2001年 02月 26日
迷惑電話(2)
2月24日のつぶやきで書いた「ゆきちゃんからの電話」。
その2日後にまたまた実家宛てに今度は「テヅカ」という人から電話があったという。
またあいつらか。これは電話掛けないように懲らしめないといけないなと、使命感に燃えて電話する。

この前の「ゆきちゃん」の電話番号とは違ったが、例のごとく電話を掛けると、
社名を名乗らず「誰から電話いきました?」と若い女性が口にする。
電話口はかなりざわついた感じ。名簿かなんかで一斉にあちこちに電話を掛けているのだろう。
「テヅカさん」というと、例のごとく若い女性が出てきた。

「カサハラアキヒロさんですか」
おいおい、今度は俺宛てではなく弟宛てか。まあいい。とにかく懲らしめてやらんことに変わりはない。
「おたくはなんのカイシャなんじゃい」
「はっ?なんのカイシャって?」
「おたくから電話掛けとるんだから、どんなカイシャか名乗るのが筋だろうが」
完全に借金の督促モードで話す。相手はいきなりぶち切れている僕に困惑しているようだ。

「あの、失礼ですけど、カサハラアキヒロさんですか」
「あのね、私はアキヒロの兄なんですよ。この前もね、わけのわからん電話掛かって実家が迷惑してるんですわ」
「はあ、お兄様なのですか」
「あのね、おたくらどんな名簿から掛けてるか知らんけど、実家には住んどらんのだよ。
実家が非常に迷惑してるんだよ。二度と電話掛けてくんじゃねえよ。」
「はい、わかりました。」

相手の反応が素直だっただけに、もしかしてちゃんとした用件の電話だと困ると思い、相手の正体を突き止めておく。
「ところでおたくのカイシャは何やっとるカイシャなんですか」
「いえ、あの、そのプラスワンという会社なんですけど・・・」
「だから何やっとるカイシャなんじゃい!」
「情報産業とか教育産業と会社でして20代の社会人を対象としていまして・・・」
弟は社会人ではない。大学生だ。

「情報産業なんてどこもいってみれば情報産業みたいなもんじゃろうが。何やっとるカイシャかはっきり答えんかい。」
「あの、教育のイベントとかやっている会社でして・・・」
「ほう、ほう、イベントかね。そりゃたのしそうじゃね。」
といってブチっと電話を叩ききった。

それにしても立て続けに実家に電話を掛けてくるとは、全く持ってして困ったものだ。
弟がちょうど就職活動をやっているので、まさかその関連ではあるまいかと念のため弟に確認したら、
そんな会社全く知らないし、実家の電話番号を書くこともないという。

携帯電話全盛の時代に、古い名簿から実家の設置電話に掛けて、
わけのわからん商売の勧誘をしようという方法など、今時、時代錯誤なんじゃないか。
それでもまだこういう電話が立て続けに掛かってくるところを見ると、こういう商法に引っ掛かる人がいるということなのだろう。
どうせイベントだとか選ばれただとかいって、とんでもない高額の商品を詐欺まがい買わせて儲けてるに違いない。

こういう電話を掛ける行為自体が、他人に迷惑を掛ける重大な犯罪として罰則を強化しない限り、
いつまでたってもこの手の商法はなくならないのだろうな。


# by kasakoblog | 2001-02-26 01:36 | 一般
2001年 02月 25日
おいしいカップラーメンを探せ⑧
コンビニやスーパーに行くと、カップラーメンコーナーをのぞくのが習慣となっている。
最近は、値段が高くてうまそうなカップラーメンが多い。しかし値段の高いカップラーメンに価値はないと思う。
多少まずかろうが、家で手軽に食えて安いからこそ、存在価値があるのではないか。
中には300円近いものまで登場したが、
松屋の牛丼が290円、また家の周りには300円のラーメン屋が2軒あることを考えると、全くナンセンス。

いくらおいしいカップラーメンを見つけたとしてもそれが高い値段では意味がない。
ということで自分の中では200円以下という決まり事をしているが、
「これはうまいかもしれない」と228円でちょっと予算オーバーだが、買ってみたカップラーメンがある。
それが、明星、評判の店シリーズ、「北の恵みらーめん」だ。

