2001年 03月 28日

本当に無党派層の勝利か?

森総理大臣の辞任がいつかが取り沙汰される中、夏の参議院選挙の前哨戦として注目された、
千葉知事選挙が3/25に行われ、政党推薦のない「無党派」の女性、堂本氏が当選した。
この結果にマスコミは「無党派の勝利」と騒ぎ立てた。
しかし果たして本当にそうだろうか?

まず第一に36%という超低投票率は、はっきりいって「無党派の勝利」ではない。
選挙に行かなかった64%の人たちこそが、いわゆる「無党派」なのである。
これだけ選挙に行かない棄権者が出たということは、無党派層の支持を誰も得られなかった結果に他ならない。
投票率50%以下の選挙なんて無効にしてしまえばいいのである。
半数以上の人間は、立候補した人の中には適切な人材がいなかったということだからである。
投票率50%以下の選挙は、立候補者をすべて変えて選挙のしなおしをした方がいいのではないか。

第二に、政党推薦を受けなかったから「無党派」と言われている堂本氏だが、
何を隠そう、元社民党であり元さきがけ党だったのである。
今どこの政党の推薦も受けていないからといったって、結局は元政党員であって、純粋な意味での「無党派」ではなかったのだ。
全く今まで政党に縁がない、主婦であるとかサラリーマンであるとか、そういう人たちこそが「無党派」なのであって、
二度も政党に属して選挙を戦っている人間など、どうあっても「無党派」ではあり得ない。
極端な話、森総理が自民党を脱退して、千葉知事に当選すれば、
「無党派の勝利」なのかという言っているのと大した変わりはないのである。

そして第三に、投票数を見てみると、自民党推薦の候補とわずか2万票の差しかない。
かつ野党推薦の候補とも6万票の差しかない。
依然として政党推薦を押した人は、両方合わせると無党派の倍以上の投票数を誇っている。
これだけ森総理の問題で逆風が吹いている自民党推薦が惨敗しない。
既成政党にNOを出したというが、既成政党への投票数は無党派なんかよりはるかに多い。
たまたま僅差で勝っただけの話で、マスコミが騒ぐほどの「無党派の勝利」とは程遠いことがわかる。

確かにそれでも、今までの日本だったら自民党推薦がぶっちぎりで勝っていたところを、
こうして政党推薦無しの候補が勝ったというのは多少の意義はあるが、
残念ながらマスコミで騒ぐほどの勝利ではなかったことをきちんと認識しておかないと、あとでとんでもないことになる。
とんでもないこととはつまり、今度の選挙ではあっさり自民党が大勝し、
無駄な公共投資は減らず、返せる見込みのない国の借金は増えつづけ、
バブルに踊ったのが悪い銀行を税金で助け、官僚や企業から賄賂をもらい、天下りして多額の報酬を受け取りながら、
財政危機だとほざいて消費税を10%にする。

無党派層の勝利にはまだまだ程遠い現実をしかと見つめて、次回は本当の意味での無党派の勝利を勝ち得ないことには、
国民の理不尽な負担は増えつづけることだろう。


# by kasakoblog | 2001-03-28 02:17 | 政治
2001年 03月 27日

はじめに資格ありき

『人は誰でも作家になれる』(中谷彰宏著)の本にこんなことが書いてあった。
「作家になる学校に行くより、ライタ-のバイトをした方が勉強になる」
この時、僕はこの言葉を昨今の資格ブ-ムの世の中に送りたいと思った。

慢性的な不景気で、雇用情勢が悪化している現在、確かに資格という客観的基準も大切だが、
たとえば宅建の資格の勉強するより、不動産屋に勤めていれば嫌でも実務がわかるし、
パソコン教室に通うより、会社で毎日パソコン使っている人の方が実務がわかる。
英会話教室に通うより、外国人の友達と話したほうが話せる。

