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藤原新也写真展~旅の軌跡~

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圧倒的存在感
写真展の感想は、この一言に尽きる。
リアリティーが抹殺されはじめ、バーチャルリアリティーに取り囲まれそうな、
そんな予感のした藤原氏は旅に出た。今から30年も前のことである。
リアリティーの究極が、インドで出会った、人間の死体を食らう犬の写真だった。

全東洋の旅を終え日本に帰ってくると、『東京漂流』で物議を醸した。
新興住宅地の虚無性に危機を予感した藤原氏の思いが的中したかのように、
家庭崩壊最初の事件ともいうべき、1981年に起きた「金属バット両親撲殺事件」。
その現場となった新興住宅を撮った写真は、日本社会の危機的状況の決定的証拠だった。

仮想現実の源泉はアメリカにある、と嗅ぎ付け、今度はアメリカへと旅する。
アメリカで撮られた写真群は、恐ろしいほどまでに世紀末的バーチャルリアルを表している。
今、全世界を席巻しようとしているアメリカ文明の底の浅さが浮かび上がっている。
にこやかに笑って幸せそうに見えながら、どこかで「演技」しているかのように見える写真群。
豊かさに満ち足りていながら、何にも心の底には残らない、虚無的な雰囲気がありありと伝わってる。

それに比べて、チベット人108人をポラロイドで撮った写真を並べた部屋や、
インド・チベットでの写真群は、圧倒的な存在感を持って身に迫ってくる。

汚い道に走るオンボロバスに、窓からあふれんばかりに乗りこむインド人たちの写真に、
まるで今、自分がインドの街角に立っているかのような錯覚を思い起こさせる。

海外の写真だけでなく、沖縄を撮った「南洋街道」。地元を撮った二つの著作「少年の港」と「千年少女」。そして「俗界富士」。
日本の中に残る「良さ」みたいなものが映し出されているように思えた。
「千年少女」のモデルは素人で、しかも何だかやけにつっぱっているような少女もいるのだか、
なにかその「怒り」とか「憎しみ」が、「優しさ」に包み込まれているような不思議な写真だった。
「俗界富士」の、コンビニや国道の看板群とともに映し出される富士山の写真は、
俗なるものの汚らしさを富士が浄化しているような、不思議な写真だった。

いくつもの写真展示の部屋がある中でも、一番の目玉は常設の「メメント・モリの部屋」。
照明を落とした空間に、二重に円を描くように、飾られた写真は、暗い部屋の中で圧倒的な存在感を伴って浮き上がってくる。
その下に添えられた言葉が、ぐっと心の底に突き刺さる。

藤原新也の写真の総集編が、7つの部屋にその軌跡を辿るように展示されている。
そして普段あまり見ることのない、藤原新也の絵も展示されていた。藤原新也の絵は実に驚きである。
写真や文章とはまた違ったイメージが展開されているからだ。
不思議な絵といっていいと思う。まるで子供が描く無茶苦茶な絵といってもいい。

「絵というものが最もその人のイノセントでピュアーな心を表すものではないか」
膨大な著作で有名な藤原新也は、作家である前に写真家であり、そして写真家である前に画家なのだ。
彼の原点は絵を描くことにある。その延長線上に、写真があり、文章があるのだと思う。

気になったことといえば、これだけの総決算をやってしまうと、もうこれで終わりではないかという嫌な予感がするが、
まだまだ今の日本に藤原新也は必要であり、著作を世に出しつづけて欲しいと願う。
隠遁するにはまだ早い。
もしかしたら藤原新也はそれを願っているかもしれないが、
今の日本には、時代に警鐘を強烈に鳴らす藤原新也の存在が欠かせないのだから。

by kasakoblog | 2001-03-11 01:56

好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術を教えるかさこ塾主宰。撮影と執筆をこなすカメラマン&ライター。個人活動紹介冊子=セルフマガジン編集者。心に残るメッセージソングライター。


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