2001年 02月 06日
人々が求めているもの
先日、いつものごとく四ツ谷から赤坂見附まで丸ノ内線に乗って会社に行く途中のこと。
ギュウギュウ詰めの電車に押し込まれて電車の中に入ると、
「おや?」と思った。

最近、車両の全面公告というとを時々見かけるが、この電車は車両の全面「絵画」なのである。
絵画とは、小学生の書いた絵だった。
それも現物が車両一面に張り付けられていたのである。
異常に混んだ車内の中で、思わずその絵群を見つめていた。

それは僕だけではなかった。
他の乗客も、広告まみれの車内ではなく、子供たちの絵に見とれていたのだ。
誰もがその絵を珍しそうに、食い入るように見入っていた。

なぜそんなものが張ってあったかというと、福島県栃木県の遷都アピ-ルのための一貫だった。
その絵のテ-マは「緑ある都市」。数々の絵には、森や緑が多く描かれていた。

殺伐とした車内の雰囲気が安らいでいるのを明らかに感じた。
過剰な広告スペ-スに、子供たちが描いた絵が張っているだけで、
こうもその場の雰囲気を変え、人の気分を変えるものなのか。

人々はやすらぎを求めている。
子供が描いた稚拙な絵に、出勤前の大人たちは見入っていた。

そういえば最近、地下鉄ではたばこの火で座席を焦がす悪質ないたずらが多発していると、
どの地下鉄に乗ってもアナウンスしている。
欲望を煽りたてるような過剰な広告ではなく、子供たちの絵を載せるようにすれば、
もしかしたらそんないたずらも減るのかもしれない。


# by kasakoblog | 2001-02-06 01:03
2001年 02月 05日
2大ラ-メン店を見習うべし
ラ-メン探訪は継続的に続けている。
今は基本的に雑誌に載せられている「うまい」と言われている店を中心に回っているが、
毎回、失望の連続といっても過言ではない。
もちろん、雑誌に載せられいるぐらいだから、まずいということはない。
しかし食べてみて思うのは「たいしたことはない」「普通だ」という感想ばかりである。

ただ味に関しては個人差もあるし、僕はそんなに味にうるさい方ではない。
にもかかわらず、なぜ低評価の店が続出するかというと、一番の原因は「値段」にある。

どこの店も高すぎる、というのが実感である。そのラ-メンの価値に見合った値段になっていない。
たとえば赤坂ラ-メンなんかは、ス-プの味でいえば味噌一と張るぐらいうまい。
でも味噌一は650円で赤坂ラ-メンは850円。
しかもス-プ以外の部分では味噌一の方がはるかに上。
もし赤坂ラ-メンが600円で出しているなら、ランキング評価は2ランクアップさせてもいい。
こういう店が非常に多いのだ。

あまりに失望が多く、土日はそのロスを取り戻すために、
最高傑作味噌ラ-メン、しかも650円という値段の味噌一に行くか、
800円で、この大食漢の僕が食い切れないと根をあげてしまうほど、
たっぷり特大チャ-シュ-が入った峰に行くかする。
この高円寺の2大ラ-メン店を知ってしまった僕にとっては、
他のラ-メン屋のほとんどが、それよりはるかにまずいか、値段が高いかなのである。

情けないラ-メンを出して高い金を取っている店は、峰のチャ-シュ-ラ-メンを一度食べてみることである。
800円も出すと、これだけのチャ-シュ-が入っているということを知れば、
1000円も払わせてちょっとしか入っていないチャ-シュ-ラ-メンを出していることを恥ずかしく思うだろう。
よく作り込まれた極上の味噌ラ-メンを650円で出している味噌一を知れば、
簡単に作ったラ-メンを800円とかで出していることを恥ずかしく思うだろう。

低評価だったラーメン店は、この2店を参考にして値段に見合ったラ-メンを出してほしい。
牛丼が290円の時代に、ラ-メンが1000円近くすること自体が根本的におかしいのだから。


# by kasakoblog | 2001-02-05 01:03 | グルメ・ラーメン
2001年 02月 04日
節分の思い出(子供心)
昨日が節分だということを人から聞いて気づいた。
そういえば、そんな行事もあったのだなと、まるで死語でも思い出したかのように思った。
今の世間でどれほど節分が一般的な行事になっているかははなはだ疑問だ。

今から15、6年も前の話。僕が小学校の頃は、毎年必ず家で豆まきをやった。
当時は社宅に住んでいたので、玄関の扉を開いて階段に向かって投げると、
近所の家からも同じように豆まきをしているところに出くわすというようなことがあった。

