優秀な人材
2001年 09月 06日
そんなことを知ってしまうと非常に虚しくそして悲しいが、
でもそれが現実。
一緒に仕事をしていた編集とデザイナーそれぞれが会社を辞めてしまった。
どちらも優秀な人で実力もあり、彼女ら二人も抜けてしまったらどうなることだろうかとすごく心配だった。
ところが、辞めた後、継続する仕事は大きなトラブルもなくスムーズに進行していっている。
今の日本の仕事の多くはベルトコンベア方式だ。
すべてがシスティマテイックになった、組織的な分業作業なのである。
それぞれの担当の能力の差は当然にあるだろし、それによって仕事の進み具合や出来の良さは当然違ってくるが、
個人個人はあくまでベルトコンベアの中の一介の歯車でしかない。
どんなに優秀な人材だろうと、多少能力の劣った人間がその代わりに歯車になったところで、
全体の仕事から見ればたいして結果は変わらない。
もちろんその能力の差によって微妙な違いは出てくるだろうが、さしたる差はでないのだ。
それだけ今の仕事方式は個人の力より組織の力で成り立っているということだ。
彼女らが辞めたにもかかわらず、普通に仕事が進行していっていることにそんなことを思った。
それはやっている人間にとってはちょっと寂しいことだと思う。
「私しかできない」と思っていた仕事が他の人でもできてしまうのだから。
僕も以前の会社を辞めたとき、「俺がいなくなったらどうなってしまうんだろう」と心配した。
店の約40%近い売上を入社2年目の新人である僕一人であげていた。
もし僕が抜けたら営業成績はがた落ちするだろうなと思った。
しかしそんなことはなかった。
多少は落ちたかもしれないし、僕がやっていたより時間がかかったり、
精度が落ちたりしたかもしれないが、全体的な売上でみればそんなに変わりはなかったのである。
やはり組織の力というのはすごい。
個人個人にたよらないシステムを構築してしまえば、歯車などいくらでも換えはいるのだ。
自分がやっていた仕事のできも、所詮は歯車の一つでなかったのだということを知るのである。
悲しいといえば悲しいが、誰がやっても同じシステムが構築されているならば、
逆に言うと、誰もが会社に縛られずいつ辞めてもいい環境にあるし、どんな仕事に移っても大丈夫だということでもある。
功罪はそれぞれあるだろうが、今はそういう社会に生きているということを認識しないといけないなと思う。
個人ですごく仕事ができているつもりになっていても、
それは組織力に頼っての個人にしか過ぎないということが多々あるのである。
こんなにしっかりした組織社会にもかかわらず、なんで休みを取ることができないのだろうか。
おかしいよな。
