2001年 01月 20日
メメント・モリ~就職活動生へ~
自分のやりたいことさえ見つかれば、就職活動は成功したも同然と以前書いた。
しかしその一方で、本当にやりたいことを見つけるのは難しいとも書いた。
では一体どうすればよいか。
本当に自分のやりたいことを見つける良い考え方がある。
それが「メメント・モリ~死を想え~」という発想である。

余命を半年後と宣告された病人が、逆に少ない時間を生き生きと過ごすように、自分自身の死を身近に考えてみる。
人間はいつかは死ぬ。
自分が死ぬまでにどうしてもやりたいことは何だろうか?
死ぬまでにやりたいことを就職活動にとらわれず100コぐらいあげてみる。
そうするとおのずと、自分の本心がわかってくる。
「死」を意識して考えると、「生」に限りが出てくるので、やりたいことが素直に浮かんでくる可能性が高いのだ。

今の世の中、いつ死が訪れるかもしれない、極めて治安の悪い時代。
地下鉄なんか乗っていたらサリンをまかれるかもしれないし、脱線するかもしれない。
交通事故で死亡する人など数限りない。
日本で相次いで起こる地震は、ある日、突然避けようもなく襲ってくる。
寿命死が少なくなり、人為的な死や突然死が罷り通っている現代においては、
いま自分がどんなに元気だろうが、いつ死へ誘われないとも限らない。

「死」を意識することによって、本気で有限の生を生きようとする。
それまでにどうしてもやりたいことが、本音で見えてくる。
ただ企業に入るという目先の目標を考えた上で、やりたいことなど考えるから、
本音ではない、へんてこなものしか思い浮かばない。
そして志望動機なんていう建て前を作って、あとで入社してから後悔する。
「やっぱり自分のやりたいことはこんなことじゃなかったんだ・・・」と。

どうしても自分が死ぬまでにしたいことをあげていけば、おのずとその先の道は開けるはずだ。
もしかしたら、自分のやりたいことをするためには、会社に入ることではないという結果が出るかもしれないが。

「メメント・モリ~死を想え~」
常に自分のどこかにこの意識を持って生きていきたいなと思う。
人間、死ぬ気になれば何でもできるというように。


# by kasakoblog | 2001-01-20 00:46 | 働き方
2001年 01月 19日
おいしいカップラーメンを探せ⑥
日清の「武骨麺」。
この特異な名前に惹かれて買ってみた。
(カップラーメンを選ぶ時、結構ネーミングを気にしていることがわかった。
でもこれでよく失敗するんだよな・・・)

「武骨」の所以は、食べごたえのある太麺なのだそうだが、
たいした食べごたえのある麺とは思えなかった。まあ、普通の麺だ。
塩味のあっさり風味においしさを醸し出しているのがごま。
さっぱりしていてなかなか良い。

ただ気のせいかスープが時々変なにおいを発する。
芳香剤のような薬品くさいようなにおいがたまにするのは、調味オイルのせいか。
ちょっとくさくて気になった。

ごまとネギのかやくは、あっさり塩味スープに合っていて良いのだが、
それ以外に入っているかやくの肉がおそろしくまずい。
これだったらはっきりいって入れない方がましだ。

全体的にさっぱりあっさりしていていいが、それ以外にたいした特徴はなく、
値段も143円と安いが量は少なく、一食にするには物足りない。

結論からいえば、このラーメンの名が「武骨麺」という変わった名前でなかったら、
食べることはなかっただろう。


# by kasakoblog | 2001-01-19 00:47 | グルメ・ラーメン
2001年 01月 18日
かさこ金融道⑦ 役所の怠慢
消費者金融で不動産担保の融資の仕事をしていた時の話。
毎回うんざりするのは、借りる人が驚くほど税金を延滞していることだ。
うちに借りにくる段階で、銀行はもちろんクレジットカードやあちこちのサラ金から金を借りまくっている。
だから税金など払っている余裕はないのである。
税金をちゃんと納めているか役所に行って調べるのが、僕の仕事の一つなのだが、まあ、とにかくひどいこと。
滞納額が100万円を越えるのは日常茶飯事である。

しかしもっと驚くべきことは、これをほったらかしにして、のうのうとしている役所の怠慢さである。
3年近くも滞納し、しかもその額が100万円を越えているのだから、
それを支払わせるようにするのが役所の仕事であるのに、一切そんなことはしないのだ。

