2001年 01月 23日
むしめがね(子供心)
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がっこうのりかのじゅぎょうで、じっけんをやった
むしめがねをつかって、かみをもやすんだ

くろいかみにむしめがねをあてて、たいようのひかりをあつめると、
なんだかきゅうにかみがあつくなってきて、
こげくさ~いにおいと、しろ~いけむりがでてくるんだ
そのうちかみはこげて、そしてみごとにあながあくんだ

小学校低学年の頃の僕の写真。
天袋に眠っていた忘れ去られたアルバムから引っ張りだしてきた写真。
虫眼鏡で紙を燃やす事に夢中になっているこの写真を見ると、

当時のことがありありと思い浮かんでくる。
理科の授業でやった虫眼鏡で紙を燃やす実験に、すごく感動したのを覚えている。
学校から帰ると、白い紙を黒く塗りたくって、熱心に紙を燃やしつづけた。
紙が燃える独特のこげくさいにおいまでもが、
今にも漂ってきそうな、そんな懐かしい思い出の写真。


# by kasakoblog | 2001-01-23 00:42
2001年 01月 22日
ラーメン太陽(高円寺)
高円寺北口からすぐ近く。
高円寺に引越てきた当初から、駅から家まで歩く道程でずっと気になっていた店があった。
「麺ロード」という喜多方ラーメン屋の隣りにある、「太陽」というラーメン屋。
店は古そうだが、そのくせ店頭に電光掲示板をおいて「雑誌・テレビで紹介された店」などと、
四六時中流しているので「なんだこの店は?」といつも気になっていた。

今時雑誌テレビに紹介されたことを自慢する店なんてそうそうない。
だいたいうまい店は口コミでしっかり伝わるから、「雑誌に紹介された」などと宣伝しなくても人は入るのである。
そんなこともあって、気になってはいたが、避けていた店でもあった。

今日、夕食にラーメンを食べたくなって、22時を過ぎていたので味噌一まで歩くのは面倒だし、
前からチェックしていた高円寺の駅前にあるラーメン屋に行こうとしたら、定休日で閉まっていた。
仕方なくその代わりにこの「太陽」に入ったのだ。

当店自慢のごまみそらーめん730円を注文。出てきたらーめんは、オレンジ色に近いスープをしていた。
はじめに食べる一口に緊張がよぎる。おそるおそるスープを飲むと「これはいける。変わった味がしているけど」と思った。
スープは「工夫して作ってあるな」と感じさせる、味に深みと奥行きがあった。
それでいてしつこくないこってりさがあって、今までに飲んだことのないスープだった。

今度は麺と具をすすってみると、ここでもまた驚かされた。
スープがこってりみそなのに、具も麺もしょうゆらーめんを連想させるのである。
このミスマッチングが、なんともいえない味を醸し出している。

きざみのりがかかって、その風味がラーメン中に充満している。
具はメンマと少々のネギで、みそには大概入っているもやしが入っていないことが、しょうゆを連想させるのかもしれない。
若干、麺だけがスープとの調和にかける点はあったが、のりの風味漂い、しょうゆを連想させる具と麺でありながら、
スープは特徴のあるコクのあるみそという不協和が、何とも言えないおいしさを醸し出している。

これがいいのか悪いのかはわからない。
もしかしたらみそに合う具と麺にすればもっとおいしくなるのかもしれないが、
これはこれですごく変わっていて特徴があっていいなと感じた。

久々に「また行ってもいいかな」というラーメン屋に出会えた。
まあそれでも到底Sランクには届かない。結構いい線いってるけど。
もうちょっと具が豊富であることと、麺のレベルアップをすれば言うことはない。


# by kasakoblog | 2001-01-22 00:45 | グルメ・ラーメン
2001年 01月 21日
罪と罰(6)
僕に罪を押しつける3人の男たち。
一人は僕がばあさんを階段から突き落としたと訴え、一人は僕が財布を盗んだと言っている。
そして最後の一人が口を開いた。
「こいつだ!うちの店からカツサンドと牛乳盗んだのは。万引きだぞ。万引きは立派な犯罪なんだからな。
今更、代金払ったって承知しないからな。うちの店で万引きして許されると思うなよ!」