228円もカップラーメンごときに出したのだから、はずれはないだろうと大いに期待する。
しかしお湯を入れると、おそろしくくさ~い臭いが充満してきた。
どうも「白濁ベース」の液体スープが、この臭いの原因らしい。勘弁してくれよと思いながら、食べてみる。

麺はうまい!生麺ではないが、なかなかいける。
スープもはじめは臭かったが、だんだん時間がたつにつれくさい臭いが消えていった。
このスープも工夫されていてなかなかだった。
今、巷では「とんこつしょうゆ」というのがやたら流行っているが、このスープは「とんこつみそ」。
とんこつしょうゆスープはうまくはまればうまいが、非常に中途半端なものが多く、どっちつかずで大したことのないものが多い。
というのも、そもそもとんこつとしょうゆを交ぜること自体に問題があるような気がする。

しかしこの「とんこつみそ」はいける。とんこつスープにまろやかさと味の深みを味噌が与えている。
ただ単にスープを濃くしただけではなく、それぞれの特徴を生かした新しい一つのスープとして出来上がっている。
今後、この「とんこつみそ」はラーメン屋でも流行るかもしれない。

しかし具が少ない。あまりにも貧弱だった。麺もうまい分、量は恐ろしく少なかったし。
これで150円ぐらいならわかるが、200円以上も出しているのだから、麺の量と具の量はもっと増やせるはず。
麺・スープともにおいしかっただけに、その点が残念だった。


# by kasakoblog | 2001-02-25 01:37 | グルメ・ラーメン
2001年 02月 24日
ゆきちゃんからの電話
金曜日、夜21時。携帯電話に非通知で1件留守電にメッセージが残されていた。
誰かと思ったら、父親の声だった。しかしそのメッセージ内容が普段とは違っていた。
「家にイマデユキさんって人から電話がありました。
今日夜23時ぐらいまでに電話が欲しいといってました。電話番号は東京03-・・・・・

「イマデユキ?」聞いたこともない。そもそも実家に僕宛てに電話を掛けてくること自体おかしい。
もう実家を出て6年が過ぎようとしているのだから。
実家にかかってくるとしたら、中学とか高校の同窓会の案内ぐらいだろうが、そんな名前に覚えはない。
無視しようと思ったが、わざわざ父親が電話してきたことと、
23時までに電話が欲しいという時間を指定しているメッセージが気になって、掛けてみることにした。

「はい、もしもし。」と若い女性が電話口に出る。
この人がイマデユキさんなのかと思い「笠原と言いますけど電話もらったみたいなんですが?」
すると「誰から電話があったんですか?」というので、「いやうちの父親の方に連絡もらったみたいで」というと、
「いや、そうじゃなくて誰から電話があったんですか」というので、
この人はイマデユキさんじゃないんだと思い、「イマデユキさんから電話をもらったんですけど」というと、
やっと納得がいったようで、電話口に代わってもらえた。

「もしもし笠原さんですか。ゆきですけど、折り返しの電話ありがとう」
さっぱりわけわからん。
「うちは新宿にあるジュエリーショップなんですけど・・・」
それを聞いてなんだ下らんと電話をぶち切ろうとしたが、
なぜ現住所ではなく実家に電話を掛けてきたのが気になったので、
「どこでうちの電話番号調べたんですか」と怒り口調でいうと、それを交わすかのように馴れ馴れしい口調で、
「あれ、1週間ぐらい前にお手紙でご案内がいってなかったかしら?」と切り返してきた。
なんだそういうことか。どこからか名簿を調べて電話番号だけではなく住所まで知っているのだ。
全く実家に掛けて折り返し掛けさせるなんて、ひどい迷惑な話だと電話を切った。

今後このような電話は無視するようにと父親に電話を掛けた。
「いやあ、野郎じゃなくて若い女性からだというから、これは連絡してあげないと思ってね」
全く何考えてんだおやじ。変な気遣いはやめてくれ。
それにしても、こんな怪しい電話ってよくあることなのかな。