豆まきは楽しかった。
ス-パ-で豆まき用の豆と、鬼のお面の入った袋を買ってくる。
鬼の役は家族全員がやる。
父親がなにせ強いので、鬼に負けないように必死になって豆を投げ付けた。
5つ下の弟はいじめがいがあるので、投げ付けて泣かすことを楽しんだ。
母親になると、かわいそうだから弱く投げてやろうと思った。
自分が鬼の時には、鬼が勝つ豆まきがあってもいいだろうと、家族相手に豆をおもいっきり投げた。

「鬼は外、福は内」
社宅だったので、そんな掛け声があちこちから時間差で聞こえてきた。

今の家族に足りないものは、こんなささやかなコミュニケ-ションなのではないだろうか。
一体、家族で豆まきをやる家が今どれほどあるのだろうか?
教育改革のために、ボランティアの義務化なんていう本末転倒のバカなことをしている暇があったら、
節分の日は家族みんなで豆まきができるよう国民の祝日にして、
家族の時間を持たせた方が余程良いのではないか。

「鬼は外、福は内」の聞こえてこない家族に、果たして福はあるのだろうか?


# by kasakoblog | 2001-02-04 01:04
2001年 02月 03日
26才への恐怖
最近、年をとるごとに「やばい」と思うようになった。
毎日、仕事で忙しく、いつのまにかもう2月になっていた。
まだまだ自分の中では世紀末的雰囲気の世の中なのに、実はもう21世紀が始まっている。
そして今月末で、ついに26才となる。

25才までは、なんとなくまだ「20代前半」というイメージがあった。
ところがそれが26才になると、もうかなりいい年になったという印象がある。
学生なら学年という概念があるから、自分の年をとっていくステップが意識しやすいのだが、
社会人になると、学年というのがないし、終身雇用など崩壊しているから、
入社何年目ということが年齢とは比例しないので、年を意識しにくいのだろう。
自分の意識の中では、大学を卒業してから年をとっていないつもりでいるのだ。

26才だからといって何がやばいのかはよくわからないが、
自分のイメージしていた26才と実際とが、どこかしらギャップがあるからやばいと思うのだろう。
わかりやすい例でいえば、26才にもなってまさか自分が風呂なしアパートに住んでいるとは夢にも思わなかった。

やばいと思うから、何か焦っているかといえば、年々焦りというのは少なくなっていく。
妙に落ち着いてくるのだ。
若い頃の性急さが、いい意味でも悪い意味でもなくなってくる。
理想を見なくなったというか、現実を見るようになっていくというか。
きっとそういうところにやばさを感じるのだろう。

何だか漠然としたつぶやきになってしまったが、
つぶやきかさこ第一回「25才だ」を載せてから、もう1年が過ぎるのだなとふと思った。
26才・かさこはどのようになっていくのか。
やばいと思いながらも、かすかな手応えを感じながら、一歩ずつ歩んでいこうと思う。

たまにはこんなつぶやきもお許し下さい。


# by kasakoblog | 2001-02-03 01:04 | 生き方
2001年 02月 02日
デンジャラス・ジャポン
よく海外旅行に行くので、格安航空券を利用する。
安いものとなると、当然、日本の航空会社ではなく、外国の飛行機になる。
ガルーダインドネシア航空だとかトルコ航空だとか中国西方航空だとか。
そんな飛行機に乗っていくというと周囲から「大丈夫なの?」と懐疑の目を向けられる。

しかし日本の航空会社=安全で、発展途上国の航空会社=危険という図式など成り立たないことが明白になった。
信じられない日航機のニアミス事故の発生で、いかに日本の航空会社が杜撰であるかが白日の下にさらされた。
わずか10mまでの異常接近。
管制官の便名間違い。
これで日本の航空会社が安全だと言い切れる人間が何人いるだろうか?