おいおい今度は万引きの罪かい。
「いい加減にしてくれ。俺は万引きなんかしてない。第一、カツサンドと牛乳だけ盗む奴なんているのか?
万引きする勇気があったらもっと高価なもの狙うよ」
僕の言葉にカッときたのか、男はやっきになって反論した。
「カツサンドは高価なものじゃないのか?カツサンドをバカにする奴は絶対に許さないぞ。
誤れば代金払えば許してやったものの、カツサンドをバカにしたからただじゃおかないぞ」

おいおい、このバカどうにかしてくれ。何をカツサンドごときでむきになってるんだ?
「盗んだっていうけど、あんたの店ってどこなんだい?俺は全く知らないよ」
「とぼけやがって。あんたが新幹線から降りてきて、うちの店からカツサンドと牛乳を盗んだのをこの目で見たんだ」
「新幹線?あんたの店は新幹線のホーム内にあるのか?」
「まだとぼける気か?」

やった。これで僕の無罪が証明される。
「俺は新幹線には乗っていないぞ!これで俺の無罪が確定したな」
「うそだ!そんなのうそだ!」
とキヨスクのおやじは顔を真っ赤にしていった。

ちょうどその時、ばあさんを突き落としたと証言する男が戻ってきた。
「ひょっとして、ばあさんが階段から突き落とされたのも新幹線のホームか?」と男に聞くと、
「そうだ」と帰ってきた男は言った。
「ひょっとして、財布を盗まれたあんた、新幹線に乗っていたのか?」ともう一人の男に聞くと、
「そうだ」と財布を盗んだと訴えた男は言った。

「ということはだな。この3つの犯罪はすべて新幹線のホームで起きたわけだ。
ならば俺は人違いだ。俺は新幹線の乗っていない!」
やった。これで僕は無実になれる。


# by kasakoblog | 2001-01-21 00:46
2001年 01月 20日
メメント・モリ~就職活動生へ~
自分のやりたいことさえ見つかれば、就職活動は成功したも同然と以前書いた。
しかしその一方で、本当にやりたいことを見つけるのは難しいとも書いた。
では一体どうすればよいか。
本当に自分のやりたいことを見つける良い考え方がある。
それが「メメント・モリ~死を想え~」という発想である。

余命を半年後と宣告された病人が、逆に少ない時間を生き生きと過ごすように、自分自身の死を身近に考えてみる。
人間はいつかは死ぬ。
自分が死ぬまでにどうしてもやりたいことは何だろうか?
死ぬまでにやりたいことを就職活動にとらわれず100コぐらいあげてみる。
そうするとおのずと、自分の本心がわかってくる。
「死」を意識して考えると、「生」に限りが出てくるので、やりたいことが素直に浮かんでくる可能性が高いのだ。

今の世の中、いつ死が訪れるかもしれない、極めて治安の悪い時代。
地下鉄なんか乗っていたらサリンをまかれるかもしれないし、脱線するかもしれない。
交通事故で死亡する人など数限りない。
日本で相次いで起こる地震は、ある日、突然避けようもなく襲ってくる。
寿命死が少なくなり、人為的な死や突然死が罷り通っている現代においては、
いま自分がどんなに元気だろうが、いつ死へ誘われないとも限らない。

「死」を意識することによって、本気で有限の生を生きようとする。
それまでにどうしてもやりたいことが、本音で見えてくる。
ただ企業に入るという目先の目標を考えた上で、やりたいことなど考えるから、
本音ではない、へんてこなものしか思い浮かばない。
そして志望動機なんていう建て前を作って、あとで入社してから後悔する。
「やっぱり自分のやりたいことはこんなことじゃなかったんだ・・・」と。

どうしても自分が死ぬまでにしたいことをあげていけば、おのずとその先の道は開けるはずだ。
もしかしたら、自分のやりたいことをするためには、会社に入ることではないという結果が出るかもしれないが。