こんな例をあげて何が言いたいか。
昨今の資格ブ-ムは「はじめに資格ありき」というスタンスがおかしい。
実際に不動産屋で働いている人が、自分の仕事のステップアップのために宅建の資格を取るとか、
毎日パソコンを使って仕事をしている人が、もっと使いこなせるようになるためにパソコン教室に通うとか、
本来は実務での必要性を感じるから、資格の勉強をしようというのが筋なのです。

ところが現状は、不況だから、自分ができることの客観的証明が欲しいからと、
資格に対する自分なりの必要性ではなく、社会的な必要性、
つまりは、この資格は有利だとか、取りやすいだとか、そういう基準で選ぶからおかしなことになるわけです。

たとえば、サラリ-マンになりたくないから公務員や資格試験を受けるというのは本末転倒なのです。
でも本当に試験に合格する人は、試験に合格することを考えていない。
合格したら何をしたいかを考えている。
とりあえず資格が欲しいという人と、決定的な違いがあるのです。

「はじめに資格ありき」的な考えで仮に資格を取れたとしても、慢性的不況化の現代においては、絶対に通用しない。
その資格を取って何をしたいかが、はっきりとイメ-ジできている人しか通用しないほど、
今は厳しい時代であるということをまず認識する必要があるのです。
不況だから資格を取っておけばなんとかなるだろうという考えでは、もはや通用しない時代なのです。

後向きな考えで、つまらない資格の勉強をするぐらいなら、
前向きな考えで、どんなにくだらないことでも自分の好きなことをやりとおした方が、
人生はるかに楽しいし、本人のためにも、ひいては就職のためにも長い目で見れば良いはずなんです。
「何をしたいか」を考えた上で、それにあてはまる資格の勉強をするという順序でなければ、
資格はただの飾りと化すだけでしょう。


# by kasakoblog | 2001-03-27 02:18 | 働き方
2001年 03月 26日

めざせ!モームス

しゃり子:ねえねえ知ってる?ついにゴマキがソロデビューするんだよ~
きょう子:はあ?「ゴマキ」ってだれ?
しゃり子:あんた、ゴマキも知らないでよく女子高生やってられるわね。
     絶対覚えておいた方がいいよ。デルタンでの必修用語なんだから。
きょう子:なんだ。モームスの後藤真希のことかー。そんなの知ってるよ。
しゃり子:モーニング娘のこと「モームス」っていうわけ?なんかデザートみたい。

しゃり子:モームスのゴマキが3/28にソロデビューすんだよ。信じられる?
きょう子:きっと大人が「モームスのゴマキ」って聞いたら、ムースの胡麻和えみたいに聞こえるんじゃない?
しゃり子:そんなことどうでもいいの。わたしが言いたいのはね、なんであんなやつがソロデビューするかってこと。
きょう子:だって、ゴマキってすごい人気なんだよ。
しゃり子:なんであんなやつが?かわいいわけでもないし、歌がうまいわけでもないのに。
きょう子:確かに歌はうまくないかもしれないけど、いまどき受ける顔してるんじゃない?
しゃり子:みた?テレビで歌ってる姿?歌は下手、踊りも下手。しまいには歌そのものもたいしたことない。
     あれで売れたらサギだよね。
きょう子:でもね、ぜったい売れるよ。間違いなく。

しゃり子:なんでかなあ~。世の中まちがってるよ。ソロデビューするならぜったい安部なつみちゃんよね。
きょう子:歌もモームスの中ではうまい方だし、けっこうかわいいのにね。
しゃり子:なんで安部なつみちゃんはソロデビューしないの?
きょう子:今の時代はね、歌がうまいとかかわいいとかそんなことよりも、はやりとかキャラクターとかが重要なんだよ。
しゃり子:なんか今の世の中まちがってるよ。
きょう子:しょうがないでしょ。この国の総理があの森さんなんだから。世も末だってこと。
しゃり子:なにが世の末よ!もうセイキマツはとっくにおわったんだから。

