
イタリアのインドか?!

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ものすごい大都会。ものすごい猥雑。ものすごい活気。

南イタリアの落ち着いた美しい町並みを見てきた後だけに、
ある意味、すごいショックを受けた。

どんな場所だろうが構わない。
みんな懸命に生きているのだと。

中国かインドにいるんじゃないか、
という錯覚を抱きながら、
今日はナポリの路地裏ばかりを散策した。

この町にだって自然災害が起きるかもしれない。
でもそんなの関係ねえ。
今をどう生きるかが問題だ。
10年先の未来より今日何が食えるかだ。
いい意味でも悪い意味でも、
そんなエネルギーが充満した町だった。

人が生きるって何だろう?
自然とどうやって折り合いをつけていけばいいんだろう?
場所に縛り付けられて生きる生き方ってどうなんだろう?
そんないろんなことを考えながら、
日本にはない風景を見ていきたいと思います。


by kasakoblog | 2011-08-25 07:49 | 旅行記
2011年 08月 24日

イタリアの白亜の迷宮へ行ってきた!

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南イタリアならではの光景!
今日は、白壁の家が連なる町並みが美しい、
オストゥーニという町と、
とんがり屋根が印象的な世界遺産の町、
アルベロベッロに行ってきました。

アルベロベッロは観光地化が進み、
日本人も多い場所ではありますが、
オストゥーニは日本のガイドブックにはほとんど紹介されず、
世界遺産となっていないこともあるのか、
外国人含めて観光客はそう多くない場所ですが、
超おすすめの場所です!

オストゥーニはバーリから電車で1時間。
アルベロベッロはバーリから電車で1時間半。
昨日紹介したマテーラはバーリから電車で1時間半。
そんなわけでバーリを拠点にすると、
いろんないい町に行けます。

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ちなみに今日訪れた2つの町周辺の地方の名物は、
耳たぶの形をしたパスタ「オレキエッテ」が有名です。
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引き続き南イタリア撮影旅行を続けます!


by kasakoblog | 2011-08-24 07:39 | 旅行記
2011年 08月 23日

イタリアの奇景!洞窟住居マテーラに行ってきた!

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この景色を見たい!
今回の旅でぜひ行きたいと思ったのが、
マテーラの洞窟住居群(世界遺産)。

駅を降りても普通のヨーロッパの街並み。
10分ほど歩いて、通りの裏側に入ると、
そこはなんと峡谷に密集してへばりつく住居群!

イタリアの“チベット”ではないか。
岩山にはりついて僧院を中心に、
町が形成されているラダック地方の光景を、
真っ先に思い浮かべた。

それにしてもこんな景色がイタリアにあるなんて・・・。
圧倒された。
すごい。すごすぎる。

漠然とイタリアに行こうと思っていて、
ガイドブックをぱらぱら眺めていて、
目にとまったのがこのマテーラ。
わずか2ページしか紹介されていなくって、
写真も小さくてあまり雰囲気がわからなかったけど、
これはすごいんじゃないかと思って、
今回行くことにした。

そのためにわざわざローマから4時間半もかけて列車に乗り、
さらにそのバーリから1時間半もかけて、
マテーラまでやってきたがその甲斐は十分にあった。

もともと岩山を掘って洞窟に住んでいたらしいのだが、
どんどん建て増ししていってこのような町ができたという。
この見事な素晴らしい街並みだが、
20世紀になると貧しさからスラムと化し、
「イタリアの恥」とも言われるほどひどい荒廃ぶりだったという。
そこで政府が住民を強制退去させ、廃墟と化してしまったが、
文化的景観として貴重であることから、
1993年に世界遺産に登録され、
洞窟住居を利用したホテルやレストランなどもでき、
暮らしている人たちもいる生きた町に戻ったという、
不思議な命運をたどっている町だ。

町の全景を眺めるだけでなく、
もちろんその中も歩いて散歩できる。
奇景のなかに自分も歩いていると思うと、
なんとも不思議な気分。

ぜひ死ぬまでに一度行ってみたい場所といえるぐらい、
強烈な印象が残る町並みだと思います。

明日もまだまだ南イタリアの町を、
いろいろ訪れる予定です。


by kasakoblog | 2011-08-23 04:46 | 旅行記