なぜか?
そんな面倒なやっかい事をしたくないからである。
税金の未納額が増えれば、本来なら自分たちの給料が減ってしまうはずだが、
税金の回収目標があるわけではなし、未納が増えれば税金をアップすれば済む話として、ほったらかしにしているのである。

よくよく考えればこんなひどい話はない。
税金を滞納している人をほったらかしにしているのは、まじめに払っている人をバカにしているとしか言いようがない。
しかもその滞納者が全く払えないならともかく、不動産を持っているのだから、
さっさと競売かけて売り飛ばして、税金を回収すべきなのである。

まじめに働いて税金を払っている人が不動産を買うことができず、
税金を滞納している人間が、払わずいつまでも不動産を持ちつづけるというのは全くおかしな話だ。
こんなひどいことが、役所で罷り通っていることを知り、僕は愕然とした。
なんていい加減な国なんだろうかと。


# by kasakoblog | 2001-01-18 00:47 | 金融・経済・投資
2001年 01月 17日
取捨選択
朝、6時50分。
僕は通勤電車でつり革に捕まって、宮本輝の短篇小説を読んでいた。
まだ眠くて幾分流し読みをしていた中で、ふと目にとまった言葉があった。
「取捨選択」
いい言葉だなと思って、一度本から視線をそらし、その言葉から沸き上がってくるイメ-ジを思い浮べていた。

本から視線を外し物思いに耽っていたその時、僕の目に信じられない光景が飛び込んできた。
外の公園で子供とお父さんがキャッチボ-ルをしていたのである。
僕は目を疑った。

今年一番の寒さではないかと思われるこのくそ寒い中、しかもまだ朝7時前で朝日さえ昇っていない暗い中で、
さらには休日でもなんでもない平日に、子供とお父さんがキャッチボ-ルをしているのだ。
ただでさえ「親と子のキャッチボ-ル」姿など見なくなった最近において、信じられない時間にキャッチボ-ルをしている。
これは一体どういうことなのだろうか?

僕は電車の中を見渡した。この信じられない光景に他の人も釘づけになったはずだと。
しかし誰も気に留めていなかったようだ。
というより、電車が通り過ぎた一瞬の光景に、誰も気づかなかったのだろう。

人間は同じものを見ているようで、全然違うものを見ている。
所詮、自分の興味あるものしか見ていないのだ。
逆に、自分が日頃から意識しているものには、敏感に視覚が反応する。

僕はなぜ無数の景色の中から、あの光景だけを選び取ったのだろうか。
冬の早朝の親と子のキャッチボールの光景が、僕に飛び込んできたのはなぜなのか。
人は知らぬ間にいろんなことを取捨選択しているんだな。


# by kasakoblog | 2001-01-17 00:48
2001年 01月 16日
感覚マヒ
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海外」というと、よく治安が悪いだとかすぐ物を盗まれるとかいう。
それはある意味では本当のことだが、その要因は、日本人の特殊性に帰することが多い。
海外でよく日本人が被害にあうのは、ちょっと荷物から目を離した隙に物を取られる置引き。
でもそれは日本人の感覚がおかしいから、よく被害に遭うのだ。

日本ではファ-ストフ-ドや食堂や図書館、さらには駅のホ-ムなどでも、
場所取りのために平気で荷物だけを置いてどこかに行ってしまう。
こういう感覚のまま海外旅行に出掛けて、ここは日本ではないんだという意識を持たなければ、
簡単に物を盗られてしまうのは当然のこと。
というより、物を盗んでくださいと自ら差し出しているようなものなのだ。
海外の治安が異常に悪いのではなく、日本人の感覚がズレているから起こるのだ。

日本なら荷物を場所取りにしても、盗られることは少ないだろうが、
最近、「いくらなんでもこれはねえ」と首をかしげてしまうのは、
携帯電話を置いてそのままにしていくことである。
いくら平和ボケした日本でも、携帯をおきっぱなしという感覚はちょっと信じられない。これが意外に多いから驚いてしまう。

もし取られてどこかに電話を掛けられたらどうするのだろうか?
すぐに電話会社にとめてもらったとしても、膨大な個人情報が流出する。
友達の電話番号だけでなく、メ-ル機能もついているから、メ-ルの履歴を読んでいけばいろんなことがわかってしまう。

財布に次ぐ貴重品であるはずの、携帯電話をそのまま置いてどこかに行ってしまうというのは、
「治安のいい」日本でもやめた方がいいのではないか。
ここまで感覚がズレた人間が、団体ツア-で日本人に囲まれ高級ホテルに泊まり、
まるで日本にいるかのような旅行をするから、物が盗られたり、カモにされたり狙われたりするのである。
つまりは、自業自得ということだ。

