2001年 07月 14日
前向きに生きようよ
僕は今まで非常にマイナス思考だったように思う。
神経質で完璧主義者で、ちょっとでも何かがあると気になって仕方がない。
悲観主義的で、内向き思考で、すぐ悩み込んでしまうタイプだったように思う。

だからなのか、僕は割に楽観主義的で明るくおおざっぱな人に惹かれた。
「昔の」華原朋美が好きなタイプなのも、
こう何事も気にしないような垢抜けた天然さが、僕には全くないものだったので好きになったのだろう。
会社やサークルの先輩なんかでもよくつるんだのは、
驚くほど大胆で、細かいことを気にしないタイプの人が多かった。

そんな僕の基本的性向は変わっていないはずなのだが、
今の僕は随分とポジティブな思考に変わったように思う。
いつからなのか定かではないが、ここ最近、どんなに忙しくても不思議とほとんどマイナス思考にならない。

会社を辞めて旅に出てから、プラス思考になったのだというのもとってつけたような理由のような気もする。
でも一度会社を辞め、好きな旅を思う存分して、
そして今の会社に入って自分の好きなことができる仕事に近づいたせいか、
ものすごく自分でも今の精神状況はいいように思う。
マイナス思考で内向きなこの僕が、楽観的でポジティブで前向きなのだから、自分でも驚いてしまう。

仕事は圧倒的に人生の大半をしめる時間。
だからこそ好きな仕事についてほしい。
今、悩める就職活動を送っている人たちに声を大にしてそういいたい。
仕事の充実なくしてプライベ-トな時間の充実などありえない。
企業の規模や休日の数や仕事のらくさや給料の金額なんかで会社を決めてほしくないなと思う。

今年のシューカツ(就職活動の略)はいつになく大変そうだが、自分の好きなことに向ってがんばって欲しいな。
社会人になることは人生の墓場なんかじゃない。今、真剣になって自分が好きなことを見つけることができるのならば。
ただ内定だけを取るためだけにやっていると、後で痛い目にあう。
まあそれも一つの経験だとは思うけど。

できることなら回り道せず早いうちに自分の好きな道に進めたらいいと思うから。
ポジティブな思考でがんばってほしい。


# by kasakoblog | 2001-07-14 18:36 | 生き方
2001年 07月 13日
ぺこちゃん飴
最近、若い女の子をみると、驚くべきことに80%以上が髪の毛を染めている。
純粋な黒髪の人がおそろしいほどに少ない。
一昔前は髪の毛を染めている人などただそれだけで不良のレッテルをはられたものだ。
時代が「進歩」だか「進化」だかしたのか、今ではそんなことをいうものはいない。

日本の昨今の流行は、はやりだしたらほんと手に負えない。
なつかしのたまごっちのごとく、広まるやいなやあっという間に世間を席巻する。

ぺこちゃん飴のように、どこを切っても同じ顔して同じもの着た、
「デモクラシー」という名の同質化・均一化をすすめられた昨今ののっぱらぼう若者は、
自己のアイディンティティだか個性だかを探すために、見かけ上の差別化に必死になっている。
ブランド品をまとい、そして髪の毛を染める。

しかしここにパラドックスが存在する。
他者との差別化のためにブランド品をまとうことも、髪を染めることも、
みんなするから、またぺこちゃん飴状態になってしまうのだ。
みんな髪を染めて茶色になってしまったのでは個性もくそもない。
そこで今度はさらにエスカレートして金色にしてみたり、緑にしてみたり赤にしてみたりと、
もがいたすえにどんどん変になっていくのである。

他者との差別化ゲームには際限がない。
すればするほどまた人と同じになってどんどん個性がなくなっていく。
そのせいか、今まで当たり前だった黒髪の人をみると、なんだかすごく新鮮でぞくっとする。
みんながみんな茶色に染めるもんだから、
何もしなかった黒髪の人の方が、かえって他者との差別化が明確になり、
個性が出て魅力がひきたつというパラドックスが起こっているのだ。

こうしてみんながみんな茶色にしている現象をみるとものすごく危険な香りがするんだな。
洗脳しやすいというかマインドコントロールしやすいというか、簡単にだまされる人々だなというか。

小泉内閣の驚異的支持率をみても中身をろくに検討もせず、ファッション(流行)だけで決めている風潮に、
近い将来、この社会は相当危うい状況に陥るだろうなと今から大変心配である。