しゃり子:だいだいモームスにしてもスピードにしても、小学生・中学生を働かせていいわけ?
     つんくはそのうちロウドウキジュンホウイハンでつかまるわよ。
きょう子:ロウドウキジュンホウ?あんたなんでそんな難しいことしってんの?
しゃり子:いい。ロウドウキジュンホウ第56条第1項ではね、15歳未満の児童の労働を禁止してるんだよ。
きょう子:へえ~。
しゃり子:わたしの言ってること信じてないでしょ。いっておくけどケンポウにもちゃんと書いてあるんだから。
     ケンポウ第27条第3項「児童は、これを酷使してはならない」って。
きょう子:なんだか難しい話になったけど、あんたが気に食わないのは、ゴマキがソロデビューするってことなんでしょう?
しゃり子:そうそう、それがいいたかっただけなのよね。


# by kasakoblog | 2001-03-26 02:18
2001年 03月 25日

チャ-シュ-が食べたくなると峰に行く。
しかしよっぽど腹が減っていないと、峰の800円チャ-シュ-は食べきれない。
チャ-シュ-ラ-メンを平らげられるほど空腹ではなかったが、どうしても峰に行きたかったので、
試しに普通のラ-メン550円を頼んでみた。

するとこれがまたなんと驚きである!
550円のただのラ-メンにも、800円のチャ-シュ-ラ-メンほどではないにしろ、
十分過ぎるほどチャ-シュ-が入っていたのだ!
普通のラ-メン屋でいうチャ-シュ-ラ-メン(800円~1000円したりする)が、
峰では550円のラ-メンで味わえるのだ。

今時どんなラ-メン屋でも最低普通のラ-メンで600円はする。
しかもただのラ-メンを頼むと全く具が入っていなくて、
結局は高い金を払わされてトッピングしないと意味がないようにできている。
ところがこの峰のラ-メンは550円。しかも他のラ-メン屋の1000円近い値段に値するだけの価値があるのだ。

今まで僕は峰で800円のチャ-シュ-ラ-メンしか頼んだことがなかったので、ランキングを4位にしていたが、
550円でこれだけのラ-メンが食べれるなら、もっと順位を上げなくてはならない。
ということで峰再発見で、味噌一に次ぐ第2位のラ-メン屋に昇格しました。

ちなみに550円のラ-メンでもチャ-シュ-に限らず具や麺の量も多く、大食漢の僕でさえ腹一杯になりました。

全国のラ-メン屋に告ぐ。
わずか550円でこれだけのチャ-シュ-を出す峰の経営姿勢を見習いなさい。


# by kasakoblog | 2001-03-25 02:19 | グルメ・ラーメン
2001年 03月 24日

山頭火

中野図書館に本を返却した帰りに、中野ラ-メン探訪に出る。
午後3時過ぎだったので、空いていたらまた青葉に行こうと思ったが、案の定、混んでいる。
しかしこの近くにはおいしそうなラ-メン屋がたくさん並んでいるので、新規開拓することにした。
青葉から歩いて1分。ら-めん山頭火に入る。
当店自慢のしおラ-メン800円を注文した。

しおラ-メンというよりとんこつラ-メンという感じ。
とりたてて特徴がないラ-メン。麺・ス-プ・具ともにまとまってはいるが、何かがものたりない感じ。
これで500円なら文句は言わないが、800円も出しているのだから一工夫が欲しい。

全体的に値段が高い。
隣の人はとろ肉ら-めんに味付けたまごのトッピングで1300円だ。
「とろ肉」という言い方をするから特別な印象がするが、要はただのチャ-シュ-メン。
確かにチャ-シュ-はおいしいが、たかがラ-メンごときに1300円というのは根本的に間違っている。

気になったのは異常に悪い接客態度。
店に入ってきても客に気づかない。すぐにテ-ブルを片付けない。混んでいるのにおしゃべりしている。
挙げ句の果ては厨房に向かって客席からごみを投げつける。
3人いた従業員はすべて20代前半の明らかにアルバイトの人たちだけだった。