いくら僕がこんなことを言っても、自分の荷物が盗まれて痛い目にあわないかぎり、きっと無駄なんだろうな。
渋谷の町角を歩いただけで、無差別に金属バットで殴りかかられるという(昨年暮れの事件)、
日本の異常な程の治安の悪さを考えた時、携帯電話をほったらかしにする危機意識のなさは、
より事件事故を誘発させているといっても過言ではない。

この世は欲望社会。何も自分から事件の火種を蒔く必要はないのではないだろうか。


# by kasakoblog | 2001-01-16 00:49 | 一般
2001年 01月 15日
チベットがなくなる日
人生には実に不思議なことがある。
僕は新聞は朝刊しか頼んでいないのだが、なぜか今日に限って、配達員が間違えたのか、夕刊が入っていた。
「別に夕刊なんか大して読むところないのに」と、何気に新聞を開いてみて驚いた。
一面のトップが、「チベットを鉄道走る」という記事だったのだ。

1999年、僕は中国・ゴルムドから約1100kmの道程を、バスで30時間かけてチベット・ラサに旅した。
平均標高4000m、5000m以上の峠を二つ越える難所の道程を、オンボロバスで走るのだ。
これほどきつかったバスの旅はなかった。
しかしその甲斐あって、到着したチベットは美しい場所であった。

その時、鉄道ができるという噂は聞いていた。
確かに中国ゴルムドからチベットに行く道の途中に、鉄道の路線を工事している箇所を何度か見掛けた。
しかし本当に建設するとは到底思えなかった。

全く何もない高原地帯に、しかも異常に標高の高い地に、
1000kmもの鉄道を敷設するというのは想像を絶する難事業のはずだからだ。
しかしこうして朝日新聞がトップで紹介するからには、本当に建設するのだろう。
チベットに行ったことがあるだけに、この記事を他人事とは思えず食い入るように読んだ。

チベットは中国から独立したがっていて、チベットの最高指導者ダライラマは現在インドに亡命中。
昨年は、高僧の一人がチベットから脱出してインドに亡命した事件もあった。
こんな非常に微妙な地区に鉄道を敷設するということは、単に「観光の切り札」としてだけではなく、
非常に政治的な意味を持ち合わせているのだ。

鉄道ができれば、中国人・中国文化・さらには高度成長真っ盛りの近代化文明までもが、
固有の文化を持った自然と共に生きるチベットに、一挙に運ばれることにある。
これは実に恐ろしいことだ。
鉄道が完成すればチベットの固有の文化は急速に失われ、中国の単なる一観光地としての位置づけに堕するだろう。
今でさえも、中国近代化の波と政治的抑圧によって、チベット文化が失われつつある。
現在では、チベット固有文化を残している地域は、チベット本土よりむしろネパールやインドに移ってしまっているのだ。

あの苦難のバス旅をせずに、鉄道でチベットに行けるということは、
旅行者にとっては非常に魅力的なことだが、そんな背景があるだけに手放しでは喜べない。

奇しくもこの夕刊を見た夜、僕はチベットで出会った旅行者と飲むことになっていた。
その旅行者も、僕の家に来るなり真っ先に目を奪われたのが、この新聞記事だった。

この先「チベット」がどうなってしまうのか。
「チベット」がなくなる日が、この鉄道建設によって大きく早まってしまう可能性は高い。


# by kasakoblog | 2001-01-15 00:23 | 一般
2001年 01月 14日
罪と罰(5)
なんだか知らないがまずいことになった。
全く知らないのにとんでもない人違いをされて、罪をきせられそうになっている。
ここに目撃者が来て「あなただわ。あなたに間違いないわ」などとほざかれたら、
俺が本当に知らなくても疑いをかけられてしまう。これは困ったことになった。
わけのわからん目撃者が来ないうちにここから脱出なくては・・・。

「それよりじじい、このケガどうしてくれるんだ!」と話を元に戻そうとすると、
今度はもう一人の中年男が口を開いた。

「こいつだ!俺の財布をすったのは。よくも寝ている隙に財布を盗んでくれたな。
言っておくがな、財布を返せば済むって問題じゃないぞ。
これは立派な窃盗罪なんだ。きっちり務所に入って反省してもらわんと、俺の気が済まない。
こそドロなんてした罪をすっかり償ってもらうからな」

