板門店ツアーレポート
2007年 07月 14日


<1>板門店は自然の楽園?!
同一民族を38度線という1つの線で分断した、
そのボーダー(休戦ライン)のある板門店を見れば、
誰しもが戦争や南北問題について考えを巡らすと思うが、
私が板門店を含む非武装中立地帯(DMZ)を訪れて、
最も印象的だったのは、
非武装中立地帯は手付かずの自然が残された、
希少な生態系が維持された場所であるということだ。
両国が再び戦争をしないよう、
38度線の停戦ラインを境に、南北2kmずつに非武装エリアを設置した。
そこには両国側から幾重にも鉄条網や高圧電線が張られ、
かつ地雷があちこちに埋め込まれている。
そのためほとんど人間が立ち入らず、
朝鮮戦争停戦した1953年以来、
約50年以上にもわたってそのままの状態で残されていることから、
豊かな自然環境が保存され、野生動物の宝庫となっているという。
絶滅種や希少な種も多くいるそうだ。
何と皮肉なことだろうか?
戦争の悲劇によってやむなく作られた緩衝地帯。
両国がにらみ合いを続け、双方が牽制しあっていたおかげで、
美しい自然環境が残された。
人間が立入禁止になれば、こんなにも美しい自然環境が取り戻せる。
板門店付近が豊かな自然なんてイメージはまったくなかったので、
これは大きな驚きだった。
板門店は同一の民族が分断された悲劇のシンボルとして、
またいつか南北が統一された暁には、
両国の交流のシンボルとして世界遺産にすればいいんじゃないかなんて、
私は板門店に行く前に思っていたけど、
ツアーガイドはこんなことを言っていた。 「南北が統一されたら、板門店のあたりは、
間違いなく自然世界遺産になるでしょう」
世界遺産には豊かな自然を守る自然遺産と、
歴史を守る歴史遺産があるわけだけど、
板門店周辺は歴史遺産である前に自然遺産なのだ。
人類が残すべき貴重な自然環境が、軍事対立によって生まれた皮肉。
板門店が投げかけているのは、
単に戦争の愚かしさだけでなく、
人間そのものの愚かしさと、
現代文明への警告、環境問題まで示唆しているのだ。
非武装中立地帯(DMZ)の観光スポットには、
必ずといっていいほどDMZグッズが記念品として売られているんだけど、
その中に「DMZ米」という米も名産として売られていた。
非武装中立地帯の韓国側には、
特別に許可された人が住んでいるエリアがあり、
そこは米や豆などが名産品として知られているという。
「誰が軍事的にきな臭いエリアで作られた米なんか、
わざわざ買うんだろう?」と思っていたのだが、
上記のように非武装中立地帯は手付かずの自然が残る環境のため、
そこで作られた米ということは、すなわち絶好の自然環境で作られた証明なのだ。
だからDMZ米は、両国分断をエサにした、
したたかな観光客用商売品としてではなく、
品質の良いブランド米として認知されている。
非武装中立地帯を見ていると、野鳥が実に多く飛んでいて、
人間が決めたラインなんか関係なく、
自由に両国をまたいで羽ばたいている姿を見ると、
戦争だけでなく環境問題的観点からも、
人間の愚かなる過ちを見直すべき時なのかなと思った。
<2>統一を阻む南北格差と屈折した韓国人意識
南北統一または共存に向け、このところ雪解けムードがあり、
今年5月には、南北鉄道が56年ぶりに運行(試運転)されたというニュースがあった。
ソウルから非武装中立地帯を抜け、
北朝鮮・ピョンヤン(平壌)へ向かう鉄道があり、
板門店ツアーでは韓国側の最北端駅、都羅山駅も見学した。
ツアーガイドさんがこの鉄道について、
こんな言葉を発していたのが印象的だった。
「北朝鮮の鉄道はボロイのでスピードが出せず、
補修工事しなければならないんだけど、
その補修費用はみ~んなみ~んな韓国の税金で払ってあげている」
それをバスの中で、そして鉄道駅の前で、彼女は二度繰り返した。
自分たちの税金が北朝鮮のための使われていて、
たまったもんじゃないというニュアンスがありありと浮かんでいた。
それは、いかに南北格差が深刻かということを物語っている。
日本がわあわあ騒いでいる「格差」なんてもんじゃない。
韓国の一人当たりGDPは18372ドルだが、
北朝鮮の一人当たりは914ドルだ。
(韓国銀行推計値でGNI(国民総所得)だが実際はもっと低い可能性もありうる)
なんと20倍もの格差がある。
いってみれば平均年収200万円の国民と、
平均年収10万円の国民が合併するようなものだ。
(ちなみに日本は約35000ドル)
これが統一したら大変なこと。
いわば北朝鮮という倒産寸前の企業を、
韓国という優良企業が救済するようなものだ。
その不良債権費用はすべて韓国国民にのしかかってくる。
北に離散家族がいるなら別だが、
そうでない人にとっては、統一によって税負担が増え、
しかもそれが自分たちのためではなく、
北朝鮮のために使われることに、
我慢ならない人もいるということなのだ。
統一を阻んでいるのは、単に北朝鮮側だけの問題ではない。
実際、北朝鮮から韓国に亡命した人が、
生活苦で悩むケースが多いと聞く。
東西ドイツ統一でも両国の格差は、大きな問題になったが、
朝鮮半島はより大きな格差があるだけに、深刻な局面に立たされるだろう。
しかし、不思議だなと思う。