# by kasakoblog | 2001-02-24 01:37 | 一般
2001年 02月 23日
風邪のメルクマール
毎日、楽しみにしているのが、中学生以来の悪癖、ポテトチップス&コーヒー。
平日、仕事が終わって帰りが24時過ぎになっても、お湯を沸かし、ポテトチップスまるごと一袋頬張る。
ほぼ毎日こんな習慣を続けている。
僕にとってポテトチップス&コーヒーは、一般的サラリーマンの仕事後の酒のようなもので、
家に帰ってコーヒーを飲みながらポテトチップスを食べるのが、とても幸せな瞬間なのだ。

そんな僕でもポテトチップス&コーヒーをおいしいと思えない時がある。
それが体調が悪い時や風邪の時だ。
なぜか体調が悪いと、ポテトチップス&コーヒーを飲みたいとも思えないし、胃が受け付けないのだ。
逆にこのことが、僕にとって自分の体調の良し悪しを計るバロメーターになっている。
「どうも今日はポテトチップスをおいしくいただけないな」と思う時は、
風邪のひきはじめとかで、これは体調に注意せんとあかんなと思う。

ポテトチップス&コーヒーがおいしく毎日いただけること。
それが僕の健康が良いという指標になっている。

でもよくよく考えてみると、体調の悪い時には食えんものって、
本来的にはやっぱり体に良くないものなんだろうなと思う。
そうはいいながらも、毎日の悪癖をやめることはできそうにない。

今日も仕事帰りのコーヒー一杯とポテトチップス一袋が楽しめるかな。


# by kasakoblog | 2001-02-23 01:38
2001年 02月 22日
新聞の値段
東京に引越してはじめて新聞屋の集金が来た。
朝日新聞で朝刊のみというのは前から変わっていないので、前と同じ3570円を払おうとしたら「3720円です」という。
「うちは夕刊頼んでませんよ」と反論すると、「わかってます」と答える。

新聞やいわく、朝夕刊セットの値段はどこも3920円。
ただ、朝刊だけの値段は、都内は3720円、それ以外の地域によっては3520円のところもあるという。
「なぜ同じ新聞なのに値段が違うの?」と不思議に思ったが、
新聞屋の兄ちゃんもただ決まりにそってやっているだけなのだから、仕方なく3720円払った。
新聞の値段が地域によって違うなんて今まで知らなかった。

しかしどうも納得がいかない。同じ新聞なのだから、値段が違うというのはやっぱりおかしい。
そこで朝日新聞の本社に電話を掛けてみた。
すると電話口に出た人はクレーム処理専門なのか、誠に申し訳ないというようにその真相を語った。

「朝刊だけの場合は、地域によって違うのではなくお店によって違うんです。
朝夕刊セットはどこでも一律の料金。というのも、朝夕刊セットで読んで欲しいというのが基本的なスタンスでして、
本来、朝刊だけというのは認めていないんです。
ただ朝刊だけでいいというお客様のために、お店によって朝刊だけの場合の値段を特別に設定しているのです。
お店によっては朝刊だけの場合すごく安するところもあれば、そんなに安くしないところもある。
それで朝刊だけの値段が、場所によって違うことがあるのです。」

なるほどそういうことか。
朝夕刊セットで読めというのが基本的な姿勢なので、朝刊だけというのはあくまで特例という考え方なのだ。
まあそれなら「地域によって違う」という新聞屋の説明よりも納得がいくが、
でもやっぱり同じ新聞で値段が違うというのは納得がいかんよな。
しかも新聞の代理店は自分では選べず、住所で決められてしまうのだから。

まあでもこの矛盾を本社の人間はよくわかっているようで、
こういうクレームが何度もくるのか、非常に申し訳ないという態度で接していた。
今の社会はいろいろと複雑すぎるんだよな。もっとシンプルに、もっと当たり前に考えたら、
やっぱり同じ新聞の値段は同じにすべきだよな。