# by kasakoblog | 2001-07-13 12:43
2001年 07月 12日
長袖
すっかり蒸し暑くなった東京。
ベトナムから帰ってきて、異常に陽に焼けてきた僕に、
「ベトナムは暑かったですか?」とよく聞かれるが、
確かにベトナムは暑いが、東京の方がよっぽど蒸し暑く、暑苦しいといえる。
「世界中で東京ほど暑いところは他にないですよ」といつもそう答えている。

東南アジアやインドにいくと「ものすごい暑い」というイメ-ジがあるが、
はっきりいってここ最近の異常気象を考えれば、世界で東京ほどすごしにくい場所はないとさえいえる。
しかもこれで冬は冬で異常に寒くなるのだから、はっきりいって東京は名実とともに「砂漠」である。

そんなむさくるしい暑さの東京で、またベトナムなど暑い国へ旅行していった時もそうだが、
僕は長袖を着ている。
「このくそ暑いのになんで長袖なんか着てるの?」と奇異の目で見られるが、
これにはれっきとした理由がある。

まず第一に言えることは、肌を暑い陽にさらすことの方が、体温は上昇するのである。
長袖で肌を覆った方が体内温度の上昇は防げるのだ。
特に近年にいたっては環境破壊が猛烈に進んでいるから、陽の光線を直接肌に浴びることは有害である。
強力な紫外線を半袖でましてやノ-スリ-ブで肌をさらしてしまうことは、非常によくないことなのである。

マスタ-キ-トンでもこの話は出てくる。
タクラマカン砂漠の中で、主人公は長袖の背広姿で登場する。
「砂漠でくそ暑いのになぜ長袖なんか?」と笑われるが上記のような理由があるからなのだ。

そして第二に、東京は至るところでク-ラ-がガンガンにかけられているから、
外に出ない限りは実は結構寒いのである。
なぜかはわからないが、人が多く集まる公共の場ほど、早く用を済ませて出ていけという意味なのか、
異常にク-ラ-がききすぎていて、寒いぐらいである。
夏に体調をおかしくするのはまずク-ラ-がそのほとんどの原因だ。
外は暑いのに中は寒い。でも服装は薄着だから思わぬところで風邪をひいたり体調を崩したりする。
ク-ラ-だらけの日本においては、いくら暑くても、かえって厚着をしていないととんでもない目にあうのである。

暑いのになぜ僕が長袖着ているのか、わかってもらえただろうか?
東京砂漠においてはいくら暑い夏でも長袖は必需品かと思われる。


# by kasakoblog | 2001-07-12 12:43
2001年 07月 11日
恋愛
恋とは相対的なものであって、絶対的なものではない。
愛とは絶対的なものであって、相対的なものではない。
恋が愛に変わるのは、相対的な想いが絶対的な想いへと昇華した時のことだ。


# by kasakoblog | 2001-07-11 12:44 | フォトエッセイ
2001年 07月 09日
天気予報
<1>
2001年7月10日、東京各地の屋外観光施設ならびに観光協会は、
「先週の土日(7・8日)の天気予報が雨とされたために、
大幅に来客が落ち、またキャンセル客が相次ぎ、大幅な減収に見舞われた。
実際の天気は快晴であり、雨予報をした各テレビ・新聞・マスコミの営業妨害だ」
として東京地裁に訴えを起こした。

屋外観光施設代表氏談:
先週1週間ずっと毎日のように「平日は暑い日差しが続きますが、週末は崩れるでしょう」と、
週末雨予報を流し続けたために、土日は快晴だったにもかかわらず、客の出足が極端に悪かった。
週間予報が外れることはよくあるにしても、今回は毎日のように断言に近い予報を行い、
しかも土日の直前まで80%以上雨の予報をしつづけた。
そのため雨だからという理由で予定を変更した客が激増した。
これほどひどい天気予報を流し続けたマスコミは、いくら予報とはいえ、
公共の電波を使って多くの大衆に虚偽の情報を流し続けた罪は重いと考える。
被害相当額の損害賠償10億円の訴えを天気予報を外したマスコミ各社に起こしました。