板門店を目の前に、ただ一線を隔てただけの両国で、
民族も言葉も地理的条件もそんなに変わらないのに、
一方では外食して食べ残すほどの食料もあり、
映画や遊園地などさまざまな娯楽に囲まれて生活しているのに、
その線を越えてしまうと、
食べるのにも苦労するほどの貧困が広がっている。
そしてそんな両国の分断線を、
わざわざ金を払って観光する余裕のある日本という隣国もある。
国家とは企業のようなもので、政府とは経営陣のようなもの。
北朝鮮という国家の経営陣が運営したら、
こんな悲惨な状況になってしまい、
そこで生活する社員(国民)は生活苦に悩んでいるのに、
韓国という国家の経営陣が運営したら、
先進国並みの物質的にも豊かで自由な生活を送れる。
それがたった1線で分け隔てられてしまう皮肉。
日本の経済状況を見れば、
実にいい経営陣に恵まれたということになるはずだが、
日本もうかうかしてはいられない。
国の借金が800兆円を超えるどうしようもない企業である。
経営陣(政府・与党)を変えないと、企業が倒産するように、
国家が破綻してしまう。
韓国と北朝鮮の経済格差に学び、
日本も優秀な経営陣(政治家)を選んでいかないと、
無駄遣いのツケが全部国民の税負担になることを、
肝に銘じなければならない。
先ほどの南北統一鉄道だが、韓国人は異常な期待をしている。
「この鉄道が開通すれば、ソウルから北朝鮮を通って、
中国、モンゴル、ロシアを通りヨーロッパ、パリまでつながるんです。
そしたら鉄道での貿易もできるようになるんです」と。
思えば韓国はユーラシア大陸にありながら、
唯一大陸の国境を接している国が、
戦争中の北朝鮮のために、大陸づたいでどこへも行けない。
その閉塞感は相当なものなのだろう。
日本のようにもともとが島国なら、
大陸づたいに他国とつながっていたいという思いは希薄だろうが、
大陸にいながら他国とつながれない鬱屈は、
韓国人の意識に相当根付いているんじゃないかと思った。
だからこそ南北統一鉄道は、
北を飛び越え、ヨーロッパなど他国とつながる「ユートピア」なのだろう。
ユーラシア大陸の鉄道路線図を駅に掲げているあたり、
その痛々しさが伝わってくる。
北朝鮮がやばい国だという認識はあるが、
どうも韓国人の屈折した意識も相当問題だなと思う。
それは不自然な形で民族分断されてしまった、
世界でも例のないケースだからいたし方がないが、
統一か共存か現状維持か、
どんな選択をしても、韓国にとって乗り越える苦難は大きそうだ。
そのことを隣国である日本も認識しておいた方がいい。
単に北朝鮮が悪い、金正日が悪い、南に統一されるべきだでは、
片付けられない多くの問題がはらんでいることを。
ま、だからこそ、政治・外交にしたたかな中国あたりが、
現状維持が一番自国の国益になると、
北朝鮮をうまく利用しているのだろうけど。
<3>納税・兵役の義務がない「自由」の村
「ここに住んでいる人たちの年収は1000万円。
税金も納めなくていいし、兵役の義務もないんですよ。
すごく豊かな暮らしをしているんです」
韓国と北朝鮮の国境からそれぞれ2kmの非武装中立地帯(DMZ)。
両国がにらみ合うこの緩衝地帯に、
韓国側には「自由の村」と呼ばれる小さな村がある。
緊張状態の国境沿いにあり、
かつ、あちこちに地雷で埋まったこの危険地帯ゆえ、
政府が無税、兵役を免除し、
ここでとれた農作物を高く買い取っていることから、
ここに住む人は一般の数倍もの年収を手に入れているという。
国境を接した場所にこんな「特区」が存在するなんて、
思いもせずに驚いた。
しかしこの「自由」の村はぜんぜん自由じゃない。
非武装中立地帯は厳重な検問がある、鉄条網で囲まれた場所で、
許可した人間以外は入れない。
この村人たちは自由に村の外に出ることはできず、
門限もあり、消灯時間も決められている。
かつ毎日、村人の人数が合っているか、点呼もあるほどだ。
こうした普段の不自由だけでなく、
軍事緊張状態の最前線にあるわけだから、
何か有事があれば真っ先に戦争被害にあう、
とんでもないリスクと隣り合わせに生きている。
さらには地雷だらけの場所ゆえ、被害にあう村人も多いという。
ここに埋められた地雷の中にはわずか数百グラムの、
非常に軽い地雷があるゆえ、
地雷危険区域から雨が降った時などに、
地雷が流れてしまい、
本来安全なはずの場所にも地雷が流れてくるというのだ。
こんな不自由だけど、税金免除・兵役免除ならいいかも、
と思う人がいるかもしれないが、残念ながらここに住む彼らは、
ここに好き好んで住んでいるわけではないようだ。
もともと「板門店」なんて名もなき小さな農村に過ぎなかったこの場所が、
たまたま国境にされ、かつここで両国の休戦協定が行われたことから、
こんな場所にされてしまったのだ。
先祖代々の土地を見捨てるわけにもいかず、
否応なくここに住んでいる人が多い。
一般の年収数倍と無税、兵役免除という「特典」と、
彼らが背負っているリスクと不自由が見合っているのか。
世界遺産に指定されてもおかしくはない貴重な自然環境の中、
彼らは「自由の村」という名称をつけられながら、日々生きている。
・板門店写真
http://www.kasako.com/0707hanmonfoto.html