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牛をめぐる日本人の滑稽さ

宮崎の口蹄疫(家畜伝染病)問題が、
マスコミでこぞって取り上げられているが、
マスコミの取り上げ方によって、
こうも国民の反応が変わってしまうものかと、
ある種の恐ろしさを感じながら見ている。

●1:2001年狂牛病騒動による国産牛危ない報道
牛をめぐる騒動といえば狂牛病騒動だ。
BSE問題という言葉が連日のように、
マスコミで取り上げられた時期があった。

2001年9月。
千葉で狂牛病の疑いがある牛が発見されたとの発表で、
マスコミは大々的にこのニュースを取り上げた。
今回の宮崎牛問題のように、
「畜産家がかわいそうだ」「国産牛を守らなければいけない」
といったトーンではなく、
「日本の牛肉は危険だ」「食の安全管理がなされていない」
といったトーンで報道した。

こうした報道の仕方をしたため、
国民は一斉に「牛肉はすべて危険」と捉え、
牛肉を食べない・買わない行動がわっと広がり、
外食産業やスーパーなどが深刻な売上減となった。

国民の「牛肉は危ないイメージ」の浸透を受け、
「うちの焼き肉の肉は国産牛しか使っていません」
がウリだった焼肉屋は、
「うちでは一切国産牛を使用しておりません」に変わった。

「スープのできのわるい日は休ませていただきます」と、
スープにこだわりを持ち、
営業日には牛骨をぶらさげているラーメン店「がんこラーメン」は、
「現在スープには牛骨を使用していません」と、
あっさりとこだわりを捨て、
がんこさもくそもない店であることが判明した。

私は当時、吉野家に毎日のように行っていて、
狂牛病騒ぎが起きた後も普通に行っていた。
騒ぎ前はいつも混んでいた店が、
狂牛病騒ぎが起きると客は激減した。
いつも満席だった昼のピーク時に、
客が私ともう1人、2人ぐらいしかいない、
といった状況が1カ月ぐらいは続いたんじゃないか。

国産牛だけでなく、すべての牛肉は危ないと、
国民はマスコミの報道で思い込んだ。
だから国産牛ではなく、
米国産牛やオーストラリア産牛であっても、
国民は牛肉と見るやいなや買わなくなった。

そこで食品業界では、
「米国産の牛は一切狂牛病は発生しておりません」
「オーストラリア産牛肉は安全です」
といった全面広告を新聞に出し、
国産牛はともかく、海外産は安全だから、
牛肉買い控えをしないよう訴えた。

2001年の狂牛病騒動は、
本当に国産牛が危ないかどうかもよくわからないまま、
本当に海外産牛が安全かどうかもよくわからないまま、
とにかく国民は牛肉は危ないから買わない・食べない、
といった動きをしたのである。

●2:宮崎牛問題は国民の同情を買う報道の仕方
しかし今回の宮崎牛問題は違う。
問題が発生した当初、報道規制が行われたらしく、
そのせいか、国民の反応が違うのだ。

報道規制が行われた理由は、
上記に見たかつての狂牛病騒動を教訓に、
マスコミがおもしろおかしく騒ぐことで、
国民がパニックに陥り、牛肉を買わなくなり、
国産牛業界に二次被害を及ぼしかねないのが、
理由だったのではないかと私は思っている。

その効果があったのか、
2001年の狂牛病騒動のように、
「うちの店で国産牛は使用してない」と
アピールする店は見かけないし、
スーパーで牛肉がまったく売れないということもなさそうだ。
牛丼屋や焼肉屋にまったく客が来なくなってしまった、
かつての狂牛病騒動のような、
深刻な影響はないように見える。

ただ報道規制は、国民のパニック防止ではなく、
民主党が初動対応をミスったから、
それを隠すために行っているのではないか、
といった声がネット上で広まるようになっていた。
(ちなみに赤松農水大臣が、問題が起きているにもかかわらず、
GW中に外遊先でゴルフをやっていたというTBSの報道は、
裏付けのない「捏造」であったとして、謝罪することになった)

宮崎の地元畜産家がブログで、
涙ながらに今は地獄だと訴えた。
反民主の論客はこれぞ絶好の攻撃材料とばかりに、
民主党は宮崎問題の初動対応ミスを隠すために、
報道規制をしているとネット上で訴えた。

こうしたネットの動きが盛り上がったせいか、
先週から急にこの問題をマスコミが取り上げるようになった。
取り上げ方は、2001年の狂牛病騒動とは違い、
せっかく大事に育てた牛が殺されてしまうのはかわいそうだ、
畜産家が牛が殺されてしまい生活に困ってかわいそうだ、
といったトーンだ。