さらにこの事故でひどいのは、事後経過だ。
事故の当事者である機長が事情聴取にも応じず、会社にも話をしない。
こんなひどいことが罷り通る国など、ろくなもんじゃない。

応じない理由を、労使間の対立だとか機長の権利だとかわかのわからんトリックで誤魔化しているが、
常識的に考えれば、労使が対立しようがしまいが、組合がどうの弁護士がどうのと言う前に、
乗客乗員にケガ人が出ている事実の前にして言い訳をしている理由はないはずだ。
別に機長が事故の全責任を負えと言っているのではなく、
再発防止のために今回の事故を徹底して原因を分析する必要があるのではないか。
もし機長が話に応じないのなら、即刻そんな輩は乗り物の操縦権利をすべて剥奪した方がよい。

2年前には札幌行きの国内線がハイジャックされ、あわや大惨事という事故も起こっている。
その時も、問題になったのは航空会社の杜撰な管理体制だった。

そもそも不透明な料金体制からおかしいのだよ。
こんなひどい日本の航空会社には自分の命のために乗りたくないな。
国内は電車。海外は外国の航空会社。
高くて危険な日本の航空会社を利用するほどバカなことはないと、
今回の事故で改めて思い知らされた。


# by kasakoblog | 2001-02-02 01:05 | 旅行記
2001年 02月 01日
マッサージルームの魅惑
ネパール・カトマンズのミニオムホテルの2階には、壁に赤ペンキで「マッサ-ジル-ム」と書かれたあやしげな部屋があった。
大抵は扉が閉まっていて中はよく見えなかった。このあやしげな部屋の中で一体どんなことが行われているのだろうか?と、
この部屋の前を通る度に気になっていた。だから時折扉が開いていると、興味津々にちらっと部屋をのぞきこんでみるのだが、
水色の壁にただ椅子が二つ置かれている手前の部屋が見えるだけで、その奥にあるもう一部屋までは見えない。
まさしくこの奥の部屋こそがあやしげなことが行われている場所に違いないと思っていたが、
このホテルを教えてくれたひしさんいわく、いかがわしいマッサ-ジではなく普通のマッサ-ジだが、
結構値段が高いのでマッサージしたことはないとのことだ。
別にいかがわしいマッサ-ジをしてもらうつもりはなかったが、普通のマッサ-ジと聞いて、なんだか急速に興味を失ってしまった。
あやしげなことが自分が泊まっているホテルで行われているというだけで妙に興奮したのに、と思っていたのかもしれない。

ミニオムホテルに泊まってもう何日が過ぎただろうか。ひしさんはもう日本に帰ってしまったが、
しばらくするとチベットで知り合った日本人旅行者のまさやんがこのミニオムホテルを訪ねてきたので、
4つベットのあるモナリザル-ムに一緒に泊まっていた。そのまさやんが、ある日のこと、神妙な顔つきで部屋に戻ってくるやいなや、
「マッサ-ジル-ムにいる若い女性に求婚された」
というのである。

「求婚?!」
あまりの唐突な話に何事かと思い詳しく聞くところによると、この部屋に戻る途中、
2階でマッサージルームの女性に呼び止められ、声を掛けられたというのだ。
「あなたは日本人ですか」
 「はい」
 「あなたは結婚していますか」
 「いいえ」
 「あなたはネパ-ル人が好きですか」
 「はい」
「じゃあ、私と結婚してもいいよね」
という強硬な3段論法で求婚されたというのである。

なるほど。日本人で未婚でネパール人が好きなら、私と結婚することに何の問題もないでしょというわけである。
そんな強引な問答に思わず笑ってしまった。
「いや、結構しつこくって困ったよ。結婚を断ると悲しそうな顔で、
『じゃあ、あなたはさっき嘘をついたのね』なんて言われるんだから。たかさんも気をつけた方がいいよ」と、
まさやんは真剣な顔で忠告してくれた。僕にとってはなんだかおかしくて仕方のないただの笑い話にしか思えなかった。
きっとまさやんはからかわれただけなのだから。

その笑い話はともかくとして、まさやんの話に別の意味で僕は興味を持った。マッサージルームに若い女性がいたということだ。
若い女性と聞いて、やっぱりあそこはいかがわしいマッサージの部屋なのではないかと僕は思ったのだ。
まさやんに求婚したのはそういって部屋に連れ込んで商売をしようとしたのではないか。僕はマッサージルームの部屋に再び興味を覚えた。

まさやんから話を聞いた翌日のこと。
僕はいつものようにお気に入りの食堂でチョウメン(やきそば)とモモ(ギョーザ)という昼食をとり、
その後はぶらぶらタメル地区にあるみやげ物屋をひやかしながらホテルに帰ってきた。
今日も満腹、昼寝でもするかと階段を上っていると、マッサージルームの前で、
まさしく昨日まさやんの言っていたと思わしき女性にばったりと出会ったのだ。
目鼻立ちのぱっちりとした、とてもかわいい女の子だった。花柄の薄手のワンピースを身にまとった姿はなかなか色気があった。
そして笑ってしまうほど見事に、例の3段論法を僕にも言ってきたのである。

