人気ブログランキング |

不妊化で子供が王様になる時代

子供がほしくてもできない。
今そういう人が急増している。

不妊治療をしている病院では、
朝7時の診察ネット予約が開始されると、
5分もしないうちに50人~100人が瞬く間に予約。
自分の予約番号の10~20番前に病院に行っても、
待合室で3~4時間待たされることもざら。

こんなことを毎週のようにやり、
しかもそれが1年、2年、3年、4年・・・と続く。
何年通えば必ず効果があるわけでもない、
まったく先の見えない戦い。
何年後かでも結果が出ればともかく、
何の効果もない場合も多い。

今の資本主義社会ではほとんどのものが金で買える。
ところがどうやっても金では買えないものがある。
その一つが子供だ。

だから保険がきかなくても、
莫大な金がかかろうとも、
わらをもすがる気持ちで金と時間を注ぎ込み、
不妊治療に力を入れる人は多い。

昔の日本はそうではなかったと思う。
もちろんいつの時代にも、
子供がほしいけどできなかった夫婦はいるだろうけど、
しかし今ほどではなかっただろう。

というより今より簡単に、ぽこぽこと生まれたんじゃないか。
それも1人ではない。
2人、3人、4人、5人と。

子供が「簡単に」手に入れることができ、
しかも数多く手に入れることができれば、
親は今ほど子供を「貴重」だとは思わない。

ところが今は違う。
子供が大変「貴重」だ。
何年もの不妊治療の末に、
何十万円、何百万円かけて、
やっとたった1人の子供を得る。

するとどうなるか。
親の子供への愛情が極端に過剰になるのだ。

だから今、
モンスターペアレントみたいな問題が出てきているのかもしれない。
わが子はかわいい。
わが子はすべて正しい。
わが子を怒る奴は許せない。
子供が天然記念物のように「貴重」で、
苦労して得られたからこそ、
過剰な愛情、というより変質的ともいえる執着にかわり、
徹底的に子供を保護するようになる。

少子化・不妊化社会で貴重になった子供に対する、
変質的な執着は、親だけでなく、親の親も同じ。
「孫がほしい」という想いだ。

これも金ではどうやっても手に入れられない。
まして晩婚化が進み、子供の結婚が遅いだけに、
親は孫を早く見たいという焦る気持ちも高まる。
そうやって親は子供に「早く出産しろ」「早く孫を見せろ」と、
有形・無形の圧力をかけてくる。

こうした様々な要因から、
ノイローゼになってしまう女性も少なくない。
親からは早く生めのプレッシャー。
毎日働いてへとへとに疲れているにもかかわらず、
週末は3~4時間待ちの病院に毎週通う。
何年たってもゴールが見えない無力感にさいなまれ、
時に子供が生めない自分は、
「女性として失格」なのではないかという想いを募らせる。

だからそこまで苦労して、
やっとの想いで子供を手に入れたとすれば、
女性が子供への過剰な愛情、変質的な執着を持ってしまうのは、
今の時代、致し方がない面はあるかもしれない。

でも過剰な愛情は子供への過剰な期待も生む。
それは現代の三種の神器ともいうべき、
「正社員として就職しろ」「結婚しろ」「子供を産め」の3つだ。

親は子供に対して、「子供のため」という、
“正義の盾”を振りかざしながら、
結局は子供のためではなく自らの満足感のために、
この三種の神器をふりかざし、
「いつまでもフリーターやってないで就職しなさい!」
「早く結婚しなさい!」
「早く子供を産んで孫を生みなさい!」
という異常なまでの圧力をかけることになる。

こうして子供は大迷惑する。
「幸せ」は人によって価値観は違うのに、
昔の時代の、自分の価値観を、子供に強制する。
だってそれが「子供の幸せ」になると信じているから。

何が原因で不妊化が進んでいるのかはよくわからない。
女性の社会進出、すなわち女性を資本主義市場に組み込んだ、
女性の労働力化により、晩婚化が進み、
年齢的・肉体的な面で子供が生まれにくくなっていることは、
大きな要因かもしれないが、
それだけではなく、もっといろんな要因が絡まっているとも考えられる。

だから子供手当てなんか出したところで、
子供が増えるわけはない。
もちろん、経済的な理由で子供をつくらないという、
選択をしている人も少なくはないが、
じゃあ経済的な援助を国がすれば子供が増えるかといえば、
残念ながらそうではない。
金があっても生めない人が増えているのだから。

だから今、貴重な子供は王様化しつつある。
貴重なものとして子供を崇める変質的ともいえる執着が、
子供の人間性をねじ曲げ、親の人間性をねじ曲げ、
社会をおかしくしている原因の1つになっているのではないか。

子供は素晴らしい。
子供が生まれたら、
それは何物にも代えがたい喜びがあるに違いない。

しかし、子供だけが人生ではない。
たとえ生まれたとしても、
病気や事故で不幸にして亡くなってしまうことだってある。
生まれ育っていけば、いずれは親から巣立っていく独立した存在。

そのような存在を、なかなか得がたい状況ゆえ、
自分の人生の生きがいのすべてとして思い込んでしまったら、
子供ができないと不幸だとか、
生まれても子供の一挙手一投足がすべて気になるとか、
ねじ曲がった精神構造になってしまう。
それはいつかは破綻する。
なぜなら子供は親のおもちゃではないのだから。

子供が貴重になったせいで、
子供を王様のように扱う親たち。

子供の存在を自分の人生の生きがいの100%として、
捉える人が増えれば増えるほど、
子供も親も結果としては「不幸」になるのではないか。

社会全体が子供に対する適度な距離感が必要だと思う。

※無論、これとはまったく逆の状況、
子供を無視したり、虐待したりといった、
大きな逆の問題もある。

※子供に対する適度な距離感が必要だといえるのは、
私にはまだ子供がなく、
かつ男性だから言えることかもしれない。

by kasakoblog | 2010-10-24 00:04 | 生き方

好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術を教えるかさこ塾主宰。撮影と執筆をこなすカメラマン&ライター。個人活動紹介冊子=セルフマガジン編集者。心に残るメッセージソングライター。


by kasakoblog