「はあ?財布を盗んだ?おいおい辞めてくれよ。俺は何にも知らないぞ」
「とぼけたってそうはいかねえ。おまえが盗んだ事はわかってるんだ」
「全く何を根拠にそんなこと言ってるんだ。もし人違いだったらどうしてくれるんだ!」

「おいおい、君。まじめそうな顔して、ばあさん突き落とすは財布盗むは、随分働いてくれるじゃないの。
わしの所轄でこんなに暴れてくれるとは、これは放っておくわけにはいかんな」
警官は僕を完全に犯罪人だと決めつけているようだ。
これはますますまずいことになった。

中年の男は、さらに追い討ちをかけるように言った。
「俺は財布を盗まれたことに気づいて、走り去っていくこいつを追ってったんだ。
あわてて逃げていた時に、ばあさんにぶつかって突き落としたのに違いない」
「おまえ、俺を見たのか?推測で物を言うんじゃねえ」
と僕が騒いでみても、男の言葉を信じきっている警官には全く無意味だった。

なんだか知らないが、僕がばあさんを階段から突き落としたり、財布を盗んだことになっている。
一体どうしたものか。僕の無実を証明するものは何もないのか?


# by kasakoblog | 2001-01-14 00:24
2001年 01月 13日
赤坂ラーメン
溜池山王駅から歩いて1分。立ち食いで食券制と、まるで立ち食いそば屋のようなラーメン屋。
だが、ラーメン本やラーメン雑誌の赤坂エリアには人気店として「屋台赤坂ラーメン」と必ず紹介されている。
平日夜19時半。店は意外にも混んでいなかった。そんなに待たず味噌ラーメンが登場。
ネギが入れ放題なのがうれしい。

まずスープを一口飲んでみる。
「うん!これは・・・もしや味噌一と張るかもしれん。かなり期待できるぞ」
濃コクのある味わい深いスープに大きな期待を胸に、今度は麺をすすってみる。
「やっぱりだめか・・・」

「やはり」である。またしても麺とスープがマッチしていないのである。
特にスープの味わいが深かっただけに、麺がスープと分離してしまっている味気なさが異様に目立つ。
さらに、せっかくたっぷりのもやしもひどい。ただラーメンの上にのせただけで、もやしが冷たいのである。
あつあつのラーメンに冷たい食感が混じると恐ろしく不快。

せっかくのスープも、分離してしまった具と麺のせいで台無し。
ちなみにチャーシューも1枚のっていたが、これはなかなかうまかった。
しかし1枚じゃな。うちから歩いて5分の「峰」に行けば、800円でうまいチャーシューが死ぬほど食えるのだから。

量は結構あった。そのせいか食べているうちに異変が起きた。
最後の方になって、やっともやしと麺がスープに同化して味がしみこんできたのである。
しかし時すでにおそし。
はじめっから具と麺とスープのハーモニーを奏でていればなあ。

まあしかしそれであっても、立ち食いで850円は高い。他のメニューは1000円を超える品が多い。
うまいんだろうけど、1000円以上もラーメンにお金を出すなんてこんなふざけた話はない。
かさこ内閣総理大臣に直訴して、800円以上するラーメンは作ってはならない法案でも通してもらおうか。

今、様々な業界で良い製品を低価格を提供している経済界の流れにおいて、
ラーメンの価格だけが異常に高騰し、グルメ化するのはまったくおかしな話。
本来なら500円ぐらいで手軽においしく食べられるのが、僕はラーメンの定義だと思う。

まあ同じ赤坂でラーメンを食べるなら、一点張りの650円味噌ラーメンを食べるよな、というのが結論。


# by kasakoblog | 2001-01-13 00:25 | グルメ・ラーメン
2001年 01月 12日
就職活動生へのメッセージ~自己分析~
就職活動でまず始めにやることといったら、資料請求と自己分析だろう。
セミナ-や面接がはじまるのは、その次の段階。
それまでに特に力を入れてやっておきたいのが、自己分析である。

自己分析とはその名のごとく、「自分とはいかなる人間か」を自分なりに把握することである。
自己分析をする中で最終的に一番重要なのは、「自分がしたいことは何か」「自分がやりたいことは何か」ということである。
これから働くにあたって、「何をして生きていきたいか」を考えるのが自己分析の最終的な目標だ。
極論すれば、自分のやりたいことがわかりさえすれば、就職活動は成功したようなものだ。
しかし、これがなかなか難しい。