 「あなたは日本人ですか」
 「はい」
 「あなたは結婚していますか」
 「いいえ」
 「あなたはネパ-ル人が好きですか」
 「はい」
 「じゃあ、私と結婚してもいいよね」
「いや…その…」

やばい。これでは全くまさやんと同じではないか。
「結婚していなくてネパ-ル人が好きで、なぜ私と結婚してくれないの?」
と、甘えるような声で耳元にささやいてくる。
「結婚してくれないの?」
と、執拗に求婚を迫ってくる。

「私はかわいくないの?」と聞かれ、「いやそんなことはない」と答えると、余計に「じゃあなぜなの?」と問い詰められる。
別にお世辞ではなく彼女はかわいかった。しかしだからといってこの場で会ったばかりで結婚を迫られても困る。
冗談で「じゃあ、結婚しようか」とも言える雰囲気にもないし、からかわれていることはわかっているが、
どうしたらこの場から逃げ出せるのかよくわからない。「昨日、同じことを友達にも言ったくせに」と言おうかとも思ったが、
そのかわいらしさゆえにそういった反論ができなかった。

それにしてもなぜ彼女は出会う日本人を捕まえては結婚しようと言うのだろうか。
本気で結婚しようと言っているようには思えないし、かといってからかうだけにしては随分と真剣な演技をする。
やっぱりあやしげなマッサージルームの客引きのためなのではないか。
その真相を探り出してやろうと、結婚の話をそらして彼女にいろんなことを聞いてみたが、
何を言っても「じゃあ結婚してくれる?」という話に持っていかれてしまうのでらちがあかない。
困り果てているとちょうどその時、タイミングよくホテルの受付をしているホテルの息子が来てくれて、
「サンギ、やめないか。この人はここに泊まっている人だ」
といって助けてくれた。
「なによ。いいところだったのに!」といわんばかりに、彼女は僕から手を離すとマッサージルームに消えていった。
そのおかげで僕はこの場を逃れられたが、マッサージルームへの興味は増すばかりだった。

その翌日、再び僕は彼女とまたばったり会ってしまった。といっても同じホテルにいるのだから、会う確率は相当に高いのだが。
すると彼女は昨日の3段論法はせず、
「マッサジ-ル-ムに遊びにこない?」
と、いかにも慣れた風に僕を誘った。
「いや、僕はマッサ-ジはしない」
と言うと、彼女はかわいげに、
「オンリ-ト-ク!オンリートーク!」
と僕を熱心に誘った。本当にト-クだけだねと念押してから、僕は彼女と謎のマッサ-ジル-ムへと入っていった。

二部屋あるうちの手前にある、ただ椅子だけが置かれている部屋に二人で座った。
一体「オンリ-ト-ク」というものの何を話すのだろうかと思ったら、やっぱり昨日の3段論法をここでも繰り返した。
私と結婚しようと再び迫ってくるのである。しかし僕が話を別の方へそらすと、昨日とは違って結婚の話はあきらめ、普通の会話をしてくれた。

名前はサンギと言った。彼女は大学生で19才だと言っていた。
確かまさやんには18才だと言っていたはずだと思いながらも、いずれにせよそのぐらいの年令であるようには見えたので、
敢えてそのことは言わなかった。とにかく若くてとてもかわいらしい女の子だった。
「このマッサ-ジル-ムには学校が終わってから来て、いつも夜19時になると帰るのよ」
「19時に帰っちゃうんだ」
「だって夜遅くなるとお母さんに叱られるでしょ」

19時に帰ってしまうということは、やはりここはいかがわしいマッサ-ジではないのだろう。
それにしてもお母さんに怒られてしまうからというわりには、マッサージルームで働くのもどうなのかなと思った。
そんなに早く帰るということは家がここから遠いのかなと思って、家の場所を聞くと、
「リングロードのバスステーションの近くなの」
「なんだ、それならバスで20分ぐらいのところじゃないか」
「えっ、バスじゃなくてタクシーで帰るのよ。いつも」
「えええ!タクシー使うの?毎日そんな短い距離で」
と僕が驚くと彼女は平然とこう言った。