# by kasakoblog | 2001-02-22 01:39 | マスコミ
2001年 02月 21日
プリンスオブエジプト
ウォルトディズニ-の作品だが、単なる子供向けのアニメではなく、大人も十分に楽しめる示唆に富んだ作品。
エジプトを舞台にし、モ-ゼをモチ-フにしたもの。
実写とアニメを合成した壮大な遺跡郡は、圧倒的な迫力があった。

スト-リ-は、多くの民衆を犠牲にして巨大な神殿を建設する王と、
それに反対して民衆の解放を訴える拾い子の弟の対決が軸に展開していく。
この作品を見て思ったのは、いつの時代も為政者の横暴は何千年も昔から、全く変わっていないのだなということ。
為政者の権力を誇示するために民衆をこき使い、莫大な税金を投入して巨大建造物を作る。

今の日本だって同じ過ちを繰り返してるじゃないか。
公共事業と称して、莫大な税金を意味のない巨大施設につっこみ、
その見返り(賄賂)を発注先の建設業者からもらいうけている。
天下り、賄賂、利権、権力誇示など、何千年前の教訓が生かされていない。
これで「成長」だとか「進歩」だとか騒いでいる社会がちゃんちゃらおかしい。

それに闘うべく登場した長野県知事の田中康夫氏の苦戦を見ればわかる。
無駄な公共事業をストップさせようとすると、今まで甘い汁を吸ってきた輩から猛反対を受けるのだ。

建造物だけにとどまらず、たとえばあの2000円札なども無駄な一つだ。
2000円札を、あなたは何度見掛けましたか?
自販機でも使えない、めったに見ることのない流通しない紙幣のために、無駄な作業や無駄金がどれだけ使われているか。
単なる為政者の権力誇示でしかなかったのだ。

映画は、神の啓示を受けたモ-ゼによって、民衆は圧政から解放されるが、
果たして今の世に、モ-ゼの化身は現われるのか?

日本のモ-ゼは、今のところ、田中康夫氏や石原慎太郎氏(またはかつての東京都知事青島氏)といった、
一部の県政知事に限られている。
巨大な建造物や無駄な権力誇示をしない国政レベルでのリ-ダ-はいつ現われるのだろうか?
マスコミなどで呼び声高い田中真紀子氏が現代のモ-ゼたりうるのか?
日本に巨大公共事業をばらまいた田中総理の娘しか頼る人がいないという、日本政治界の人材の貧困さを思う。

作家出身者ががんばってるだけに、やっぱり次代はかさこ総理しかないかな。


# by kasakoblog | 2001-02-21 01:39 | 書評・映画評
2001年 02月 20日
消えた重大事件
マスコミはもっぱら原潜事故を大々的に報じ、アメリカの責任を問い詰めていた矢先に、
「誤報か?」と思ったぐらい信じられないニュースが飛び込んできた。
アメリカのイラク爆撃である。
原潜事故が取り沙汰されている最中に起きた、このあまりに唐突な事件に、
マスコミは「原潜事故のすりかえだ」と糾弾する。

最近になって湾岸戦争はアメリカの全くの陰謀だという説が、テレビなどで特集されている。
石油を確保するためにサウジアラビアに常駐軍を置くための口実だ、というのである。
しかしその当時は、悪の化身フセインを叩く正義の警察官アメリカとしてしか映されなかった。
現に湾岸戦争勃発後、アメリカの世論は全面的に大統領・政府を支持した。
経済低迷の続いていたアメリカは、軍事問題を勃発させることによって、国内世論を操作したのである。

それに比べて今回の爆撃はあまりに唐突で、意図が見え見えで批難の声が高い。
しかし、と思う。
アメリカのイラクへの爆撃は原潜事故のすりかえだと糾弾する日本のマスコミも、
重大な国内問題である日航機事故の究明をほっぽりだして、
アメリカ=悪、日本=善という単純な図式の原潜事故に、話題をすりかえているのではないか。