「メメント・モリ~死を想え~」
常に自分のどこかにこの意識を持って生きていきたいなと思う。
人間、死ぬ気になれば何でもできるというように。


# by kasakoblog | 2001-01-20 00:46 | 働き方
2001年 01月 19日
おいしいカップラーメンを探せ⑥
日清の「武骨麺」。
この特異な名前に惹かれて買ってみた。
(カップラーメンを選ぶ時、結構ネーミングを気にしていることがわかった。
でもこれでよく失敗するんだよな・・・)

「武骨」の所以は、食べごたえのある太麺なのだそうだが、
たいした食べごたえのある麺とは思えなかった。まあ、普通の麺だ。
塩味のあっさり風味においしさを醸し出しているのがごま。
さっぱりしていてなかなか良い。

ただ気のせいかスープが時々変なにおいを発する。
芳香剤のような薬品くさいようなにおいがたまにするのは、調味オイルのせいか。
ちょっとくさくて気になった。

ごまとネギのかやくは、あっさり塩味スープに合っていて良いのだが、
それ以外に入っているかやくの肉がおそろしくまずい。
これだったらはっきりいって入れない方がましだ。

全体的にさっぱりあっさりしていていいが、それ以外にたいした特徴はなく、
値段も143円と安いが量は少なく、一食にするには物足りない。

結論からいえば、このラーメンの名が「武骨麺」という変わった名前でなかったら、
食べることはなかっただろう。


# by kasakoblog | 2001-01-19 00:47 | グルメ・ラーメン
2001年 01月 18日
かさこ金融道⑦ 役所の怠慢
消費者金融で不動産担保の融資の仕事をしていた時の話。
毎回うんざりするのは、借りる人が驚くほど税金を延滞していることだ。
うちに借りにくる段階で、銀行はもちろんクレジットカードやあちこちのサラ金から金を借りまくっている。
だから税金など払っている余裕はないのである。
税金をちゃんと納めているか役所に行って調べるのが、僕の仕事の一つなのだが、まあ、とにかくひどいこと。
滞納額が100万円を越えるのは日常茶飯事である。

しかしもっと驚くべきことは、これをほったらかしにして、のうのうとしている役所の怠慢さである。
3年近くも滞納し、しかもその額が100万円を越えているのだから、
それを支払わせるようにするのが役所の仕事であるのに、一切そんなことはしないのだ。

なぜか?
そんな面倒なやっかい事をしたくないからである。
税金の未納額が増えれば、本来なら自分たちの給料が減ってしまうはずだが、
税金の回収目標があるわけではなし、未納が増えれば税金をアップすれば済む話として、ほったらかしにしているのである。

よくよく考えればこんなひどい話はない。
税金を滞納している人をほったらかしにしているのは、まじめに払っている人をバカにしているとしか言いようがない。
しかもその滞納者が全く払えないならともかく、不動産を持っているのだから、
さっさと競売かけて売り飛ばして、税金を回収すべきなのである。

まじめに働いて税金を払っている人が不動産を買うことができず、
税金を滞納している人間が、払わずいつまでも不動産を持ちつづけるというのは全くおかしな話だ。
こんなひどいことが、役所で罷り通っていることを知り、僕は愕然とした。
なんていい加減な国なんだろうかと。


# by kasakoblog | 2001-01-18 00:47 | 金融・経済・投資
2001年 01月 17日
取捨選択
朝、6時50分。
僕は通勤電車でつり革に捕まって、宮本輝の短篇小説を読んでいた。
まだ眠くて幾分流し読みをしていた中で、ふと目にとまった言葉があった。
「取捨選択」
いい言葉だなと思って、一度本から視線をそらし、その言葉から沸き上がってくるイメ-ジを思い浮べていた。

本から視線を外し物思いに耽っていたその時、僕の目に信じられない光景が飛び込んできた。
外の公園で子供とお父さんがキャッチボ-ルをしていたのである。
僕は目を疑った。

今年一番の寒さではないかと思われるこのくそ寒い中、しかもまだ朝7時前で朝日さえ昇っていない暗い中で、
さらには休日でもなんでもない平日に、子供とお父さんがキャッチボ-ルをしているのだ。
ただでさえ「親と子のキャッチボ-ル」姿など見なくなった最近において、信じられない時間にキャッチボ-ルをしている。
これは一体どういうことなのだろうか?