一方、訴えられたマスコミ各社は、
「天気予報は外れるもの。そんなことで訴えられるなんて前代未聞だ」として全面的に争う構えだ。

そこで町を歩く人たちに緊急調査を試みた。
「先週、ずっと週末は雨だっていうから、伊豆に旅行に行こうと思っていた予定を変更したんですよ。
そうしたら土日は快晴でしょ。あれだけテレビでは雨だって言ってたのに。
あまり天気予報を信じる方ではないけど、ちょっとひどすぎるよね、今回は」…OL25才
「今週はゴルフだったんですが、雨だっていうから取り止めしたんですよ。
そしたらこの快晴でしょ。これからは天気予報を信じないことにします」…会社員50才男性
今回の雨予報にかなり惑わされた人が多かったようだ。

<2>
そこで今回の騒動について、現代評論家のつぶやきかさこ氏に尋ねてみました。
「まず第一に、あれだけテレビ局や新聞の数があるにもかかわらず、
どこもほぼ同じ予報しかしできないということに大きな問題があるのではないでしょうか。
天気予報士資格制度の導入で、各マスコミはもっと独自に大胆な予報を展開してもよさそうなもの。
しかし予報となると外れた時の批判が恐いから、どこも右にならえで、当たり障りのない予報しかしなかったのでしょう。
それが逆に今回のように皮肉な結果となったのでしょう。

第二に、今回の予報は確かにひどかった。
もちろん各マスコミは裁判では雨だとは断言していないと言い張るでしょうが、
先週の天気予報を見てもらえれば間違いなく雨が降ると誰もが思い込むでしょう。
予報は外れるものだという主張を展開するなら、あれだけ断言した言い方をするのはまずいでしょうね。

そして最後にもうひとつ、
テレビの予報を鵜呑みにする、きわめて受動的な大衆があまりにも多いという事実こそが大問題です。
事件報道にしても何にしても、実にいい加減な日本のマスコミの情報を、
そのままそれが正しいと受け取ってしまう態度は改めなければなりません。
むしろ嘘の情報を流す反面教師だと思って見るぐらいがちょうどいいのではないでしょうか。

天気予報に関して言えば、自分の肌で朝起きたら外に出て予想をした方がはっきりいってよく当たりますよ。
今の人たちは自分で考えることをあまりにしなさすぎるのです。
特に雑誌やテレビの情報を信じすぎる傾向が極めて強いです。
マスコミに取り上げられるとすぐにその店にいってうまくもないのに、受け売りの知識で「うまい」と言ってしまう。
これは非常に危険なことです。
これだけ簡単に洗脳されてしまう大衆は、はっきりいって全国民オウム信者みたいなものですよ」

今回の訴訟で浮き彫りになった問題は、天気予報が単に外れたということだけでなく、
日本の社会構造に根ざした深い問題となりそうだ。


# by kasakoblog | 2001-07-09 12:45
2001年 07月 08日
ベトナム・第3章 忘れ去られた王国
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おい、受験勉強でインテリジェンスなニッポンジンさんよう。
「チャンパ」って知ってるかい?
チャンパ王国って言ってな、ベトナム中部の海岸平野を中心に2~17世紀まで栄えたんだ。

いいかい、チャンパはな、地理上ではものすごく重要な位置にあるんだ。
このクイニョンが港町であるようにな、昔は「海のシルクロード」の交易路だったのさ。
中国から海岸沿いにベトナムを回って、インドからさらにはヨーロッパへと向ったのさ。

だからな、クイニョンにはチャンパの遺跡がいっぱい残ってるんだ。
せっかくここまで来たんだから、ビーチでサッカーばかり見てないで、遺跡見学でもするんだな。

何、足がねえって?
だから言ってんだろ。俺のマシンで乗っけてってやるって。
いいから遠慮せずに後に乗ってきな。
ただな、遺跡はあちこちに散らばってるから、お金はいただくぜ。
俺は英語もできるからガイドもしてやれる。
チャンパ遺跡見学は俺にまかしておきな!

はじめに声を掛けたバイクタクシーの運転手は、チャンパ遺跡の場所を知らなかった。
そこに声を掛けてきたおやじがこの人だった。
確かにこの人は英語も多少話せるし、場所もよく知っていた。
ということで、彼の後にまたがってチャンパ遺跡見学スタート!