国内で起きた重大な日航機事故が、原潜事故が起きた途端、新聞のどこにも、テレビのどの場面にも登場しなくなった。
確かに原潜事故は大きな問題であるが、日航機事故の原因の究明も非常に大事なことではないか。
パイロットはわけのわからん人権論を盾に、多大な犠牲が出た客をほったらかしにして、
事故の究明に当たらず、管制塔が単純なミスを犯したことに対する問題やその解決も全くされていない。
以前として事故現場では航空過密状態が続いており、一歩間違えばまた同じ惨事が起きる可能性を秘めているのだ。

日本のマスコミは、アメリカがイラク爆撃で問題をすりかえたと糾弾する資格はない。
複雑で面倒な日航機事故の報道はせず、
アメリカを悪とすれば簡単に国民の関心を惹ける原潜事故ばかりを報道するのは、
マスコミの怠慢であり、メディアという強大な権力を使った横暴である。

こんな不健全なマスコミ報道に、日々無意識に慣らされているのだという危険性を認識することすら難しくなっている。


# by kasakoblog | 2001-02-20 01:40 | マスコミ
2001年 02月 19日
コンポの新兵器
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毎日使っているコンポの調子がおかしくなった。
CDを何度入れ直しても「NO DISC」というエラー表示が出てしまうのだ。
10回入れ直してやっとディスクを認識してCDを再生する。
これでは音楽を聞こうにも、毎回苛立ってしょうがない。
仕方がないので、とにかく安いコンポを買いに探しに行くことにした。

ちょうどCD-RWを買ったばかりで、やたらCDを借りてきてはCDにダビングしていたので、全くMDとは無縁。
MD付きでない、昔のCDコンポならきっと安いに違いないと期待していた。
本当なら修理すれば良い話なのだが、最近の電化製品は修理するのにえらい金がかかる。
それなら新品買ったほうが安いじゃんと思ってしまう。
というより修理の電話をかけると、大概遠まわしに「修理するより新しい物買った方がいいですよ」と勧められる。

新宿のヨドバシやらビックカメラやらに見に行ったが、今やMDが主流でいわゆるCDだけのコンポはほとんど見当たらない。
奥の方に何台か置かれていて、確かに2万円前後で安いのだが、MDコンポと比べるとやたらでかい。
こんなにでかいものをまた買っても邪魔になるなあと困っていたところ、掘り出しものを発見した。

なんと、25枚CDが収納できるディスクプレーヤーを店の隅に発見した。
もちろんすべて再生もでき、収納ボックスとしても活用できる。
ディスクプレーヤーだけだから、今まで使っているコンポのスピーカーやカセットデッキは生かせる。
今、持っているコンポには3枚CDが入るが、入れ替えがいちいち面倒くさい。
これなら25枚入る。いちいちCDケースから出したりしまったりする必要もなく、大変便利だ。
25枚入るのなら、ミスチルの今まで出したCDを全部入れておいても大丈夫だ。

これで18400円。
実にいいものを見つけたなと大満足した。


# by kasakoblog | 2001-02-19 01:41
2001年 02月 18日
がんばってください
高円寺に引っ越してから、はや2ヶ月。
引っ越しする際、物件の条件は、「4万円代で6畳・トイレ&シャワー付きもしくは風呂付きで、会社から30分以内」だった。
しかし中野、高円寺周辺で何軒も不動産屋を回ったが、そんな甘い条件はなかった。
絶対に家賃だけは5万円以下にしたかったので、何かの条件を妥協しなければならなかった。

結果、4畳半でシャワー付か、6畳で風呂なしかどちらかの選択を迫られ、風呂なしにした。
僕が風呂なし物件を選ぶと、不動産屋の兄ちゃんは、いぶかしげな目で僕をみた。
「笠原さんのようなきちんとした人が風呂なしで大丈夫なんですか?」

世の中は偏見に満ちていて、まず人は見た目で判断する。
風呂なし物件を選ぶようなお客さんにしては、僕は稀な人種と見られたようだ。
「風呂なしって結構キツイですよ」
僕のような人種には風呂なしは無理だと言っているようだった。

