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「辺境・近境」村上春樹著

村上春樹の本は基本的に結構好きだが、旅ものというか紀行ものには痛い思い出がある。
「遠い太鼓」というギリシア・イタリアの話は偉く退屈し、くそつまらなかったので、
この紀行本「辺境・近境」を読むのは避けていた。

しかし読んでみたところ、この本はなかなかおもしろかった。
特に印象的だったのが「ノモンハンの鉄場」。
ノモンハン事変の起きた現場へと、中国側・モンゴル側の国境を草の海を延々駆け抜け、その舞台に立つ。
当時の戦争の現場がそのまま残された世界でも珍しい場所だ。

こんなところに観光に来る人はもちろんいない。
鉄の墓場を目のあたりにした著者が、その光景に心を大きく揺さぶられる気持ちはよくわかる。
こんな、なにもない、ただ虫がうじゃうじゃといるどうしようもない荒地を巡って、
たくさんの命を犠牲にして争ったその戦争の残骸が、草原にとり残されているその光景は、
きっとそれはすさまじいものなのだろう。
人を震撼させるほどの光景が、ほんの数十年前、日本がかかわった場所にあるのだ。
そこはまさしくこの世の「辺境」の地といえる。

讃岐うどん紀行もなかなかだった。
ただおいしい地元の讃岐うどん屋を紹介するだけでなく、かなり変わった店も紹介していた。
たんぼの真ん中にあって、看板もなにもない、
店というより家に入って勝手に自分で置いてあるうどんをゆでて食べるという店があるそうだ。

「辺境を旅する」という談話記事でこう述べている。
「アメリカ大陸を車で横断するのと、四国で1日3食、3日間ただうどんを食べ続けるのと、
いったいどっちが辺境なのかちょっとわからなくなってくるところがある」
まさしく讃岐うどん紀行の方が「辺境」なのだ。

「秘境」がテレビや本であちこち紹介されるぐらい、今の時代には物理的な辺境地などありえなくなっている。
じゃあもうこの世に秘境はなくなったかといえばそうではない。
自分の心に「旅」する気持ちがあれば、
日本だって辺境を感じられるような場所があるということを、この本は示してくれている。

「心の中に辺境を作り出せること」
それができるかどうかが、インターネット席巻時代における、心の豊かさなのかもしれない。

by kasakoblog | 2001-04-24 23:37 | 書評・映画評

好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術を教えるかさこ塾主宰。撮影と執筆をこなすカメラマン&ライター。個人活動紹介冊子=セルフマガジン編集者。心に残るメッセージソングライター。


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