# by kasakoblog | 2001-07-08 12:46 | 旅行記
2001年 07月 06日
かさこ金融道「督促電話」
「もしもし、村岡と申しますが、花山さんいらっしゃいますか?」
「もしもし山田さんですか。アイプルの村岡ですけど」
「あ、どうも」
「どうもじゃないでしょうが。おたく何やっとるんですか」
「何やってるってその・・・」
「おたく今、何日だと思ってるんですか」
「すみません」
「私が聞いてるのは、今日は何日かというとるんです」
「5日です」
「おたくの支払い日は何日なんですか」
「すみません」
「だから私が聞いてるのは何日かというとるんですわ!」

「すみません、1日です」
「4日も支払い遅れて何の連絡もないというのはどないなっとるんですか」
「すみません」
「うちの支払いなめとるんですか。それとも担保にしてる不動産はもういらんってことで連絡しなかったんですか」
「いえ、違います。すみません。ちょっと忙しかったもので・・・」
「忙しかったら支払いしなくていいなんて誰が決めたんですか。契約書のどこにもそんなこと書いてないですよ。
いい加減なこというのもたいがいにせんと、すぐにでもおたくの不動産、競売にかけますよ」
「すみません。すぐ払いますので」

「すぐってことは今日支払っていただけるんですね」
「いえ、その・・・、もう2、3日・・・」
「おたくね、すぐっていうのは今のこというんですわ。2、3日後たったらもう1週間もの遅れですよ。
おたく今の自分の置かれている立場をわかっとるんですか」
「わかってます」
「わかってるんだったら、2、3日後でなく今日支払いしなさんな。今日でももう3日遅れなんですから」
「わかりました。今日払います」
「ほんとに今日払えるんですね」
「はい」
「今日の何時にどこで支払うつもりなんですか」
「いえ、それはまだちょっと」

「おたく、そんなことでほんとに今日支払いできるんですか。もう今日の11時ですよ。
そんなこともわからず、また今日も支払えんかったらお話にならないですよ」
「すみません、今日は無理です」
「どうして無理なんですか?おたくの給料日は25日でしょう。まだ給料入ったばかりじゃないですか」
「それがその他の支払いとかで・・・」
「あのね、うちはおたくの自宅担保にとってお金貸してるんですよ。それより他の支払い優先するとはどない神経しとるんですか。
それとももうおたくは、うちの支払いは不動産売って支払うつもりでおるんですか」
「いえ違います」
「だったらなんで他の支払い優先するんですか。よく考えて支払いの優先順位考えないと大変なことになりますよ」
「すみません」

「だったら今日支払いできないじゃないですか」
「はい、すみません」
「すみませんじゃなくて、支払う方法真剣に考えなさんな。うちは最大限待ってもあさってまでですわ。
それまでに支払わなければ、契約書にのっとって競売かけるなり給料差し押えするなり法的な手段に訴えますよ」
「それだけは勘弁してください」
「だったらなんとかあさってまでにきちんと支払いしなさんな。今回は特別ですよ」
「はい」
「その代わり、来月の支払いからは一日足りとも遅れずうちの支払いしてくださいな」
「わかりました」
「じゃあ、なんとしてでもあさってまでですよ。あさって振込みする時に、連絡必ずください。
その時になってまた待ってくれは絶対に聞かないですからね」


# by kasakoblog | 2001-07-06 12:47 | 金融・経済・投資
2001年 07月 05日
ニュースペーパー
いつのまにか新聞紙がたまってしまって、ごっそり抱えてゴミ捨て場に捨てに行く。
つい最近いっぱい捨てたはずなのに、もうこんなにたまってしまったのかという単純な事実に愕然とする。
時の流れの早さ、毎日毎日一刻を争って手に入れた最新のニュースが、
あっという間にゴミへと変わってしまう虚しさを、ゴミ捨て場に捨てる時に実感する。

みんなその場限りのニュースペーパーを毎日欲している。
一日と持たない情報のおもちゃ「ニュースペーパー」を欲しているんだ。
最新のファッション、最新の車、最新のデートスポット、最新の彼女、最新のゲームソフト、
最新の音楽、最新のアイテム・・・永遠に続く最新デキレース。

つまりは人生すべてが新聞みたいで、
今日の朝刊が出てしまえば、昨日の朝刊は意味ないわけで、
一昨日の朝刊は色褪せて、一昨昨日の朝刊はゴミ箱行きとなる。

今日もまた大量の新聞がゴミ箱行きとなる。
今日もまた最新のニュースを求めて、人々はニュースペーパーを捜し求めてさまよい歩く。
無限の最新デキレースに一体どこまでついていけるのか?
それとも昔の新聞でもスクラップして懐古主義にでも逃避するか?