「いえ、僕は4ヶ月ぐらいアジアをふらついた経験とかあるので、風呂なしなんて大したことないですよ」と、
反論したが、かえってそれが思わぬ心配をさせた。
「じゃあ、またしばらくしたら何ヶ月もどっかいったりしちゃうんですか」
とアパートをほったらかしにするのではないかと思われ、あわてて否定した。
全くやっかいな奴だなあと思っていた。

物件を見てここに決めると、この不動産屋は「がんばってください」と最後に声を掛けた。
一体「何を」がんばれというのだ?
そんなに風呂なしってキツイのだろうかと、僕は不安を覚えていた。

風呂なしアパートに住んでから2ヶ月。
なんてことはない。慣れとは実に偉大な力で、風呂がなくても不便を感じなくなった。
1週間に2度のペースで銭湯に通っているが、これで十分快適である。
今の時代に、しかも25才にもなって風呂なしのアパートに住むとなると、
なんだか妙に暗いイメージがあるが、部屋や住んでいる場所は実に快適である。
うちに来た人ならわかるが、ただ風呂がないだけで、あとは普通の部屋なのだ。

ただ問題は銭湯の値段の高さだな。400円もするというのはいかんよな。


# by kasakoblog | 2001-02-18 00:51 | 働き方
2001年 02月 17日
イマジネーションの欠如
よくサッカーの試合を見ていると、解説者がこんなことを言う。
「日本のプレーにはイマジネーションが足りない」
11人対11人という非常に人数の多いスポーツであるサッカーにおいて、
敵味方含めて、自分以外の選手がどんな風に動くだろうかということを想像してプレーすることは大切だ。

イマジネーションの欠如は何もサッカーだけにとどまらない。
最近思うのだが、現代人のイマジネーションのなさにはあきれかえってしまう。
要は自分のことしか考えていない、自分中心自分勝手人間が増えて、他者への配慮が欠けているのである。

たとえば道端での歩きたばこ。
狭い歩道をすれ違う時、向こうから歩いてきた人が、たばこを持ちながら歩いていて、
あわやこっちにたばこがぶつかるのではないかということが何度もある。
全く他人への配慮というか、こうしたらどうなるという想像力が欠如しているのだ。
吸った灰が服に流れてくることもあるにもかかわらず、そういったことは全く気にしていないのだ。

また狭い歩道を歩いていると、横いっぱいに広がって歩いてくるバカどもがいる。
こっちが端に歩いていても、向こうの誰かがどかなくては通れない。
50m先でお互いの存在に気づいて、このままいけばぶつかるなとわかっているのに、
横いっぱいに広がっている方が全くどかないということが多々ある。
しかもそれが小さい子供ならわかるが、スーツを着たサラリーマン連中が平気でこういうことをするのだから驚きだ。
こいいう歩き方を僕は「Gメン歩き」と呼んでいるのだが、
かさこ総理に頼んで「Gメン歩き禁止法」を道路交通法に盛り込んで欲しいといつも願っている。

待ち合わせの時間に遅れてくるのも、他者へのイマジネーションの働かないバカども。
混んでいる車内で7人掛けに6人掛けしているバカどももよく見かける。
ほんとに最近、想像力の働かないバカどもが多くて、危険でろくに道も歩けない。
何も難しいことを要求しているのではなく、ちょっと考えればわかることを平気でしてしまうんだな。

だから犯罪も増えてるんだと思う。
誰だって人を殺したいと思ったことはあっても、本当にする人は限られている。
したらどうなるかということを普通の人は考えるからだ。
しかし昨今のイマジネーションの欠如状態が、その時の感情に任せて簡単に人を殺してしまったり、
犯罪を犯してしまうのだろう。

原因は教育にある。一問一答方式の丸暗記勉強させているから、想像力が養われないのだ。
想像力を養う教育にしないと、どんどん犯罪の若年化は進行するだろう。

社会に生きている以上、他者への行いは必ず自分にはねかえってくる。
きっと自分勝手な現代社会は、環境破壊で滅亡するのだろうなと思う。
まあ何年かかるかわからないが。


# by kasakoblog | 2001-02-17 00:52 | 一般