僕は電車の中を見渡した。この信じられない光景に他の人も釘づけになったはずだと。
しかし誰も気に留めていなかったようだ。
というより、電車が通り過ぎた一瞬の光景に、誰も気づかなかったのだろう。

人間は同じものを見ているようで、全然違うものを見ている。
所詮、自分の興味あるものしか見ていないのだ。
逆に、自分が日頃から意識しているものには、敏感に視覚が反応する。

僕はなぜ無数の景色の中から、あの光景だけを選び取ったのだろうか。
冬の早朝の親と子のキャッチボールの光景が、僕に飛び込んできたのはなぜなのか。
人は知らぬ間にいろんなことを取捨選択しているんだな。


# by kasakoblog | 2001-01-17 00:48
2001年 01月 16日
感覚マヒ
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海外」というと、よく治安が悪いだとかすぐ物を盗まれるとかいう。
それはある意味では本当のことだが、その要因は、日本人の特殊性に帰することが多い。
海外でよく日本人が被害にあうのは、ちょっと荷物から目を離した隙に物を取られる置引き。
でもそれは日本人の感覚がおかしいから、よく被害に遭うのだ。

日本ではファ-ストフ-ドや食堂や図書館、さらには駅のホ-ムなどでも、
場所取りのために平気で荷物だけを置いてどこかに行ってしまう。
こういう感覚のまま海外旅行に出掛けて、ここは日本ではないんだという意識を持たなければ、
簡単に物を盗られてしまうのは当然のこと。
というより、物を盗んでくださいと自ら差し出しているようなものなのだ。
海外の治安が異常に悪いのではなく、日本人の感覚がズレているから起こるのだ。

日本なら荷物を場所取りにしても、盗られることは少ないだろうが、
最近、「いくらなんでもこれはねえ」と首をかしげてしまうのは、
携帯電話を置いてそのままにしていくことである。
いくら平和ボケした日本でも、携帯をおきっぱなしという感覚はちょっと信じられない。これが意外に多いから驚いてしまう。

もし取られてどこかに電話を掛けられたらどうするのだろうか?
すぐに電話会社にとめてもらったとしても、膨大な個人情報が流出する。
友達の電話番号だけでなく、メ-ル機能もついているから、メ-ルの履歴を読んでいけばいろんなことがわかってしまう。

財布に次ぐ貴重品であるはずの、携帯電話をそのまま置いてどこかに行ってしまうというのは、
「治安のいい」日本でもやめた方がいいのではないか。
ここまで感覚がズレた人間が、団体ツア-で日本人に囲まれ高級ホテルに泊まり、
まるで日本にいるかのような旅行をするから、物が盗られたり、カモにされたり狙われたりするのである。
つまりは、自業自得ということだ。

いくら僕がこんなことを言っても、自分の荷物が盗まれて痛い目にあわないかぎり、きっと無駄なんだろうな。
渋谷の町角を歩いただけで、無差別に金属バットで殴りかかられるという(昨年暮れの事件)、
日本の異常な程の治安の悪さを考えた時、携帯電話をほったらかしにする危機意識のなさは、
より事件事故を誘発させているといっても過言ではない。

この世は欲望社会。何も自分から事件の火種を蒔く必要はないのではないだろうか。


# by kasakoblog | 2001-01-16 00:49 | 一般
2001年 01月 15日
チベットがなくなる日
人生には実に不思議なことがある。
僕は新聞は朝刊しか頼んでいないのだが、なぜか今日に限って、配達員が間違えたのか、夕刊が入っていた。
「別に夕刊なんか大して読むところないのに」と、何気に新聞を開いてみて驚いた。
一面のトップが、「チベットを鉄道走る」という記事だったのだ。

1999年、僕は中国・ゴルムドから約1100kmの道程を、バスで30時間かけてチベット・ラサに旅した。
平均標高4000m、5000m以上の峠を二つ越える難所の道程を、オンボロバスで走るのだ。
これほどきつかったバスの旅はなかった。
しかしその甲斐あって、到着したチベットは美しい場所であった。