普通の人は、特別な技能を持った職人になるわけでもなし、何かのプロフェッショナルになるわけでもない。
今までやってきたことといえば、大学に入学するための受験勉強と少々の遊び。
小さいころにやりたいことがあっても、受験勉強を優先させられて育った今の若い世代に、
今更になって「あなたのやりたいことは何か」などと聞くのは全くひどい話だが、
慢性的不況状況においては、目的意識のない人間はまず採用されないのが現状だ。

「社会に貢献したい」とか「人々の役に立ちたい」という漠然としたものがあったとしても、
具体的にそれじゃ何をするんだと言われると困ってしまう。
そもそもこんなに成熟化した社会の中で、一介の人間がやれることなどしれているのではないか。
そんな本音を隠しながら、釈然としない思いで就職活動をしている人も多いことだろう。

また、やりたいことなんて何もない。敢えて言うならサラリーマンだけにはなりたくない。
けど生きていくためには仕方がないので働くしかない。
だったら楽して働きたい。給料ができるだけ高い方がいい。休みがいっぱい欲しい。
それが本音だという人も多いのではないだろうか。
そういう本音を持ちながら、とりあえず作ってみた「やりたいこと」を志望動機として会社を回ると、見事に落ちる。

本当に自分のやりたいことは何なのか。
それを見つけるヒントとなるのが、「時を忘れて、寝食を忘れて集中できるものは何か」を考えることである。
寝る間を惜しんでまで思わずやってしまうことは何だろうか。
時を忘れて、誰からも強制されずに集中できるものは何だろうか。

それは何でもいい。ゲームをやることでもいいし、映画を見ることでもいいし、
買物をすることでもいいし、メールを書くことでもいい。
何でもいいから、寝る間を惜しんで集中できるものがあるかどうか見つけたら、
それを深く掘り下げて考えていけば、そこに「自分のやりたいこと」が潜んでいるはずだ。
そこからスタートして今後の人生を考えていけば、何かしら就職活動の展望が見えてくるのではないだろうか。


# by kasakoblog | 2001-01-12 00:26 | 働き方
2001年 01月 11日
罪と罰(4)
駅構内にある、薄すら青い壁に塗り込められた一室に連れ込まれてた。
そこにはたいしてやる気のなさそうな警官が一人座っていた。
僕はまるで裁判でも受けるかのように、周りを取り囲まれて座らされた。

「今日はこんな大勢で一体何事かね?」
警官は背もたれにそっくりかえりながら、鼻くそをほじくり、ぴょんぴょん飛ばしながら面倒くさそうに言った。
「こいつはひどい犯罪人だぜ。あんたもこいつを捕まえれば、昇進間違いねえよ」
と、よっぱらいじじいはやる気のない警官を挑発するかのように、せせら笑った。
「おい、俺は何にもやってねえぞ。それよりこのじじいにケガさせられたんだ」
と僕は人差し指からわずかに血が流れているのを、その警官に見せた。

よっぱらじじいは何もそれに対して反論しなかった。意外にも口を開いたのは3人の中年男の1人だった。
「やっと捕まえたぞ。こいつが俺のばあさんを駅の階段から突き落としたんだ!
足早に駅を歩いていたこいつは、80才にもなるうちのばあさんを押したんだ。
なんてことしやがるんだ。もしばあさんが死んだら殺人になるんだからな」

(ばあさんを突き飛ばした?殺人?!なんじゃこいつは・・・)

確かに僕は駅を足早に歩いていたが、ばあさんを突き飛ばしたことなど全く覚えがない。
「おいおい、いい加減にしろよ。俺は何にも知らないぞ。ばあさんなんかにも会ってないし、
突き飛ばしたなんてことしてないぞ。人違いじゃないのか」
僕は血相を変えて無実を訴えた。

「しらを切っても無駄だぞ。駅での出来事に目撃者はいっぱいいたんだ。
俺だってこの目で見たんだから間違いねえ。何なら目撃者をもっと連れてきてやろうか。
まあ、ばあさんが意識が回復すればすべてははっきりすることだが。待ってろよ。目撃者を連れてきてやる」
と男は部屋から出ていった。

「おいおまえ、随分なことしてるみたいだな。これはゆっくり話を聞かなきゃならんな」
やる気のなかった警官は本腰を入れはじめ、僕をじっとにらみすえた。
「全く身に覚えのないことだ。ほんとに何にも知らないことなんだ。これは何かの間違いだ。人違いだ!」
と言っても、僕の言葉は虚しく狭い部屋に響きわたるだけだった。
「証人がくればすべてはっきりする話だろ」と、警官はにやにや笑っていた。


# by kasakoblog | 2001-01-11 00:26