「だってバスって危険でしょ」
僕はリングロードのバスステーションまでローカルバスに乗ったことがあっただけに、「危険」という意味がわからなかった。
別に乗った感じでは危険なことは何一つなかったように思う。こんな近くの距離でタクシーを使うということは、
彼女は地元ではお金持ちのお嬢様なのかもしれない。

彼女はこのマッサ-ジル-ムを「マイオフィス」と呼んでいた。
19才の大学生が自分のオフィスを持って一体どんな商売をするというのか?
マッサ-ジはいくらするのかと興味のある質問をしてみると、棚に置いてあった料金表を見せてくれた。
そこには英語で「リラックスマッサ-ジ:1000ルピ-」と表の一番上にあり、
その他にも何種類かのマッサ-ジがあって、だいたい1000~1500ルピ-の値段だった。
日本円で約1600円~2400円ぐらい。確かにこの値段ならいかがわしいマッサ-ジなら安いような気はしたが、
普通のマッサ-ジにしては高いと思った。ひしさんがここのマッサージの値段は高いと言っていたのはわかるような気がした。

「マッサ-ジの仕事は大変じゃないの?」
  「私はマッサ-ジはしないの」
「え?マッサージしない?だってここはサンギのオフィスでしょ」
「そうよ。でも見て。私は腕も細いし力もないのよ。私がマッサ-ジできるわけないじゃないの。別の人がするの」

別の人とは、僕らが話している時に何度か部屋を出入りしていた、ふとっちょのおばさんのことらしかった。
確かに言われてみればそうだ。普通のマッサ-ジには確かに力がいるだろう。 
「じゃあサンギはここで何をしているの?」
当然の疑問だった。
「私はね。客引きしてるの。私は若くてかわいいでしょ。だから私が声をかけるの。
そうするとみんな私がマッサ-ジしてくれると思って入ってくるでしょ。でもマッサ-ジするのは私じゃないの」

なるほど。そういうことか。ぬけぬけと自分で自分のことをかわいいなんてよく言うよな。
でもそれは本当だった。自分の美貌をよく自分自身でわかっている。確かに彼女の言うとおり、
彼女にマッサ-ジしないかと声を掛けられたら、世の男どもはみんな勘違いして誘いに乗ってくるだろう。
しかしマッサ-ジするのは彼女じゃない。あの大女のおばさんなのだ。いろいろと工夫してるんだなと妙に感心してしまった。
じゃあこの前のまさやんや僕に対して声を掛けたのは、マッサージルームの客引きのためだったのかな?

マッサージルームのからくりを彼女が僕に教えてくれたので、さらにもっと調べてみようと僕は隣の奥の部屋を見せてもらうことにした。
それは商売の秘密だかただめだとかって言われるかなとも思ったが、あっさり見せてくれた。
部屋を見せてもらえばそこがいかがわしいマッサ-ジなのか、普通のマッサ-ジなのかわかる。
僕にはどうにもここが普通のマッサージとは思えない節があったからだ。

奥の部屋に入ると中央をベニヤ板で二つに仕切り、即席のドアがそれぞれについて、いちよ個室のような形になっている。
ドアを開けるとそこには布団が敷いてあった。それが妙に生々しくて、
これを見せられたら客はいかがわしいマッサ-ジだと勘違いするだろうなと思った。
それが作戦なのか、それとも本当にここでいかがわしいマッサ-ジが行なわれるか。部屋の感じはどう見てもあやしかった。

奥の部屋を見て謎は深まるばかりだった。隣りの部屋に戻ってきて、また話を続けていると、
彼女はミニオムホテルにある1階のレストランで、チャイ(ミルクティー)とモモ(ギョーザ)を頼んでくれた。
しかもそれを僕におごってくれた。それからまもなくするとマッサ-ジをするおばさんがビ-ル瓶抱えて陽気に入ってきて、
ビ-ルの栓をいとも簡単に口でこじ開けると、僕とサンギにビールをくれた。
モモは、「お口あけてあーんして」みたいな感じで彼女が僕の口に運んでくれ、さらにはビ-ルまでもそうしてくれた。

