狂牛病騒ぎはどこへ・・・
2002年 03月 30日
あれだけ騒いだ狂牛病だが、今はすっかり過去の出来事となった。
がらがらだった焼肉店は、狂牛病対策のために、
毎日肉を100円引きにしたり、ドリンク1枚目100円にしたり、
涙ぐましい努力をしていたにもかかわらず、全然客は入っていなかった。
僕なんかはそんなこと気にせず、
(というより今さら騒いだところで、前に食べていれば意味がない。
第一狂牛病の肉を食べてすぐに死んだという人はいない)
安いことをいいことに焼肉屋はしばしば利用していた。
狂牛病という大逆風の中、来てくれる珍客とあってか、随分、店員にも親切にしてもらった。
ところが。
日曜日の夜行くと、雨の降る中、外で3,4組、焼肉屋に並んでいるのだ。
もちろん安売りは全くしていない。
狂牛病対策であわててメニューに加えていた豚・鶏肉は、
ほとんど見向きもされず、みんなあの2,3ヶ月前に態度はどこへやら。
牛肉をほおばるほおばる。
店員のレベルも随分と下がった。
間に合わせのアルバイトを集めて、「あったかいお茶をくれ」といって全然こなくってしばらくたつと、
同じ店員が、「食後にあったかいお茶か冷たいお茶をお持ちしましょうか?」という始末。
これにはあきれてものも言えなかった。
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マスコミに踊らされて、その場その場で、
食べたり食べなかったりしても、安くしたり値段を戻したりしても、
そういう一貫性のない態度をとっている人間に危機は乗り切れない。
食べないなら食べない。食べるなら食べる。
騒ぎの時は店員も親切で値段も安いが、
騒ぎがおさまってしまったら、店員のサービスレベルは下がり、値段は高くなる。
こういった態度は「臨機応変」ではなく単なる場あたり主義だ。
僕は卒論で「なぜ日本が無謀な戦争に突入していったのか?」というテーマで書いた。
その要因の一つに、「場あたり的外交」をあげた。
激変する国際情勢だからこそ、きちんとした長期的視野を持ち、
終始一貫した態度をとらないと、必ずおかしなことになる。
勝手にいいように解釈して「これはいける」と短絡的に戦線を拡大していったがために、
引き返すに引き返せずに、泥沼にはまって敗戦せざるを得なかった。
日本は今、社会も経済も厳しい情勢にある。
こんなときだからこそ、消費者も生産者も、政治家も官僚も、
その場限りの対応ではなく、長期的視野を持つ必要があるのだ。
狂牛病騒ぎであれだけ焼肉屋を避けた消費者が、列をなし、
あれだけ必死になって企業努力していた店が、殿様営業になる。
そういういい加減な日本人を見ていると、この国の大衆を操るのは簡単なことだなと思う。