たまたま僕が行った時は運が悪かっただけなのかもしれないが、
本当においしいラ-メン屋というのは、こんな連中に店は任せない。
有名店でいい気になっているのか、客をなおざりにしているのか、殿様商売しているのか、
やたらチェ-ン店を出している拡大政策のつけなのか。

青葉には依然として客が並んでいる。
客は鈍感なようで驚くほどあらゆることに敏感だ。
こんな接客態度でいたら、いくら名の知れたラーメン店といえどもつぶれるだろう。


# by kasakoblog | 2001-03-24 02:20 | グルメ・ラーメン
2001年 03月 23日

3世代家族の効能

3/22のつぶやきかさこ「託児所」に対するライオンさんのご意見を掲示板に頂戴しました。

「旦那様のお給料だけで生活費と子供の養育費を出せない場合。
だからといって旦那様の給料だけでやっていかれるようになるまで待っていたら子供産めなくなっちゃいます。
これで、女性が働くから子供を産まなくなって少子化になったといわれても困ります。
この悪循環が無くならない限りは、解決できない問題ですね。かさこ総理、どうにかなりませんか?」
ライオンさんのご意見に、早速かさこ総理がお答えいたします。

旦那の給料だけでやっていけない、今の日本の経済システムがおかしいわけです。
旦那の給料だけでやっていけない最大の原因は、信じられない高額な土地代・家代のために住宅ローンが家計を圧迫していることです。

30年もの長きにわたって、年収の何倍もの借金を背負わないと家が買えないなんて、こんなバカな話はない。
日本がいかにGNPでは世界でナンバーワンになろうが、一般市民が「豊かさ」を感じられない大きな原因となっています。
土地が高いのがすべての諸悪の根源なんです。

そこで提案したいのが、3世代家族の居住提案。
家計を圧迫している住宅費を減らすためにはどうしたらいいか?
考えてみたら、親でもおじいちゃんの世代でも土地と家を持いれば、
そこにずっと代々住んでいけば、この世から家賃も住宅ローンも消えてなくなるわけです。
そうなると今みたいに懸命に働く必要はない。
住宅費が全くかからなければ、極端な話、旦那がアルバイトだけでも生活できるはずです。

そうなるためには、企業における転居を伴う転勤の廃止。
さらに学歴社会の完全廃止により、進学のために子供が家から外に出ていく機会を減少させる。
こうなると「家」からの人の流失が防げる。
3世代で住み続ければ、基本的にこの世から住宅費による家計の圧迫はなくなるわけです。

今更「3世代家族の提案」など古臭いかと思うかもしれないが、
もし3世代で住めば、住宅費が浮いてバカみたいに働かなくて済むだけでなく、様々な波及効果を生む。
家族が一緒に住めば、老人や子供を大金払って他人まかせに世話してもらう必要はなくなるし、
離婚だ不倫だとかいった夫婦間の問題も、さらにその上の世代がいることにより、未然に防げる可能性が出てくる。
こうして家庭がしっかりしてくれば、社会は乱れない。
今起きているほとんどの社会問題は、3世代家族で住むことにより解決する。

「3世代家族の提案」。
古臭いかもしれないが、未だにサザエさんが人気があるのは、
日本人の心のどこかに、家庭のユートピアとして3世代家族像が根強くあるからではないだろうか?


# by kasakoblog | 2001-03-23 02:21 | 生き方
2001年 03月 22日

託児所

3/15、池袋の託児所で起きた、4ヶ月の赤ちゃん圧死事件。
マスコミはこぞって、託児所の保育士不足や営利主義を批判していた。
確かにマスコミの言う通りだ。
しかしこの事件で僕が驚いたのは、わずか4ヶ月の赤ちゃんをお金を払って他人に預ける、無神経な親がいるということだ。

はっきりいってこれほどまでに託児所が盛況だとは思わなかった。
託児所に自分の子供を預ける親がいかに多いかという浮き彫りにさせた。

人間にとって幼少期というのは極めて重要な時期だ。人間の基本的な人格形成はこの頃からはじまっている。
そんな大事な時期の子供を、親が愛情を持って育てるのではなく、他人に平気で預けてしまうその行為が信じられない。
こういう育てられ方をされた子供が大きくなるとどうなるかというと、
17才で近所のおばさんを殺してみたり、バスジャックをしてみたりするのである。

今の女性は忙しくて、仕方がなく子供を預けているのだと反論する人もいるかもしれない。
しかし果たしてそうだろうか?