なんでこんなに僕を歓待してくれるのだろうか。まさか僕を酔い潰して金を取ろうっていうんじゃあるまいなと、
少しばかり警戒はしていたが、サンギにしてもおばさんにしても僕を気に入ってくれたかららしく、3人で楽しくわきあいあいと話をしていた。 すっかり3人で打ち解けて会話を楽しんでいたところに、マッサ-ジル-ムに客が入ってきた。
小太りのネパ-ル人中年男につれられて入ってきたのは、なんと日本人で、しかも僕と同じぐらいの若者だった。
共に顔を見合わせて驚いた。入ってきた彼にしても日本人の先客がいるとは思わなかっただろうし、
僕もまさかこのいんちきマッサ-ジに日本人が来るとは思いもしなかった。
どちらかが話しかければ日本人同士で会話をしたのだろうが、場所が場所だけに、場面が場面だけに、
どちらも視線をさっと外して、互いに会話をすることはなかった。
そんな二人の日本人の駆け引きをよそに、彼を連れてきたネパ-ル人とおばさんとの間では何やら話が始まっていた。

おばさんが入ってきた、僕を歓待してくれた様子とはかけ離れた険しい表情で、その日本人に名前を聞いた。
すると彼は思いがけない答えをした。
「なすびです」
「なすび? おへー、ぷっー」

僕は必死で笑いをこらえた。確かに言われてみればお笑い芸能人のなすびに似ていないことはない。
身長は高く、そして顔は長かった。しかし名前を聞かれて「なすび」と名乗るのはどないなもんか。
僕はぐっと笑いをこらえて、これはおもしろくなったぞと思い、ことの成行を見守ることにした。
連れてきたネパ-ル人がそのなすびと名乗る男に、
「おまえはどっちにマッサ-ジしてもらいたい」
と、聞いた。当然なすびは迷わず若いサンギを選ぶ。するとサンギはネパ-ル語で激しく何事かまくしたて、そして隣にいる僕に突然抱きついた。
おいおいなんだかやっかいなことに巻き込まれなければよいが。僕がいるから私はマッサ-ジはしなのよと言っているように思えた。
これでなすびと僕とは完全に敵になってしまった。

もしこの時、なすびが僕に日本語で話しかけてきて「事情を説明しろ」と言われたら、何と答えようかと僕は困っていた。
このマッサ-ジル-ムのからくりを明らかにしてしまっては、サンギやおばさんに悪い。
かといってみすみす同じ日本人旅行者が金を吸い取られるのを見過ごしていいものだろうか。
同じ旅行者として、旅行者同士助け合えることがあるならしたかった。しかし彼は僕を完全に無視していた。

再び、連れてきたネパ-ル人とおばさんとの間でネパ-ル語で何やら激しい議論が繰り広げられた後、
なすびとそのネパ-ル人は奥の部屋に通された。いよいよ何かが始まる。これからどうなるのだろうかと僕はじっと座って、
聞き耳を立てて待っていた。サンギは奥の部屋には入らず、おばさんだけが奥の部屋に入っていった。
まだ連れてきた男とおばさんとの話し声が続いていた。
5分もしないうちに一行は奥の部屋から出てきた。連れてきたネパ-ル人がなすびに、
「明日なら大丈夫だ」
と言っている。なすびは不服そうな顔をしていた。

そりゃそうだろう。何と言って彼がここへ連れられてきたのか知らないが、
なすびの頭の中はいかがわしいマッサ-ジをしてもらうことで一杯だったのだろう。
それがわけのわからぬうちに、また明日来いと言われたらさぞかし不服だろう。
それでもなすびは「大人しく明日来ればいいんでしょ」というような表情であきらめて部屋から出ていこうとした。その時だった。
 「おい!」
おばさんが出ていこうとした彼らに鋭い声を掛けた。連れの男は困惑した様子でなすびに申し訳なさそうに説明した。
 「さっき飲んだラッシ-(飲むヨ-グルトのようなもの)代を払えって」
 「いくら」
 「100ルピ-」

100ルピ-だって!このホテルにあるレストランのラッシ-の値段は15ルピ-ぐらいなものだ。
それをあのおばさんはぬけぬけと100ルピ-とほざくのだ。これはさすがになすびも怒るだろう。
マッサ-ジはしてもらえないは、ラッシ-代で100ルピ-払わされるは、文句の一つも言わないほうがおかしい。
これはおもしろくなったぞと僕は脇でじっと見守っていると、なんとなすびはあっさりと財布から100ルピ-を払ってしまったのだ。

なんだよ、あいつ。バカだな。なんで100ルピ-もあっさりと払っちゃうんだよ。
これだから日本人は海外でバカにされるんだよ。僕は意外ななすびの行動に憤りを感じた。
おばさんやサンギとは仲良くなった僕だが、日本人旅行者の彼には、自分の力でこの場を切り抜けて欲しかった。
彼らの言うままに、15ルピーのものに100ルピーもお金を簡単に払ってしまうなんて。
文句の一つも言って欲しかった。彼らに旅行者がなめられたままで終わって欲しくなかった。