ニュー(新しい)ことが最も価値ある現代社会。
ニュースペーパーは今日も捨てられる運命ながら配ら続ける。


# by kasakoblog | 2001-07-05 13:13 | マスコミ
2001年 07月 04日
功罪~ベトナム(13)
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町は生きる歴史の教科書。
ベトナムの町のあちこちには、フランスパンが売られています。
それはフランスによる長い占領時代の影響からでしょう。

今ここで、ベトナムにおけるフランス植民地化による惨劇や、
ベトナム戦争下における悲劇を教科書的に語ろうとは思いません。
時代は常に動き、今は常に歴史へと変わり、
時は人々の記憶を忘却の彼方へと連れ去っていくのです。
声高々に歴史の教訓を唱えたところで、人間は悲しいかな、
直接体験した世代でなければわからないことがたくさんあります。
町で売られているフランスパンは、地元の人々にとっても人気のある食べ物です。
旅行者の僕にとっても、アジアでパンからはじまる1日を迎えられるなんて、
実にうれしいことです。

フランスパンの中に野菜をたっぷりと入れてサンドイッチにして食べる。
これが最高なんです。
朝は必ずこのフランスパンサンドイッチをほおばります。
これにベトナムコ-ヒ-でもつければ、もう気分はヨ-ロッパスタイルのブレッックファ-ストタイムです。

歴史がもたらした様々な功罪、そして今に残る歴史の遺産。
過去に学び、現在を生き、そして未来に向って歩いていくのが、人類なのではないでしょうか。

今、僕が言えること、それは、フランスパンがとてもおいしい。ただその事実だけなのです。


# by kasakoblog | 2001-07-04 13:14 | 旅行記
2001年 07月 03日
高度情報化社会
かさこさんは毎日マックと松屋でばかり食べているから、味盲(味がわからない)なのだ。
だからかさこさんのラーメン評価はどうもなあ、という一般的イメージが定着した感があるが、
現実とイメージとは皮肉な双曲線関係にあるもので、
そんなイメージがついたここ最近、実はあまりマック・松屋に行っていないのである。
今日久しぶりに松屋で牛丼食べて「久しぶりでうまいなあ」と感じいったところであった。

ほんの4、5カ月前までは、ほんと昼食マック&夕食松屋というのが毎日続いていた。
ところが就職してから1年が過ぎ、わずかだが昇給したということや、
仕事が忙しくなり、おいしいものでも食って元気を取り戻さないとどうしようもないという状況もあって、
実はここ1、2カ月、マック・松屋はご無沙汰していたのである。

現実とイメージとは常にこんなもので、イメージが先行して現実は全然違ったり、
イメージが定着したころには本人はそんなことしていなかったりと、そういうことはよくあるのである。

まあ、かさこさんがマックで食べようが松屋で食べようが、
イメージにタイムラグがあろうがそんな話関係ないと思うかもしれないけれど、
自分が日々接している情報というのは、このような危険性を秘めているということをわかってもらうためにしたのである。

つまりこれがいわゆる情報化社会の落とし穴なのである。
過剰な情報が再生産されていく中で、情報伝達の波の広がり具合とタイムラグ、
さらには無限の伝言ゲームによって、本人が情報を発信した時からそれがイメージとして定着するには、
かなりのズレが生じる。
私たちはこういう「高度」情報社会に生きているということを認識しなければならない、
特にマスコミの発する情報は、一次情報より(直接的な情報)圧倒的に二次情報(誰彼のまた聞き)が多いことから要注意だ。

ということで僕は最近、マック・松屋はご無沙汰しているということをここに書いておく。
ところが皮肉なことに、こうしてここで最近食べていないと言って、
「最近、かさこさん、マック&松屋に行ってないらしいよ」と広まる頃には、
すでにもうマック&松屋の悪壁が復活しているということになるのだ。

情報社会とは、常にタイムラグの連続であるということを知っておかないと、とんでもないめにあうので気をつけたい。


# by kasakoblog | 2001-07-03 13:16