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十字架を背負う生き方

人は十字架を背負って生きたがる。
なぜなら生きる目的がはっきりするからだ。

十字架。
たとえばとっても不幸な出来事を経験したとか、
不遇な境遇だったとか、
誰かにつらいめにあわされたとか。

こうした不幸な出来事を自らの十字架として背負い込み、
その不幸に“復讐”するような生き方をしても、
果たして幸せになれるかは疑問だ。

十字架を背負うことは、
自分にとっては都合よくもある。
私はこんな不幸な境遇に生まれたのだから、
うまくいかなくて当たり前だとか、
十字架を背負うことを見せつけることで、
人から同情をもらおうとか、
手っ取り早い現実逃避な、
自分に対する言い訳の手段でもある。

人は生きるために生きてきた。
それは“貧しい”国に行けばわかる。
しかし日本のように物質的に豊かな国に生まれると、
生きるために生きる必要がなくなるから、
何か生きるための目的や使命を必死になって探そうとし、
そして悩み、それがないと、
不幸だとか高等遊民みたいな話も出てくる。

変な話だけでど作家になりたい人なんかは、
自分の境遇が平凡すぎることを呪う人なんかも出てくる。
「激烈な環境に生まれ育ち、特異な経歴を持っていれば、
話題になりやすいし本になるんじゃないか」
平凡であること、当たり前であることを不幸と思う、
倒錯した思いにかられる人もいる。

そうした不遇な経歴があれば、
十字架があるから、
わかりやすく生きられることを期待しているのだろう。

コンプレックスをバネにして、
前向きに生きることはいいことだと思うけど、
過去の不運を重い十字架として背負い込み、
これ見よがしにその十字架を見せびらかして、
生きるような生き方は正直、救いがない。

誰もが心の奥に何らかの十字架があったとしても、
それは心の奥にそっとしまっておき、
時々思い出して、十字をきればいい。

十字架は人生の重荷ではなく、
心のカミサマ。

いつまでも過去の十字架に縛り付けられていても、
未来の道は限られてしまう。

過去は変えられないが、
未来は変えられる。

過去を忘れてはいけないし、
過去は教訓になるが、
過去だけに縛られる生き方は、
かえって道を狭めかねない。

道が狭まれば人生迷わずに済むから、
人は十字架を背負いたがるわけだけど、
選択肢が狭まれば可能性も狭まってしまう。

自ら重荷を背負い込むことで未来を限定せず、
重荷を踏み台に変えて、
未来への前向きな一歩に変えていきたい。

そんな風に私は思う。

by kasakoblog | 2010-03-15 22:49 | 生き方

好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術を教えるかさこ塾主宰。撮影と執筆をこなすカメラマン&ライター。個人活動紹介冊子=セルフマガジン編集者。心に残るメッセージソングライター。


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