子供を産むなら働くな。働きたいなら子供を産むな。

それが大人の責任ってもんだろう。
金払って自分の大事な子供を他人に預ける行為自体、親としての自覚に欠ける。
働いたお金で子供を預けるお金を稼いでいるなら、働かなければその分のお金は減るのだから、
子供を預けてでも働かなければ生活がやっていけないという言い訳は成り立たない。

僕は決して女性が働くことを否定しているのではない。
せめて子供がもうちょっと大きくなったら、また働き出せばいいのだし、
ずっと働きたいという女性がいるなら、子供など産まなければいいのである。
それを子供は産むだけ産んで、自分で育てず働きたいというのははっきりいってわがままだ。

託児所の保育士を増やす必要があるとかどうとか不毛な論議の前に、
赤ちゃんを他人に預けてしまう、無責任な昨今の親の神経を批判すべきではないだろうか。


# by kasakoblog | 2001-03-22 02:22 | 働き方
2001年 03月 21日

二番煎じ(2)

牛丼といえば、本家本元は吉野屋だった。
早くて安くてうまいをモット-に、牛丼のチェ-ン店を確立させたパイオニアだ。
その二番煎じが松屋。
二番煎じが同じことをやっても売れるわけがない。
本家にはない特徴がない限りは、二番煎じは一生二番のままだ。

しかし二番煎じの松屋は徹底的に独自色を出した。
個人差にもよるだろうが、多分吉野屋の牛丼と松屋の牛丼は、はるかに吉野屋の方がうまいはず。
そこでまず松屋は、画期的なサ-ビスとしてみそ汁を無料でつけた。
吉野屋はまずいインスタント味噌汁が50円だが、松屋は吉野屋よりはるかにうまい味噌汁をただにした。
外食が多い男性単身者にとって味噌汁はどこかほっとするもの。
それが無料とはこれだけでも大きな特徴だった。

さらに松屋は牛丼だけにとどまらず、次々に新しいメニュ-を登場させた。
カレ-や定食など種類は実に豊富。牛丼しかない吉野屋とは別の存在価値を見いだしたのだ。
さらに松屋は400円の牛丼の定価を290円にするという大攻勢に出た。
二番煎じでありながら、先手先手を打つ攻勢は見事なもの。
今や松屋は本家をしのぐ存在となった。

二番煎じのロッテリアと松屋。本家のマクドナルドと吉野屋。
二番煎じだろうが、本家だろうが、関係はない。
問題は他社との競合に打ち勝つために、いかに特徴のあるサービスを出していくかだけなのだ。

二番煎じの明と暗。
本家マクドナルドの後追いで、しかも全く同じ価格戦略を展開するどうしようもない二番煎じ、ロッテリア。
二番煎じでありながら、本家吉野家にはない独自色を次々と打ち出し大攻勢をかける松屋。
同じ二番煎じでもこれだけ違う。
一番か二番かという問題よりも、いかに他社に先んじて攻勢を仕掛けられるかで、その勝敗は決まる。


# by kasakoblog | 2001-03-21 01:45 | 一般
2001年 03月 20日

二番煎じ(1)

ばかだな、と思う。
マグドナルドが平日ハンバ-ガ-・チ-ズバ-ガ-を半額にし、驚異的な売り上げを伸ばしている中、
それに負けじと、ロッテリアでもマクドナルドと全く同額の、平日ハンバ-ガ-半額を実施した。
それを見て「この会社は潰れるな」と思った。

