「旅人の木」辻仁成著
2002年 03月 23日
タイトルからするとなんだか軽いエッセイみたいな感じだけど、なかなか奥深い作品だ。
はっきりいってタイトルを変えた方がいい。
たとえば僕なら「鏡像」とかつけるな。
「旅人の木」じゃ、この本の内容がなんだかわからないから。
テーマはリアリティのない現代社会に生きる若者が、失踪した兄を探すことによって、
現実とバーチャルな世界の狭間で揺れ動き、
最後にみつけた兄によって殴られることによって「生きる」ことを知るという実によくできた物語。
10年ぶりに再会した兄は、何を言わず殴ってまた消えていった。
「今まで殴られたことがあるのははじめてだ」現代社会のバーチャルな社会を端的に表している言葉だ。
現代の若者は、殴られたことないからこそ、痛みを知らないから、
簡単に人を殺してしまったり、狂暴ないじめをしてしまったりする。
死闘ごっこを演じていた兄は、自分の肉体を傷つけることによって、空虚な社会で自分の存在を確認しようともがいていた。
兄探しの途中で、まるで探している弟がまるで兄そのものになっていくような、
ひょっとして探している兄なんていなくいて、それは自分自身なのではないかと思わせるようなところが実におもしろい。
また兄の元恋人と互いに兄の消えた存在を、セックスで埋め合わせしていくのも、
空虚な現代社会にいきる若者の唯一のリアリティを感じる方法としてのセックスという意味で非常によくわかる。
よくできた話だが、200ページに満たずに終わってしまい、ちょっと物足りない感じはあったが、
「兄」という現代を象徴する存在を探し求める物語はよくできている。