こうした報道の仕方により、
2001年とは違い、家畜伝染病にかかった国産牛は、
危なそうだから買わないという反応ではなく、
どちらかというと畜産家に同情し、
牛を殺さなくてもいいんじゃないかみたいな、
同情論が支配する世論を作り上げたと言える。

2001年の狂牛病騒動と2010年の口蹄疫騒動に見る、
国民の真逆ともいえる反応は、
マスコミの報道の仕方が変わったからだろう。
つまりマスコミの取り上げ方で、
国民の感情はある種「コントロール」され、
180度違った対応の仕方になってしまうことが、
今回、一番恐ろしい問題だと考えている。

報道規制なくマスコミが初期の段階から、
おもしろおかしく取り上げていたら、
2001年の狂牛病騒動のように、
牛肉が売れなくなるといった事態が起きていたように思う。

●3:2003年米国狂牛病により、なぜか牛丼が売れまくった日本
さらに日本人のあまりに滑稽な牛をめぐる反応例を見てみよう。
2001年の狂牛病騒動で、牛肉はすべて危ないという反応をした日本人。
ところが2003年、米国で初の狂牛病症例が出ると、
今度はその時とはまったく違う反応をしたのである。

輸入禁止で牛丼が食べれなくなってしまう。
今のうちに貴重な牛丼を食べておこう!
狂牛病が発生した米国産牛の牛丼を、
並んでまで食べるおかしな騒動に発展したのだ。

2001年は米国産牛を使っているにもかかわらず、
国産牛で狂牛病発症が見つかったから、
牛丼は危ないと捉えられ、客が来なくなった吉野家。
ところが2003年、米国で狂牛病初症例が発見されたのに、
その米国産牛を使った吉野家の牛丼が、
「もしかしたらもう牛丼が食べられなくなるかも!」
とマスコミに煽られた客が殺到し、
「最後の牛丼」を求めて、吉野家に行列ができたのである。

マスコミ報道はひどかった。
吉野家の広告機関ではないかと思ったぐらい。
「さよなら牛丼」などとセンセーショナルな報道の仕方をして、
「吉野家」から実況中継し、
「もう食べれなくなってしまう牛丼はどうでしたか?」
なんて報道してた。
バカじゃないかと思う。

別にすべての牛肉がダメになったわけではなく、
米国産牛を使わなければ牛丼はできるわけだ。
ところが牛丼がこの世から無くなってしまうといった、
報道の仕方をしたせいで吉野家の牛丼に行列ができたのである。
狂牛病が米国で発症したにもかかわずだ。

しかしこの時、より“牛肉不足”になってしまったのは、
2001年の狂牛病騒動での国民の愚かな対応があったからだ。
米国産がダメならオーストラリアから牛肉輸入すればいいと、
誰もが思ったが、そうはいかなかった。

それは2001年に、「安全」だったはずのオーストラリア産牛肉まで、
国産牛の狂牛病騒動を受けて「危ない」と見なされ、
売れなくなってしまったために、
オーストラリアは日本向け輸出量を減らしてしまったからだ。

米国産がダメだから急にあわてて、
オーストラリアに牛肉欲しいといったところで、
2001年に売れなくなった経緯があるため、
日本向けにそんなに作っていなかったのである。
牛肉はすぐにすぐできるわけもなく、
何年もかけて育てなければいけないわけで、
急に日本から欲しいといわれても、
対応に限界があった。
こうして牛肉不足が深刻化し、
最後の牛丼を求めるといった妙な行動をより煽ったのである。

2001年と2003年の国民とマスコミの反応を見れば、
いかに一部の日本人のバカさ加減がわかる。
2001年に国産牛を使っていない吉野家に行列ができるならわかるが、
吉野家はがらがらになった。
2003年、米国産牛を使っているから、
吉野家ががらがらになるならわかるが、行列ができた。

結局、食の安全という根本的な重要な問題なんか関係なく、
その時にマスコミが作り上げたムードによって、
安全かどうかではなく、何を食べるか、
国民は選択しているということだ。

●4:鳥インフル騒動と豚インフル騒動
ここまで牛をめぐる日本人の滑稽さを取り上げてきたが、
肉という意味では、鳥や豚をめぐる反応も、
実に興味深いものがある。

2001年、2003年に狂牛病騒動が起き、
牛肉が危ないといったイメージが広がっていたのと同時に、
当時、鳥肉も危ないといったイメージが広がっていた。
鳥インフルエンザである。