ハンバ-ガ-の値段は210円、チ-ズバ-ガ-の値段は240円だった。
それをマクドナルドが130円、160円という大幅値下げを定価にした。
これだけでも十分驚異的なことだった。
案の定この時も、ロッテリアはマクドナルドと全く同じ価格での値下げを行なった。

ファ-ストフ-ドの二番煎じであるロッテリアが、本家に追随して全く同じことをやって勝てるわけがない。
モスやケンタッキ-は、マクドナルドとは違った路線で市場での存在価値を確立している。
マクドナルドがハンバ-ガ-を半額にしたから半額にするなんて、
はっきりいってプライドがないのか、独自の経営方針はないのか、アイディアがないのか会社の能力を疑ってしまう。

半額にしたところでマックには絶対に勝てない。
仮に売り上げが伸びだとしても、定価は半額にしたために大幅に利益率は落ちる。
マックほどのインパクトがあれば、大量仕入によるコスト減と生産性のアップで利益を確保することができるだろうが、
二番煎じの中途半端戦略では、はっきりいって値下げ損の大打撃である。

たとえばマックのハンバ-ガ-半額戦略に打ち勝つために、ドリンクすべて半額セ-ルにして差別化を図るとか、
セットの値段を一律300円にするとか、ポテトSサイズ70円とか、
同じ価格戦略にしても、違った形で勝負しない限り、絶対に負ける。

ロッテリアが潰れるのはもう時間の問題だな。


# by kasakoblog | 2001-03-20 01:46 | 一般
2001年 03月 19日

「PRIDE」CHAGE&ASKA

デビューからすでに20年以上。アルバム総数20枚以上を越す日本のビックアーティスト、CHAGE&ASKA。
「古くて新しい」-そんな彼らの膨大な曲の中から、ベストな一曲をセレクトした。
それは、1989年に出されたアルバムタイトルになっているも「PRIDE」という曲だ。
(シングルカットはされていない)

「SAY YES」「LOVE SONG」「めぐり逢い」など、ラブソングのヒット曲が多いチャゲアスだが、
心の内面をえぐるようなこの曲「PRIDE」は、ぐっと心に沁み込んでくる名曲中の名曲。
言葉を一つ一つ確かめるように、語りかけるようにゆったりと歌うASKAの声が、
ピアノ演奏中心のシンプルなサウンドゆえに、聞くものの心に響いてくる。

一挙に盛り上がりをみせるさびの部分は、ASKAの心の叫びが強烈に伝わってくる。
内面に秘められたエネルギーが一挙に解放されるようなメロディーは、内に詰まったものを解放してくれる。
どこかせつなく、それでいて心の底から湧き上がってくるようなパワーを感じさせる曲だ。

「抱きしめそこねた恋や夢」
決して前向きな詩でもなければ、強いメッセージが描かれた詩でもない。
むしろ別れやうまくいかないことばかりが描かれている。
にもかかわらず、前向きに生きていこうと想わせる力強さが、底に流れているのを感じることができる。

「心の鍵を壊されても 失くせないものがある」
どんなに追い詰められても、どんなにどん底に沈み込んでも、最後に譲れないもの、
自分の根本みたいなもの、それが「PRIDE」。

こういう曲っていうのは、陳腐なラブソングと違って作ろうと思って作れる曲ではない。
アーティスト自身の強い想いが、これだけ自然に出ている曲はそう数多くないだろう。
自分自身の心情を、ストレートに歌詞とメロディーに再現した素晴らしい曲だ。
アーティストの強い想いが曲に込められているからこそ、聞くものにパワーを与えることができるのだろう。

なおこの「PRIDE」は、最新ベストアルバム「VERY BEST ROLL OVER 20TH」に収録されているので、ぜひ一度聞いていただきたい。


# by kasakoblog | 2001-03-19 01:46 | 音楽