サイタマの思い出
2002年 01月 24日
僕は、小学校5年生の時に、横浜から埼玉に引っ越した。
はじめて学校に行って、その自由さ、適当さに驚かされた。
「学校ってこんないい加減でいいんだろうか?」と。
横浜の小学校に比べると、埼玉の学校はやりたい放題だった。
授業はろくに話も聞かずしゃべりたい放題だったし、
休み時間から教室に戻ってくるまで平気で遅刻してくるし、
ファミコンのカセットや雑誌も持ってき放題。
そんなんだから、横浜でオール3に近かった僕の成績は、何もしないでオール4へとアップした。
そのかわりみんなフレンドリーだった。
転校してきた当日、いきなりクラスの7、8人が家に遊びにきて、
なぜか文房具屋に行ってプレゼントだとかいって、
ふでばこだか定規だかを買ってもらったのを覚えている。
横浜では考えられないことだ。
<えこひいき>
小学校の担任は40過ぎのばあさんで、生徒から嫌われていたヒステリック先生だった。
放課後、合唱コンクールの練習だといって延々居残りさせられていた時だった。
もういい加減うんざりし、まじめに歌うのがばからしくなり、僕は頭にきて思いっきり口パクしてやった。
「みんなさん、笠原君を見習いなさい。一人だけですよ。あんなに一生懸命歌っているのは」
何を思ったか、このヒステリックばあさんは口パクの僕を褒め上げたのだ。
これにはほんとまいった。
きっと横浜からきた優等生といったひいきの目で見ているからだろう。
そうじの時間にみんなで遊んでいた時のこと。
先生が来たので、僕はあわててぞうきんがけしているふりをした。
「笠原君はいつもきちんとしてるのに。あなたたち、少しは笠原君を見習いなさい」
「へえ、ずるい。だってこいつも今まで遊んでたんだぜ」
「でも今はやってるでしょ」
そんなわけのないえこひいきをされた。
でもそんな些細な子供時代のことが、
もしかしたらこれまでの人格形成に大きな影響を与えているのかもしれない。
ささやかな、サイタマの思い出。