2003年、香港で鳥インフルエンザが大流行し、
ウイルスがヒトに感染し死亡する事例が出ると、
日本でも大々的に取り上げられるようになった。
その時の報道を見ると、香港は壊滅するんじゃないかと思うぐらい、
鳥インフルエンザの流行が拡大していた。
香港旅行者が激減したのもこの頃である。

その後、香港だけでなく、
2005年以降、中国、ベトナムなど、
東南アジアで鳥インフルエンザが猛威をふるい、
ヒトに感染して死亡することが相次いで起った。

こうして鳥インフルエンザが大々的に取り上げれていたため、
牛肉もダメ、鳥肉もダメ、だから豚肉がいい!
という短絡的な発想で、
外食産業などでは豚肉料理メニューを増やす動きがあり、
マスコミもこぞって豚肉料理を取り上げたりもしていた。

ところがである。
昨年=2009年4月に豚インフルの大流行が、
大きな問題として取り上げられるようになったのだ。

メキシコで発生した豚インフルが世界中に流行し、
日本でもマスクが品切れになる騒動にまで発展した。
連日連夜マスコミは豚インフルで死亡した人数の、
世界地図を映し出し、危機を煽った。

今まで鳥インフルエンザは警戒されていたものの、
まさか豚インフルが猛威をふるうとは思ってもみなかったせいで、
パニックは拡大した。

豚インフルはすぐに新型インフルと言い換えられたものの、
豚インフルと騒がれたために、
この時、2001年の狂牛病騒動と同じように、
豚肉が売れない、豚肉メニューが販売中止になるといった騒動が起きた。

私は松屋で豚生姜焼き定食や豚丼を、
しょっちゅう食べていたが、
この時、豚メニューを頼む客は実に少なかった。
一部、豚肉メニューは販売中止されたりもした。

しかし本来なら、豚インフル騒動の最中、
豚肉を食べずに牛肉を食べる方が、
私はむしろ危険だと思うと当時の日記に書いた。

加熱した豚は食べても豚インフルには感染しないとされているが、
狂牛病にかかった牛肉を食べれば、
“狂牛病”に感染する恐れがあるからだ。

2003年に米国牛が危ないと騒がれたのに、
日本では米国でろくに検査もされない米国牛の輸入再開をしている。
2008年4月には吉野家の加工工場の米国産牛肉700箱中1箱から、
特定危険部位が混入していたことが発覚している。

韓国では、安全性に疑問が残る米国産牛肉の輸入再開に、
反対した大規模デモが2008年に起きているが、
日本では“危険”な米国牛はばんばん輸入され、
それに反対する目立った動きはない。
つまり豚を食べるより牛を食べる方が、
可能性として“危険”は高いといえるのだ。

しかし豚インフルから新型インフルという名称に、
報道の仕方が変わると、
国民が豚が危ないという連想が働きにくくなったせいか、
豚は平時のように買われるように戻ったのである。

●5:食の安全よりその場のムードを優先する日本人
このようにしてその場のムードで、
危ないかどうかもろくに検証せず、
牛肉、豚肉、鳥肉は危ないとか、
殺されるのはかわいそうだとか、
牛丼がなくなるから行列をなすとか、
場当たり的な感情的リアクションをしてきた日本人。

そうした反応を生み出しているのは、
他ならないマスコミの報道の仕方なわけだけど、
マスコミの報道を鵜呑みにして、
まんまとその流れに乗ってしまい、
過去、似たような問題が起きた時の経験を踏まえないから、
問題はより深刻化し、根本的解決につながらない。

政治家がブレてるだとか対応が悪いとかいうけれど、
確かに政治もブレまくっているのかもしれないけど、
そうした政治家を生んでいるのは、
まさしくその場その場でブレまくっている国民がいるから。

食の安全を徹底することと、
かわいそうな畜産家のために牛を殺さないことと、
どちらが大事なのか。

国の安全を守ることと、
かわいそうな沖縄県民や徳之島の人のために、
米軍基地を作らないことと、
どちらが大事なのか。

何が最も大事なのか優先順位をつけ、
優先順位が高いものを実現するためには、
優先順位の低いものに犠牲を伴うのは致し方がないこと。

今のニュースに感情的に反応するのではなく、
過去のニュースとその時、何が起ったのかを考えて、
ニュースに反応すべきだと思う。

やることなすこと、マスコミのムードに流され、
批判だけしたところで、問題は何も解決しない。
そういう世論のムードに流され、
政治家が世論受けするよう場当たり的な対応に変わってしまえば、
その場はしのげても問題は解決せず、
また同じような問題が数年後に形を変え、
深刻化した形で再熱するだけだと思う。

by kasakoblog | 2010-05-23 14:54 | 政治

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