あっさりと金を払って一行が部屋から出ていこうとすると、再びおばさんが鋭い声で彼らを呼び止めた。
まだ、何かあるのだろうか?一体何が始まるのだろうか。なんと今度はお金の請求ではなく、彼らは奥の部屋へと通されたのだ。
ラッシー代に100ルピーも文句も言わずに払ったことで、こいつは金払いがいいと認められたのだろうか。
そして今度は僕がこの部屋から追い出される番だった。サンギが極めて申し訳なさそうに、
僕にしばらく部屋を出てくれないかと言った。またこれから何やら始まるのだ。いよいよ商売の始まりなのだろう。
その修羅場の場面にからくりを知っている日本人の僕がいてはまずいのだろう。

サンギは僕を部屋の外まで送ってくれた。
「ごめんね。あなたがいるとね。ちょっとまずいの。わかるでしょう?」
と言った後、彼女は突然、僕の唇に軽くキスをした。
僕はその思いがけない行動にその場に立ち尽くしてしまった。
サンギは部屋に戻ると、マッサージルームの扉は固く閉ざされた。僕はその前でただ呆然としていているだけだった。

彼女のキスは一体何だったのだろうか。
あこぎな商売をしている彼女のことだ。男をたぶらかすことぐらい朝飯前だろう。でもだからといって唇にキスをするだろうか。

サンギのキスのぬくもりがいつまでも僕には忘れることができなかった。
その後、なすびがどのような目に合ったかはわからない。きっとラッシー代だけでなく、
今度はマッサージ代として法外な値段を取られたことだろう。
ただ僕はボッたくられたなすびを笑う資格はないのかもしれないと思った。
なすびと同じように僕もマッサ-ジル-ムの魅惑に惑わされているのだから。

・カトマン沈遊記
http://www.kasako.com/katoman.files/katomantop.html


# by kasakoblog | 2001-02-01 22:28 | 旅行記
2001年 02月 01日
梅干しラーメン
「幡ヶ谷名物梅干しラーメン」という看板にひかれ、入ってみる。
店の名は「ばんちゃんラーメン」。
赤坂見附、賑やかな繁華街の通りに挟まれた狭い路地にある。
19時過ぎに店に入ったにもかかわらず、客は誰もいなかった。
当然、名物梅干しラーメンを頼む。しょうゆと塩があり、塩味の梅干しラーメンを頼んでみた。

透明なあっさりスープに梅干しがたっぷりと入っていて、香りがとても良い。
塩の効いたスープに、さらっとした細麺はなかなか。
そこに梅干しが入っているのは、ラーメンとマッチしているとは言いにくいが、
その組み合わせのおもしろさと、体に良さそうなので、思わずたべいってしまう。

具はねぎとメンマと1枚のチャーシュー。
チャーシューは見た目は大したことのないが、食べてみると味がしっかりしみこんでいてうまかった。

飲み屋でしめに茶漬けを食べる代わりに、このさっぱりとした梅干しラーメンを食べたら最高だろうが、
たかが梅干しが入っているだけのラーメンで、850円の値段はどうかと思う。


# by kasakoblog | 2001-02-01 00:33 | グルメ・ラーメン
2001年 01月 31日
罪と罰・あとがき
この話はフィクションではあるが、フィクションではないとも言える。
というのも、ここで書いた話は、夢で見た本当の話だからだ。

正月に東海道遠征に鈍行を使って行っていたのも本当の話。
そして、どうやってキセルをしようかと真剣に考えていたのも本当の話だ。
そんな時、この夢を見た。
キセルに成功するが、全然関係のない罪を着せられそうになる夢だ。

「罪と罰」
悪い事をするとどこかでそれがはねかえってくるよ、という暗示の夢であったかのようだ。
ある罪をしたからといって、その罪の罰を受けることになるとは限らない。
しかしそのつけは、どこか違うところで罰として与えられるのではないか。
実に暗示的な夢で、ぞっとしたのを覚えているが、じゃあキセルをしなかったかといえばやっぱりしたのである。

話の結末は、キセルをした証拠が冤罪を晴らす証拠になる、という皮肉で終わっている。
キセルをしたことを認め冤罪を晴らすか、それとも無罪を強行に訴え続けるか、
どちらか選択する事は難しいことだが、罪を犯したことはいずれどこかで罰を与えられるのだろう。
それにしても、よくもまあこんなにできた話の夢を見たよなと、我ながら感心する。
「これはつぶやきのネタになる!」とあわててノートにメモしたことを覚えている。

