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しゃれこうべ

はかないこの世のひとときの住処をコウエンジに定めてから、早いもので1年が過ぎた。
風呂ナシアパートに住むと決めたとき、清水寺の舞台からまさに飛び降りる気分で、
何度も決めてしまったことを悔いたものだったが、
住めば都、慣れこそ物の道理なれ、 とはよくいったもので、
すっかりセントー生活が、 空を流れる雲のように、日常の中の当たり前として、 この心の中にしっかりと根付いていた。

冬はいい。
セントーにいきたいと思う内なる衝動が、暑い暑い夏に比べれば、はるかに減退するからだ。
30年前の冴えないアコギソングの詩の世界に出てきそうな、
寒い冬路を貧しい若いカップルが肩を寄せ合いセントーに向うなどという光景はすでになく、
この付近のジジババどもの夜の社交場となっている感がどうにも強い。
古代の人々はもののあわれを詩にして詠ったものだが、
冬のセントーに行くもののあわれとは、
「行きは寒いが、帰りはあたたかい」という単純な帰結へと落ちつくわけである。

さあて、今宵もいつとなく変わることなく、
いつもと同じ道を歩んで、ビニール袋片手にセントーへ向う。
身に吹きすさぶ冬の寒風を受けながら、ぽわあんと灯った昔ながらの遺物、セントーへと入っていく。

今時数字札付きの下駄箱など、洒落た居酒屋が懐古趣味でやっているだけで、
実用的な使用が見られるのはこのセントーぐらいなものだろう。
冬とはいえども風呂に入りに行く目的のためには靴は似合わない。
安サンダルを履いていくわけだが、そのサンダルを下駄箱に入れて鍵をかけるのが妙に情けない。
そんなミスマッチにいつも心の片隅に気を止めながら、
がらがら戸とみせかけた自動ドアを開いて、のれんをくくっぐって、
人生最大の別れ道、 人のさだめを決める最大の岐路、番台の前に立たされ、
本人の自由意志とは無関係に、男湯か女湯のどちらかに入らざるを得ないわけである。

僕は回数券を取り出した。
バスのではない。セントーの回数券だ。
1回400円のセントー回数券が1枚多くつく、 風呂なし生活者にとっては実にありがたい回数券を、
寒風の中、パジャマのポケットから落とさぬようにと強く握り締めたそのチケットを差し出したのであった。

ところが・・・である。
その大事な大事なチケットを提出したにもかかわらず、番台受け取ろうとしない。
無視してそのまま男湯へと入ろうとしたが、それでもその大事なチケットが番台の机の前に野ざらしになっている。
僕はそれに気を止め、番台に引き返してチケットを突き出そうとした。
すると・・・
寝ているである。
番台が居眠りをこいていたのである。

この瞬間、人は誰もが悪魔のささやきと戦わねばならない。
このチケットを再び自らのポケットに入れてしまっても、気づかれないのではないだろうか?
そうすれば、今宵の風呂はただ風呂ということになる。
しかしそれはれっきとした成人男子として食い逃げにあたる犯罪行為ではないだろうか、 と思い悩むのであった。

とはいうものの、現実問題、そんなに思い悩んでいる時間はない。
一瞬の判断で400円の得を選ぶか、良心の呵責を選ぶかを選択せねばらならない。

その間、約3秒、
僕はそっと番台から握り締めてぐちゃぐちゃになったチケットを、
再び自らのポケットにしまい込むと、 すぐさま男湯ののれんをくぐったのであった。

冷え切った体をでかでかとした湯舟につかるこの瞬間、 人は生きていることの喜びを感じる・・・
といいたいところだが、熱すぎてすぐに出てきてしまう。
いやあ、風呂なしサイコ-、カオナシサイコー、セントーサイコ-、セントチヒロサイコ-などと、
この世の極楽をはや20代にして悟るのであった。

ぽかぽかからだで気分も絶頂ながら、
男湯というのれんを再びくぐると、そこは再びこの世が待っていて、 急に現実世界へと引き戻される。
と同時に、ひょっとして番台のおばちゃん、いまはやりのチケットレスで入ったことにかんづくんやないか、
と、おそるおそるそそくさと娑婆へと戻るその背後から、
ふっと弱々しい声で「あ、あ、あありがとございました」という言葉が、
ぽかぽか陽気の僕の背中を突き刺したのであった。

「おばちゃん、すまん、わしセントーのキセルしおったわ」
なとといえるはずもなく、僕はそそくさと家路につくのであった。

「役人が規制してセントーの価格を一律にしてるからいけないんや」
そんな言い訳も、冬の夜空にはく自らの白い息とおなじく、ふっとはかなく消えてなくなっていく。
ぽっかぽっかのからだに冷たい風が染み渡る。
いやいや今日もいい日だったか、悪い日だったか・・・。

そんなセントーチケットをめぐるささやかな話題が尽きることのない、
昔ながらの高円寺純情商店街。

by kasakoblog | 2001-12-05 20:24

好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術を教えるかさこ塾主宰。撮影と執筆をこなすカメラマン&ライター。個人活動紹介冊子=セルフマガジン編集者。心に残るメッセージソングライター。


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