その時、鉄道ができるという噂は聞いていた。
確かに中国ゴルムドからチベットに行く道の途中に、鉄道の路線を工事している箇所を何度か見掛けた。
しかし本当に建設するとは到底思えなかった。

全く何もない高原地帯に、しかも異常に標高の高い地に、
1000kmもの鉄道を敷設するというのは想像を絶する難事業のはずだからだ。
しかしこうして朝日新聞がトップで紹介するからには、本当に建設するのだろう。
チベットに行ったことがあるだけに、この記事を他人事とは思えず食い入るように読んだ。

チベットは中国から独立したがっていて、チベットの最高指導者ダライラマは現在インドに亡命中。
昨年は、高僧の一人がチベットから脱出してインドに亡命した事件もあった。
こんな非常に微妙な地区に鉄道を敷設するということは、単に「観光の切り札」としてだけではなく、
非常に政治的な意味を持ち合わせているのだ。

鉄道ができれば、中国人・中国文化・さらには高度成長真っ盛りの近代化文明までもが、
固有の文化を持った自然と共に生きるチベットに、一挙に運ばれることにある。
これは実に恐ろしいことだ。
鉄道が完成すればチベットの固有の文化は急速に失われ、中国の単なる一観光地としての位置づけに堕するだろう。
今でさえも、中国近代化の波と政治的抑圧によって、チベット文化が失われつつある。
現在では、チベット固有文化を残している地域は、チベット本土よりむしろネパールやインドに移ってしまっているのだ。

あの苦難のバス旅をせずに、鉄道でチベットに行けるということは、
旅行者にとっては非常に魅力的なことだが、そんな背景があるだけに手放しでは喜べない。

奇しくもこの夕刊を見た夜、僕はチベットで出会った旅行者と飲むことになっていた。
その旅行者も、僕の家に来るなり真っ先に目を奪われたのが、この新聞記事だった。

この先「チベット」がどうなってしまうのか。
「チベット」がなくなる日が、この鉄道建設によって大きく早まってしまう可能性は高い。


# by kasakoblog | 2001-01-15 00:23 | 一般
2001年 01月 14日
罪と罰(5)
なんだか知らないがまずいことになった。
全く知らないのにとんでもない人違いをされて、罪をきせられそうになっている。
ここに目撃者が来て「あなただわ。あなたに間違いないわ」などとほざかれたら、
俺が本当に知らなくても疑いをかけられてしまう。これは困ったことになった。
わけのわからん目撃者が来ないうちにここから脱出なくては・・・。

「それよりじじい、このケガどうしてくれるんだ!」と話を元に戻そうとすると、
今度はもう一人の中年男が口を開いた。

「こいつだ!俺の財布をすったのは。よくも寝ている隙に財布を盗んでくれたな。
言っておくがな、財布を返せば済むって問題じゃないぞ。
これは立派な窃盗罪なんだ。きっちり務所に入って反省してもらわんと、俺の気が済まない。
こそドロなんてした罪をすっかり償ってもらうからな」

「はあ?財布を盗んだ?おいおい辞めてくれよ。俺は何にも知らないぞ」
「とぼけたってそうはいかねえ。おまえが盗んだ事はわかってるんだ」
「全く何を根拠にそんなこと言ってるんだ。もし人違いだったらどうしてくれるんだ!」

「おいおい、君。まじめそうな顔して、ばあさん突き落とすは財布盗むは、随分働いてくれるじゃないの。
わしの所轄でこんなに暴れてくれるとは、これは放っておくわけにはいかんな」
警官は僕を完全に犯罪人だと決めつけているようだ。
これはますますまずいことになった。

中年の男は、さらに追い討ちをかけるように言った。
「俺は財布を盗まれたことに気づいて、走り去っていくこいつを追ってったんだ。
あわてて逃げていた時に、ばあさんにぶつかって突き落としたのに違いない」
「おまえ、俺を見たのか?推測で物を言うんじゃねえ」
と僕が騒いでみても、男の言葉を信じきっている警官には全く無意味だった。

なんだか知らないが、僕がばあさんを階段から突き落としたり、財布を盗んだことになっている。
一体どうしたものか。僕の無実を証明するものは何もないのか?


# by kasakoblog | 2001-01-14 00:24