罪を犯したつけは必ず罰としてまわってくる。
しかしこれは理想論であると思う。現実はそんなによくできていない。
罪を犯しても捕まらない奴もいるし、正当な罰を与えられない場合も多々ある。
この夢は、現実社会の理不尽さに向けたメッセージであったかもしれない。

奇しくも、JRは運賃の誤表示で乗客から余分な金を取っていた事件が発覚した。
その罰が、キセルという形でまわってきているともいえる。
悪い事はやっちゃいけないんだよな。


# by kasakoblog | 2001-01-31 00:34
2001年 01月 30日
罪と罰(7)
すべての犯罪は新幹線のプラットホームで起きたということが判明した。
僕は新幹線に乗っていないから無実を主張できる。
しかし3人の男たちはよってたかって「おまえが犯人だ!」とあいも変わらず騒いでいる。

「俺は新幹線に乗っていない!」
「いやおまえが犯人だ!」
と水掛け論を繰り返していた。

そこへ警官が議論に割って入っていった。
「あんたは新幹線には乗っていないという。しかしこれだけの目撃者たちがあんたがやったと言っている。
どう考えてもおまえさんの不利な状況には変わらない。新幹線に乗っていないという証拠でもあるのかい?」
「証拠?!」

新幹線に乗っていないという証拠などあるわけないじゃないか。
ん?待てよ・・・・・そうだ!切符があるじゃないか!
沼津で最低運賃の切符がまだポケットの中にあるじゃないか。
これを見せれば、僕は新幹線に乗っていないことが証明されるのではないか。

「ふん、おまえら、いい加減なこと抜かしやがって。
俺が新幹線に乗っていないという明白な証拠を見せてやる!」
と僕は息巻いた後、重大な問題に気づいた。

やばい。切符を見せたら無罪であることは証明できるが、キセルをしたことがバレてしまうではないか。
「おい、早く証拠とやらを見せてくれよ!」
3人の男たちと警官は僕ににじりよってきた。

う~ん、どうしよう。
ここで切符を出して無罪の代わりにキセルの罪を背負うか、それとも切符を出さずして、やっていないと言い張るか。
僕はポケットに入ったキセルした切符を強く握り締め、出すべきか否かを迷っていた。

(完)


# by kasakoblog | 2001-01-30 00:34
2001年 01月 29日
報道の仕方
1月26日夜、JR新大久保駅で3人の男性が電車にはねられ死亡する事故が起こった。
山手線が止まっているとのニュースを会社で聞いた時、てっきりもう雪が降り始めたせいかと思ったが、
そうではなかったらしい。

この事故について翌朝の朝日新聞は、こう報道している。
「ホーム上には駅員はおらず、別室で監視するカメラもなかった」
「ホームの柱十二ヶ所に非常ボタンがあったが、今回は使われていなかった」
「駅によっては、線路への転落を感知して電車をストップさせる「検知マット」が整備してあるが、
新大久保駅はホームが直線との理由で未整備だった」

カップ酒を飲んでいて誤って転落した男性の死亡が、まるで駅の責任かのような報道の仕方である。
なんかおかしくないか?
酒を飲んで酔っ払って転落した人間のことまで駅の責任にされるならばたまらない。
そのうち「駅ではカップ酒を飲むなという注意がされていなかった」とか報道するようになるのではないか。

「自己責任」という言葉が叫ばれていながら、この報道のざまはなんだ?

小沢一郎の「日本改造計画」のプロローグにこんな話がある。
アメリカのグランドキャニオンには柵一つない。
もしこれが日本だったら、誰かが転落したら間違いなく柵を作らなかった行政の責任にされるだろう。

酒を飲んで転落した男性の死を、駅の管理体制の問題にすることよりも、
一人の酔っ払いのせいで、何万人という他の乗客が迷惑をこうむっていることを思い起こして欲しい。
酔っ払いの死に同情するのもおかしいし、ましてそれを駅の管理体制の不備に訴えるのもあまりにナンセンス。
大新聞がこんな報道の仕方しかできないから、
そごうの破綻や銀行の破綻を国民の税金で尻拭いするという責任転嫁が容易に行われてしまうのだろう。


# by kasakoblog | 2001-01-29 00:35 | マスコミ